米国の民主主義                    2013.1.3  

木下秀人

 このテーマについてはトックビルという19世紀中頃のフランスの歴史家・政治家による古典的な著作がある。しかし、小生が論じたいのはもっと素朴な、日本との対比。日本は、最高裁が、現行の一票の格差は憲法違反と判定したのに、今回の衆議院選挙は古い区割りのまま、最小限の修正は次回やるから今回は認めろという乱暴さで、すでに違憲訴訟が起きている。褒められたものではないが、比較は問題を明らかにする。日本との比較では米国に異議があるかもしれないがやってみよう。

 

1 選挙人名簿登録妨害、投票妨害

 選挙権・被選挙権者は年齢により法定され、選挙人名簿が作られる。戸籍制度があり、居住地での住民登録が義務付けられている日本では、選挙人名簿は自治体が住民票によって作成する。しかし、戸籍制度がなく、住民登録制度もない米国では、社会保険番号だけが唯一の手がかり。選挙権ある居住者は、その行使のために改めて選挙人名簿に登録しなければ投票できない。何もしなくても投票用紙を送ってくる日本との大きな違い。年間何百万人もの不法入国者がある米国、しかも人の移動が激しいから、権利行使したい人は自ら登録すべしというのには理がある。登録の要件は州法で決まる。全国一律ではないから、州議会が共和党優勢だと民主党支持者に不利な要件の付加が平然と行なわれる。

 投票する有権者に、写真つき身分証の提示を求めたペンシルバニアの州法は、黒人などマイノリティーや若者を標的にしていると法廷で争われ、裁判所に差し止められた。朝日新聞10.21。この種の投票妨害的な規制は、この1−2年共和党により推進され、全米19州で何らかの規制が行なわれている由。

米国社会は分断されているといい、オバマ氏の支持者には、スパニッシュ・黒人など社会の底辺層が多い。カネでなく数で勝つしかない。テレビで選挙人登録や投票に、暑い中、何時間も待たされている列が見られた。共和党の自治体支配が、この種の選挙妨害を堂々と押し通す。日本では考えられない。2010年中間選挙での民主党敗北がマイナスに効いている。次には大勝して巻き返すしかない。民主党の支持票積み上げ対策は、支持者を投票所まで車で送り込む人海戦術。オバマ氏当選に役立ったらしい。

米国では自治が基本。市民が、政党支持を通じて政治改革という、血を流さない戦いに参加している。日本人の、あなた任せの政治意識・活動は、まだ遅れている。

 

2 選挙区の区割り支配

 選挙区変更には利害が絡む。現在の議員が不利となる変更には大きな政治力が必要となる。金持ちは少数、貧乏人は多数。多数が勝つなら貧乏人が勝つはず。勝たせないために貧乏人を同じ区割りで争わせ、金持ちが有利な区割りをすれば、少数が多数に勝つことが出来る。それを打ち破るには地方自治体の選挙から勝ち上がる必要がある。

 朝日新聞12.14によると、大統領選と同時に行なわれた下院選、共和党は過半数を維持したが全米の得票では民主党が上だった。理由はいびつな区割り。共和党が過半数の議会が設定し共和党知事が承認。2010年の中間選挙で共和党は全米で躍進、その結果、今回は、ワシントンポストによると、得票率、民主48.8%、共和48.5%と僅差だが、獲得議席は民主201、共和234と逆転大差。全米の区割りの見直しは2020年の国勢調査後という。しこしこと地方選挙から勝ち抜いていくしかない。

 

3 新たなジム・クロウ法差別

 ジム・クロウ法とは、奴隷解放後も南部で施行された人種隔離法のこと。1960年代の公民権運動で撤廃されたが、それにかわる人種カースト制度が、レーガン政権の麻薬撲滅作戦という名目で復活したと、ネットの「デモクラシー・ナウ」20103.11はミシェル・アレグザンダーのレポートで伝えている。

