野望の男(1)




僕の名前はニーダ。バラムガーデンの操縦士だ。
僕は昔から、このガーデンを動かす男になりたいと思ってた。
それじゃ、願いは叶っただろうって?とんでもない。僕が言ってる「動かす」ってのはそういう意
味じゃない。ガーデンの支配者になりたいんだ。

僕は「伝説のSeeD」になりそこねた男だ。
たまたまある任務に選ばれなかったせいで、例の魔女討伐に参加できなかった。
魔女討伐に参加した奴等は今、「伝説のSeeD」なんて呼ばれていい気になっている。
騒々しいだけのゼルや、転校したてのお気楽女セルフィ、あんな奴等より僕の方がずっと優秀なのに、
運命ってのは本当に意地悪だ。
僕に振り当てられたのはガーデンの操縦。それも、「伝説のSeeD」のリーダー格、スコールの決め
た行き先に唯々諾々と従って運転してるだけだ。
馬鹿馬鹿しくてやってらんない。
僕はこんなちっぽけなことで満足する人間じゃないんだ。
このガーデンで、畏れられ、尊敬される存在になりたいんだ。
こんな願い、先週迄だったら誰からも鼻で笑われてただろう。
でも、今は違う。僕は駒を手に入れた。

先週の月曜、僕はシュウ先輩達と揉めて疲れていた。
スコールの言うことなら何でもOKなくせに、僕がちょっと経路を変更しようとしたら、即燃料効
率がどうたらこうたら言い出す。うざいから無視してたら、今度はキスティスと二人がかりで
わーわー言い出す。ホント、やんなっちゃうよ。女って感情的でさ。
ずっと立ちっぱなしで操縦してた疲れも手伝って、春の日差し差す芝生に寝転がると、すぐ眠気が
襲ってくる。僕はうつらうつらと浅い眠りにはいっていった。
しばらくして、誰かが横に立った気配がした。

「・・ニーダ?・・こんなとこで寝てると風邪引くもんよ。」
語尾に妙な癖がある。この喋り方は雷神か。サイファーの腰巾着って言われてる奴だ。
僕は寝たふりを続けた。早くどっかにいっちまえ。
すると、思いがけないことが起こった。
寝ている僕の唇に太い指がそっと押し当てられた。そのまま恐る恐ると言った風情で撫ぜている。
何だ?何してるんだ?何だか怖くて眼が開けられない。
「・・・綺麗だもんよ。」
感嘆したような声がした。
「はあ!?」
思わず眼を開いて叫んでしまった。
「うわああああ!び、びっくりしたもんよっ!」
「それは、こっちの台詞だっ!!」
慌てて飛び起きて後ずさりした。雷神が大きな体を丸めておろおろと僕を見つめる。
「ニ、ニーダ、起きてたのか?!」
「起きてたよ!お前、何してるんだよ!」
「そ、それは・・・」
荒削りなラインの浅黒い顔がガッと赤くなる。まるで赤鬼だ。
「お前・・ひょっとして・・」
僕は雷神を見つめた。

「僕のこと、好きなのか?」

「あううう」
雷神が情けない声を出してがっくりと俯く。
やっぱり、そうなのか。僕は改めて目の前の大きな体をじっくり観察した。
しかしまあ、本当にデカイ。顔のつくりも粗く厳つい。その上薄っすらと顎鬚まで生やしてやがる。
傲岸不遜なサイファーといつも一緒だからあんまり目立たないけど、こうして改めて見ると結構な
威圧感がある。突然前聞いた噂を思い出した。
雷神はものすごい怪力の持主で、入学当時、悪い先輩達に悪戯で倉庫に閉じ込められた時、
鋼鉄のドアチェーンを素手で引きちぎって脱出したって話だ。
心の中に、ある考えがむくむくと湧きあがってくる。

