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目の前で美貌の男が跪いて顔を上げる。整った顔に蕩けるような微笑を浮かべて、大事そうに 俺の手を取る。窓から差す柔らかな日差しを浴びる姿は、伝説の騎士さながらの美しさだ。 周囲から思わず感嘆の溜息が漏れる。 俺は頭を掻き毟って悲鳴を上げた。 「スコール!頼むからその格好をやめてくれ!」 俺は今、右腕を怪我してる。 常軌を逸したスコールファンに切り掛られたせいだ。何とかの馬鹿力ってのは本当らしく、 傷はかなり深かった。 まあ、それはいいんだ。問題はその後だ。 スコールが怪我が治るまで、俺の身の回り一切を世話する、と高らかに宣言しやがったんだ。 ありがた迷惑。 当にそれだ。いや、「ありがた」じゃねえ。大迷惑だ。 スコールはガーデンのカリスマ的存在だ。熱烈なファンが山のようにいる。 言っちゃ悪いが、類友っつーか、スコールファンは思い込みの激しい奴が多い。 俺に切りつけた男なんかは、そのいい例だ。 そのカリスマがまるで下僕のように俺の世話を焼こうとする。 奴等の嫉妬心が轟々と燃え盛る音が聞こえるようだ。ここ一週間で俺に来る脅迫状は倍増した。 こいつが俺に纏わりつけばつくほど嫌がらせがエスカレートしてくる。あの嫌がらせパワーで発 電できたら、世界のエネルギー事情は一変するだろう。 それなのに、こいつときたら俺の苦労が全然分かってない。 分かってないどころじゃない。俺が怪我してからの張り切りぶりと言ったらねえ。 四六時中べったりとガムみてえに張り付いて離れない。 スコールがうっとり俺に顔を寄せる。 「何でもしてやる。次は何をすればいい?」 周囲が呆れた眼で俺を見る。さすが魔性の男、と誰かが呟いたのが耳に入った。 俺は益々激しく頭を掻きむしった。 違うんだ。こいつが勝手にこんな事言ってるんだ。俺が言わせてるんじゃねえんだ。 何で俺が魔性扱いされなきゃならねえんだ。かつてはガーデン一の熱血男とまで言われた、 直情一直線のこの俺が、男を誑かす変態男扱いされるなんて。 堪らず、スコールの手を弾いた。 「じゃあ、俺を放っといてくれよ!」 途端にうっと息を呑んだ。 花が萎れる様に、見る見るスコールの顔が悲しげになっていく。 形の良い眉が辛そうに顰められ、長い睫が哀しみに沈んで蒼い瞳を塞ぐ。 普段無表情なだけに、一層悲壮な印象だ。俺はおろおろとスコールの顔を覗き込んだ。 「い、いや、その!だ、だから、お前も色々大変だろうと・・・」 沈んだ声が唇から漏れる。 「俺は償いもさせて貰えないのか?」 「つ、償いって・・・。もう、気にするなって言ってるだろー?」 途方に暮れて奴の顔を見た。 俺の怪我はスコールのせいじゃない。むしろ原因は俺にある。もう何度もそう説明した。 なのにこいつは思い込みが激しいから、今だに自分を責めてる。 「・・・じゃあ、昼飯運んできてくれねえ?」 「分かった。待ってろ。」 ぱっと笑顔になってスコールが立ち上がる。いそいそとカウンターに行く後ろ姿を見ながら、 俺は大きな溜息をついた。 「見〜ちゃったあ。噂の守護天使〜。」 鈴をふるような明るい澄んだ声で、後ろから左肩を叩かれた。 「よお、セルフィ。・・・守護天使って何だ?」 「知らないの〜?班長の、最新のあだ名だよ〜。」 「へえ?何でそんな大層なあだ名が出来たんだ?」 「またまたまた〜。ゼルが原因なんだよー。」 「俺!?」 じゃあ、教えてあげよう、と胸を張って、細い指がありもしない口ひげを捻る真似をする。 「スコール班長、最近ゼルのこと、ずーっと面倒みてるでしょ?その姿がまるでゼルの守護天使 みたいだって、女の子のう・わ・さ〜。」 「何だそりゃ!?」 思わず大声を出した。そういや最近俺に来る「幸せになってねメール」(スコールを応援する奴等 も結構いるんだ。世も末だぜ)にやたらと「天使」って言葉が出てくると思ってたんだ。 原因はこれか! ニコニコと俺を見ていたセルフィがふと眼を上げた。 「あ、守護天使が来た〜。じゃあね〜。」 「え?一緒にいればいいじゃねーか。」 「あたしはそこまで野暮じゃありませーん。天使の機嫌を損ねたらバチが当たるも〜ん。」 風に乗る綿毛みたいに、セルフィがふわふわと手を振って去っていく。 理不尽だ。何で俺が「魔性の男」でこいつが「天使」なんだ。こいつの何処が守護天使だ。 