第73章 第21代/雄略天皇(2)
男ってやつは、本当に困った生き物だ!
ある日 雄略天皇が 三輪川みわかわの畔ほとりに 野遊びに行かれたときのことです。
美しい童女が 三輪川の岸辺で洗濯をしていました。心魅ひかれた天皇は その童女に名を尋ねました。
童女は 「私の名は 引田部ひきたべの赤猪子あかいこと 申します」と答えた。
すると天皇は 「お前は 夫を持つな 今きっと 私が召しかかえることにする」と その童女に申し伝えた。
「ハイ 申し受けいたします」と 童女が答えました。
天皇が赤猪子あかいこ に求婚し 赤猪子も承諾して その場は 終わりました。
その後 赤猪子は 天皇の言葉を信じて待っていたが 天皇からは何も音沙汰がありませんでした。
赤猪子は 待ちに待って 待ちつづけて 80年の月日が過ぎてしまいました。
「お召しくださるお声を待っていましたが もう80年の年月が流れすぎ去ってしまった。
自分の身体は痩や せ萎しぼ み もう今では 天皇にお仕えできない年になってしまったけれど
80年も待ち焦こがれた気持は ぜひ お伝えしたい。このままで あの世に行きたくはない」と 決心しました。
そして 百取りの机代物 ももとりのつくえしろもの (女性から男性に贈る結納品)を自ら持参し 天皇の宮へ参上しました。
ところが 当の本人・雄略天皇は もう 80年前のことですので スッカリ忘れていました。
天皇が 「お前のような老婆が 何があって 我が宮に来たのか?」と聞くと
老婆になった赤猪子が答えました。
「昔のことです。三輪川のほとりで天皇のお言葉を頂いて それ以来 お召しの声を 待っていました。
それ以来 80年の歳月が過ぎてしまい 若かった私も年衰えて こんな老婆になってしまいました。
もう 今となっては お召しかかえして欲しいなどと 無理なことは決して申しません。
でも 天皇のお言葉を信じて待ちつづけた心だけは 知っていただきたいと思い 参ったのでございます」。
うううう!不憫な話だ あまりにも純粋な心 けなげな話に 泣けてくる。
だいたいな 男ってやつは 女性にいとも簡単に 「好きだ」とか「愛してる」とか 言い過ぎる。 けしからん!
男ってやつは 本当に困ったもんだ。 「お前を召し抱える」と言った約束を 忘れるとは イイカゲンすぎる。
オイラ 今回は 女性の味方だ。 ボサツマンが 代わりに謝ります。 赤猪子さん すいませんでした。
うむ オイラが謝ったので 赤猪子は 天皇を許しました。 ちょっと違うか! ……ボサツマン
天皇は この話を聞き 忘れていた昔を思い出し たいそう驚いて 詫びを入れた。
「私は 昔のことをまったく忘れてしまっていた。それなのに お前は 私を信じて操を守りつづけ
たいそう不憫ふびんな思いをさせ 女盛りを ムダに過ごさせてしまった。申しわけない お許しくだされ」。
天皇は 年老いた赤猪子の心に答え 平謝りして 御歌を送った
「御諸の厳白檮が下 白檮が下 ゆゆしきかも 白檮原童女 引田の若栗栖原 若くへに 率寝てましもの 老いにけるかも」
読み:「御諸みむろ三輪の社の 霊威れいいの強い樫の木 その樫の木のように 神聖で近寄りがたいほどの
神々しい 白檮原かしはらの神聖な乙女よ 引田の若葉若木の栗林で
若い頃 寝てしまえばよかったものを 共に 老いすぎてしまった 許してくだされ」
この歌を聞いた赤猪子あかいこは 着物の赤い袖を涙で濡らし 天皇の気持ちに歌で返した
「御諸に 築くや玉垣 つき余し 誰にかも依らむ 神の宮人 日下江の 入江の蓮 花蓮 身の盛り人 羨しきろかも」
読み:「三輪の御社みやしろに築かれた立派な玉垣 築き余って今は 神様以外の誰に頼りましょう
神に仕えた宮人は 日下江くさかえの入江に咲く 美しい蓮の花 いま身の盛りの若い人の 羨ましいこと」
天皇は 赤猪子の返し歌に感動して たくさんの賜り物を授けて 帰りの道を送られた。
まあ しかし これで 良かったと思う。 老女の思いの内を 天皇が理解してくれたのだから
たった一言が人の心を傷つける たった一言が人の心を 暖ためる 言葉選びは慎重に ……ボサツマン
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