この怪力男を利用しない手は無い。

僕は大きく息をついた。
「お前、ホモだったのか。」
思い切り軽蔑した声で言うと、雷神の体がビクリと震えた。
「ち、違うもんよ。ニーダだけだもんよ。」
「何だそりゃ。要するに男が好きなんだろ?」
違うもんよ、と尚も呟く雷神を遮って僕は顔を覗き込んだ。
「そーゆー眼で僕のこと見てたんだ。うわあ、気色悪りぃ。」
気色悪い、の言葉に奴がしゅんと肩をすくめる。
「・・・キスしてやってもいいぜ。」
「!?」
信じられない、といった感じで雷神が僕を見る。僕は皮肉な笑いを唇に浮かべた。
「勘違いするなよ。僕にその気は全く無いんだから。条件があるんだ。」
「・・・?」
「これから僕の手先になって、僕の命令を何でも聞くこと。そしたら後で一回位キスしてやっても
いい。あ、それからサイファーとは縁を切ること。」
「縁を切る・・。」
雷神が当惑した声を出した。僕はぐいと顔を突き出した。
「じゃなきゃ、お前の性癖を皆にばらしてやる。そんな事になったら、サイファーだって変な噂に
なるかもな。あいつもホモじゃないかってさ。どうする?」
こうして僕は力を手に入れた。

気分爽快だ。これまでの鬱屈した日々が嘘のようだ。
今や僕はちょっとした有名人だ。僕はこの大男を引き連れ、ガーデンを歩き回る。気に入らない奴
がいれば雷神に殴らせる。そして雷神にパシリさせる。
サイファーの命令しか聞かなかった奴が、僕に顎で使われるのを周囲が驚嘆の眼で眺めてる。
それが嬉しくて僕はやたらと用事をいいつけた。
「これじゃないだろ。お前、本当に使えないなあ。取り替えてこいよ。」
「ご、ごめんだもんよ。」
「ごめんですみゃ、警察いらないよ。とっとと行けったら。」
食堂中に響くよう、わざと大きな声で怒鳴ると、後ろから肩をぐいと掴まれた。

「お前、ちょっと酷いんじゃねえの。」
青い瞳が怒りを潜めて僕を見る。ゼル・ディン。運だけで「伝説のSeeD」になった男。
「ゼルには関係無いだろ。」
「関係ねえけど・・お前の言い方、すげー嫌な感じだぜ。雷神可哀想だ。」
ゼルの背後にいる何人かが、頷いてるのが眼の端に入った。
何だよ。こいつらゼルの味方なのか?それとも、友達か?
きっと両方だ。チビで騒々しいくせに、人望だけはあるんだからな。
「さすが伝説のSeeD。優しいね。でも、心配はいらないよ。・・・雷神」
僕は雷神を仰ぎ見た。
「僕の言うこと、何でも喜んで聞くんだもんな。僕の側にいられるだけで幸せなんだろ?」
「そ、そうだもんよ。」
「・・雷神、何かこいつに弱味でも、握られてるのか?サイファーはどうしたんだ?お前がサイフ
ァー以外の奴にこんな扱い受けるなんて・・」
気に入らない。何でここにサイファーが出てくるんだ。
サイファーならこういう事してもいいってのか。僕じゃ役不足って言いたいのか?
「サイファーなんて、関係ないよな!そうだろ?」
「・・そうだもんよ。」
雷神がうなだれながら言った。僕は胸を張った。
「ほら、サイファーより僕がいいってさ。僕の方があいつより上なんだ。」
「・・・・お前、変ったな。前はそんな奴じゃなかったぜ。」
そうさ。僕は変ったんだ。君達の陰に隠れて目立たない、印象薄い僕じゃないんだ。
地味な仕事を黙々とこなす、つまらない奴じゃない。誰からも畏れられる存在になったんだ。
「これ以上僕を侮辱すると、雷神に殴らせるぞ。」
「・・んだと?」
ゼルがファイティングポーズをとる。雷神が慌てて言った。
「ゼル、大丈夫だもんよ。俺がジュース間違えたのがいけないもんよ。もう一度買って来る。
だから、もう喧嘩は終わりにするもんよ。」
「お前、一体こいつに・・!」
「キャンキャン煩せえと思ったら、チキンに雷神か。」
低い、よく通る声がした。

「サイファー・・・」
白いロングコートを悠然となびかせてサイファーが背後に立っていた。食堂中にさっと緊張が走る。
王者の登場シーンのように、その場が静まり返った。
その空気に一人頓着せず、またチキンって言ったな、とゼルが噛み付いてる。顔を真っ赤にして
腕を振り上げるのをサイファーはニヤニヤ笑いながら軽くあしらってる。
ひょいとその細い手首を掴んで、ふとこちらを向いた。
「雷神・・気が済んだか?」
「サイファー・・・ごめんだもんよ。」
「しょうがねえなあ、お前。まだこんな真似してるのか、馬鹿が。早く戻って来い。」
高飛車な言い方の中にどこか優しい響きがある。雷神がすがるようにサイファーを見た。

