アベノミクスについて                  2014.2.16

                                 木下秀人

 2012年暮れに安倍政権が誕生し、13年はアベノミクスで明け暮れた。日銀の総裁は異次元緩和派に代わり、12月まで89千円台だった株価は1万円台に上がり、1ドル70円台後半だった対米為替は円安に向かって動き始め、年末株価は16291円、1ドルは105円まで動いた。世界はアベノミクスを称賛した。素人ながら日本経済論議に注目してきて、どちらかといえば日銀支持で、あとは政府がやるべきことと思っていたから、12年末からデフレ脱却が始まったことは認めるが、政権の姿勢には少し違和感がある。

民主党政権はひどかったが野田首相でまともになった。その政治の延長線上に安倍自民党政権はある。消費税・財政赤字削減・社会保障改革・1票の格差是正。そして景気回復への胎動は始まっていた。それを認める余裕があればと願うばかり、感想は次の通り。

(!)1997年橋本内閣の消費税増税は景気失速の原因ではなく、その後のアジアにおける通貨下落と山一など国内金融破綻が真の原因である。橋本氏の積極姿勢は評価できるが、時運に恵まれなかった。

(2)小泉改革が格差を助長したというのは俗説で、自民党内の反小泉派が野党の主張に乗って折角の改革路線を断絶させた。小泉氏は総理にはなったが弱小派閥で、任期を伸ばしさらに戦う力はなく、田中閥支配打倒以外に政策目標はなかった。

(3)金融緩和では、日銀の主張どおり、既に市場には金がジャブジャブあって金利はゼロなのに投資は増えなかった。不良債権の償却が遅れたからである。国民の衣食住は史上最高の水準で消費も増えない。政権闘争ばかりで新しい社会を開く政治力の結集が一向に進まなかった。

(4)景気振興の公共投資も箱作りばかり、財政赤字を積み上げるだけだった。公的資金の投入による不良債権処理の遅れがデフレを長引かせた。

(5)安倍氏や黒田氏の主張する異次元金融緩和論は欧米流で賛成できない。2012年末の円安・株価高騰は、既にたまっていた投機のマグマが作り出したに過ぎない。

(6)米国は住宅バブル後の金融破綻に、日本の経験を踏まえて、「即時大量の資金投入」で短期間に株式市場こそ活性化させたが、格差拡大・失業率高止まりという雇用問題に共和党の反対で踏み込めなかった。緩和資金の回収作業はこれからの難問。

(7)黒田以前の日銀の緩和は、政府の構造改革という条件付きだったので、インフレ期待を動かせなかった面はあるが、逆に政府は日銀頼みで、積極的な改革に動かず、日銀との連携も足りなかった。欧州金融危機の収束、米国の景気回復に政権交代が加わり、円買・日本株投資に向かって溜まっていた内外のマグマが、アベノミクスに味方した。

(8)白川日銀は緩和マネーを、後で吸収しやすい短期国債で供給した。アベノミクスの長期国債買い入れは長期金利を押さえているが、景気回復・緩和縮小時の金利上昇という難問に直面する。米国FRBが今取り組んでいる緩和縮小は参考になるのだろうか。巨額の財政赤字縮小問題の先送りも問題。アベノミクスの真価が問われところであろう。

アベノミクス推進論者は、金融と実体経済の関係を誤解しているのではないか。変な副作用が次世代に残らないかを懸念する。

A 資本主義をどう見るか

B 日本の累積財政赤字をどうするのか

C アベノミクスの前と後

 

A 資本主義をどう見るか

現在の世界経済の混迷を論ずるのに、資本主義論という視角がある。水野和夫「終わりなき危機、君はグローバリゼーションの真実を見たか」日本経済新聞出版社2011.柄谷公人「世界史の構造」岩波書店2010。要約すると、資本主義的発展には限界がある。生産と市場がグローバル化して、低開発国が先進国の市場となるだけでなく、安い商品の輸出国となり、所得均質化に向かって先進国の貧困層の労働市場を奪っている。豊かになった先進国は現状の水準維持で十分か。さらに減少する生産年齢人口が低成長の原因となる。

A−1 資本主義発展に限界あり

近代西欧が生み出した特異な経済システム=資本主義の発展は今や限界に達した。先進国民は衣食住という基本的な欲求は満たされ、物を買わなくなった。国内需要の飽和で、成長は鈍化する。過剰設備を輸出に向けたいが輸出競争は激しい。グローバル化で開けた低開発国は、低賃金で安く生産できる。先進国は生産を低賃金国に移すから失業率が高まり成長率は低下する。先進国内で所得再配分の機能が衰えれば貧富の格差が広がる。貧困層が増えれば物が売れず成長率は低下する。社会的安定も損なわれる。

