もう駄目だ。スコールから逃れられない。俺は子供のように嫌々と首を振った。その顎をスコールが
難なく掴む。こんな幼稚な拒否しか残されてない自分が情けなくて、涙が出てきた。
スコールの唇が触れる寸前、涙混じりで叫んだ。

「サイファー!!」

その途端、激しい力が俺の腕を鷲掴みした。
一瞬の内に、俺はサイファーの左腕にしっかりと包まれていた。
「泣きながら人の名前呼ぶんじゃねーよ。」
サイファーの低い声が、頭上から響く。いつものからかうような口調が、僅かに緊張を孕んでる。
右腕はハイペリオンを構えたままだ。
俺は恐る恐るスコールを振り返った。

スコールは不思議そうに俺を見詰めていた。無心な戸惑いと驚きが瞳に浮かんでいる。
今起こった事が理解出来ない、とでも言うようにゆっくりと瞬きする。
まるで手品を仕掛けられた子供の様だ。
『どうしてだろう。いままで手の中にあったのに、消えちゃった。』
スコールの手がガンブレードの柄を掴む。
『なんて不思議なトリックなんだろう。』
滑らかな仕草で銃身が抜かれる。
『返してもらわなきゃ。あれは僕のものなんだから。』
光る刃が正眼にピタリと据えられた。薄い唇がゆっくりと開く。
「どんな手を使っても。」
火花のような一言だった。

サイファーの体に電流が走った。さっきまでとは比較にならない量のオーラが、体から湧き上がる。
力の一つ一つが、ハイペリオンに集中していくのが分る。
スコールの蒼い眼が、それを静かに眺める。未知のモンスター倒す時、スコールはいつも
こうしてじっと敵を見詰める。機械が分析するように、敵の力量を正確に測ろうとする。
静かな、危険な、ブルーアイズ。この分析が終わったら、もう誰にも止められない。
相手はサイファーなのに。

「止めろ!!馬鹿!!」

瞬間、俺は弾丸のように飛び出して叫んでいた。握った拳でスコールの頬を思い切り殴りつけた。
スコールの体が地面に叩きつけられる。
「スコール、お前、何てこと、すんだよ・・・!」
怒りで言葉が切れ切れにしか出てこない。替わりに涙が勝手に出てきた。

お前、何て事するんだよ。相手はサイファーじゃねえか。何で本気でやろうとするんだよ。
何でサイファーのこと、あんな眼で見るんだよ。
サイファー、敵じゃねえよ。もう、敵じゃねえんだよ。
やっと敵じゃ無くなったんじゃねえか。
「・・・イファー、も・・・、敵じゃ・・・ね」
くそう。何で俺、こんな大事な場面で声詰まらせてんだよ。泣いてる場合か。
しっかりしろ、俺!

スコールがゆっくり半身を起こす。俺は泣きながらスコールの側に膝をついた。
スコールが静かに俺に手を伸ばす。そっと、大事そうに涙に濡れる目元をぬぐう。
冷たい指が微かに震え、俺が眼を瞬くと同時に、長い腕が一気に俺の全身を抱きしめた。

「ごめん。」

「ごめんじゃねーよ!!」
俺はわあわあ泣きながらスコールの背中を叩いた。スコールの腕の力がぎゅっと強くなる。
ああ、俺みっともねえ。こんなガキみてえにぎゃあぎゃあ泣いて。だからチキンなんて呼ばれち
まうんだよ。
だけど、止められねえんだ。
スコールの抱きしめる腕が、背中を優しく撫ぜる手が、もう大丈夫だって言ってて。
もうこんな事しねえって言ってて。何だか分らねえけど、涙が止まらねえんだ。

「やってらんねーな。」
呆れたような声がした。振り返るとサイファーがハイペリオンを肩にひょいと乗せていた。
ふん、と軽く鼻で笑って俺の額をちょんと突付く。
「勘違いすんなよ。てめぇが絡まれてたから助けてやろうとしただけなんだ。何せ俺様は風紀委
員だからな。校内で弱いもの苛めがありゃ、見過ごすわけにゃいかねえんだよ。」
厳つい肩を大袈裟にすくめる。
「・・ったくよ。俺様は忙しいんだ。自分で反撃できるなら、最初からそう言え。馬鹿野郎。」
突然大きな手が俺の頭をぐしゃっと撫ぜた。そのまま無言でぐしゃぐしゃと髪を掻き乱し
続ける。
まるで、大事なものを手放す人みたいだった。もう、二度と触れない宝物を、最後に一回だけ手
の内で抱きしめるような、力の篭った仕草だった

お前、もしかして本当に、俺のこと、好きだった?
もう一度スコールと戦うことになっても、俺を助けようとしてくれた?

