1 米国不況・EU金融危機・日本の債務危機再論    2012,1,16−31          木下秀人

米国不況

20年前から日本があえいでいる資産バブル崩壊後の不況は、欧米から「すばやく、大量の資金投入」で解決できると思われていた。しかし冷戦終了により文字通りグローバル化した市場への低開発国の参入と、パソコンに象徴されるIT産業活性化でもたらされた景気が一段落すると、米国で、住宅価格上昇を柱とする活況が始まった。その景気に乗ってサブプライムローンという融資が生まれ、そのリスク分散のため金融工学を駆使して幾つかの金融商品を組み合わせた高利回りの証券が、高い格付けを得て売り出され、世界の過剰資金の受け皿となった。ふくらんだバブルは、住宅価格上昇に懸念が生まれた時、リーマンショックとなった。その脱出策としての米欧諸国での金融緩和は、当初こそ株式市場に活況をもたらしたが、金融不況後のデフレ経験ある日銀の見立ては厳しいものだった。

日本のバブルは株式と土地、被害者は高値で買った人、融資し自らも売買に加わった金融機関でいわば富裕層、売買に参加しなかった一般消費者の被害は少なかった。当時日本の当事者に、リスクを他国に分散して稼ぐという知恵はなかった。

米国の住宅バブル不況対策は、2次にわたる素早く大量の金融緩和で日本の失敗を乗り越えられるのか、3次があるのか。興味は尽きない。

住宅市況は戻っているのかどうか。株式市場やユーロ相場もとりあえず落ち着き、さしあたり投資先がない資金の戻りで上昇しているが、米国の住宅価格下落は日本と異なり、中間層を直撃したのだから、癒えるにはまだ時間がかかるとの見方あり。失業率も8%台に改善したようだが、結局は年末の大統領選の行方注目ということだろう。

拡大した格差に怒るデモは、首謀者はカナダ人といわれ、アラブのそれと違いオバマ政権発足時の熱気なく、共和党支配下の議会で手足を縛られて富裕層増税や低所得層支援の法案を通せない民主党政権の実情を認識できず、当時の支持者がオバマ氏から離れているらしいのは残念。

みずほ総研安井明彦氏のアメリカNOW82号が、上位1%の家計実質所得は10792007279%増加、下から20%の低所得層は18%増加、2180%の中間層は40%増加。1%の富裕層の1人勝ち。家計を所得順に並べた中間の実質中位所得は35%増加。財政による所得再分配機能は、低所得層への公的扶助縮小で低下したという米議会予算局の報告を紹介した。数で圧倒的なはずの低所得層の政治力の発現が抑えられている米国の民主主義の姿であり、選挙権行使に名簿登録が必要で、それには長い列に並ばなくてはならない。

 

EU金融危機

米国の不動産バブルで撒き散らされた不良債権が欧州の金融機関を直撃した。ギリシャの放漫財政発覚に端を発したEU諸国の財政の問題点は、通貨統合はしたが政治統合がないので、財政赤字を通貨安の輸出増加で補填できず、財政縮減でしか対応できないことにある。政府は緊縮財政で黒字を生み、累積赤字を消す。国民は耐乏生活で働き、納税するしかない。生活水準が下がり、税負担に耐えなければならない民衆の不満をなだめられるか。アイルランド国民は政府に協力したが、ギリシャはばらまきと汚職の政治の再建から始めねばならなかった。ポルトガル、スペイン、イタリア、それぞれ政権が変わり財政再建に取り組んでいる。

政治経済体制の整わない小国が加入し、安易な国債発行で財政を膨張させた無理が頂点に達した時、ヘッジファンドに国債が売られ、類似諸国の国債売りに波及し、通貨ユーロまでヘッジファンドの餌食となった。ギリシャの財政累積赤字は、対GDPでは日本より小さく、単年度の財政赤字も日本より良好である。日本との違いは、国債保有者が外国人、輸出競争力なく貿易・経常赤字、外貨資産も少ないなど。

耐乏を強いられる国民を納得させられるか。さらにドイツ国民が、稼いだ金を他国民のために使うことに同意するか。答えはするしかない。

政治的・財政的統合に向かってのステップは踏み出されており、激しかったファンドの攻撃も小休止で、資金は低水準に放置された株式市場に回り始めたようだ。EUをまとめ上げた知性に、ファンドなどに負けて欲しくない。答えは負けるはずがない。EUに加盟したい未成熟国は周辺に多い。加入すれば市場が増え、域内循環が活発になる。活性化しない筈がない。

米国の金融緩和は世界の商品価格の上昇という副作用でインフレを輸出し、途上国を苦しめた。さらに米欧の経済低迷は、貿易縮小で世界各国に不況をもたらした。

米国に次ぐGDP経済大国となった中国は、まだ戦後初期の日本と同じ為替管理の開発主義経済で、地域間の所得格差・人権問題・民族問題・周辺国との領土問題を抱えている。一人当たりではまだ発展途上国というが、日本を上回る米国債を保有し、経済でも軍事でもアジア・太平洋で米国を脅かしている。

