日本の政府債務危機について            2011.2.6―8.13

                                  木下秀人

 政府の債務危機問題は、日本だけの話題ではなくなってしまった。この論文を書き始めた2011年2月から僅か半年、政府債務危機問題はEUを揺さぶり、米国の政府債務上限規制にからむ共和党のティーパーティ勢力の圧力は基軸通貨国=米国の国債格付けの引き下げを招き、ニューヨーク発の株価下落が世界金融秩序を揺るがす事態にまで発展した。そのなかで安全資産として円高が進んでいるが、日本の政府債務危機は大丈夫なのか。

 簡単にいうと、日本の政府債務は世界最大なのに毎年予算は赤字で、この解消だけでも消費税を5%+7%=12%に上げても2020年度までかかるという。その時債務は1120兆円になっていて、政府は返済計画すら立てられない状態。当局は後の世代に先送りを減らすため、なんとか増税したいが、政治家・学者・評論家の「増税反対論」が消えない。誰にもあるはずの理性と判断力を信じて、説得し納得する努力を重ねるしかない。民主主義には手間と時間がかかる。

 小生の手に負える問題ではないが、(1)日本の債務危機についての内外の論点と、(2)世界の債務危機について、その後EU/米国に発展した論点の幾つかを考察する。

 

(1)日本の政府債務危機について

日本の政府債務は、バブル崩壊後の1990年代から積み上げられた景気刺激予算の膨張から、GDPの200%まで積み上げられた。リーマン・ショックからの脱出で、欧米諸国も金融緩和・財政出動を重ね、政府債務を積み上げたが、日本は、その水準をはるかに超えている。危機といわれる所以であるが、内外でその受け止め方に温度差がある。それを確かめる。EUの論客フランスのアタリ氏は、もはや回復不能といいきり、厳しい脱出法を示し、国債の格付け会社は日本国債をスペインより下、ギリシャと同格に査定した。しかしそれによって国債価格が動くことはなく、リビア政変によるオイル供給危機では逆に円高が進んだ。国内政治は混乱を極めているが、政治家にも、エコノミストにも、危機感は薄い。1 借金が積みあがった理由、2 ロンドン・エコノミストの警告、3 アタリ氏の処方、4 国内のエコノミストの議論を検証しよう。

 

1 862兆円の借金はこうしてふくらんだ。 NHK特集、2010.11.7

 国と地方で862兆円の借金、国民一人当たり700万円,毎秒130万円増えている。しかるに2010予算は税収が37兆円しかないのに92兆円支出を見込んで、赤字国債なしでは成立しない。

この赤字国債は、1965=昭和40年度から始まった。いつまで続けられるか。大蔵省幹部の退官前100人の証言を集めた「財政史口述資料」によって分析した。

@ 谷村裕、次官19678、佐藤内閣、福田蔵相。オリンピック後の不況で税収が2千億円不足し、穴埋めに始まった。苦渋の選択、麻薬だから癖にならないようにしようといった。

A 田中内閣19724の列島改造計画と社会保障拡充=福祉元年政策。経済拡大で維持するしかない。松下康雄、次官19824、毎年歳出が10%ずつ増える。大変だ。藤井裕久、社会保障は仕組み、簡単には変えられない。高度成長下で問題視する雰囲気はなかった。ところがオイルショックが来て、毎年1兆円歳出増、だれも予想しなかった。

B       1975=昭和50年、赤字国債2兆円発行。財政見通しなく始まった社会保障。

福田内閣19768765兆円、7710兆円と累積した。起死回生の借金による景気対策が行われた。

C       長岡実、次官197980、三島由紀夫と同級(大平内閣。78年度一般公共工事+34.5%=史上最高額の超大型予算。辛かったが辞表懐に阻止という状況ではなかった。世界不況下で欧米から4−7%引き上げ要求あり、日本は経済大国だが借金は出来ない。主税局長大倉真隆と話し、翌年分を先食いした。景気は上向いたが税収は伸びず、借金だけ残った。

 木下説、刺激しても簡単に伸びないように経済体質が変わった認識はなかった。この認識の欠如が、以後の公共投資依存の景気対策継続となり、以後、麻薬依存=赤字累積の借金体質が続く。増税に国民の理解がえられるのか。

D 大倉真隆、次官19789、大平内閣、金子・竹下蔵相。増税が不可避、予算40%が借金となり、大平首相に消費税を進言、歳出の伸び20%を13%に押さえ、これで国民の理解を得られると衆議院解散、しかし大敗した。柳沢伯夫、大平氏の下で担当、消費税はごまかしが効かない税制。4年前から準備した。立候補したが逆風で落選。甘かった、未熟だった。借金は増え続けた。

