その11 子授かる
江西慮陵縣こうさいろりょうけん の龍子翬りゅうしき という人 子無き事を苦しむ。
洪武こうぶ 己丑つちのとうし の年 十月1日 姑しゅうと 龍子りゅうし の終えに到り 龍子翬りゅうしき のこの経を授ける。
夫婦に勧めて 一千巻を施すことを 立願成さしめければ 翌年 一人の子を生ず 其の名を桂生けいせい と云う。
即ち 一千巻を施して 恩を報じ奉るなり。
その12 子授かる
河何かなんの張貴ちょうきと云う人 宣徳せんとく四年 廣東かんとんに於いて この経を伝授しけれども 未だ 其の印しるしなし。
同六年家に帰り 夫婦共に子を祈り求め 一千巻を施さんと立願しければ 壬子みずのえね の年 一人の子を生めり。
然れども 一千巻 未だ 果たさず 癸丑みずのとうし の年 其の子 病んで死す。
又 其の年 一千巻を立願しければ 甲寅きのえとら の七月 一人の子を生む 然しかるも 尚 一千巻の願果たさず。
乙卯きのとう の年 その子又病んで死す。丙辰ひのえたつ の年 立願しければ 丁巳ひのとみ の年二月一人の子を生み名は鎖住さじゅう 。
この子 鎖住さじゅう の頂きに白衣観音の印しるし あり。 よって
即ち 版を起こして 一千巻を施し 恩を報じ奉るなり 夫それより 子孫繁栄するなり。
その13 子授かる
池陽の妾陳氏そうちんし 大和祖師だいわそし を拝し この経を授かり 一心に読誦しければ 一千巻を立願し 果たして
嘉精乙丑かせいきのとうし の年に子を生めり。 白衣観音の霊験あり。
その14 子授かる
平湖縣へいこけん の朱録しゅろく と云う人 年四十に余りて子無き事をなやみ 順治じゅんじ己亥つちのといの春 この経を見て深く信じ
即ち 願を立て世嗣よつぎ を求む。 此の年 霜月しもつき二十二日に到りて 果して 一人の子を生めり。
その15 子授かる
晋しんの孫道徳そんどうとく は 益州の人なり。 年五十に余りて子無し。この人儒道じゅどうを信じ 仏道ぶつどうを信ぜざる人なり。
ある時 近所の山寺に参詣さんけいしければ 独りの沙門しゃもん 勧めて曰く 汝 白衣観音を念ぜば 必ず 福徳智慧の男子を得んと
有りけるなり。 孫道徳 教えに随い念じければ 夢中に感應かんおうありて 男子誕生して 子孫繁栄せり。
その16 白衣観音の利益りやく 書きしるす
見宋道人順次けんそうどうじんじゅんじ 戊戌つちのえいぬ の年 この経を読誦し また 白衣観音の普あまねく衆生を利益りやくし給う事を思いて
この経を版に成して施すなり。 其の経の終りに この経を読誦する人 種々かずかずの霊験 授かる事を 書きしるしけり。
その17 厄難消滅
元魏げんぎの末に 道泰どうたいと云う沙門しゃもん 夢に人来たり告げて曰く 汝 四十二の厄年やくどしに当たりて命終るべしと
道泰 其の年に到りて病にあい十死一生に危うければ 大おおいに恐れける。 友来たりて示して曰く
六十二億の菩薩を供養すると 一度観音の名を念ずると其の功徳同じ 一心に観音を念ぜば 必ず 寿命増すべしと勧めければ
道泰 信心を發おこし 三日夜一心に 観音を念じければ霊験有りて 即ち 其の病癒えて命増しけると。
今に至っても 四十二の厄年に当りて 観音を念ずれば 厄難やくなんを免のがるると云い伝えけるは 此の因縁なるべし。
つづく