背後霊の間違いじゃねえのか。俺は憮然とスコールを見上げた。 眼が合うと、スコールが花のようににっこりと微笑む。 ・・・まあ、奴等の言い分もわかるんだ。この綺麗な笑顔を見てると、男に迫りまくり、 強姦までしちまうような悪辣な奴にはとても思えない。どう見たって俺がスコールに懸想して口 説いたように思えるだろう。 でも現実はそうなんだ。なのに誰も分かってくれない。世の中は何て不条理なんだ。 俺は大きな溜息をついた。 「・・お前なあ!・・何でそーゆーのを選ぶんだよ!」 「そうか?」 スコールが空っ惚けて横を向く。ホカホカ湯気の立つ、汁気たっぷりのボンゴレがゆっくりと 机に置かれる。 利き腕が利かない俺にこのツルツルしたパスタ。昨日の昼飯も確かパスタだった。こいつ、またアレを しようとしてんな。俺はムッと奴を睨んだ。 スコールが慣れた手つきでフォークを絡める。 「ほら、口を開けろ。」 「・・・絶対わざとだろ、お前・・・」 「何の事だか分からない。」 「真顔で嘘つくなっ!お前わざわざ片手じゃ食い難いもんを・・うっ」 突然腹がぎゅる〜っと大音量で鳴ってしまった。スコールがクスリと笑う。 「馬鹿。ぐずぐす言ってないで早く食べろ。」 うう、どんな時でもきっちり腹が空く自分の健康さが憎いぜ。 周囲から刺すような視線を感じる。しかもどれも超低温だ。恐る恐る顔を上げると、 嫉妬と恨みで固められた氷の視線がビシビシと飛んでくる。 「ゼル、どうした?」 「どうしたって・・・。この冷めてー空気が分かんねーのか!?シヴァも真っ青なこの空気が!」 俺は呆れて叫んだ。何て鈍感な奴なんだ。 スコールがちょっと不審そうな顔をして、ふいに辺りを見回した。 その途端、空気が一変した。スコールの視線があたるそばから、雪解けの様にふにゃふにゃと、 今まで睨んでた奴等がうっとりと溶けていく。赤くなってだらしない笑顔を浮かべる。 ムンムンとしたピンク色の熱気に包まれて、視線を一巡したスコールが簡潔に感想を述べる。 「別に何も変わりない。」 「・・・・・。」 ・・・もう説明する気も起きない。俺はぐったりと背もたれによりかかった。 スコールが嬉しそうにフォークを差し出す。そのままキスしかねない至近距離だ。急激に温度を 下げ初めた視線の中、俺はヤケクソでフォークに噛み付いた。 部屋に戻ると、当然のようにスコールもついて来る。ここんとこ、ずっと俺の部屋に泊まりこん でる。部屋に戻れって言っても「夜なにかあったら困る」の一点張りで全然聞き入れてくれない。 「あれ?」 「どうした?」 「俺のTボードが無い。」 「・・・ああ、あれか。あれは倉庫に保管してもらった。」 「はぁ!?何でそんなことすんだよ!戻せ!今すぐ戻せ!」 「駄目だ。怪我人には危険過ぎる遊具だ。」 スコールがきっぱりと言う。 「それに、あれがあるとお前はすぐ何処かに行ってしまう。何時もいっそ叩き壊してやろうかと 思ってた。そこを我慢して預けたんだ。感謝して欲しいくらいだ。」 この滅茶苦茶な言い分は一体何事だ。あまりに手前勝手な理屈に気が遠くなりかけた。 何で自分の持ち物を勝手に預けられて、しかも、それを感謝しなきゃならないんだ。 「お・・・お前なぁ・・・」 「それより、早く一緒に風呂に入ろう。」 勝手に話を打ち切ってスコールがにじり寄ってくる。俺はぎょっとして眼を大きく開いた。 「ばばばばば、馬鹿っ!もう絶対嫌だ!!」 「何で?」 「おっおっおっお前、あ、あんな恥かしい真似を俺にしといて・・・!も、もう、ぜえっって― ―――嫌だっ!」 スコールが俺の頬を軽く撫ぜる。 「照れるな。男同士だろう。」 「お・・・!」 男同士じゃ普通やらねえことをしてるくせに、よくしゃあしゃあと言えるもんだ。 絶句する俺をスコールがじりじりと追い詰める。爽やかな笑顔が一層怖い。 神様―――――――――――。 俺は心中で絶叫した。 勿論神様は助けになんかこなかった。 翌日の夕方のことだった。スコールは朝から何度も教官室に呼ばれていた。その時もそうだった。 一人でぼーっとしている俺の肩を、誰かが後ろから叩いた。 「ゼル、怪我の調子はどう?」 「よう、キスティス。何とか。」 笑顔で返事すると、キスティスが何だか躊躇いがちに俺の眼を見た。 「あのね、ゼル。ちょっと相談があるの・・・。」 「うん?」 「スコールのことなの。こんな事あなたに言っても仕方無いかもしれないけど・・・。」 