すごく気に入らない。大体、全然僕のこと無視してるじゃないか。
「雷神は戻らないってさ!」
雷神を押し退けサイファーの前に立った。
「・・・雷神、お前がいないと風神も寂しいそうだ。」
「否、我平気!」
「ひ、酷いもんよ。」
「僕を無視するな!」
サイファーが眼を細めて僕を見た。精悍な顔に緑青の瞳が冷たく光る。
「いきがるなよ、おじょうさん。」
「・・・!」
「お嬢さんの我儘に付き合うほど、俺達は暇じゃねえんだ。何だか知らねえが、お遊びはさっさと
終わりにしな。」
お嬢さん・・お遊び・・・。
頭にカッと血が登る。
「よくもそんな事言ったな・・・!SeeDにもなれない万年候補生のくせに!」
話にならないと言うようにサイファーが僕から顔を背ける。暴れるゼルの髪を楽しそうにぐしゃぐ
しゃとかき回している。僕なんか眼中に無いように。
何だよ。またのけ者かよ。
悔しさで目尻に涙が滲む。何でいつもこんな風に蚊帳の外なんだ。
誰も僕を相手にしてくれない。誰も僕を頼りにしてくれない。
どんなに一生懸命勉強しても、自分の仕事をこなしても、誰もそれを認めてくれない。
じゃあ、僕に何の意味があるんだ。僕の意味って何なんだよ。
「・・ニーダ?」
頭上から声がした。見上げると雷神が心配そうに僕を見ていた。
男らしい厳つい顔に、思いもよらない綺麗な瞳。
僕よりずっと馬鹿なくせに、こんなにサイファーの信頼を得ている。こんなに大きな体のくせに小
柄なゼルに庇われてる。僕よりずっと好かれてる。
分かってる。周囲の視線、これは本当は僕に向けられたものじゃない。雷神の逞しい巨体に向けら
れたものだ。僕を恐れてるんじゃない、僕の命令で下される雷神の暴力を恐れてるんだ。
誰も僕なんか見ていない。
畜生、畜生、畜生。心の中にどす黒い感情が湧きあがってくる。

「雷神、サイファーを殴れ。」
僕は荒く息を吐きながら言った。周囲が凍りついたように沈黙する。
「おい、ニーダ・・。」
ゼルが息を呑んで俺の腕を取った。僕はその手を振り払った。
「殴れったら、殴れ!」
雷神に向かって叫ぶ。もう破れ被れだ。
「なめるな。」
サイファーが腹にずん、と響く声を出した。
それから先はスローモーションを見てるようだった。
白いコートがふわりと舞う。長い腕が鞭の様にしなやかに、僕の顔に狙いをつける。
一歩も動く事が出来ない。瞼だけが反応を起こし、ハッと視界を閉じた。
鈍い音がした。骨が直接殴られたような音だ。
なのに痛くない。
恐る恐る眼を開けた。
雷神が僕の前に踏み出していた。荒削りなラインの頬骨が真っ赤に鬱血し、浅黒い唇の端から
血が滲み出してる。
「うわ・・」
思わず声が出た。
「・・・二人とも、これで気が済んだもんよ。・・・な?」
口元を乱暴に擦って雷神が言った。手の甲にべったり赤い筋がつく。
「お前、どこまで馬鹿なんだ。」
サイファーがため息をついた。
「ぼ、僕は・・・」
語尾が震えて上手く言葉が出てこない。今更心臓がどくどくと激しく鼓動しだした。
僕はおろおろと周りを見渡した。そして気付いた。
周り中が非難の目で見てる。殴ったサイファーじゃなく、僕を冷たく見る視線。僕を軽蔑する視線。
「僕はそんな・・・そんな・・」
身体から血の気が引いてくる。周りの視線に押し潰ぶされそうになり、よろりと後ずさりした。
雷神が慌てて僕に手を伸ばそうとする。その大きな手が身体に届く前に、僕は走った。
一刻も早くこの場から逃げたかった。



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