It　ｓｔｏｒｍｓ．　2

最近、急にゼルが忙しくなったと思うのは気のせいか？
サイファーは思う。特にスコール絡みで忙殺されてる気がする。朝慌しく自分にスケジュール表を
押し付けると、さっさと部屋を出ようとする。どこへ行くんだ、と腕を掴むと、大抵返事は決まってる。
「スコールに頼まれて」だ。
一度や二度なら、それもアリだと思うが、こう毎日だと流石に不審だ。
いや違う。不快だ。
椅子の背に凭れて、イライラと足踏みをする。何だってんだ、一体。
大体、ゼルの態度が気に入らねぇ。スコールに頼まれれば、どんな用事でも子犬の様に張り切って
こなそうとする。以前自分が雑用を言いつけていた時なんか、心底嫌そうにしてたくせに。

不快なのは、それだけじゃない。
あれだ。あの指輪だ。あれが一段と自分を苛つかせる。
水底から拾い出して以来、ずっと指に嵌めっぱなしだ。あからさまに緩いサイズが、元の持ち主の存在
を強烈にアピールする。貰ってから随分たつのに、未だにゼルの呼び方は変わらない。
「スコールの指輪」だ。見つけてやった自分の入り込む隙間なんか、どこにも無い。

ゼルが嬉しそうに手の平をかざす度に、もう一度指輪を奪い取ってしまいたくなる。
二度と手の届かないところに投げ捨ててやりたくなる。
それが出来ないと分かってるだけに、一層苛つく。そんな事をしたら、ゼルは今度こそ絶対に許して
くれないだろう。それだけは駄目だ。

あんな野郎のどこがいいんだ、と言えないのがまた不快極まりない。何しろ相手は自分が認める唯一の
ライバルだ。そこらのやわな男とは違う。ゼルが憧れても当然だ、と認めざるを得ない。
そもそも自分とスコールでは、ポジションが違い過ぎる。
思慮深く、頼りがいのある、大切な友達のスコール。
苛め倒した挙句本気で怒らせてしまい、一時期口もきいて貰えなかった自分。
あの青い瞳がうっとりと見上げるのは、常にスコールの姿なのだ。

この間だってそうだ。あの教官からＳを貰ったのはスコールだけだ、やっぱスコールはすごいよな、と
瞳をキラキラさせながら言いやがった。
だから思わず力が入った。徹夜で資料を読み耽り、内容を推敲した。見事Ｓ評価をもぎ取った時は
胸がスッとした。
どうだ見たか、という気分だった。あの尊敬の眼差しが、自分にも向けられると思うとゾクゾクした。
そうしたら、それ以上だった。
良かったなあ、と潤んだ瞳で自分を見上げる。慌てて瞬きを繰り返して、涙を追い払おうとする。
金色の睫が震えながら濡れていくのを見た途端、我慢が出来なくなった。
俺の為に泣いている。
だから俺がキスをする。何が悪い。そう思った。この涙は、俺が勝ち取ったものだ。
夜と昼を費やして、あの男から奪い取ったものだ。
強引に頬を引き上げて、薄い舌を絡めとる。躊躇う声を封じ込める。
このキスは、この唇は、俺のものだ。

思い出すだけで、身体が熱くなってくる。触りてえ、と思った。
あの細い体に触りたい。快楽に濡れる瞳が見たい。仰け反る細い喉が見たい。涙交じりの喘ぎ声を
聞きながら、ぎりぎりまで追い詰めたい。
一体どうして、自分はこんなに溺れてしまったのか。
子供騙しみたいな手淫に、簡単に体が煽られる。どんな巧い女のテクニックより、あのつたない
指の動きに翻弄される。小さく名前を呼ばれただけで、口腔を蹂躙するような激しいキスをしてしまう。
男の体なんぞ触りたくもねえ。吐き気がする。
三ヶ月前の俺なら、迷うことなく言い切っていただろう。
それなのに、今はどうだ。考えるのはあの身体の事だけだ。
以前ゼルに聞かれた言葉を思い出す。俺達はセフレなのか、と無邪気に首を傾げて尋ねてきた。
そうだと返事した。セックスフレンド。まさにそれだ。同じ男だと言うのに、自分をこんなに
欲情させる。最近はもう、手だけじゃ物足りなくなってる。自分のブツを中に入れて、あの体を
突き上げてやりたくなってる。そんな関係が他にあるか。
俺があいつとやりたいのは、美しい友情ごっこじゃねえ。セックスだ。
腕の中で気絶させるような、汗まみれのセックスだ。