戦後、農村の過剰人口を吸収して始まった日本の工業生産は、戦災復興需要と高米価による農村市場で高度成長し、国内市場が飽和すると、賃金格差を武器とする米国への輸出が始まった。自由貿易の通商戦争を勝ち抜き、一人当たりの国民所得で先進国に追いついた。

1971年ドルと金を切り離し、73年変動相場制を導入した米国は、日本に金融自由化を要求した。すでに60年代に為替管理を撤廃した西独に対し円高を嫌う日本。しかしそれは避けられず85年ドル高是正のプラザ合意で円高が進み、879月米国発株式大暴落時には、日本市場は米国投資家の売りを買い支えたが、やがて円高による金融緩和が株式・不動産のバブルを招いた。

1965年の戦後初の証券バブル=山一証券の行き詰まりは、田中蔵相の果断な融資決定で切り抜けられたが、今回は株式と不動産の上がり過ぎ。規模も大きく内容も複雑だが消費者物価も失業率も低い。輸出も順調に伸びている。バブルだけつぶせばよい。日銀は長年の大蔵支配で抑えられていた金利引き上げに踏み切り、大蔵省は不動産融資の総量規制を始めた。結果からみるとそれが良くなかった。株式と不動産融資は絡んでいてそれが締め付けられて金融機関に不良債権が大量発生した。株価が回復すれば含み益で処理できるはずだったが、利害が錯綜し不良資産処理が一向に進まぬうちに株価も不動産価格も下落した。

一転してデフレとなった日本が、景気対策として行った多額の公共投資は、財政赤字を積み上げるばかり。赤字累計はGDPの238%という、維持可能な限界を超えているのに消費税増税がなかなか理解されない。

世界の貧しい国ぐにの生活水準向上のために先進国は力を貸すべきで、すでに高い今の水準維持で十分ではないかという議論があるにもかかわらず、国内の格差是正すらできない国が多いのが現状である。

資本主義をどう見るか、小生は、民主主義と同じように、資本主義の核心である価格決定を自由な市場で行うシステムは、いつも正しい答えを出すわけではないが、捨てるわけにはいかないと思う。

A−2 米国、金融バブルで儲ける1%

それでは満足できない米国では稼ぐには金融しかないとITバブル後の米国で住宅ローン・バブルが起きた。その最終段階で、ゴールドマン・サックスの売り出した住宅ローン証券は、数学を使ったわかりにくい仕組みでパッケージされ、高い格付けを与えられて転売された。売手はリスクを分散できたが、買った他国の金融機関には被害が及んだ。訳の分かりにくい金融商品が、安全で高利回りとして広く売り出され、暴落してリーマン・ショックを引き起こした。

ローンで家を建てたが借金が返せない民衆は、返済を免れるため家を失ったが、売り出した大手金融機関は大量の公的資金で救われ、関係役員は多額のボーナスを手にしたが刑事責任を問われることなく、ウォール街で行われた民衆のデモはマスコミをにぎわしただけで終わった。

後述の日本のバブル処理の拙劣さに学んだ米国は、大量迅速な公的資金投入で金融機関を救済し、住宅市場の回復にこそ時間がかかったが、投入した資金は2013年には株価上昇で利益を伴って戻ってきた。しかし格差は拡大し失業率の改善は遅れている。

083月モルガンがベアスターンズ買収、9月リーマン破綻、11月量的緩和QE1開始、12月ゼロ金利開始093月ダウ7千ドル割れ(088月高値は11782ドルだった)

103月QE1終了、11月QE2開始、116月QE2終了

121月インフレ目標2%設定、9月QE3開始

135月ダウ15千ドル回復、12月、FRBは、市場に過剰供給した資金の縮小に着手し、1回目は平穏だったが、2回目の今年1月は世界的株価暴落と低開発国に流れた資金引き上げによる当該国の通貨暴落という、予想通りの副作用をもたらした。この副作用をいかに少なくできるか。イエレン議長の手腕の見せ所である。