 

日本の政府債務危機

昨年のホームページで、債務がふくらんだ原因が赤字国債発行にあり、問題は分かっているのに先送りされた実情を述べ、ロンドン・エコノミストとフランスのジャック・アタリ氏の厳しい提言を要約した。

沖縄基地問題で民主党鳩山政権はつまずき、替わった菅政権は消費税10%を口にして参議院選挙で大敗し、議会運営に四苦八苦の中で未曾有の大震災発生を迎え、議会は野党の執拗な辞任要求で時間を浪費するばかり、苦心の末復興予算を通過させて民主党総裁選挙で野田首相の誕生となった。

GDP比でも実額でも世界最大の政府債務を抱える日本が、震災対策に追われ一向に債務問題が議論にならないうちに、ギリシャが発端となってEUで国債デフォルト問題が爆発し、アイスランド、ポルトガル、スペイン、イタリアなどに飛び火、国債のデフォルト懸念で投売りが蔓延、共通通貨EUまで売られ、ドル高・スイスフラン高、円高がもたらされた。金融危機が、日本でなくEUで起ってしまった。

アタリ氏の所論では日本が危ない筆頭だったが、EUが先になってしまった。しかし氏の所論の妥当性は変わらない。日本人の国債購入資金はもう底をつき、外資に依存しないでは借り換えが出来ない時が目の前に迫っている。財政赤字は一向に減らないのに、与党内に消費税増税反対勢力が消えていない。

しかし菅氏に代わった野田政権、低姿勢ながら増税路線を堅持、与論を喚起しつつ野党を次第に軟化させる姿勢。大化けするかもという政治学者の見立て通り救国の鬼となって、政治改革・税制改革・社会保障改革に頑張って貰いたい。しかし、民主党政権となって3年、課題の多さ大きさにも係らず野党協力は得られず、与党に予算圧縮の気配なく当面は消費税増税に手一杯、新聞もテレビも改革を応援し始めているが大丈夫か。学者にまだコンセンサスがない。小生の意見は後述する。

アタリ氏がいうように、日本が破綻しないで生き残るための道は明らかで、残された時間はない。それをどれだけ納得させて実現できるかに、国民の政治的・知的水準が計られることになる。

緊急の問題は、EUで見られたように、市場は僅かなきっかけで風向きが変わること。ハゲタカといっても資金の出しては年金基金だが、ドル売り円売りのきっかけを待ち構えている。米国で住宅価格が頂点に達した途端、市場は売りに転じ、価格は急落、リーマンショックとなった。

日本に想定される最大の金融リスクは、

@ 現在2%前後の国債利回りの急上昇、国債は95%が国内で消化され、金融機関、年金などで保有されているが、利回りの1%上昇=価格の低下は、3大メガ銀行に2兆円の損という。現状では売れば下がって損するから売らない。しかし企業の資金需要が旺盛になり、貸出金利が国債利回りを超えたときどうなるか。国内資金でなく海外資金依存への転換は間近で、金利上昇負担が財政を直撃し、市場には売り浴びせて大もうけを狙う投資家が待っている。

A       財政赤字が縮小できるか。政府は単年度の財政収支バランス=基礎的財政収支は、20159月に消費税10%に増税しても、1920年黒字化の国際公約は無理。そのためには消費税を更に6%引き上げが必要という試算を発表した。EUであきらかなように、赤字縮小には増税、社会保障費の縮減、世代間バランスなど既得権への厳しい切込み、生活水準の見直しを必要とする。年金システムの世代間損益は、最大2500万円損する世代あり、それをバランスするには、全員が300万円のマイナスを認めればよい試算があるという。1112.10NHK新世代討論。民主党が封印している試算らしい。国民1人の担う財政赤字=683万円2011.4という数字は公開されているが、どれだけの人が知っているか。国民はその事実を受け止め負担に耐えねば、財政は遠からず破綻する。しかし財政破綻に責任あるはずの自民党が、政権奪取のみにこだわっている。政治家はこの事実を率直に国民に訴え、既得権者に引き下げを納得させられるか。ポピュリズム=衆愚政治から脱却できるか。日本の民主主義は、若者が投票せず高齢者が支配するシルバー民主主義という説がある。日本の若者は、金持ち老人の負債返還を押し付けられて平気なのか。子供たちの明るい未来のため、財政改革になぜ立ち上がらないのか。

民主党政権は、税と社会保障の一体改革で、かつて試算した数字を再び発表しないと決めた。厳しい数字が国民に受け入れられないと判断したらしい。発表で支持を低下させる野党戦略の拒否だが、国民の理性と判断力を疑問視しているのは野党と同じ。

