(2)   リーマン・ショックと各国の不況対策、金融政策の役割、内需拡大論

ジャック・アタリ氏が社会党ミッテラン大統領の特別顧問時代に、ゴルバチョフのデモへの血の介入拒否決定の報を得て、ソ連体制崩壊を直ちに予見し準備したようには、グリーンスパン氏は米国の住宅融資=サブプライム・ローンの膨張・限度を越えて過剰なローン債権リスクの世界的分散がもたらす金融危機に対応できなかった。後を受けたFRB・政策当局は、日本の90年代のバブル処理問題に学んで、問題銀行・企業への迅速な融資と大幅な金融緩和で問題の拡大を防ぎこれは成功した。

2番底が懸念されるものの世界の株価は1年足らずで持ち直し、米国に替わって中国・ブラジル・インドなどの新興産業国が牽引車の役割を果たそうとしているかに見える。不良資産償却に10年かかった日本と対照的で、公的資金を返す話や過大なボーナスの復活話には驚くほかない。その背景に果断な資産売却と人員整理があり、失業率10%の推移が景気回復のメルクマールとなる。なお、米国の大手金融機関は、安い利率の公的資金で株や債券を売り買いして大もうけをしたが、地方銀行は傷いえず、返済リスクある中小企業には融資していない。とりあえず株価こそ戻ったが、本格的景気回復にはまだ時間がかかるという報道も消えない。

 

日本の株価の戻りの著しい遅れは、小泉後の政治の停滞(鳩山政治を含めて)と関係がないとはいえないが、むしろ個人金融資産の運用に関わる日本的なパターンに問題がある。

1400兆円の大半が預金で、株式・投信などリスク資産への投資が7%=米国の3分の1に止まる。さらにその預金が、銀行に貸出先がなくて国債購入=余資運用に当てられている。欧米銀行と異なるパターン。個人も銀行もリスクを避け安全第一の資金運用、だから株式も外人買いが細ると下がってしまう。12.20日銀,79個人金融資産1439兆円、株式・出資=前年比−6.5%=99兆円比率6.9%、現金・預金=前年比+1.5%=790兆円比率55%、状況は変わっていない。同日の日経は09年の東証売買における外国人シェア3年ぶり60%割れ必至、売買代金も半減、個人売買シェア292%に上昇は06年以来。外国人買いの減少が株価の回復を妨げている。

日本の株式市場は、金融自由化して以来、特に89年バブルが崩壊して以来、外国人が支配している。その割合は売買高で60%、日本人は40%。株価は外国人が決定している。

明治時代と異なり誰でも参加できる自由市場であるから、日本人は、自国の株価の高下について文句を言える筋合いはない。日本人の主体性のなさ=リスクを取る勇気のなさが、ここにも現れている。追随してほどほどで満足というなら、はげたか呼ばわりしなければよい。文句があるなら自分で買えばいい。はげたかファンドを非難は筋違い。

 

円の独歩高と90年代以来の物価低落に鳩山政権はデフレを宣言し、日銀はこれに応じてデフレを認め、ゼロ金利維持にさらに10兆円の量的緩和を付け加えた。

「インフレ目標」こそ掲げないが、ゆるやかなインフレを求めて金融緩和を続けているのに、一向に景気は回復せず、物価は下がるばかりなのはなぜか。学者の解はまだ一致していないが、さすがのクルーグマンもインフレ目標政策を明確に否定したというし、金融緩和一本槍でデフレ脱出を主張する岩田規久男教授説は旗色悪く、需要不足がデフレの原因ではあるが成長戦略なしではデフレからの脱却は出来ないという池尾和人教授説に軍配が上がるのではないか(11.29朝日=耕論「デフレとどう闘うか」12.8日経=経済教室)。

また1217日国家戦略室で竹中氏が成長戦略による企業活性化を説いたのに対し、菅副総理の提示する雇用対策による需要喚起論は今までと同じ対症療法に過ぎないというべきであろう。

その竹中氏も日銀にからむ金融問題では岩田説のようで、その点は日銀も竹中氏も支持してきた小生には理解できない。竹中氏が小泉改革でやり残したという「社会保障分野の課題」が民主党政権下で解決され、安心感が消費を促して緩やかな景気上昇による決着が待たれる。