E       竹下内閣1989=平成元年、消費税導入3%。バブル景気の末期で税収は3年前の1.5倍、翌年は赤字国債発行ゼロに抑えたが、1994には発行再開。

F       宮沢内閣1991−3は、減税と赤字国債による景気対策、大蔵省は抵抗できず。

斉藤次郎、次官19935、細川内閣、藤井蔵相。バブル後の不況で景気対策効かず税収減。クリントン政権から減税8兆円を要求された。(米国側補佐官ノーマン・カッター、対日赤字解消が問題で、円高や財政赤字は知っていたが関心なし。)減税分を何で埋めるか、消費税しかない。細川首相の高い支持率を考え、増減税一体、増税分は社会保障に当てようとした。困ったのはこの内閣の「政治の層」の薄さ、いろいろのことが漏れてしまう。自民党には自分たちの言葉で練り上げて外に出すプロセスがあった。それがなく、すべてがストレートに外に出てしまう。最大与党=社会党の反対は判っていたので、新進党小沢一郎に話した。94.2国民福祉税7%の発表は1日で白紙撤回、減税だけ残った。細川首相いわく、乱暴だった。その後の連立政権は、予算拡大で赤字は累積するばかり。

G 橋本首相は、1997歴代首相を集め、歳出大幅カット会議を官邸主導で行った。画期的で、官房副長官が与謝野氏だった。

G       小村武、次官19978、橋本内閣、久保・三塚蔵相、大蔵省は、過剰接待など不祥事件や天下りで批判にさらされ、政治の影に隠れるようになった。橋本内閣は6年間で赤字脱却、消費税を5%に引き上げたが、しかし山一破綻で金融危機、財政改革は頓挫した。拓銀も山一も破綻はしていなかった。大蔵省は、金融危機を防げなかった。

 木下説 橋本内閣の増税は、景気失速の原因であるとの説が後まで消えず、学者の反論も遅れて、国会議員に増税は落選につながるとの認識が広がってしまった。次の田波氏のような見方は残念ながら少数派だった。  

I 田波耕治、次官19989、小渕内閣、日本はそれほどの危機だったのか,そこまで景気対策が必要だったのか、借金は100兆円に増加。財政健全化を果たせなかった責任は認めざるを得ない。

J 武藤敏郎、次官、20003、森・小泉内閣、宮沢蔵相・塩川金融相。自由党は税方式社会保障、公明党は児童手当、自民党は介護保険、財務支出拡大止まず。大蔵省は政治の支出拡大を抑え切れなかった。小原栄夫、主税局長199801、どうすればよかったのか、悪夢の如くよみがえる時がある。

 

木下説 政治は迷走、官僚に打つ手なく、徒に先送りするばかり。国民がそれを望んだ。メディアもチェックしなかった。今こそこの国の形を考えるべき時、というのがこのドキュメンタリーの結論であった。

官僚主導の開発主義による高度成長が限界に来て、政・財・官癒着が表面化し、自民党一党支配の政治も限界に来ていた。問題の正しい認識はなくはなかったが、改革の具体化は進行しなかった。橋本改革のあと、小泉改革が進んだ。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」といって民間識者の意見を集め、道路公団解体、郵政改革を政治主導で推進したが、任期中は消費税を封印した。退任するとたちまち小泉批判が噴出し、郵政改革は後退、残った問題は放置された。竹中氏が、小泉改革は格差を増大させ、福祉を後退させたという批判に、「改革が継承されなかった」と応じているのは一面では正しい。自民党は、小泉改革をまともに評価できず、民主党の小泉批判に同じる愚かさで、民主党のポピュリズムに負け、政権を失ってしまった。人気があり増税容認の世論もあった小泉時代こそ消費税増税のチャンスだったが、肝心の小泉氏にその気がなかった。また、竹中氏は増税でなく、成長による税収増論者であった。

 

2 ロンドン、エコノミストの日本特集 2010.11.22    

この雑誌の編集者ビル・エモット氏は、かつてバブル直後の1990年に「日は又沈む」でバブル経済を批判し、小泉政権下の2006年の「日はまた昇る」では小泉改革を評価し、その延長線上での政治経済の復活に期待し、中国・韓国との靖国・歴史問題では、A級戦犯を合祀した靖国神社の制御、歴史問題では中国共産党政権がこれを利用しているので難しいと指摘した。

