私が、山の中の小さな小学校にいたころのことである。 毎年夏には海浜(かいひん)学校という行事を行っていた。1泊2日で、留萌(るもい)の海へ行く。帰りには、黄金岬(おうごんみさき)でカニつりをして帰って来るのがお決まりのコースである。海で泳ぐことも楽しいが、磯(いそ)で海の生き物たちとたわむれることもとても楽しいものである。 海岸(かいがん)近くの岩場(いわば)や潮(しお)だまりには、ヤドカリやイソガニなど海の小さな生き物たちがたくさんいる。さっそくハリガネの先にイカの足やスルメなどをつけて、カニつりを始める。 黄金岬のカニたちはずいぶん用心深くなっているので、そう簡単にはつれない。夢中になってカニと知恵(ちえ)比べをやっていると、あっと言う間に時間が過ぎてしまう。 苦労してつかまえたカニは、持ち帰える。しかし、途中で死んでしまったり、うまく持ち帰って水そうで飼ってみても、じきに死んでしまう。生きのびても、せいぜい2、3日。酸素(さんそ)不足や海水の汚れが原因のようである。死んだカニを悲しそうに見つめる子供たち。子供たちも、そして、カニもかわいそうである。 次の年、何とか死なせずに飼うことはできないものかといろいろ考え、工夫してみた(海の生き物の育て方)。 こうして始まった山の中の学校での海の生き物の飼育・観察は、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、冬を越(こ)して、とうとう丸1年が過ぎた。 海草が成長する様子やヤドカリの卵のふ化、イソガニの脱皮(だっぴ)の様子、カニの抜けがらで標本作りなど多くのことを子供たちと共に体験できたのである。 そして、その年の海浜学校の日、山の水族館で1年間生き続けたイソガニは、海へもどすことになった。 子供たちが砂浜にはなしてあげると、カニは足早に海に向かって走り出した。「カニも喜んでいるね。」と男の子がつぶやく。 イソガニは、足跡と共に消えていった。生まれ育った日本海の波の中に。 |