A−3 日本のバブル、証券・金融総崩れ

日本のバブルも過剰金融緩和による株式・不動産バブルだった。株式市場はまだ自由化前で、株価を1株あたりの利益の何倍かで比較する指数=PERという指標は、1985年、米国S&Pの8.1に対し、東京は28.389年、7.9に対し60.9という過熱ぶりだった。株価には配当利回りという指数があり、不動産には賃貸収入の価格に対する利回りという金融指標があるが、右肩上がり神話が支配した日本の地価は、株価とともに金融指標を無視した異常な水準になった。上昇する株価・地価が担保価値を高め騰貴を助長し、騰貴した価格が不動産市場・株式市場を刺激した。金融自由化で緩和される金融規制が、資金調達を容易にした。

859月、プラザ合意による円高容認で大蔵省は円高不況を恐れて日銀の利上げを認めず、ルーブル合意後には利下げを強制し、ドル売りでだぶついた円資金が資産バブルをもたらした。多額のドル資産を抱えた銀行は利益隠しで報酬を引き上げ、後の公的資金導入の妨げになった。

それまで株価の上昇を支えたのは輸出拡大と好景気で、対日貿易赤字で苦しむ米国から要請された「内需拡大」はバブル景気でうやむやにされ、改革は先送りされた。資産価格は上昇したが消費者物価は1985年=100.190年=100.995年=99.9と安定していたからインフレではなかった。

895月、日銀はやっと金利を2.5%から3.25%に引き上げたが遅かった。年末株価は38915円に達した。

901月から株価暴落が始まった。年初からの暴落は上がり過ぎの調整だからやがて収まると受け止められた。金利は8月までに6.0%まで引き上げられたが地価には効かず、3月、不動産融資の総量規制という行政指導が行われ、これは劇薬となった(9112月解除)。

916月、野村證券など証券大手4社の大口投資家損失補てん報道。7月、日銀金利引き下げ0.5%=5.5%、以後引き下げ続く

株価が下がると抵当価値も下がる。すでに下げ相場となれば売ろうとしても売れない。やがて戻るという楽観的見方に反して株価も地価も回復しなかった。証券金融と不動産金融に大量の不良資産が発生した。

まず問題となったのは住宅専門金融=住専だった。住専は住宅融資の専門会社として大蔵主導で銀行の子会社として設立され、案件は母体行からの紹介に依存した。金融自由化で大企業の銀行離れが起き、銀行が直接この市場に参入を始めたので、住専は融資先を個人から事業者へ転換したが、それが悪かった。バブル崩壊の傷を真っ先に負うことになった。住専への融資では農協系金融機関が最大で、融資比率42%を占めたが、政治力に物を言わせて10.6%まで損失分担を縮小させ、解決を遅らせた。農村は自民党の票田だった。

918月、日本住宅金融支援で、母体9行金利減免で合意。総合経済対策⒑兆7000億円。宮沢首相、軽井沢セミナーで公的資金導入示唆するも実らず。9月、大蔵省、大手21行不良債権3月末79927億円と発表

931月、共同債権買取機構設立。4月、金融制度改革法施行(銀行・証券の相互参入)。経済対策132000億円。5月、大手21行不良資産額127000億円公表

951月、阪神淡路大震災

966月、住専処理法など金融6法が成立、公的資金投入は6850億円、株価は22000円台の戻り高値だった。

銀行は所有株式の簿価と時価との差=含み資産を使って不良資産の償却を行ったが、株価の下落は含み資産の縮小を招き、たっぷりあった含みが償却に足りなくなった。公的資金で早期解決という宮沢首相の問題提起を妨げたのは、リストラせず高報酬の銀行を公的資金で救済するのは国民の理解が得られないとの世論への懸念だった。

977月、アジア金融危機、三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券が破たんした。

984月、新日銀法施行、日銀は大蔵省から独立した。総合経済対策166000億円。⒑月、金融再生関連法成立、日本長期信用銀行特別公的管理。11月、過去最大の緊急経済対策24兆円。12月、日本債券信用銀行特別公的管理

992月、日銀ゼロ金利政策導入。3月、大手15行に74592億円資本注入

008月、日銀ゼロ金利解除、⒑年ぶりの利上げ

013月、政府緩やかなデフレを認定。日銀量的緩和、ゼロ金利復活

021月、改正金融再生法施行(整理回収機構の機能拡充)。いざなみ景気、093月まで73か月が始まる。いざなぎ景気57か月を超え、以って金融危機の終わりというべきか。しかし金融機関の不良資産はまだ残り、正常な融資活動を妨げていた。