小泉後の自民党はしかし、野党民主党の批判に押され小泉改革批判に転じ、安倍・福田・麻生の短命政権はなすところなく鳩山民主党政権を成立させ、その鳩山氏も沖縄問題で期待を裏切り、菅政権に交代となった。

エコノミストは編集者が変わり、今度の題は「未知の領域に踏み込む日本」。リーマン・ショックで、かつて日本が陥った住宅バブル崩壊―金融緩和するが実体経済回復に効かず―デフレという「わな」にはまってしまった欧米先進国と対比し、それを卒業しようとする日本を10項目で分析し、「未知の領域に踏み込む」と表現した。慎重な楽観論で、日本の産業の強さを踏まえ、政治革新の必要を挙げているが、民主党政治はまだ混迷から脱していない。要約する。

@ 高齢化スピードがどの国より速く、史上初めて自然要因で人口が急減した。戦後50年、生産年齢人口の増大が奇跡の成長を生み出したが、その歯車が逆回転を始める。高齢化は年金コストを押し上げ財政を圧迫した。

A 政治の停滞に動きが始まった。民主党が自民党に変わり、古だぬきの小沢一郎を退けて親族に政治的コネのない菅内閣に期待するが、この党がさまざまな利益集団の寄り合い所帯であることへの懸念も忘れていない。

B 人口減少は産児制限の結果で、それが高度成長と年功序列制度を成り立たなくさせ、景気減速要因となった。松谷明彦、人口減少経済の新しい公式2004。(藻谷浩介、デフレの正体は2010年)デフレは高齢者に有利で、高齢者は選挙でも投票率高く、低い若者に対し有利である。日銀は、デフレは金融政策でなく産業政策の課題と考えている。

C 日本の企業文化はインサイダー指向、仲間意識や強い人間関係指向で、欧米の親しいといえない大勢と付き合うアウトサイダー指向ではない。安定・安全指向で、未知でも信頼する欧米と異なる。労働市場も閉鎖的で、解雇にたいする嫌悪感あり高齢者有利、労働組合も企業別。何をしているかでなく、どこに勤めているか。正規・非正規、男女の賃金格差放置。大卒者に占める外国人比率も米国13%に対し0.7%に過ぎない。

D 生産性向上には、不採算企業を整理する必要あり。製造業の生産性は、再編成を嫌う過当競争で押し下げられ、サービス産業は、過当競争でなく規制による競争の少なさで下げられている。銀行が多くの二流企業を延命させている。新政権が重視すべきは成長戦略で、新興国のインフラ開発は好機であり、FTAを前進させるべきで、GDP2%に過ぎない農業の保護は過剰であってはならない。

 E 企業の技術革新の伝統は生きている。しかし新しい起業家は少なく、銀行は融資を渋る。若者もリスクを取りたがらない。

 F 社会保障費の増加は問題。経済停滞と高齢人口増で年金給付は、受給者1人を11人で支える筈が、2.6人に減り、医療費も次第に負担しきれなくなっていく。政府は、国債を国内資金で調達できた。銀行と年金基金が95%の国債を保有し、家計と企業の貯蓄はまだ債務水準を上回っている。しかしその資金が外国に流出する可能性がある。政府が,消費税を徐々に上げ、支出を削減し、インフレ誘導で債務を削減するシナリオがあるが、インフレは金利を上げ、金利負担増は財政圧迫要因。一筋縄ではいかない。

G 近隣諸国との外交問題も難問。中国人ビザの発給条件緩和で観光客は増えているが、冷戦終結後のアジア諸国の台頭が外交関係を複雑にした。中国とは尖閣事件あり、レアアース問題もあった。ロシアとは北方4島問題が解決のめど見えず。日米同盟に依存し、ずっとアジアに背を向けてきた咎め。民主党鳩山氏は沖縄で日米関係を停滞させ、近隣諸国を不安にした。経済面での成功例もあるが、政治は停滞。

H 少子化の原因は、女性の出産に対する社会的支援のなさと、若い男性の失業率の高さである。親から独立できないで同居する若者が増えている。少子化は社会問題で、対策しても結果が出るまでに20年かかる難問。

I     衰退の食い止めには、抜本的な措置が必要。生産性向上、労働力の女性・高齢者・移民への拡大、国内経済の活性化、新興国市場への発展など文化的な革命がいる。それらすべてを実現できても、経済衰退期=生活水準の低下を受け入れなければならないかも知れない。人口問題は多くの役所にまたがるので、官僚でなく政治家が世論を味方にしてリードする必要がある。しかし既成勢力は変化を好まない。財政改善のための消費税引き上げは政治的に困難で、体制は次第に持続不能となる。多くの日本人が暮らす都市部で、生活水準と福祉が低下し始めた時、日本は漸く勇気を振り絞って問題の脅威に正面から対峙するだろう。