それなのに。

だのに、あいつは居やしねぇんだ。スコールのお供とやらで、一日中帰ってこない。
腹立たしげにレポートを手で弄ぶ。一緒にチェックしようと、自分から誘ったくせに。
ゼルの部屋でただ待ち続けてる自分が、馬鹿のように思えてくる。まるでお預けをくらっているようだ。
馬鹿野郎。俺は犬じゃねえんだ。さっさと来い。早くそのドアを開けて、「ただいま」と言え。
立ち上がってドアを睨み付ける。と、携帯からメールの着信音がした。急いで内容を読む。
『遅くなったから、スコールとこっちに泊まる。レポートはそのまま提出してくれ。』
一読後、手にしたファイルを力一杯ドアに投げつけた。ルーズリーフの金具が派手に壊れる音がする。
外を通りかかった者達が、思わず振り返った程、強く激しい音だった。

ああ、あいつやっぱり目立つなあ。
食堂で寛いでいるサイファーを発見して、ゼルは思った。
同じ男の自分から見ても、惚れ惚れするくらい精悍に整った容貌。不機嫌に結ばれた唇が、傲慢な魅力
というか、男の色気めいたものすら感じさせる。こうして改めて見ると、マジでイイ男だ。
こんな風にゆっくりサイファーを見るのは、本当に久しぶりだ。確か一週間ぶりだよな。
頭を巡らせてこの一週間を振り返る。それはたった一言で表現できる。
スコール。
本当に、スコール一色の一週間だった。スコールに頼まれて、スコールの手伝いをして、スコールと
一緒に行動した。
最近、毎日のように仕事の手助けを頼まれる。まるでスコールの秘書にでもなったみたいだ。
大体、昨日の会議なんか、ホントに自分が同行する必要があったのか。俺がいなくたって、
全然構わなかったと思うんだが。
それだけ信頼してくれてる、と思えば嬉しかったが、どうしても心が他所に飛んでしまう。
サイファー。
正直言って、考えるのはサイファーの事ばかりだった。
あの気まぐれな男が、ちゃんと予定表通りにやってるかとか、不遜な態度で教官を怒らせたりしてない
かとか、そんな事ばかり考えていた。
でも、どうやら大丈夫だったらしい。さっき教官に尋ねたら、ちゃんと順調に予定をこなしてたと言う。
ホッと安堵しながら、ひょいと厳つい顔を覗き込んだ。
「よお、久しぶり。」
緑の瞳がちらりと自分を見る。手も挙げようとしないのが、いかにもサイファーらしいと思った。
「昨日、悪かったな。でも教官誉めてたぞ、いいレポートだって。良かったな。」
突然、腕を掴まれた。激しい勢いに身体が大きく傾く。
「うわ･･･！な、何だよ！」
「やらせろ。」
「え？」
「やらせろって、言ってんだよ。」
低い声で、唸るように囁く。そのままずるずると自分を引き摺って行こうとする。
「な、なんだよ、いきなり。や、止めろってば。」
聞く耳も持たずに、ぐいぐいと大股で歩いていく。
「聞けよ！おい！おいってば！！今何時だと思ってるんだ！？まだ昼間だぞ！！」
必死の呼びかけに、サイファーの足がピタリと止まった。クルリと振り返ってゼルを見下ろす。
「煩せえ。てめぇだって溜まってんだろうが。・・・それとも、何か？昨日はどっかでお楽しみだった
ってわけか？」
緑の瞳が剣呑な光を帯びる。
「な、何言ってんだよ。そんな訳ねーだろ。」
「じゃあいいじゃねえか。何勿体ぶってんだ、今更。」
勝手に結論付けてさっさと歩いていく。あまりの強引さに言葉も出ない。
おかえりの言葉も、会議はどうだったとも尋ねる気も無い。久しぶりに会った第一声は「やらせろ」だ。
まさにセックスフレンドだ。やる事しか頭にない。
････仕方ねえか。「今更」だもんな。今更何を言ったって、変わらねぇよ。
肩を落として引っ張られていく。振り返ろうともしない広い背中が、なんだか無性に悲しかった。

次の日、ゼルが執務室で書類整理をしていると、スコールがふいに話し掛けてきた。
「監視官の仕事も、そろそろ終わりだな。」
振り返ると、腕組みをしながらカレンダーを眺めてる。
「ああ、そうだな。」
相槌を打つと、端正な顔を綻ばせてにっこりと笑いかけてきた。
「もうすぐ自由になれるぞ。お前もやっと、元の生活に戻れるな」
元の生活。
ゼルは眼を瞬かせた。元の生活。それはどんな日々だっただろう。

元々、自分とサイファーには何の繋がりも無かった。お互いマイナスの感情しか持ってなかった。
サイファーは俺を馬鹿にしきってたし、俺はサイファーを嫌ってた。取るに足りないチキン野郎だと
自分を嘲るサイファーを、何て嫌な奴だろうと思ってた。
まさか、こんなことになるとは夢にも思わなかった。
サイファーの腕の中で喘ぐようになるなんて。もういかせてくれと、涙混じりに頼む日がくるなんて。
だけど、終わる。
お互いを繋ぐものは無くなる。サイファーは自由になる。どんな女とでもやれる。男相手の、自慰の
延長みたいなセックスなんかしなくても済むようになる。
また元の関係に戻る。お互い眼も合わせない毎日に。

