It storms. 1


「スコール!!聞いてくれ!」

笑顔全開で飛びついてくるゼルに、スコールは思わず微笑した。
いつもながら全身で感情を表す奴だ。聞く前から、良かったな、と返事してしまいそうになる。
「・・・何だ?」
問い掛けると、一層嬉しそうに顔を輝かせる。勢い良く手のひらを前に突き出す。

「お前の指輪が見つかったんだ!ほら!!」

・・・ああ。そう言えば。
目の前で銀色に光る指輪に、殆ど忘れかけていた記憶が蘇ってきた。
確かにこの指輪は、以前ゼルにやったものだ。それを、どんな経緯があったか知らないが、
サイファーが川に投げ捨てたのだ。あの後、指輪を探すゼルが肺炎になったり、自分がサイファーを
殴ったりと一騒ぎだった。それがもう三ヶ月も前の話だ。
じゃあ、あれからずっと探してたのか。
半ば呆れながら金色の頭を見下ろすと、ゼルが弾んだ声で説明しだす。
「ホント奇跡だよな!サイファーの奴、大威張りでさぁ。『俺に不可能はねぇ』とか言ってんの!」
いかにも可笑しそうに思い出し笑いをする。お前にすぐ報告しなきゃって思ってよ、と上気した顔で
語る小柄な友人に、ふとスコールは眉を顰めた。
「・・・指輪を見つけたのはサイファーなのか?」
「え?うん、そう。」
「お前、あいつと一緒に探してたのか?」
「?うん。そうだけど?」
「・・・あれから、ずっと一緒に?」
「う、うん。」
思いがけない追求ぶりにゼルが口篭もる。何だろう。てっきり喜んでくれると思ったのに。
サイファーの名前を出した途端、顔を顰められてしまった。まるで不穏な言葉でも聞いたように。
どうしてだ。サイファーと自分の仲を、一番気にしてたのはスコールのはずなのに。
「ええと・・・、なんかマズかったか・・・?」
「・・・ゼル、俺もお前に聞きたい事がある。」
スコールが首を左右に巡らして、周囲に人影が無い事を確認する。そして慎重に切り出した。
「まぁ・・・ただのデマだと思うんだが・・・・一応確認して置きたいと思って・・・」
いつにない歯切れの悪さに、今度はゼルが眉を顰める。明確で端的な会話を好むスコールらしくない。
「その・・ニーダが・・・いや、ニーダも友達から聞いただけなんだが・・・」
この男がここまで躊躇うなんて、よっぽど言い難い事らしい。どんどん不安が掻き立てられる。
一体、何を言おうとしているんだ。

暫く沈黙した後、スコールが思い切ったように口を開いた。


「お前とサイファーが教室でキスしてたって言うんだ。」


「!!!!!」
ゼルの顔が一瞬の内に真っ赤に染まる。と思ったら今度は真っ青になる。そしてまた赤くなる。
金魚のように口をパクパクさせたまま、一言も喋らない。今にも呼吸困難で卒倒してしまいそうだ。
スコールが慌ててゼルの肩を掴む。
「いや!別に俺も本気で信じてたわけじゃない。変な事を聞いて悪かった。」
ゼルが喘ぐように息を吸い込む。そして悲鳴のような掠れ声で、小さく言葉を絞りだした。

「見られてたのか・・・!」

こっちが卒倒しそうだ。
スコールは思った。あの噂は本当だったのか。まさかと思ってたんだが。
余りに荒唐無稽過ぎて、だから返って確認する気になった。何か誤解があると思ったのだ。
角度による眼の錯覚とか、転んで偶然唇がぶつかったとか。
それなのに、この反応。明らかに意思を持ってキスしたとしか思えない。
「・・・・お前・・サイファーとつきあってるのか・・?」
「え!?ち、違う!そんなんじゃねえ!!」
激しい拒否反応に、ホッと息をつく。何だ、やっぱり勘違いなのか。
安堵するスコールの耳に、信じられないセリフが飛び込んできた。

