懺悔『嫁ぐ娘に』

嫁ぐ娘にについての
とことん懺悔
(2003/05/25)

 
少し、じっとしていると、寒く感じる変な気候の今日この頃で すが、お元気ですか?
今入れたばかりです。コーヒーでもどうぞ。

『嫁ぐ娘に』とありましても、目下緊張感のない『浪人中』 の、宅の娘のことではございませんので、そこのところを、誤 解のなきよう願います。



若かりし頃の思い出に合唱があります。

 札幌の頃も、混声合唱にとことんのめりこんでおりまし た。
 週に1回。市内にあります幼稚園を夜の時間帯でお借 りして練習を続けておりました。
 色々な曲に取り組みましたですが、歌いたい思いがあ ったけれども、とうとう歌うことのなかった曲が、表題の 『嫁ぐ娘に』という混声合唱組曲であります。
 三善晃さん:作曲。高田敏子さん:作詞のこの曲は、 嫁ぐ日を迎えた娘に、母親が生まれた日からのことを思 いながら贈るメッセージであります。


 当時は、やはり何とも申しますか―、
だらだらと一生かけて長い坂道を歩き続ける我々男性 に対しまして、ある意味で「結婚」という、ダイナミックな 人生の変換点を持ちます女性に対しまして
「やっぱ、すげぇな」
みたいな畏敬の念がございまして、それに重ねて、この 曲を歌いもしないのにレコード求めまして、時々は聞い ておりました。


 月日の経つこと幾星霜。
 会社で部下なんぞの結婚式には、この最終曲の最後 の一節を祝辞の締めくくりとして、新婦さんに贈ってまい りました。短いフレーズなので諳んじており
(「諳んじている」と思っていたのですね!)、自分の思い を込めて贈っていたのです。
 それはこんな内容です。

むすめ、
やさしいひとみと、ほほえみ
愛のこころを
いつの日にも わすれることなく ―。

 これ自分でも気に入っておりまして、「三つの袋をプレゼンしたいと思います」云々よりは、気が利いていて良いや ―と思っておりました。

 ところがですね、先日このホームページにアップしましたレコード復活の際に、大変な事が判ったのであります。聞 き覚えで暗誦いたしておりましたこのフレーズ。改めて何十年ぶりで引っ張り出してまいりましたレコードのジャケッ トに印刷してあります「詩」を読みますと、こうなっております。

そのほほえみを むすめよ
やさしいひとみ
愛のこころを
いつの日にも わすれることなく ―。

(買い求めました、当時の札幌のレコード屋さんの袋で ございます。)

 まるで何十年か前、生き別れになった娘に再会し て、懺悔する心であります(恥)。