 

株価こそ急回復した欧米だが、金余りに起因する金融相場である。PERという株価と企業利益との比率でみると、米国14080倍(業績回復で11月予想改善)に対し日本30倍、米国はバブル気味ではないか。かつて日本が1989バブルの時、日本=60、米国=13倍、配当利回りは、日本=6,5、米国は3,4%だった(02年「日米戦後の経済成長」)。金融自由化を終え規制緩和で活気を取り戻した米国経済の停滞からの脱出は、レーガン政権の発足=81年から始まり、89年のソ連崩壊は平和の配当をもたらし、IT景気からイラク戦争の浪費、続く住宅景気の過剰金融緩和がリーマン・ショックを招いた。

しかし矢継ぎ早の公的資金注入と金融緩和の効果で破局を抑えた米国では、早くも注入した公的資金の返済の終わりが見え、FRBは、ゼロ金利は当面継続するが、緊急資金供給は2月で終了を決定。その結果失業率は10%を越えた。果たしてデフレ脱出も日本と違ってスムースにいけるだろうか。過剰ローンに悩む個人と地方銀行は、負債から脱却し、消費は急速に回復するのだろうか。住宅価格の上昇、雇用の回復はどうか、日本との対比で興味は尽きない。

毎年100万人の移民を迎え、モノを持ってない低所得層の厚い米国の消費は、移民を入れず少子高齢化が進行する日本=「モノがあふれる社会」とは異なった景気回復をするのだろうか。

 

日本経済の今後が内需拡大か外需依存かについて、面白い解説があったので紹介する。

高度成長期の平均GDP成長率=9.6%、それに対する内需寄与度=9.9%、外需寄与度=マイナス0.2%は意外とも見えるが、国内の旺盛な復興需要が成長を支えたことは理解できる。輸出=14.6%、対応する輸入=15.4%で、輸出が外貨を稼いで所得増をもたらし、輸入拡大を許容し、内需・消費拡大を導いた。内需拡大が輸出による外貨獲得=所得増に支えられるという相互依存関係が見事に成立していた。

日本は貧しくモノがなく、衣料・食料・住宅・家電品は作れば売れる時代、戦災復興で公共投資にも無駄などない。官主導で政官財一体の「追いつけ追い越せ」をスローガンの「開発投資政策」が見事に成功し、後に続く国々に見事な手本を提供した。

 

今財政赤字が先進国最大GDPの2倍になろうとしているのに、国債が銀行に買われ利率が安定しているのは、個人金融資産が銀行に預けられ、銀行はリスクある貸し出しを避け、国債を買っているからで、12.12日経「内閣リポート」によれば、10年国債利率1.4%のうち0.9%は財政悪化懸念の上乗せ分という。個人がリスクある株式投資を避けている証拠は、日経225の配当利回り予想=1,62%で、10年国債=1,21,4より上、値上がり期待があるから低利回りで我慢するという株式投資にもかかわらず、値下がりリスクがあるから株が買われないという日本の証券投資の現実。このパターンはずっと変わっていない。米国ではS&500=1,92,0%で、配当利回りは10年国債=3,23,5を下回って買われ、これが欧米の株式と債券利回りの普通のパターン。

一時、貯蓄から投資へといわれた時期があったが、個人は勿論、専門家であるはずの銀行まで金融のリスクにおびえている。安全運転指向の国民性ということか。

 

小泉改革は規制改革を目玉にしたが、未だに厚労省=保育園と文科省=幼稚園が対立し、公立保育園の職員=公務員給与は高く利権化しているという。しっかり仕分けして山のようにある既得権を打破すれば喚起できる内需の種はあるはずである。

 

 雇用維持の安売り競争か、雇用削減して価格維持か

なお、不景気の下での雇用と価格下落の関係について、日本では雇用維持を優先し販売価格下げ=安売り競争となるパターンに対し、欧米では雇用を削減し価格は維持するのが普通という。日本では解雇規制が強く、終身雇用慣行のため労働市場が不活発で、事実上そうせざるを得なかった面がある。欧米は労働組合が企業別でなく横断的な職種別で、「同一労働・同一賃金」だから、企業間の移動に違和感なく、労働市場が開けている。教育訓練・失業手当などの制度も整っているから、高失業率でも社会不安とならない。日本では、正社員と臨時社員という「同一労働・非同一賃金」が堂々とまかり通っている。だから改革が必要なのだが間に合わなかった。

