It storms. 4


「・・・・あ、ごめん。聞いてなかった。もう一度言ってくれ。」
聞き返すゼルに、スコールは思わず溜息をついた。またか。ここ四五日、ずっとこうだ。
ぼんやりと視線を彷徨わせて、自分の言った事を何一つ聞いてない。
「・・・今日の昼飯はどうする?何が食いたい?」
何でこんな事を聞かなきゃいけないんだ。俺は保護者か。と思ったが仕方ない。何しろ放っておくと、
食事もろくに摂ろうとしない。いつもこっちが驚くほどガツガツ飯を食ってたのに。
一体どうしてしまったんだ。何があったんだ。
・・・まぁ、想像はつくんだが。
もう一度溜息をつく。サイファーだ。きっとサイファーと何かあったんだろう。
その証拠に、ゼルが沈み込むと同時にサイファーが自分を睨み付けるようになった。
いや、今までだってあの男は自分に挑発的だったんだが。
でも、あそこまであからさまじゃ無かった。あそこまで、敵意剥き出しじゃ無かった。
「・・・ああ、別に何でもいいや。お前と一緒のでいい。」
投げやりにゼルが言う。
「分かった。」
頷いて書類に眼を通す。お陰で自分も全然集中できない。仕事が溜まる一方だ。

「・・・なあスコール」
突然ゼルが話し掛けてきた。
「何だ?」
「・・・やっぱ良くないな。セフレって。」
寂しげに瞼を伏せて、ポツリと漏らす。
「お前の言う通りだった。性の道具ってやつだよな、あれって。」
へへ、と自嘲気味に頭を掻く。
「なんか、そーゆー関係は、俺にはちょっと、無理だったみたいだ。」
いきなり顔を上げて、不自然に明るい調子で話し出す。
「ごめんな!最近暗いよな俺。元気が売りのキャラなのによ。ごめん。すぐ元気になるからさ!」

「別にいい。」

「え?」
ゼルが瞬きをする。スコールが静かに顔を上げる。
「別に元気じゃなくてもいい。俺は全然構わない。」
そう言ってもう一度書類に眼を落とす。当然の事を、当たり前の様に言っただけだ、とでも言うような
淡々とした口調だった。

元気でも、元気じゃなくても、俺はお前の友達だから。

「・・・うん。」
ゼルが机に顔を伏せて答える。
「ありが・・」
語尾が震えて言葉にならなかった。優しい友達。
最後に思い切り、泣いてもいいか。もう、これっきりにするから。もう、忘れるから。
ガキ大将みたいな誇らしげな笑顔も、時々ふいに見せる照れた微笑も。
全て手の届かない夢だったと諦めるから。元の生活に戻るから。
サイファーのいない生活に、戻るから。

だから嫌だったんだ。
足早に歩きながらスコールが思う。あんな風に泣かれるのが嫌で、サイファーから引き離したのに。
それなのに、結局この有様だ。
サイファーの部屋に向かう。目的の男はちょうど部屋を出るところだった。自分の姿を見て、
嫌そうに顔を顰める。その胸倉を掴みあげて、ドンと壁に押し付けた。
「言いたい事があるなら、言ったらどうだ。」
ギリギリと襟を締め上げる。
「この間から人の顔をジロジロ睨んで。何か言いたいなら、はっきり言え。」
サイファーがふいと横を向く。フンと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。それを冷たく見返した。
「嫉妬か。」
瞬間、緑の瞳にカッと怒りが走った。激しい勢いで締め上げる腕を弾く。
「ふざけたこと言うんじゃねえ・・!!」
憎悪を剥き出しにして自分を睨む。野生の動物のようだと思った。重ねて言い放った。
「俺にゼルを獲られたと思ってるんだろう?それで嫉妬してるんだろう?」

何て嫌な野郎だ。
歯噛みする思いで目の前の男を眺めた。最初から、ゼルはこいつのものなのに。それをわざわざ宣言
しにくる。嫉妬するしかない自分の立場を突きつけてくる。
「てめぇ、馬鹿じゃねえか?何で俺があんなチキン野郎ごときでてめぇに嫉妬するんだ。」
虚勢だと自分でも思った。虚勢を張るしか、プライドを保つ方法は無かった。
スコールが平然と言い返す。
「随分だな。そのチキンごときと、寝てたくせに。」

