天使な男2
「スコール!」
ドアが開くと同時に部屋に転がり込んだ。
「何で!おまえっ!何でっ!?」
「落ち着け。」
「落ち着けるか!!お前、辞めるって・・・!SeeDも委員長も辞めるって・・・!何で!」
興奮で口が上手く回らない。頭の中で「辞める」の一言がぐるぐると渦を巻いてる。
両手で襟首を掴もうとして、俺はうっと肩を抑えた。
「大丈夫か。」
「大丈夫じゃねえ!理由を言え!理由を!」
長い睫の一本一本がはっきり見えるほど顔を寄せて叫んだ。スコールがふっと視線を外す。

「自信が無くなった。」

はあ?

今、目茶目茶弱気な言葉が耳に入ったような。
スコールがドサリとベットに腰掛けて頭を垂れた。
「俺にはSeeDの資格は無い。まして委員長なんて尚更自信が無い。無理だ。」
俺はマジマジとスコールを見た。
「何言ってんだよ、A級SeeDのくせに。お前が自信無かったら俺なんかどうなるんだよ。」
「俺は馬鹿だ。」
何だ何だ、一体どうしたんだ。俺に迫りまくる辺りは確かに馬鹿だと思うが、今はその話をして
るんじゃない。仕事に関しては、こいつは超一流なんだ。馬鹿から最も遠い位置にいる男だ。
俯くスコールの喉が震えた。笑ってるようだった。
良くない。
こんな場面で、こんな表情で笑うのは、良くない。背筋がヒヤリとした。
「本当に、馬鹿だ。もう、どうしていいか分からない。」
「スコール・・?」
スコールが顔を上げた。

「お前に必要とされてると思ってた。」

髪を掻き揚げる長い指が途中で止まって眼を覆う。俺を見たくないみたいに。
「いつもお前は俺のことが迷惑そうだった。何をしても、迷惑そうだった。」
分かりきった事実を報告するように、淡々した口調で話す。
「だけど今は違うと思ってた。初めてお前に必要な存在になれたと思った。俺がお前を必要みたいに、
お前も俺を必要としてくれてると思ってたんだ。」
顔を覆う手のひらの下で、唇が自嘲の笑みに歪む。
「でも、やっぱりお前は俺が迷惑だった。お笑いだ。もう、どうしていいか分からない。何をしたらいいのか
分からない。こんな馬鹿に、任務が勤まるわけがない。」
それが理由だ、と言ってスコールが口を閉ざした。

まさかここまで思い込みが激しいとは。
俺はその場でヨロヨロと倒れそうになった。
何でここまで思い込むんだ。白い顔に心痛を浮かべたキスティスが脳裏に蘇った。
原因が俺との口喧嘩と知ったら呆れ返って口も利けないだろう。どうしていつもこんな風にガーデン中を
巻き込むような騒ぎを起こすんだ。
いや、ここで倒れるわけにはいかねえ。こいつは思い込みが激しい上に妙に頑固だ。
どうにかしないと、本当にSeeDも委員長も辞めちまう。
俺の方こそ途方に暮れそうだ。どうしたらこいつの気が変わるんだろう。
スコールが俯いたまま眼を伏せる。知り合って間もない頃、よく見た表情だ。
何もかもを拒否してる顔だ。

ふと気付いた。元々これが奴の本来の姿なんだ。誰とも関わりを持ちたがらない男。
人の世話を焼くような奴じゃない。そんな事、した事も無かったに違いない。
完璧に纏められたノートを思い出した。
あれは片手間にできることじゃない。多分自分のノートは殆ど白紙だろう。
本気で俺の面倒を見るつもりだったんだ。
初めて本気で人の面倒を見てたんだ。

伏せられた睫が何だか急に痛ましく思えて、落ち着かない気分になった。
あんまりこいつの態度が落ち着いてたから、俺は気付かなかった。
スコールが慣れないことをしてるんだってことに。

