はじまり
昨夜から降り続いた雨がまだやんでいない。桜はまだ、半開きの状態で強めの雨にも散る気使いがない。
通勤電車から吐き出され、改札をくぐり雨の中に出た。傘は、ささなかった。時折、シャツの中に飛び込んでくる雨粒が心地よかった。信号待ちの間にタバコに火をつけ、深く吸い込み、煙を吐き出す。煙は、雨粒の中をかいくぐり、舞い上がり雲と区別つかなくなる。
水溜りのうえに、雨粒が丸い波紋を描いてる。うつむき加減で仕事場に向かう。
エレベータのボタンを押して、ドアをくぐり、しばらくすると目的の階に到着する。
すりガラス越しに見える部屋の中は、ほの暗い。セキュリティはOffになっている。カギは無論かかっていない。
ドアを開けると、ブラインド越しの雨空が部屋全体を照らしている。
机の合間にいすを並べているもの、床にマットをひいているもの、何人かが思い思いの場所で、思い思いの状態で眠りに落ちている。ドアの開く音にもだれも目を覚まさない。彼らが、動き出すのはまだ一時間半あとのことだろう。PCの冷却ファンの音、空調の風切音が、低く、かすかなうなり音で部屋を満たしている。
タイムカードの刻印音が予想外に部屋中に響く。
「かた」
タイムカードを、ラックに戻し、一番奥の自分の机に向かう。机の上のマグカップをとり、コーヒーメーカーから昨日の残りのコーヒーを注ぐ。まだ、ほのかに あたたかい。手馴れた様子で、バックパックからNoteを取り出し、ケーブルをつなぐ、電源を入れる、パスワードを入れる、Mailをチェックする。
「Mailが届いています。」
ウインドウが開く。
届いているMailに目を通す。
マウスが、的確に動き、返信用のウインドウが開かれる。
「おはよう」
画面に、次々と文字が表示される。
タイプの音が、切れ切れに部屋に響く。
「愛してる」
Mailが締めくくられる。
LEDが点滅する。
か細く、心もとないケーブルを通じてMailが目的地に向かっていく。
タバコに火をつけて、これからの一日が始まる。
Fin