A−4 日本のバブルの特異性

株式でも不動産でも、日本では債務は担保の譲渡では消えないから、簡単には借りないし借りられない。米国の住宅バブルの被害者が個人と金融機関なのに、日本の不良債権の最大の被害者は金融機関という違いが生まれるゆえんである。

高騰した株式・土地を担保に貸し付けて暴落の被害を受けた金融機関には、膨大な不良資産が蓄積された。ローン債権をまとめて転売しリスクを分散する技術と知恵はまだなかったし、含み資産売却による償却は持ち合い株が対象だったから一挙にはできず、大手金融機関は不良資産処理で先輩が戦後積み上げた資産を食いつくした。政府も資産価格の再度上昇の幻を待つばかり。根本対策である公的資金導入は国民の支持がないとして踏み切れなかったから、金融正常化は進まず、不況=デフレは解消しなかった。その終了を小泉内閣の金融正常化=021月とすると、1990年の株式暴落から⒑年以上待たねばならなかった。後述の小川論文によれば、銀行の不良資産が減少して融資に向かうには、さらに⒑年を要し、アベノミクスがまさにそのタイミングで登場したことになる。

A−5 自由か平等か、資本主義と社会主義

資本主義という言葉はマルクスの資本論に発し、社会主義の実験が資本主義未発達のロシアで行われたが、価格を自由な市場でなく中央官僚が決定する方式は、自由な製品開発を妨げ、ロシアは冷戦下の軍備拡張負担にあえぎ、自由主義諸国に対し衣食住の水準向上に成功しなかった。ドイツとの戦いで主戦場となり多大の被害を受けたロシアは、社会主義国家だったから欧米の支援は最小限に止められた。戦後復興も、米国のマーシャル・プランは西欧復興のみで、たちまち始まった冷戦による軍拡負担が民生充実を阻害した。平和共存を志向したケネディは暗殺され、フルシチョフは政権から引きずりおろされた。「オリバー・ストーンが語る、もう一つのアメリカ史」2013早川書房

資本主義には、自由尊重の反面として分配の不平等容認という問題が内在する。甚だしい格差の存在に対し、戦後間もなくの世界には、高額の累進所得税容認の時代があった。しかし西欧の復興、冷戦の激化とともに、レーガン政権の米国で景気対策の名のもとに所得税の平準化=金持ち優遇策を復活させた。

自由と平等という互いに矛盾する社会理念をうまく調和させている国は、北欧の社会民主主義国であろう。厳しい気候と東西対立のはざまにあって、自由を尊重しつつ多額の税負担を容認し、小国だが一人当たりのGDPの高い豊かな福祉国家が存在する。

自由を強調して著しい所得格差を容認するか、平等を主張して金持ちに重い税金を担ってもらうか。金持ちという既得権者をいかに納得させられるか。一人一票の選挙を公正の印とする民主主義システムは、圧倒的に多い貧乏人のために機能しているのだろうか。西欧近代が導いた資本主義システムと民主主義イデオロギーの今後にかかわる問題であろう。

宗教かイデオロギーか、革命か戦争か、今なお争いは国の内外で収まっていない。

 

B 日本の累積赤字をどうするのか

B−1 ギリシャ危機と日本

日本政府の累積財政赤字は1132兆円、GDPの238%、国民一人当り百万円を超える金額となる。かねて問題とされていたが、ギリシャで2010年政権交代を機にずさんな財政運営が明らかになった。EU加盟を機に発行された赤字国債のデフォルト懸念による暴落が、ドイツ、フランスからの流入資金の引き上げを招き、それがイタリア、スペインに波及しEU金融危機となった。156%と日本より赤字比率の少ないギリシャだが、観光以外に産業がなく失業率が高い、国債の外国人保有率が高く、経常収支は赤字続きというのが日本との決定的な違い。最近ようやく小康を得ている。通貨統合だけで財政統合なきEUで、加盟時の財政監査が緩すぎたのが原因らしい。

日本国債は殆どが国内で消化されているので、ためにする外国人が売ろうとしても売れない。それに日本は国際収支が黒字で稼ぐ力がある。家計の金融資産も139月末で1598兆円ある。この4月から消費税が増税されるが、この負担を増やせば累積赤字解消に使えるというのが楽観論の根拠。

EU通貨統合にかかわったフランス人アタリ氏の見立てでは、危ないのは日本だったが、おひざ元が崩れ、日本はまだ生きながらえている。しかし油断はできない。

旧大蔵省出身の経済評論家が、1997年橋本内閣の消費税増税を非難し、政府には確かに1000億円の負債はあるが、資産も647億円あるので、差し引き負債は400億円に過ぎない。その程度の負債は国際的に見て特に目立つものではない。消費税などしないで成長路線を続ければ税収増で問題なしという発言に驚いている。