スコールは天使なんかじゃない。
無口で無愛想で他人に無関心な、ただの人間だ。
スコールはすごく頑張ってたんだ。
天使よりずっと、頑張ってたんだ。

「・・・なあ、眼を開けてくれよ。俺が悪かったよ。」
跪いて顔を覗き込んだ。眼は悲しげに閉じられたままだ。まるで嘆きの天使だ。
後悔が胸を焼いた。どうしてあんな言い方しちまったんだろう。
「ごめん。俺、言い過ぎた。お前、頑張ってくれてたのに。」
「でも迷惑だった。」
スコールが間髪入れずに言う。
「いや、だから、そりゃ・・・ちょ、ちょっとはそう思ったよ。」
くそう、落ち込んでるくせに、突っ込みは早い奴だ。
「でも、助かったのも本当だ。色々やってくれて助かった。」
「嘘だ。今更。」
ふいとスコールが横を向く。うう、拗ねまくってるな、こいつ。
「違うってば。なあ。俺ちゃんと感謝してるよ。」
俺はもどかしくスコールの肩を掴んで揺さぶった。
「・・・俺の世話がうざったかったんだろ。」
おお、とにかく何とか会話になってきたぜ。チャンスだ。俺は勢い込んで返事した。
「うざくない!いてくれて良かった!」
「・・・・触られるのも、嫌なくせに。」
「嫌じゃない!」
「俺のことなんか、嫌いなくせに。」
「嫌いじゃない!」
「じゃあ、好きなのか?」
「好きだ!」

あれ?

ハッと気付くと同時にスコールが物凄い力で俺を抱き寄せた。

「初めて言ったな。」
蒼い眼がうっとりと俺を見る。
「い、今のは反則だ!」
俺はあたふたとスコールの眼を見返した。今のは狡い。畜生、いつから立ち直ってやがったんだ。
さっきまであんなにしおらしかったくせに。
「反則でも、何でもいいんだ。お前の口からこの言葉が聞けるなら。」
蕩けるような声がする。
「ま、待てっ!だから今のは・・!」
「もう遅い。」
熱を帯びた唇が俺の唇に押し当てられる。滑り込む舌が俺の舌を優しく絡め取る。
「好きだ。俺も、お前が好きだ。俺もお前を愛してる。」
キスの合間に熱に浮かされたような声で言う。
「勢いで出た言葉でもいい。騙したと思うなら、思えばいい。だけど、俺はずっとその言葉が聞
きたかったんだ。」
息も出来ないほど強く俺を抱きしめる。
「いつもお前の側にいたい。でも、それだけじゃ嫌なんだ。お前に俺を好きだって言って欲しい。
必要だって言って欲しい。この恋が俺の独り善がりじゃないって言って欲しい。」
耳元にかかる吐息が熱い。
「俺のこと、迷惑なんて言うな。お前が思ってる以上に俺は臆病なんだ。どうしていいか分からなくなる。」
逃げることも叶わないような、激しい口付けが俺の唇を塞いだ。

長い指が俺のTシャツを捲り上げてく。俺はギョッとスコールの肩を掴んだ。
「ス、スコール!お前、こんな事してる場合じゃねえんだよ。早く学園長室行って、SeeD辞め
ないって言えってば。任務引き受けるって言わなきゃ・・」
「後で言う。」
「後じゃ駄目だ!」
「後じゃ駄目なのは、こっちの方だ。」
体がベットに倒される。俺の右肩を庇いながら、ゆっくりと。
「嫌だってば!」
「さっきは嫌じゃないって言った。」
うっと言葉に詰まった。そりゃ言ったけど・・・。
「触られるの、嫌じゃないって言っただろう?」
ジーンズのチャックが下ろされる音がする。長い指が滑り込んでくる。
「ちょっ、止めろよっ!」
狼狽して奴の髪を掴み上げた。その途端、蒼い瞳が燃えるような視線で俺を射抜いた。
俺は息を呑んだ。
「ゼル・・・。」
切ない声で俺を呼ぶ。俺は溜息をついた。駄目だ。この瞳。他のことなんか全然入り込む
余地が無い。
肩をがっくりと落とした。そうだよ、こいつはそういう奴なんだ。やりたい事があるともう、
それしか頭にねえんだ。人の言う事なんか聞きゃしねえんだ。俺は観念して眼を閉じた。
こいつに頭を冷やさせる方法は一つしかない。
こいつの願いを叶えてやるしか。

スコールの舌が俺の体を這う。濡れた舌で舐められると体がビクリと震える。
何時の間に、俺の体はこんなにスコールの舌に反応するようになってしまったんだろう。
大きな手が優しく俺のものを揉む。開く唇から思わず声が漏れる。
「ふ・・・っやっ・・・」
「お前も溜まってたんだな。」
「なっ・・・・!」
思わず眼を開けてスコールの顔を見た。
「だってもうこんなになってる。」
透明な汁で濡れる指でぬるりと先端を撫ぜられる。
「ち、違う!これは、お前が・・・・!」
「俺が・・?」
俺はキッと奴の眼を見た。