この作戦は、取締りのターゲットを黒人貧困地区にしぼり、麻薬犯罪と黒人を結びつけ、組織の大物逮捕でなく、貧しい黒人を牢に入れることを競わせた結果、マリワナの不法所持だけで逮捕される者多く、投獄・保護観察中の黒人は、南北戦争以前の黒人数より多いという。これが公民権運動の結果に脅威を感じていた白人貧困層の支持を、民主党から引き剥がし、黒人登録人数を減らすのに成功した「共和党の南部戦略」の実態。ジム・クロウ法では、黒人には投票税がかけられていたという。共和党が、民主党の地盤の南部で支持を広げた中身が、そして犯罪者が多すぎて収容施設が足りないという中身が、こんな選挙戦略に起因するとは知らなかった。

米国の民主主義の厳しさ恐ろしさ。民主主義とは、良い知恵と悪い知恵との血を流さない戦いとすれば、悪い知恵に負けない良い知恵をしぼるしかない。民主主義は、知恵の戦いである。

 

4 加入の自由

4−1 労働組合への強制加入禁止

ミシガン州で,12.11、労組への強制加入禁止の州法が成立した。公務員労組も民間労組も対象となる。民主党の地盤=労組にとっては大打撃となった。後述ユニオン・ショップに対し、「加入の自由」尊重の立場からの反対学説は少数派、それを強行した。発効は2013年4月、既存契約は期限まで有効。ミシガン州は自動車産業発祥の地で全米自動車労組の牙城。GM,フォード、クライスラーの本社がある。議会前では労組・支持者がそれぞれデモ。3社は経営への影響は中立的と声明、しかし商業会議所は新法支持。これで規制州は24となった。共和党支配の州議会・知事による民主党に対する明らかな選挙妨害。しかし合法的だから、しこしこと選挙に勝って覆していくしかない。

労組の組織に際しては、ユニオン・ショップとクローズと・ショップという二つの原理がある。(1)使用者が雇い入れた労働者には、労働組合加入義務がある。組合に除名されると使用者に解雇される=ユニオン・ショップ。(2)全従業員が単一組合に加入、使用者は組合員以外の労働者を雇うことが出来ず、組合からの脱退・除名は解雇=クローズト・ショップ。

日本では、労働組合法7条1項1で、使用者がしてはならない行為を列挙し「但し、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。」と、ユニオン・ショップ協定を容認している。戦後、占領軍主導の民主化運動で、1人では弱い労働者に、団結権を与えて資本家・経営者に対抗できるようにした。市場経済の進展で労働者も強くなり、保護はいらない・自由が欲しいうのが共和党の米国。日本では、解雇しやすい不正規労働者が認められて、賃金格差が拡大し、労働組合の政治力が殺ぎ取られ、不景気も加わって、春闘という賃上げシステムが機能しなくなった。

 

4−2 医療保険改革法

この、「加入の自由」をめぐる争いに、オバマ政権が苦心して成立させた医療保険改革法がある。国民皆保険を旗印の強制加入は、個人の加入の自由という神聖な権利の侵害、違反者への罰金は憲法違反というのが反対派の理屈で、ロイター世論調査によると、条項の殆どは支持だが、加入を義務付ける条項には61%が反対、子供が26歳までは親の被扶養者条項は支持61%、50人以上雇用の企業に従業員への保険提供を義務付ける条項は支持72%。住民から保険料を強制徴収することと、2014年までに保険加入を義務付ける州法を成立させないとメディケア給付を打ち切ることに各州が反発、2010年の成立直後、全米26の州で憲法違反の訴訟が提起された。

日本は国民皆保険で、日本人はそれが当たり前と思っている。先日NHKで介護費用の安いフィリピンの施設に入ったが、やがて医者にかかるようになり、高額請求で生活が成り立たなくなった話があった。皆保険の有り難さは、体験しないとわからないのかもしれない。日本から見ると意外の低支持率で、民主党内にも反対論があった。

だからオバマ政権が、この成立に係りすぎて経済対策をおろそかにしたのが中間選挙の大敗北に結びついたという説がある。しかし公約だった。中間選挙では、ティーパーティーという小さい政府を目指す保守的草の根運動が全米に広がり、上院で民主党は6議席減の53、共和党は47に止まった。しかし下院では、民主党257対共和党178から193−242と共和党が歴史的大逆転をした。下院は現職有利な区割りなので民主有利なはずだったが、激戦区40で民主全滅。その余波で州知事も民主6減の20、共和7増の9、無所属1となった。それは2006年11月の中間選挙で、息子ブッシュ政権のイラク戦争や議員スキャンダルで、民主党が上下両院過半数を占める大勝のお返しとなった。オバマ政権は、妥協と説得で医療保険改革法をなんとか成立させた。二大政党の政権交代!!