「俺達、ただのセフレなんだ。」


くら。


本物の眩暈を起こしてスコールの体が揺らぐ。
セフレ。セックスフレンド。こんな言葉を、まさかゼルの口から聞こうとは。
他人の恋愛なんか興味は無い。むしろ、そんなものに関り合うのは真っ平だ。
だが、この話は別だ。
同い年なのに無邪気に自分を慕ってくるゼル。その姿に苦笑しながらも、何となく嬉しかった。
可愛いな、と思った。もし自分に弟がいればこんな感じだろうか、と考えたりした。
いや、自分達は幼い頃一緒に暮らしていたのだから、実際兄弟みたいなものだ。そう思ってた。
ちょっとそそっかしいこの友人の、半ば保護者のような気持ちさえ抱いていたのだ。
それが、いつの間にかこんな事になっていたとは。
セックスフレンド。相手が男。その男がサイファー。
パーフェクトだ。全部駄目だ。『お父さんはお前をそんな風に育てた覚えはない』と訳のわからない
フレーズまで頭に浮かんでくる。今度リノアに会ったらもっと父親を大事にするよう言ってやろう。
余りの衝撃に頭痛を起こしながら、スコールが尋ねた。
「・・・・サイファーが、そう言ったのか?お前がセフレだって。」
「いや。やってるだけの関係を何て言うのかって、アーヴィンに聞いたら『それはセフレ』って
言うから、サイファーに『俺達ってセフレなのか?』って聞いたんだ。」
ゼルがひょいと首を傾げる。

「そしたら、そうなんじゃねぇかって。だから、俺達セフレなんだと思う。」

何を呑気に言ってるんだ馬鹿。
益々激しくなる頭痛にスコールは片手で顔を覆った。脳裏に白いコートを纏った男の姿が浮かぶ。
たしか以前、あの男はロマンチックな夢があるとか何とか自分に言ってなかったか。
その夢は男のセフレを作ることだったのか、と嫌味の一つも言ってやりたい。
いや、もうこの際それならそれでもいい。だが、何もゼルを選ぶ事はないだろう。
こんな奥手で純真な男を、性欲処理の相手に選ぶなんて最低だ。全くあの男らしくない。
あの男はもっと真っ直ぐな恋をすると思っていた。もっとプライドのある恋をすると思ってた。

今更ながら後悔が湧き上がる。やっぱり自分がサイファーの指導官を引き受けるべきだった。
たとえ過労で倒れようとも、そうするべきだった。そうすれば、こんなとんでも無い事態には
ならなかったはずだ。頭を抱えたままのスコールに、ゼルがおろおろと声をかける。
「あ、あの、俺達まだ最後まではやってないんだ。て、手コキ止まりって言うか・・・」
頼むから黙っててくれ。スコールが首を左右に振る。
ゼルが何か言う度に、どんどん頭痛が酷くなる。何だ「まだ」って。先に進むつもりがあるのか。
今の発言が全然フォローにならなかった事に気づいて、ゼルは慌てた。
どうしよう。早くスコールを安心させてやらなければ。この大好きな友人を。
「スコール、だ、大丈夫だ。」
青い瞳を一杯に広げてスコールの腕を掴む。

「もう終わるんだ。こんな関係、もうすぐ無くなるから。」

今度は別れ話か。
スコールが大きな溜息をつく。まるでジェットコースターに乗ってるようだ。付き合ってると
聞いた次の瞬間にはもう別れ話。それなら、もっと後で聞けばよかった。
「・・・終わるって、何でだ。」
ようやく返事をしたスコールに、ゼルがホッと胸を撫で下ろす。
「もうすぐサイファーの謹慎期間が終わるだろ?そうすりゃ、サイファーは外泊OKになる。
ティンバーでもバラムでも好きな街に出て遊び放題だ。どんな女でも口説ける。」
端正な顔を見上げながら、勢い込んで説明する。
「俺の監視官の仕事も終りだ。拘束する俺がいなければ、サイファーだってうんと自由になる。
ガーデン内で彼女を見つける事だって出来る。」
ちょっと沈黙して、一気に言葉を吐き出す。
「・・・女の身代わりはいらなくなるんだ。元々ただの欲求解消だったんだから。」

そう上手くいくのか。
スコールが眉を顰める。ただの欲求解消だと二人が完全に割り切ってるなら、それで問題無いだろう。
だけど、そう単純にいくのか。
二人共、そんなビジネスライクな人間だとはとても思えない。それとも、自分が理解不足だったのか。
ゼルもサイファーも、遊び感覚のセックスを楽しめる、醒めた思考の持ち主だったのか?

しかしまあ、それが一番いいかもしれない。
溜息を漏らしながらスコールが頷く。あんな傲慢な男と付合っていたら、いずれ絶対泣きを見る。
こんな流されやすい奴なら尚更だ。今のうちに終わってしまうのが一番だ。
「・・・分かった。それならいい。」
駄目押しのように付け加える。
「セフレなんて聞こえはいいが、結局性欲処理に利用されてるだけだ。そんな歪んだ関係は早く
終わらせた方がいい。」
「う、うん。」
きっぱりと言い切るスコールに、気圧されたようにゼルが頷く。
「あ。俺そろそろ行かなきゃ。じゃな。」
「・・・ああ。じゃあな。」
そわそわと駆け出して行く後ろ姿に、スコールがまた溜息をつく。
きっとサイファーの所へ行くつもりだろう。根が生真面目だから、一度面倒を見ると決めたら、
もう付きっきりだ。あれじゃ自分から関係を切る事なんか出来ないに決まってる。
謹慎期間はあと一ヶ月も残ってる。その間に、ゼルが深みに嵌まらないと誰が言える。
弟のように大事な友人。泣いてるところは見たくない。
蒼い瞳にはっきりとした意思が宿る。
あの二人を、引き離さなければ。