 日本の民主主義の歪み是正に必要な政治力は、どこにあるのだろう。政・官・財・学の知恵を集め、与野党一丸となって、国民が納得できる法案を作り、国会議員を説得できるであろうか。

もし日本の抱える課題が、成熟した資本主義国一般のそれだとすれば、野田内閣は、世界史的課題に取り組んでいることになる。頑張ってもらいたい。野党も覚悟して取り組んで欲しい。

 

幾つかの論点

@       増税より成長。

それが政治的にも経済的にも有効な時ははるか昔に過ぎてしまった。今は政府に赤字財政で余裕資金なく、増税で新しい資金循環の輪を作りたい。財政赤字縮小の姿勢を示したい。

10%増税でも、2020年プライムリーバランス達成にはさらに6%の増税が必要。消費税は16%まで上げて初めて財政赤字縮小が始まる。

A 国債はデフォルトしない限り償還される。だから赤字国債が累積しても、償還される限り問題ないではないか。

社会保障を含む行政費用は、徴税=税収により原則として現在世代が負担する。所得に応じた徴収が可能。それに対し財政赤字を賄う国債は金持ちからの借金で、償還は後の世代の徴税による。現在世代が受けた利便の負担を、後の世代に負担させる。理不尽である。

B デフレから脱出、そうすれば成長があり税収も上がる。それには日銀が思い切った金融緩和をすればよい。

 デフレ脱出に異論はない。問題は方法。日銀はゼロ金利で対応した。しかし民間に資金需要が乏しく金利は上がらず、デフレ脱出はならなかった。成熟社会で需要は飽和し、低賃金国からの低価格商品の流入が物価を押し下げた。米国はかねて素早く大量の金融緩和で脱出できると主張し、リーマンショック後、2次にわたる金融緩和をした。株価は回復したが失業率の改善には結びつかず、住宅価格も上昇せず、他国にインフレ輸出の非難あり。EUの金融危機も、米国の住宅バブルで大量にばらまかれたリスク証券による金融機関の自己資本劣化の影響を否定できない。

消費税増税は、段階的に行われると、物価上昇、デフレ脱出の契機になる説あり。やってみないとわからないが、そうなって欲しい。

B     円高の克服が大事。スイスは成功した。

 輸出代金のドルを売り円に替えると円高となる。輸出増加は円高をもたらす。ドイツはマルク高を受け入れ、東独吸収による苦境をEU設立と構造改革で乗り切り、トリプルAとユーロ安で健全財政となった。スイスは小さい国、だから為替介入できたが、日本に姑息な手段は許されない。悪いデータも率直に提示し、正攻法で行くしかない。ドイツの労使話し合いの構造改革に学ぶべきで、米国流の金融緩和一辺倒は邪道と認識すべきである。

C     日銀の通貨増発で円の価値が下がる=円安となるではないか。米国は金融緩和でドル高を阻止した。

 増発された通貨でドルを買わない限り円・ドル関係は変わらない。ドル買い介入は政府の権限。日本は既に多額のドル資産を保有し、米国の国際収支の赤字解消と経済成長に貢献している。円資金は国内の経済発展に投資すべきである。

有り余る資金が、国内で投資・消費として循環しないで、赤字国債=政府の国民からの借金や米国国債=米国民への資金援助として停滞していることが問題。どうしたら循環するのか、そのルートはどこにあるのか。民間に自発的ルートがないのだから、政府が徴税の形で吸い上げてバラマクしかない。増税による成長の種まき。よい種は教育ではないか。維新後の日本の急速な発展を支えた最大のインフラは、世界的にも高い識字率という江戸時代の文化遺産だった。 

 

問題は多い。(1)生産年令人口の減少問題、その過少見積もりが社会保障負担の過大をもたらし、その補正の先送りが積立金の枯渇=財政赤字で補填を招いた。(2)同一労働、同一賃金の実現。欧米は労働組合が職種別で企業横断的なのに、日本は企業別なために横断的な規制ができなくて、正社員と派遣・非正社員との間に同一労働なのに賃金格差が存在し、それが労働の自由化を妨げている。最低賃金の引き上げとともに残された問題。(3)年金制度での賦課方式と積立て方式の問題、前者は現行方式で、現在の支払いを現在の加入者全員が負担、世代間利得に食い合いが生じる。世代別に積み立てた資金が支払いの原資となるので、支払いに世代間の食い合いは発生しない。この方式に変えるべきという主張あり。(4)選挙制度の改革、一票の価値の不平等是正は最高裁から提示され、政党・議員の利害に係る難問だが、よい方向に手直しするしかない。

歴代政権が先送りしてきた難問の勢ぞろいの中を、日本丸はいかに道を切り開いていくのか。

                            おわり

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