違うよな、サイファー。そんなこと、無いよな。

銀色に光る指輪を、じっと見詰める。
あんなに一生懸命探してくれた。川底から拾い上げた後、誇らしげに俺の指に嵌めてくれた。
喜ぶ自分の姿を見て、この上なく嬉しそうに笑ってた。
俺達、友達だよな。もう、友達だよな。
あの笑顔は嘘じゃ無いよな。セックスだけの関係じゃ無いよな。
指輪を額に打ち付けて、祈るように眼を閉じる。
伝説のライオン。勇気の象徴。
どうか俺達はもう、友達だと言ってくれ。
俺にそれを、確かめさせる勇気をくれ。

スコールの手伝いを断って、サイファーの部屋に行った。ドキドキと緊張しながら話し掛けた。
「・・・なあサイファー、明日空いてるか？」
「あ？」
何を突然、と言うようにサイファーが眉を吊り上げる。慌てて言葉をつないだ。
「だってもう指輪見つかったしさ、週末は暇だろ？」
ああ、とサイファーが頷く。そうだ。もう、週末を一緒に過ごす理由はないんだった。今まで当然のよ
うに二人で過ごしてたから、気付かなかった。
「別にねえよ。空いてる。」
「あのさ・・・お前、前はティンバーで色々遊んでたんだろ？」
「？ああ。」
ゼルがぎゅっと拳を握る。手の中の指輪の感触を確かめながら、一気に言葉を吐き出す。

「俺もそこに連れてってくれよ。一緒に遊びに行こうぜ。」

「駄目だ。」
にべもなくサイファーが答える。目の前が暗くなる気がした。
「・・・何で？」
「何でも糞もねぇよ。駄目なもんは駄目だ。てめぇなんか連れて行けるか。」
ゼルがぐっと息を呑む。迂闊に口を開けば、泣き出してしまいそうだった。
どうしてだよ。どうして駄目なんだよ。
やっとのことで言葉を搾り出した。
「だって雷神達とは一緒に遊んでたんだろ？なら俺とだって遊んでもいいじゃんか。なあ。」
だだを捏ねる子供のように食い下がる。仕方ねぇな、と言って欲しかった。そんなに行きたいならと
苦笑いしながらＯＫして欲しかった。
サイファーが渋い顔をしてそっぽを向く。
「あいつらは仲間だからいいんだ。とにかく、てめぇは駄目だ。この話はもう終わりだ。」

仲間。

雷神と風神は仲間。スコールはライバル。

じゃあ、俺は？

俺はお前の何なんだ？

苦い自嘲が胸に込み上げる。決まってるじゃねえか。セフレだ。
ガーデンに閉じ込められた代償に、大人しく謹慎期間を過ごす代償に与えられた、薄汚い性欲の捌け口だ。
何の意味も無い。繰り返すキスにも、抱きしめる腕にも。
サイファーにとって、俺は何の意味も無い。
友達になれたと思ってたのは、俺だけだったんだ。

悄然と俯くゼルを横目で見ながら、サイファーが密かに溜息をつく。
突然やって来たかと思えば、何を言うやら。駄目に決まってるじゃねえか。連れて行ける訳がねえ。
苛々と頭を振る。
俺がどれだけ、出入り禁止をくらってる店があると思ってるんだ。

大乱闘の挙句、摘み出された店は数知れない。リノアと知り合ったのだって、それがきっかけだ。
変な奴等に絡まれてるのを助けようと、相手の男達を半殺しにした。今時ナイフなんぞちらつかせて
脅かしてくるもんだから、つい本気になった。気付いたら店が半壊していた。
他にも思い出せばキリがない。顔を見ただけで、追い返される店ばかりだ。
呆れるゼルの顔が、容易に想像できる。これ以上粗野な乱暴者のレッテルを張られてたまるか。
ただでさえ、いつも落ち着き払ってるスコールの奴と比べられてるのに。

残った数少ない店は、なお駄目だ。ハイエナみたいな女がうじゃうじゃしてる。
ガーデンのSeeD候補生だと言っただけで、面白いように女が釣れた。そこに本物のSeeDが
行ったりしたら、どうなるか。あっと言う間に喰われちまうだろう。
凄腕の女に纏わりつかれて、赤面するゼルの姿を想像するだけで虫唾が走る。
ベットに誘う女の甘い手管に、簡単に篭絡されていくのが見えるようだ。
この身体が一晩中誰かに独占されるなんて許さねぇ。絡みつく腕は、俺だけのものだ。
ティンバーになんか、絶対連れて行かねえ。