ああびっくりした。
暫く一心に走った後、ゼルはゼイゼイと息を切らして立ち止まった。まだ心臓がバクバクいってる。
ついにスコールにバレちまった。それだけは避けたかったのに。
後悔に頭を掻き毟った。ホントに何て事をしちまったんだろう。
大体サイファーがキス魔なのがいけないんだ。何であんなにキスが好きなんだよあいつ。
「あ――――――っもう!!」
突然絶叫するゼルに、周囲が驚いて道を空ける。それに目もくれずゼルは頭を掻き毟り続けた。

そんなつもりじゃなかった。空き教室の隅で、一緒に提出レポートの結果をチェックしてただけだ。
相手の教官は採点の辛さで有名だった。受講者の半数以上が不可をくらうと専らの噂だ。
事実自分の時はギリギリのC判定だった。その鬼教官がサイファーのレポートに最高評価の「S」を
与えたのだ。
嬉しかった。指導官の自分まで認められた気がした。今更ながらサイファーの優秀さにも舌を巻いた。
「すげー!すげぇよ!お前!!俺まじで嬉しい!!」
良かったなあ、良かったなあと何度も繰り返した。あいつにはもう将来なんてない、と陰口を叩く
奴等にもこの結果を見せてやりたかった。あの鬼教官がSをつける程の奴なんだぞ、と大声で触れ回り
たかった。嬉し涙が眼に浮かんできた。
「なに泣いてんだ。泣き虫野郎。」
サイファーがニヤリと笑って顔を覗き込む。慌てて目元を擦った。
「わ、わりぃ。でも嬉しくってさぁ・・・え?」
あっと思う間も無かった。突然両頬をぐいと引き寄せられた。サイファーの唇が、自分の唇に押し当て
られる。
「!ちょっ・・・馬鹿!お前こんな所で・・・!」
「煩せぇ。誰も見ちゃいねぇよ。」
一言吐き捨てると、そのまま強引に顔を引き摺りあげる。自らの熱を注ぎ込むように、深く舌を差し入
れてくる。必死で首を逸らした。
「だ、だめだってば・・・!」
「黙ってろ。」
耳を掠める低い声に、背筋がゾクリと震えた。頬を包むサイファーの大きな手に、外界の感覚が奪われ
ていく。理性が次第に霞んでいく。
誰も見ていない。誰も知らない。俺達だけ。
抗い難い誘惑の声。自分の中から響く声。瞼が自然に閉じていく。
蕩けるようなキス。サイファーのキス。もう他の事なんか、考えられない。

そんな訳なかったんだ。やっぱり誰か見てたんだ。畜生。サイファーの馬鹿野郎。
ゼルがガックリと肩を落とす。
分かってる。一番の馬鹿は俺だ。
一度お互いの手で性欲を開放してからは、なし崩しだ。今更、と鼻で笑うサイファーに引き摺られる
ようにずるずると同じ事を繰り返してしまう。しかも大抵、自分の方が我慢できず先にイってしまう
有様だ。さっきのスコールの言葉が胸に蘇る。

性欲処理に、利用されてるだけ。

分かってはいたが、他人からはっきり言われると流石にきつい。
特に、スコールから言われると。
スコールが自分の大切な友達だから、という理由だけじゃない。
サイファーにとっても、スコールが大事な存在だからだ。

サイファーのスコールに対するライバル心は、凄いの一言だ。今回のレポートの件だってそうだ。
一言「あの教官からS評価を貰ったのはスコールだけだ。」と言っただけで、俄然張り切りだした。
何が何でもスコールと並ぼうとする。いつもの皮肉で余裕な態度はどこへやらだ。
スコールは綺麗だ。同じ人間と思えないくらい、綺麗だ。
だけど、サイファーはスコールをそういう対象としては絶対見ないだろう。
スコールはサイファーの大切なライバルだから。対等になりたいと願う唯一の男だから。
性欲処理の対象になんて、絶対しない。
ゼルは首を振った。
今の事、サイファーに言わない方がいいよな。
こんな事がスコールにバレたと知ったら、きっと嫌がるに決まってる。
サイファーはいつだって、スコールに恥じない存在であろうとしてる。胸を張って競い合う、かっこいい
ライバルであろうとしてる。俺との事なんか、知られたくなかったに違いない。
何かを振り切るように、大きく息を吐く。自分でも思いがけない程、重く苦しげな吐息だった。


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