木下説 エコノミストのこの評論は、次のアタリ氏のそれほど決め付ない穏当な問題提起である。    

 

3 ジャック・アタリ氏の処方箋

ジャック・アタリ氏はEU統合、とりわけ通貨統合の立役者で、「国家債務危機―ソブリン・クライシスにいかに対処すべきか」という本2010を書き、今年翻訳出版2011.1.15を契機に来日し、政府要人にも会い、NHKにも取り上げられた。氏はかねてからEUの問題は、通貨統一は出来たが政治統一が出来ない点にあるといっていた。果たしてギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインなどに債務危機が発生し、ドイツが支援を渋ったり、中国が引き受けを名乗り出たりした。厳しい財政緊縮に公務員労組の賃下げ反対ストもあったが、必要なことは判っている。EU債を発行しての金融支援にまとまり、なんとかデフォルトなしでいけそうな気配。

アタリ氏が厳しいのは日本に対してである。日本の特殊事情は認めつつも、政府の累積債務のGDP200%水準は先進国で最も深刻という。氏の「国家債務危機」の日本語版序文と、より厳しいHNK版の論旨を見よう。

3−1 国家債務危機序文― 日本は、900兆円の債務を負ったまま、未来を展望できるのか 

日本の公的債務は、他のOECD諸国と同様に、危険水域にある。数年前から私は、公的債務削減の必要性を訴えてきた。このまま放置すれば、残された選択肢は、「極端な緊縮財政」「国家破産」最悪の場合「戦争」しかないであろう。 

ただ、日本については特殊事情がある。公的債務の国内保有率95%。貯蓄率が高かったため、将来の増税で賄うことができた。公的債務の累積は、1990年代の経済活性化政策による財政膨張と、公的年金と医療制度維持の為の費用膨張による。対GDP比200%という数字は先進国で最悪、このままでは国内貯蓄はすべて公的債務のファイナンスに使われ、産業・開発投資資金が不足するし、金利が上昇すれば、制御不能になるだろう。

貯蓄率の低下も、財政基盤を脅かしている。

 経常収支は黒字で、GDPの3%は海外投資されているが、国内投資が不活発なのは、長期金利が極めて低いからである。金利が上昇し産業投資が復活すれば、公的債務は耐え難くなり、経常黒字は失われる。 

 政府の選択肢は限られている。低い消費税率を上げることは政治的に困難だが、絶対に必要である。

 今こそ、日本は立ち直る時期である。この20年、日本は過去の栄華の残照のうちにあった。労働コストの削減、規制緩和、非正規雇用など新たな労働形態の導入により、労働市場は大きく変化した。その結果、国民の連帯感は弱まり、90万近くの若者が労働市場から脱落した。非正規労働者は400万を超える。少子化で2025年までに労働人口は全人口の半分に達しない。合計特殊出生率1.3は、人口を減らすばかり。2033年には65歳以上の人口が30%を超える。医療制度など改革は必要不可欠、年金制度の見直しも待ったなし。日本社会は世界に先駆けて、人口の高齢化対応の実験台となる。この試練を克服しなければならない。

 歴史を振り返って、膨張する過剰な公的債務への解決策として、八つの戦略を提示した。増税、歳出削減、経済成長、低金利、インフレ、戦争、外資導入、デフォルトである。中で国民全体に恩恵をもたらす唯一の解決策は、経済成長である。これこそが我々が目指すべき目標である。

 

3−2  アタリ氏の金融危機、財政不安、日本の公的債務について 

NHK海外ネットワーク2011,1.22

@       日本の公的債務、対策はもう手遅れ。代償を払う必要を、国民に理解してもらう必要あり。

A       欧州は、800年前から公的債務で破綻の経験あり、それが原因で戦争になった。同じ過ちは犯さない。EU債発行で展望が開ける。

B       深刻なのは日本、国が麻薬・睡眠薬服用で債務の重さに気付かず、緊急事態の認識がない。そのまま死んでしまうだろう。

C       解決策は、

(1)技術開発による経済成長、日本には人的資源がある。 

  (2)積極的人口政策

  (3)大幅な歳出削減、3年間1015

   (4)大幅な歳入増加、3年間1015

D それなくしては、債務破綻かインフレしかない。インフレとは国民に銃口を向けること。政治家に実行する勇気があるか。

 E 政府は、2020年までに生活水準、生活の質、エコロジー、寿命、社会正義、環境などについて見取り図を示す必要がある。

 木下説 以上、簡潔だが要領を得ている。この話は繰り返し放映された。しかしこの提言に同ずる声は、国内では聞こえなかった。宮沢内閣の「生活大国日本」以来、政府は政治的配慮から当面の景気対策に明け暮れるばかりで、国の将来方向などに言及することはなかった。野党も政府を追及するばかりで自ら「国の形」を提示することはなかった。学者の意見はまちまちで、まとまらなかった。日本財政の事実と解釈を,個別問題=財政赤字の累積問題について提示する。