愕然とスコールの整った顔を見返した。今、何て言った?
「好き勝手に玩具扱いして、要らなくなれば捨てるくせに、嫉妬だけはするのか。立派な男だな。」
頭が混乱する。どうして知ってるんだ。ゼルが言ったのか?いや、それより今こいつは何て言った?
「玩具」って何だ。「要らなくなれば捨てる」って何だ。
「何言ってんだお前。俺がいつあいつを玩具扱いした。いつ捨てるって言った。」
スコールが眉を顰める。何だこの反応は。予想と全く違う。
「・・ゼルはそう思ってる。」
「は!?」
心底驚いたようにサイファーが眼を開く。スコールの頭に、一つの仮定が浮かんだ。
ひょっとして・・・。
「・・・自分は女の身代わりだと言っていた。謹慎期間が終われば、関係も終わると言った。」
絶句するサイファーを眺めながら言葉を続ける。
「あんたの性欲解消の道具だと、自分の事を思ってる。」

呆然と見開かれた緑の瞳に、確信が深まっていく。そうだ。きっと間違いない。
二人とも、全然自覚が無かったのか。
あまりの馬鹿馬鹿しさに腰から力が抜けていく。一週間だ。たった一週間だぞ。
自分がゼルを拘束したのは、たった一週間だ。
それなのに、この男は見境なく嫉妬に狂ってるし、ゼルはこの世の終わりみたいに落ち込んでいる。
これのどこがセフレだ。鈍いのもいい加減にしろ。たまりまくった書類の束が脳裏に浮かぶ。
大迷惑だ。どこまで人を引っ掻き回す気だ、こいつらは。
立ち尽くすサイファーの姿を眺める。あんたがそんなに鈍いなら、俺が後押しをしてやろう。
それでもう、決めてくれ。これ以上、仕事の邪魔をしないでくれ。
髪を掻きあげ、見下すようにサイファーを見る。
「いらないなら、俺が貰う。」
「・・・何?」
弾かれたようにサイファーが眼を見開く。スコールがニヤリと笑う。
「ただのセフレなら、それでいいだろう?ゼルが誰と、何人と寝ようと。」

身構えといて良かった。
ぎりぎりで拳をかわして、スコールは思った。こんなのをまともに受けたら、保健室行きだ。
「てめぇ・・・殺されてぇのか。」
「何でだ。ゼルだって俺と寝る気になるかもしれないぞ。既に自分はフリーだと思ってるしな。」
我ながら、よくこんなセリフが出てくるな。自分でも呆れながらスコールが言う。
リノアには絶対聞かせられないセリフだ。
サイファーが物凄い眼でスコールを睨む。そして、忌々しげに舌打ちをした。
「・・・てめぇを殺すのは後回しだ。あの馬鹿は何処にいる。」
「さぁ。自分の部屋にでもいるんじゃないか?」
肩をすくめてスコールが返事する。サイファーが即座にゼルの部屋に向かって歩き出す。
と、突然足を止めた。
「スコール・・・あいつに手ぇ出したら、本気で殺すぞ。」
それだけ言うと、さっさと大股で去っていく。やれやれ、後は二人で解決して貰おう。
恐る恐る集まってくる野次馬を手で追い払いながら、スコールは大きな溜息をついた。

「馬鹿チキン!!開けろ!!」
扉の向こうで怒鳴る声に、ゼルはぎょっとベッドから起き上がった。
「サ、サイファー!?」
「おう!俺だ!開けろ、この馬鹿!!」
思わずロックを掛け直した。怖すぎる。ただでさえ、今サイファーの顔なんて見たくないのに、
この激昂ぶり。入れたら何が起こるか分からない。この上身体まで傷付けられるのはごめんだ。
「あっ!てめぇ鍵掛け直しやがったな!!」
思い切り扉を蹴る音がする。何なんだ一体。仕方なく中から叫んだ。
「何だよ!何怒ってるんだよ!」
「いいから開けろ!じゃねえと、今までの事ここで全部ぶちまけるぞ!!」
サイファーが大声を張り上げる。
「こいつは、俺とセックス・・」
「!!!止めろ!!馬鹿!!」
慌てて扉を開けた。サイファーを中に引き摺りこんだ。
「お、お、お前、な、な、何を・・・!」
動揺のあまり言葉が上手く出てこない。そこに追い討ちをかけるようにサイファーが怒鳴り散らす。
「だからてめぇは馬鹿チキンだってんだよ!いや、チキンなんて言ったら鳥に申し訳ねえ。馬鹿だ!
てめぇはただの馬鹿だ!!」
「お、お前よくもそこまで・・・!」
やっと我に返ったゼルが負けじと怒鳴り返す。
「お前にそこまで言われる筋合いねぇよ!何だよ急に!!俺のどこが馬鹿だよ!!」
「馬鹿に決まってんだろうが!!」
サイファーがゼルの片耳を思いっきり捻りあげる。