「サイファ・・・」
「じゃあな。」
あっさりとサイファーが手を離した。くだらねぇ推理してんじゃねぇ、と言いたげに、そっぽを向く。
白いコートがくるりと踵を返した。
その時、サイファーの頬が微かに動いた。

ありがとよ

そう聞こえた気がした。
「・・・? 何がだ?」
大きな体は何も応えずにずんずんと歩いて行く。いや、そもそもあれは俺の空耳だったのかも
しれない。
サイファーが俺に「ありがとう」なんて言うわけ、ねぇもんな。


て言うか、問題はこの状況なんじゃねえか?
俺はやっと我に返って自分の置かれた状況を振り返ってみた。
スコールはもう、固くしがみ付いて離れようとしない。俺はラッコの貝状態だ。
「ス、スコール・・・」
何とか首を捻って頭上を見上げ、俺は息を呑んだ。

「お、お前のかお―――――!」

そ、そう。そうだよな。俺やっぱ力強いよな。その俺が眼一杯殴りつけたんだもんな。
スコールの頬が見事に赤く鬱血し、口元から血が出てる。なまじ綺麗な顔してるだけに、その
ギャップが余計に凄絶だ。
「は、歯とか折れてねぇ?」
間抜けな質問をしながら、おろおろと赤黒い頬を撫ぜた。スコールがちっ、と眉を顰める。
「あ、ご、ごめん。」
慌てて手を引っ込めようとすると、その手がぐいっと握られた。真剣な瞳で俺を見下ろす。
「ゼル・・・・」
「な、何だ。」
どうしよう。怒ってんのかな。いや、怒ってるに決まってるよな。こんな綺麗な顔をこんな風に
しちまって。ファンの奴等に見つかったら、半殺しだな俺。
スコールの顔がどんどん近づいてくる。
あ、ひょっとしたら、お返しに殴られんのかな。でも、やられてもしょうがねえよな。
むしろそれ位じゃねえと釣り合いとれねえよ。この有様じゃ。
ぐっと歯を食いしばって眼を閉じた。

「な、殴るんなら、一発ずつでアイコにしねぇ?」

スコールの手が止まった。まじまじと俺を見ている気配がする。
ぶっ。
突然盛大に噴出す声がした。驚いて眼を開くと、スコールが腹を折り曲げて笑っている。
「な、何だよ。」
「お、俺は・・・」
笑いで声が出ないらしい。目尻に涙が浮かんでる。結構異様な光景だな。爆笑するスコール。
正直言って怖ぇ。
「違うんだ。ゼル。俺は、」
スコールが涙を拭きながら顔を上げる。

「お前にキスがしたいんだ。」


ま―――――――――だ、諦めて無かったのか―――――――!!!


俺は心中で絶叫した。何て執念深い奴だ。この大騒ぎは一体何だったんだ。
呆れるあまり言葉が出ない俺の肩をスコールが掴む。
「ちょっ、止めろよ。」
嫌がる俺の腕を何事も無かったように引き寄せる。
「お、お前、血、血が出てるぞ、口から!キスなんかしたら化膿すんぞ!」
ジタバタと抵抗しながら叫ぶと、スコールがふっと困った顔になった。
「・・・・そうか?」
「そうだよ!!他人の唾液なんか混じったらまずいって、衛生学の時習ったじゃねーか!!」
ここぞとばかりに勢いづいて言うと、スコールは軽く頷いた。
「そうだな。」
おお、聞き分けいいじゃねえか。やったな、俺!スコールが考え深そうに腕組をする。
「初めてのキスが血みどろっていうのは、ちょっとまずいな。」
・・・いや、そういう意味じゃなくて。と思ったが、もう遅かった。スコールの腕がすかさずぐいっ
と腰に廻されて、また腕の中に閉じ込められる。蒼い瞳が嬉しそうに俺を覗き込んだ。
「治ったら、してもいいか?」
「は?」
「今、ここで約束しろ。治ったら、俺とキスするって。」
治ったらって・・・。
「や、約束しなかったら?」
「血まみれでもいい。ここでキスする。」
それじゃ、どっちみちキスするんじゃねーか。全然選択肢になってねーよ。

選択肢。

俺は去っていくサイファーの後姿を思い出した。
あれが最後のチャンスだったんじゃねえか?
スコールから逃げられる最後のチャンスが、あれだったんじゃないのか?
俺はそれを逃しちまったんじゃないのか?

神様、神様、あんまりだ。何でこんな選択肢しか残してくれねえんだ。
どんな道を選んでも、スコールに繋がっている。
どの道も、奴の唇に繋がっている。
(END)
久しぶり(←おい)のスコゼル、楽しかったです。・・と言いつつこんなオチ。すみません。
サイゼルも近日中にUPするつもりです。宜しくお願いします。
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