B−2 財務省の立場

財務省のホームページを探ると「政府の負債と資産」という項目があり、平成21年度の負債1019億円、資産647億円とあり、OECDの20119月の資産込みの総債務と純債務とのGDP比が、日本219134、米国10380、フランス10266、英国9768、ドイツ8751とあり、我が国は二つとも先進国で最悪水準と記している。

国の財務状況の貸借対照表という思想は米国90年代の会計制度改革に発し、98年に連邦政府の連結財務諸表を初めて公表した。米国の民主主義、さすがというべきだろう。日本も追随したが、行政管理予算局長官に財務報告を義務づけるなどの制度的赤字抑制装置を設置するまでには至っていない。政治家に危機感なくいい加減である。

財務当局は赤字削減に少なくとも前向きだが、関係者の中に「大事なのは経済成長であり、成長すれば税収が自然に増えて、赤字削減に貢献する。消費税増税は成長にマイナス効果しかない。消費税など止めるべきだ」という発想が消えない。

ただ、市場を支配する外国投資家はこれと異なり、日本はまず増税できることを示すべきだ、だから、消費税増税を評価するという。大平内閣・中曽根内閣で挫折し、竹下内閣でようやく成立。橋本内閣の増税は批判にさらされ、民主党管首相の自民党与謝野氏起用で再び議題に復活し、後を継いだ野田首相と谷垣自民党総裁のきわどい判断でやっと成立した消費税の経緯を思えば、外国人の見方が正しいというべきで、既定路線だったとはいえ、一部の反対を押し切って増税に踏み切った安倍氏を評価すべきだろう。借金を子供に残すのが是か非かというわかりやすい話なのだ。

B−3 ギリシャに近づく日本

さらに二つ大事なことがある。(1)国債を買う余裕資金がさすがにもうなくなり、これ以上の発行は外国人に引き受けてもらうしかない状況がある。(2)外国人が利払いや償還資金の原資とみる経常収支の黒字が怪しくなりかけてもいる。日本が国債発行で享有していた条件はなくなりつつある。財務省はわかっている。EUで起きたようなことを未然に防ぐためには、理解者をもっと増やさねばならない。                           

                              

C アベノミクスの前と後

アベノミクス批判の論点は多岐にわたるので、アベノミクス前後での数字の変化を見る。

C−1 マネタリーベースと貸出残高−小川教授の分析

黒田日銀は、消費者物価を2年で2%上げるために、マネタリーベースを2年で2倍にすると宣言し、134月から実行した。大阪大学小川一夫教授、日経経済教室212日の論説によると、13年末のマネタリーベースは202兆円、1年で64兆円増加した。全国銀行の総貸出残高は1212月から1312月に2.8%増加し、1311月までに国債保有は15%減少した。

013月から063月までの量的緩和政策では、5年間でマネタリーベースは42兆円増加に過ぎず、今回の1年分を下回り、貸出残高は46兆減少、逆に国債保有は22兆円増加。この差の原因は何か。

最大の原因は不良債権の残存の多寡。前回は123月末不良債権残存比率8.9%あり、貸出より安全な国債保有を増やした。それが133月末には2.4%に下がって安定した財務状況が貸し出しを伸ばした。

しかし貸出の伸び3%の内訳は、全国銀行の中小企業向け伸び率2.5%に対し信用金庫の伸びは1.3%に過ぎない。大企業の業況判断は1346月以降プラスだが、中小企業は1012月期まで回復が遅れたこと。今一つは中小企業の設備投資の収益性回復が大企業に比べ遅れていることが響いている。注意すべきは、企業は内部留保を蓄積し今後の設備投資が貸出依存とは限らないこと。また信用金庫の不良債権比率は103月以降133月末までの政府の中小企業金融支援により6.3%に悪化していること。政府の支援が不良企業を延命した。

貸出競争とゼロ金利で金利ざやは縮小、銀行の収益率は低下、銀行業績の好調は経済環境の好転による貸倒引当金の戻り益、国債売却益であり、日銀当座預金には法定必要額以上が積み上っている。日本経済の低迷からの脱出には「第3の矢」=成長戦略の成否にかかっている。白川前総裁の主張の通りだ。