「う、上手いからだろ!俺のせいじゃない!」

スコールが大きく眼を開いた。そしてバサリと俺の胸に顔を埋めた。喉からくつくつと何か堪え
る音がする。
「何だよ!何が可笑しいんだよ!」
スコールが顔を上げた。上気する桜色の頬に、息を呑むほど華やかな笑みが浮かんでる。
「初めてお前に誉められた。」
「ほ、誉めてなんかねえ!俺はただ、その・・」
「最高だ。もっと誉めてくれ。」
浮かれた口調でキスをする。まだ喉の奥でクスクスと嬉しそうに笑ってる。
畜生、何時までも馬鹿みてぇに笑ってんじゃねえよ。

指の動きが急に複雑になった。俺の心臓が跳ね上がる。もう次に訪れる波を待ってる。
反射的に体をよじると、その動きに合わせて指がつぷりと中に押し入ってきた。
「は・・っ」
片手が俺のものをしごき上げ、もう一方が中に入っていく。全ての感覚が下半身に集中する。
「あ・・っ・・あ・・・やだっ・・・」
首筋に優しくキスされる。声が吐息に変わり、そして喘ぎ声になっていく。
「ゼル・・・」
スコールの声が切羽詰ったものになっていく。スコールの手の中で俺のものがビクビクと痙攣を
始める。
指が奥まで入って俺の中で淫らに動く。早くこの指を抜いてくれ。こんな生殺しみたいな感覚
は嫌だ。頭がおかしくなる。
「スコール・・ゆび、だめっ・・!」
震える声で訴えると、ふっと指が抜かれた。
「んっ・・・!」
固いものが中に一気に入る。スコールの艶かしい吐息が耳を撫ぜる。背中がゾクリと粟立った。
「は・・ぁっ」
溜息とも喘ぎともつかない声が喉から漏れる。前を嬲るスコールの指の動きが次第に激しさを増
していく。
「あっ・・・・んっ・・・スコール・・っああっ・・!」
どうしていつも、スコールとのセックスはこんなに体が熱くなるんだろう。
どうしてこんなに俺は溺れてしまうんだろう。
スコールの全身が俺の体を押さえつける。ぬらぬらと這い回る下半身の熱はもう、どちらのもの
か分からない。喉が震える。スコールがその喉に食らいつく。
「あ・・・・!」
やってきた快感は強すぎて、俺の意識は一瞬白くスパークした。

「ん・・」
スコールが俺にキスしている。俺はぼんやり眼を開けた。体がぐったり疲れ果ててる。
「スコール・・」
眠気が猛然と襲ってくる。必死で眼を開けた。今寝ちゃ駄目だ。きちんと約束させなきゃ。
これを約束させなかったら。セックスしにこの部屋に来た事になっちまう。それじゃ何の意味も
ない。(こいつは大満足だろうが)
「何だ?」
「早く・・・SeeD止めないって言いに行けよ。んで・・任務も、ちゃんと受けるって・・・」
スコールがちょっと呆れた口調で返事した。
「分かった。ちゃんと言いに行く。大丈夫だから、もう寝ろ。」
「ぜってーだぞ・・・」
「絶対だ。」
しっかりとした返事に、今度こそ睡魔が俺の瞼をがっちりと捕らえた。ホントに約束だからな、
と囁きながら俺は深い眠りに入っていった。スコールは最後に俺の頬にキスしたようだった。

眼が覚めると部屋は俺一人だった。キョロキョロと周りを見回して、ああ、と頷いた。
スコールの奴、やっと任務を引き受けたんだな。全く世話の焼ける奴だぜ。
よっ、と体を起こして俺はふと妙な違和感を覚えた。何かがおかしい。
もう一度部屋を見渡した。別に変わっていない。いつものスコールの部屋だ。
だけど、やっぱり何か・・・。何がっていうか・・全体的に印象が・・・。
しばらく考えたが、やっぱり分からない。俺は諦めてベットから出た。
まあ、いいか。それより飯に行こう。腹減ったし。今日はスコールがいないしな。
久々に落ち着いて飯が食えるぜ!