 

4 日本財政の事実と解釈

 日本側の見方が甘い理由は、確かに財政赤字は重荷だが、

@       国債の95%が、国民の豊な金融資産により国内で消化・保有されていること。財政赤字がその限度に近づいている懸念はある。国内金融機関が保有国債をパニック売りすることは考えられない。外国人は殆ど持っていないから売り浴びせられない。

A       日本は、中国についで多額の外貨準備・対外資産を持っていること。国として黒字経営だから利子支払いは勿論、返済に問題はない。ただ打ち続く赤字財政で、赤字国債が累積しもはや国債増発に頼る自転車操業が限界であることは明らか。

B       対外収支が、経常も貿易も黒字を維持していること。外国人保有者にとって外貨での支払いに心配なし。

などの事実と解釈による。エコノミストもアタリ氏もこの認識に違いはない。しかし、赤字国債の累積にもかかわらず、危機の徴候が具体的に表面化しない点に対策のないがしろにされる原因があった。国債価格は一向に下落せず金利は低いのに募集未達とはならない。

この三つの条件を満たしている国は日本以外にない。最高位格付けの米国債は、中国・日本など外国中央銀行の保有に依存し、貿易収支・経常収支の赤字を基準通貨国の特権であるドルの供給によってバランスさせているが、ドル暴落の恐怖を免れていない。それなのに日本国債の格付けがスペインより下、ギリシャと同じとはなにごとか。

橋本内閣の頃、国債格付けが下げられたのに対し、首相が「米国債を売るぞ」といい、米国財務長官に「売れるものなら売ってみろ」といい返されたことがあった。当時米国30年債は6%台の高利回りなのに、日本10年国債は2%台、米国債に替わる安全な投資対象はなかった。

 2011812日、菅内閣は閣議に2020年台前半までの中長期の経済財政試算を提示した。社会保障と税の一体改革に沿って消費税を15年度までに5%上げた場合でも、国と地方を合わせた基礎的財政収支の赤字は20年度に178兆円残る。これを解消するには消費税をさらに7%程度上げなくてはならない。国と地方の債務は、10年度827兆円から20年度118489兆円となる。これは名目成長率1%台後半を前提とし、大震災からの復興費を賄う増税期間を5年と10年に分けても基礎的収支の赤字の差は1兆円に満たない。

成長率を3%と見込んでも、赤字は10兆円残る。与謝野担当相は、15年を過ぎた段階で歳入歳出改革がもう一度必要と語った。

124年度予算編成は、国債の元利支払費を除く政策経費を71兆円以下、新規国債発行を44兆円以下に抑制し、大震災復興費やB型肝炎和解金は別枠とするが、高齢化による社会保障費の自然増で、年1兆円の歳出削減が必要という。

日本国民の金融資産は、20113月末1476兆円と日銀資金循環統計は明らかにしている。負債を除いた正味金融資産は1110兆円。2020年に見込まれる国と地方の債務11849兆円に見合う数字となった。

消費税と所得税をどうするか、ここから何年かかって債務を返済できるのか。政府は明らかにしないが,とても1世代でできる話ではない。軌道に乗せるどころか、展望さえできない長期作戦とならざるを得ない。アタリ氏の診断が厳しい所以である。

  迷走中の民主党は、ようやく特例公債法案可決のめどをつけ、菅首相交代で政局転換の様相となってきた。昔、三木内閣の蔵相だった大平氏は、10年ぶりの赤字国債発行の責任を思い、一生かかってもこの償いはするといったそうだ。1979年、首相として一般消費税を掲げての衆院選で安定多数獲得に失敗、40日抗争からハプニング解散、総選挙中の死という道筋は、まさに信念に根差す政治行動だった。日本にもそんな政治家がいたことを想起する。  

 米国債の格付け引き下げに続く株価下落、ドル、ユーロ下落、円高。これがニクソンショック以来のドル基軸の金融資本主義の転換になるのか。日本の財政赤字の累積はどうなるのかなどは次稿=「世界の政府債務危機について」で考察しよう。  

                       おわり

 

                       

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