「俺がいつ、てめぇと終わりにするっつった!!」

ゼルが大きく眼を開く。
「だ、だって・・もう謹慎期間終わるから・・」
「だから何だ!てめぇ、それしきの事で俺が態度を変えるとでも思ったのか!?舐めんのも
いい加減にしろ!」
ぐりぐりと耳を引っ張る。
「誰がいつ、てめぇを女の替わりだって言ったんだ。いもしねぇ女の事でぐじぐじ悩みやがって。
流石チキンだな!そんな馬鹿げた事で悩むなんざ、人間様には予想もつかなかったぜ!ふざけんな!!」
襟首を掴みあげて怒鳴る。

「てめぇに嫌われたかと思って心配したじゃねえか!!」

ゼルがパチパチと瞬きする。心配した?サイファーが?俺に嫌われたと思って?
激昂したサイファーが怒鳴り続ける。
「それで何だ?人をそこまで疑っといて、自分はスコールに色目使ってたってわけか?ああ!?」
何だそれは。聞き捨てならない。
「何言ってんだお前!?俺がいつスコールに色目使ったよ!?変な事言うんじゃねえ!!」
「使ってるじゃねーか!スコールスコールって馬鹿の一つ覚えみてぇに言ってんだろうが!
スコールが寝ろっつったら喜んで寝るんだろ、てめーはよ!!」
怒りでブルブルと拳が震えた。自分とスコールの神聖な友情をそこまで言うとは。
「んな訳ねーだろ!!スコールは友達なんだぞ!!何訳のわかんねえ事言ってんだ!」
頬を紅潮させて叫ぶ。

「俺が寝るのは、お前とだけだ!!」

「・・・じゃあ、いいじゃねえか。」
「あ?」
「俺がやるのは、てめぇとだけだ。てめぇが寝るのも、俺とだけだ。それでいいじゃねえか。
何で悩んでんだ。」
ゼルがぽかんとサイファーを見上げる。
何でって・・・・・何でだろう?何で悩んでたんだろう。
何かものすごく悩んでたのに、わーわー怒鳴りあってるうちに、分からなくなってしまった。
サイファーが、俺に嫌われるのを心配してたって言ったから。俺としかやらないって言ったから。
それを聞いた瞬間から、他の事はどうでも良くなってしまった。
何もかもが、吹き飛んでしまった。
サイファーが、吹き飛ばしてしまった。

「・・・そうかな。悩む必要、ないかな?」
「ねえ。」
サイファーが断言する。
「ホントに?」
「おう。」
自信たっぷりに返事をする。ガキ大将みたいに胸を張る。
何だか可笑しくなった。腹の底から笑いが込み上げてくる。思い切りサイファーに笑いかけた。
「・・・そうか。なら、いっか!」

まずい。重症だ。
サイファーが思わずこめかみを押さえる。このガキっぽい笑顔が可愛いと思うなんて。
しっかりしろ。やってる時ならまだしも、ただ笑っただけだぞ。それでこんなにクラクラきて
どうすんだ。これ以上溺れてどうするんだ。
あんまり久しぶりで。
この太陽のような笑顔が久しぶりで。
俺としか寝ない、と言う一言があんまり爽快で。
大声で笑ってしまいそうだ。心臓が踊りだしてしまいそうだ。

「・・身体、大丈夫だったか?」
サイファーの言葉の意味を悟って、ゼルが真っ赤になる。
「う、うん。もうそんなに・・・」
痛くない、とごにょごにょ小さな声で呟くと、サイファーがあっさりと言った。
「そうか。なら、やろうぜ。」

こ、こいつ・・・。
ゼルが絶句してサイファーを見上げる。こいつ、本当に分かってるのか?
この、二言目にはやらせろと迫る態度が俺を不安にさせたんだって、分かってるのか?
「なぁ、いいだろ?」
腕を掴んで顔を寄せてくる。その腕が、ほんの少し遠慮がちなのに気付いた。
ふと、試してみたくなった。サイファーの心を、計ってみたくなった。
「・・・俺が嫌だって言ったら、どうする?」
サイファーの動きが止まった。掴んだ腕をスッと手放す。
顔を上げ、真っ直ぐな眼で静かに尋ねる。

「嫌なのか?」


ゼルが思わず眼を瞑る。
この男を試すことは許されない。悪戯に心を計れば、射抜かれるのは自分の方だ。
この深緑の瞳に、心を射抜かれてしまうだけだ。
大きく息を吸い込んだ。ゆっくりと、緑の瞳に答えを返す。

「嫌じゃない。」

その瞬間、力強く抱き寄せられた。全身サイファーの腕に包まれながら、うっとりとゼルが思う。
嫌じゃない。この力強い腕も、見つめる瞳も、唇に落ちてくるキスも、ちっとも嫌じゃない。
全部。お前の全部が、嫌じゃない。
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