食堂に入ると皆が興奮して何か話している。海鳥の集団みたいにワーワー言い合ってる。
俺は驚いて入り口に立ち尽くした。そこに一際甲高い声で手を振り回してるセルフィーを
発見した。
「セルフィ、皆何騒いでるんだ?」
「ゼル〜!気付いてないの!?この騒ぎの原因を!」
「え、何だよ。早く言えよ。」
セルフィが信じられない〜とオーバーに頭を振って足踏みをした。

「朝起きたら、ガーデンがエスタに来ちゃってたんだよ〜!!」

「はあ!?」
見てみなよ〜、とバタバタ腕を回すセルフィーの指差す方角を見ると、窓の外には紛う事無き、
エスタの幾何学的な町並みが広がっていた。俺は、あっ、と手を打った。スコールの部屋で感じた
違和感、あれは窓から入ってくる光線の加減だったんだ。奴の部屋は北向きなのに、今日は朝日が
差し込んでた。それで変に思ったんだ。
解けた謎に一人感心して頷いていたが、ふと、我に返った。
「でも、何でエスタなんかに来てるんだ?」
「それが分からないから、皆騒いでるんだよ〜。」
俺はうーんと考えながら窓を眺めた。分からん。でも腹が減った。とりあえず飯を食おう。
くるりとカウンターに背を向けると、誰かが俺の肩をがっちりと掴んだ。

「ゼル、俺が取ってくる。」

「ススススス、スコール!」
俺はガバッと振り返った。
「ななな、何でお前ここにいるんだ!任務引き受けるって言っただろう!」
叱り付けるように言うと、スコールが涼しい顔で頷いた。
「ああ。引き受けた。これから行く。」
「じゃ、じゃあ早く行けよ。こんなとこで油売ってていいのか。」

「もう、来ている。」

あ?

「来てる・・・って、何処に。」
「エスタに。ここが任務の場所だ。」
スコールが嫌そうに髪を掻き揚げた。
「俺はエスタのサミット警護なんて、最初から嫌だったんだ。任務内容が気に入らないし、
第一エスタはガーデンからうんと遠い。なのにお前は妙に熱心に勧めるし。だから考えた。」
「・・・・何を。」
聞くのが怖い。答えが既に予想つくところが一番怖い。
「決まってる。俺がエスタから通うのが無理なら、ガーデンをエスタに持ってくればいいんだ。
それなら日中は無理でも、朝夕はお前の側にいられる。お前の面倒は俺が見る。」
くら。
俺は本物の眩暈を起こして後ろに一歩倒れこんだ。と、背中が誰かにぶつかった。
「・・・やあ、ゼル。」
「ニーダ!?お前、眼、真っ赤だぞ?!」
「夜中に叩き起こされて、それからずっと夜通し運転させられてね・・ああ、太陽が黄色いなあ・・・」
ニーダがふらふらと去っていく。スコールが何事も無かったように、にっこりと微笑む。
鬼。悪魔。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。そんな事を言えば、またこいつがこの世の終わりみてえ
な悲しげな顔をして、周囲が思い切り同情するに違いない。
この馬鹿のせいでこんな遠くまで飛ばされたのにも知らずに。

「ゼル、何が食べたい?」
スコールがそっと俺の手を取る。薄い唇に甘く優しい微笑が浮かぶ。
「スコールはんちょ、ホントに天使様みたいだね〜」
「冗談は止せー!こいつのどこが天使だっ!」
俺が間違ってた。スコールは天使じゃないが、ただの人間でも無い。
悪魔だ。思い込みが激しい悪魔。
俺を側に置く為なら、ガーデンごと攫うことも厭わない。輝くような笑顔には良心の呵責が一点
も感じられない。当たり前だ。こいつは悪魔なんだからな。良心なんて持ってねえんだ。
何でこんな男に惚れられちまったんだろう。俺は悪魔に魅入られたこの世で一番不幸な男だ。
己の不運に肩ががっくりと落ちた。
「ゼル?」
スコールが不思議そうに首をかしげる。蒼い瞳が神秘的な光を帯びて瞬く。
神様さえも見惚れそうな天使の美貌。純白の羽根の下に猛禽の爪を隠す最悪の悪魔。

神様あんた、もしかして。俺は思わず天を仰いだ。
あんたも騙されてるクチじゃないだろうな。
おいおい神様、しっかりしてくれ。俺は祈った。
この偽天使を退けて、俺に明るい未来をくれ。
悪魔の恋を止める手立てを、どうか俺に教えてくれ。


                                   終

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