また、12.9日経・経済教室で面白い論文を見つけた。日本経済がリーマン・ショックという未曾有の需要縮小にもかかわらず、物価や賃金の下落が「せいぜい2−3%でマイルド」と評価し、巨大な負の需要ショックに対して、「価格」の調整が小さかったために大きな「数量」の調整が必要になった。仮に価格や賃金がもっと大幅に下落すれば、量の調整はマイルドで済んだはずという。小生の意見では実態は逆で、需要の大量減少と売値の下落にもかかわらず、雇用・賃金の減少を最小限にとどめるために自己の利益をけずる、そこに日本の中小企業の経営者の苦心があるのだろう。教授の立論の中心はこの点にはないのだが、早く景況回復の日が来て欲しいものだ。

 

財政赤字と増税

小泉首相は、政府支出の無駄排除が先にあって初めて国民に増税をお願いできるという論理で、財政赤字を埋めるための消費税増税を先送りした。以後の自民党3首相はこれに従った。

鳩山民主党政権は、選挙マニフェストで「子供手当て」「高校無償化」など子育て支援を唱え予算化したが、人気を呼んだ「高速道路無料化」と「ガソリン暫定税率廃止」は税収入の悪化から見送らざるを得なかった。国債発行44兆円に埋蔵金を総動員して予算を均衡させるのが精一杯だった。埋蔵金はこれで終わり、子育て支援は来年度も続く。820兆円の政府負債の家計負担は500兆円で純資産総額1065兆円の半分という。

日本の国民負担率(社会保障・租税・財政赤字の国民所得に対する比率)、08年度43.5%で、米国=39.6%に次いで低い。英国=52.1、ドイツ=56.0、フランス=66.3、スウェーデン=70.7と比べると低さが際立ち、増税の余地が明らかである。財務省、国民負担率の国際比較。

小泉政権末期には、社会保障充実のための増税は容認する世論があったのに、選挙となるとビビッて「年越し貧困村」まで実現させてしまった。しかし財政赤字はもう放置できる限界を超えている。消費税の増税は必至である。

 

増税と景気対策と所得

龍谷大学竹中正治教授の日経ビジネスオンライン12.28「もう鳩山首相をあきらめる?」を分かりやすくすると、

@ 政府の赤字は今後増加し、家計の金融資産は減少、2030年ごろ交点がきて、家計が政府赤字を支えられなくなる。

A そこで増税による景気対策が必要になる。

 (1) 国民所得=消費+投資+政府支出

  消費は、限界消費性向=0.8とみて 消費=0.8×(所得−税金)を(1)に代入すると 

 (2)国民所得=0.8(所得−税金)+投資+政府支出 となり、整理すると

(3)国民所得=5投資+5政府支出−4税金       

この式で、政府支出を10兆円増加し、同時に同額増税すると

 (4)国民所得=5投資+5(政府支出+10兆円)−4(税金+10兆円)、整理すると

(5)国民所得=5投資+5政府支出−4税金+10兆円

(4)、(5)式から、国民所得は10兆円増えることになる。 

消費税1%は2兆円といわれるから、消費税5%を増税し、同額を社会福祉に当てると国民所得は10兆円増加する。増税は政府支出に裏付けられれば、所得を増やし景気対策となる。

十数年前、スウェーデンに行ったとき、税金が高いのは知っていたが、みやげ物の値段が高いのに驚いた記憶がある。過剰貯蓄の日本で、証券・金融市場を通じては貯蓄から投資に金が回らず、物価下落のデフレが続いているのだから、政府が間に入って税金を取り社会福祉に当てる政策は面白い。その結果、国民の仕事が増え所得分配も公平化され、緩やかな物価上昇も起きるかもしれない。こんなうまい話があるのかと驚くばかり。高税率のスウェーデンが、高福祉で国民の満足度も高い理由がここにあるとすれば、政治家はもっと学者の発言に注目すべきであろう。(02年、神野直彦氏の改革提言、ご参照下さい)        (2)おわり

 

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