キスティスの生真面目な顔が困惑に曇ってる。俺は身を乗り出した。 「スコール!!ちょっとこっちに来い!」 戻ってきたスコールの腕を掴んで俺は部屋に連れて行った。 「何だ。」 「お前、任務につくの拒否してるのか!?上の方じゃえらい問題になってるそうじゃねーか!」 チッ、と軽く舌打ちしてスコールが黙り込む。やっぱり本当なんだな。 「キスティスから聞いたのか?」 「誰だっていいだろ!何考えてるんだ!お前!」 「大丈夫だ。心配するな。」 「大丈夫な訳ねーだろ!!」 思わず叫んだ。 ガーデンは言わば一種の軍隊で、SeeDはその兵隊だ。上の命令は絶対だ。 だからこそ「SeeDは何故と問う無かれ」なんて規則があるんだ。余程の事情が無い限り、任務拒否 なんて許されない。SeeD資格剥奪覚悟の行動と取られても仕方が無い。 「何で任務拒否なんてするんだよ!」 返事が無い。無くたって理由なんて分かってる。 「お前・・・俺の面倒みる為に任務断ったんだろ。」 「今の俺には最優先事項だ。」 きっぱりとスコールが言う。俺は泣きたくなった。 そんな理由を教師達が納得するもんか。こいつは何も分かっちゃいないんだ。 いや、そもそもこいつはそれが理解できる頭の構造じゃないんだ。 一旦思い込むと、他の事はどうでも良くなっちまう。 サイファーみたいに表立って行動しないから目立たないが、実はサイファー以上に暴走野郎だ。 「いいから任務受けろよ!俺なら平気だから。」 「嫌だ。」 「好き嫌いの話してるんじゃねーんだよ!馬鹿!任務に行けってば!」 「行きたくない。」 プイとスコールが横を向く。登園拒否の幼稚園児かお前は。 「行け!」 「行かない。お前の側にいる。」 拳がプルプルと震えた。この大馬鹿野郎!こんな馬鹿げた事でSeeD資格剥奪になってもいいのか! 怒りで頭の中が白くなった。 「俺はお前の世話なんかいらない!むしろ迷惑だ!」 スコールがパッと顔を上げた。 「迷惑・・?」 「迷惑だ!」 間髪入れずに言い返した。溜まりに堪った怒りが堰を切って流れだした。 「大迷惑だ!この一週間で脅迫状は倍になったし、Tボードは勝手に取り上げるし、その上 今度は任務拒否!人を困らすのもいい加減にしろよ!」 ゼイゼイと息を切らしながらスコールを見ると、スコールがふっと眼を逸らした。 「迷惑、か・・。」 まるで自分に言い聞かせるように、ゆっくり呟く。その言葉の意味を噛締めるみたいに。 ハッと我に返ってスコールの顔を見た。まずい。ちょっと言い過ぎたか。 でも、ここで謝るわけにはいかない。 ここで謝ればこいつの任務拒否を認めることになる。それだけは駄目だ。 「・・・分かった。今から教官室に行く。」 スコールがようやく顔を上げた。蒼い瞳が凍える星のように悲しげに瞬く。 何だよ。何でそんな眼するんだよ。堪らず顔を反らした。 「お、おう。そうしてくれ。」 スコールは横向く俺を暫くじっと見つめていたが、やがて静かに部屋を出ていった。 これでいいんだ。 俺は自分に言い聞かした。第一、迷惑してたのは本当の話だ。 これでスコールは資格剥奪にならずに済むし、あいつが任務に行けば俺に来る脅迫状の数だって きっと減るだろう。そうだよ、これが一番の解決方じゃねえか。 俺はいいことをしたんだ。したはずだ。 なのに、どうしてだろう。 最後に見たスコールの眼が忘れられない。 モヤモヤした気分のままベットにゴロリと横たわった。と、何か固いものが背中に当たった。 体を起こして振り返ると、俺のノートだった。 中をパラパラと捲った。今日の講義内容がスコールの綺麗な字で書き写されてる。 隣でずっとノートを取っていた端正な横顔が脳裏に浮かんだ。 俺は眼をギュッとつぶってノートを放り投げた。 スコールはそのまま戻ってこなかった。きっと任務の打ち合わせに入ったんだろう。 俺は一人で夕飯に行った。食堂にはキスティスがいた。 「よお、キスティス。スコールの奴、任務引き受けたか?」 キスティスが眉を顰めた。 「ゼル・・・。スコールから何も聞いてないの?」 嫌な予感がした。この顔は決していいニュースじゃない。 「彼、SeeDも委員長も、全部辞めるってさっき学園長に言ったのよ。皆で必死に引き止めて一応 保留にしてあるけど・・・・。」 |
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