要するにアベノミクスの一見目覚ましい円安と株価上昇は、それ以前の不良債権削減の実績の上に成り立っている。異次元の金融緩和の成否は、「第3の矢」が放たれるか否かにかかっている。

C=2 銀行貸出残高をみると

小川教授の説を、日経新聞に毎週掲載される統計の銀行貸出残高=前年同月比%で検証してみた。

1983年−89年までは年平均+11.6%。それが総量規制で90年から+5.13.22.60.50.11.0と減少し、96年−0.1に転じ、0.93.25.94.14.24.84.93.61.305年までマイナス続き。06年ようやく+1.50.72.70.8、しかし10年は−2.011年は−0.1だが⒑月からプラスに転じ、12年通年は+1.18月に1%台に乗せ12月+1.4。これが13年に続いて42.%台に乗り、この年08年以来の通年+2%をもたらす。

アベノミクスの異次元緩和は、それまでの緩和による貸出増加以上の成果を上げていない。それ以前の金融緩和は機能していた。異次元と称する異常な緩和の推進論者は、実体経済と金融との関係を誤解しているのではないか。今後もたらす問題に注目。

C−3 過剰金融緩和の後始末―東短リサーチ加藤社長の分析

日本のバブル処理に学んだ米国は、リーマン・ショックを大量即時の資金供給で乗り切り、

その後も大量の資金投入で株価・住宅価格の上昇に成功し、昨年末から過剰資金の吸収作業に入っている。日経123日経済教室、加藤出氏の論説を要約すると、FRB新議長となったイエレン女史は年内に4.5兆ドルに膨らむFRB資産、その準備預金残高は最低必要額の43倍となった。そこまで緩めたのに米経済は、資産価格は上昇し富裕層は恩恵が受けたが失業率は下がらず貧困率は急上昇したまま。

金融政策史の第1人者アラン・メルツァー教授は、下院議会証言で、今の経済の問題は金融ではなく構造にあり、例えば労働市場で73年、81年、90年、01年、今回と過去5回の景気後退による非農業雇用者指数の変化のグラフをみると、年次が進むごとに回復が遅れ、今回はまだ07年の水準に戻っていないことを示した。

FRBが短期的な景気刺激策に過度に依存しがちなのは米国の社会保障制度が貧しく、連邦法がFRBに雇用の最大化を求めているからで、FRBにバブルを起こさせないよう法改正が必要との指摘を加えた。

15年以降のゼロ金利解除で保有証券の売却が始まるが、それには金利急騰・巨額の損失負担発生の恐れあり、売却でなく満期償還を選ぶと、正常化まで数十年かかるという。金融資本主義の本山がそれでいいのか。巨大化した金融市場における期待と貧困との矛盾を、民主主義の先進国である米国は解くことができるだろうか。

日銀は、米国の緩和縮小に倣って自らも緩和縮小すればと思っているのかどうか。とにかく目下はデフレ脱却が問題。後のことには発言なし。しかし、FRBがこの状態だと、日銀はどうするのか。後の世代に押し付けるのでは無責任すぎよう。

                          おわり

注 1 生産年齢人口

人口には、子供と老人を除いた15歳−64歳=生産年齢人口という概念があり、高齢化・少子化が進む先進国で生産年齢人口の減少が起き、それが経済成長の阻害要因となるという。この概念を小生は松谷明彦氏の「人口減少経済の新しい公式」2004日本経済新聞社で知った。このテーマを、デフレの正体−経済は「人口の波」で動く、角川書店2010というベストセラーで展開したのは藻谷浩介氏である。

注 2 景気循環

景気循環は、内生的要因(技術・労働・設備・投資意欲)と外生的要因(予想外の技術・気候・国際情勢の変化)を数字で加味して構成される。政府が発表する景気循環は、内閣府が発表する景気動向指数(先行・一致・遅行)により、毎月報告され、山と谷の公式判断などは遅れることになる。

いざなぎ景気74か月= 6510月―707月―7112

列島改造景気39か月= 7112月―7311月―753

安定成長景気31か月= 753月―771月―7710

公共投資景気64か月= 7710月―802月―832

ハイテク景気28か月= 832月−856月―8611

バブル景気83か月=  8611月―912月―9310

カンフル景気63か月= 9310月―975月―991

IT景気36か月=   991月―0011月―021

いざなみ景気86か月= 021月―082月―093

この後は、デジャブ景気で093月から始まり、124月が暫定の山とされているが終わっていないから名前も山も正式ではない。      以上

  

 

表紙に戻る