は な び
対岸のはるか彼方で花火のあがる音がする。
「ぱーん」「ぱぱーん」
土手の地面ぎりぎりに花火のかけらが見え隠れしている。
「向こう岸に行かなくていいの?」
「ああ」
「わざわざ人ごみに行く必要もないだろ」
「ここで充分だ」
「へへ」
彼女が袂からコンビニの袋を取り出した。
「こっちでも花火大会やろ」
「飲み物買うときに目に入ったから、かってきちゃった。」
袋の口から包みを取り出しているときに「がさがさ」音がした。
「これ」
彼女の手には、線香花火の入ったビニール袋が握られていた。
「ライター持ってるでしょ。貸して。」
器用に糸切り歯でビニール袋を開け、彼女は中から一本を取り出した。
「線香花火、好きなんだ」
「もう少しって思う間に落ちちゃうの」
彼女が膝をそろえてしゃがんだ。指先には線香花火をつまんでいた。
私も隣にしゃがんだ。
ぱちぱち
彼女の指先から火花が飛ぶ。
顔を照らすほどの明るさはない。しかし、手元は明るく彼女の細い指先を浮き立たせていた。
しばらくすると火が徐々に暗くなり、生気がなくなって地面に落ちる。
「あーあ」
無心に彼女は線香花火に火をつけていった。
私は、隣で見ているだけだった。
決まって、落ちる瞬間に「あーあ」と言っているのを発見し、口元がほころんだ。
「ねえ」
「やらないの?」
「あ、いい」
「相変らず、無愛想だね。」
まだ昼の熱気がおさまっていない公園に、虫の音が流れていた。
時折、いると勘違いした油蝉が街灯に飛んでいく。
対岸の花火大会は音の間隔が次第に狭まってきた。
「ねえ」
「ん」
「今日は、なんていって出てきたの?」
「ああ、散歩」
「煙草吸いにいってくるって」
「『向うの花火に見とれてた』って言えば言い訳は立つだろう。」
「そっちは?」「浴衣まできて、なんて言って来たんだ?」
「正直だから、『花火見て来る』って、友達と一緒に。」
「はは、うそつき」
「嘘じゃないじゃん。線香花火見てるし...」
「俺は、ともだちかぁ?」
「うーん。」
口ごもる彼女の肩を抱いた。自然と唇が合わさった。
彼女の手が首に回った。
「すきだ」
耳元にささやいた。
「うん」
「どこかに行こうか。」
「え」
「いや、なんでもない。」
「最後の一本やらせろ。」
「いーよ」
ライターで先に火をつけた。
「じじ...」
炎が火薬の部分を包む。
「なあ」
「え」
「二人でどこかに行こう。」
「え」
「いっしょにいたい」
「うん」
線香花火は、盛んに火花を飛ばしていた。
「ぱちぱち」
「ずっと一緒にいたい」
「うん」
彼女の顔が目の前にきた。
また唇が合った。
唇が離れたとき、線香花火は消えていた。
「ごめんね」
「向うの花火も終わりだね。」
「じゃね。」
私は、いきなり立ち去る彼女の後ろ姿をあっけにとられて見送っていた。
携帯電話の音で、我に返った。
彼女からのメッセージだった。
「いきなりばいばい、ごめんなさい」
「泣き顔を見られたくなかったので」
「またあってね」
ため息をひとつついて、煙草に火をつけた。
火花も飛ばず、落ちることもない火が静かに燃えていた。
Fin