州知事が提起した訴訟の中で、ジョージア州高裁の違憲判決に対し、オバマ政権が不服として連邦最高裁に上訴し、その判決があった。ブッシュ時代の保守色強い裁判官構成だったが、最高裁は、54、「非加入者への罰金は課税、議会に課税権あり」という理屈で、問題の自由の侵害には意見を表明せず、事実上施行を認める判決をした。オバマ再選に大きな追い風となった。

なお、ティーパーティーの支持が、大統領選で共和党のロムニー候補反対に流れたのは、稀に見る接戦だったから、オバマ当選に寄与したといえるかもしれない。

 

5 所得格差と大恐慌

この年末・年初、オバマ氏は「財政の崖」解消を巡って共和党と会談。まだ解決していない。金持ちへの所得増税が焦点。米国の所得格差は、所得上位1%が前所得に占める比率、1970年代8%が、レーガン政権以降急拡大して2000年以降20%近い。楠木建一橋大教授は、この数字は大恐慌以前の「金ピカ時代」に匹敵すると指摘し、ガルブレイスを引用しつつ、そのアンバランスが行き詰って大恐慌で崩壊、ニューディールや、戦後の所得再分配政策(最高所得税91%)によって豊な中産階級が作り出され、黄金時代があったことを忘れてはならないという。「記憶の賞味期限」、ダイヤモンド・オンライン2010.12.20。 その所得平等化が、レーガン時代に行き過ぎ=大きな政府批判を生み、新自由主義・金融資本主義がまた暴走、リーマンショックとなった。

金融資本はFRBの金融緩和で救われた。しかし税収は上がらず財政は行き詰まり、失業率も高止まり。オバマ政権は、高所得者への課税強化、中間層減税で消費を回復させるべく、議会と話し合いを続けるが、共和党は頑なに応じない。

米国民主主義は過去に、過度の独占による産業支配の是正=トラスト征伐に成功、大恐慌後の金融資本の独占是正=銀行と証券の分離にも実績を上げた。すでに所得格差は最適のバランスを大きく離れ、我慢の限界に達している。選挙における共和党の姑息な戦術、にもかかわらずの民主党の進出=オバマ再選は明らかな民意。恐慌や暴動を起こすことなく、話し合いで収められるかどうか。米国民主主義の真価が発揮されることを、楠木教授と共に期待する。

なお、「財政の崖」回避に絡む議会との協議は、中低所得層はブッシュ減税継続、年収40万ドル・夫婦45万ドル以上は減税打ち切り、政府債務の上限引き上げと政府支出の強制削減は2ヶ月先送りで、上院は1日未明898で可決、下院も1日深夜257167で可決した。オバマ氏の当初案は25万ドル以上だったから、今後10年間の税収増は16千億から6千200億ドルに後退したが、所得税の最高税率は35%から39.6%に上がり、とにかく一歩前進、各国株式市場は大幅値上がりした。

オバマ氏が切り崩しにどんな手を使ったか、やがて明らかになろう。ドルが買われて一ドル87円。この円安株高は安倍政権にとりあえず追い風。日本流の、決定は幹部に一任、投票には党拘束が加わり、議員個人の意見は反映されないやり方との違い。

 

民主主義とは、1人1票の投票で政治を動かすシステム。血を流す戦いはしない。数の多い貧乏人の意見が通って当たり前なのに、その先進国米国でそうならない理由を考えてみた。貧乏人の正義と、狡猾な既得権者=金持ちの論理との戦い。勝負を決めるのは知恵と金力。オバマ政権の二期目に注目しよう。

                        おわり

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