摩訶迦葉、 長者窮子 ちょうじゃぐうじ の譬えをのべる
「ある国に、幼い時に若気の至りで家を飛び出し他国に住み、貧乏暮らしが染みついた50歳の人がいました。
年を取るにつれ、ますます貧乏・貧相になり、あちこち生活の糧を求めて、各地を転々としておりました。
放浪生活をしていくうちに、彼の足はひとりでに生まれ故郷の国へ向かって 歩いていました。
この父は、ものすごい財産家(長者)で、立派な屋敷に住み、召使いもたくさんおりました。
父は家出したひとり子を不憫ふびん に思い深い悲しみを抱え、国中を隈々すみずみ 探し廻りました。
しかし、可愛い子は見つけられず、ついに、父は子を探すことをあきらめてしまいました。
一方、息子は、あの街この街と放浪したあげく、知らずしらずのうちに、自分の故郷へとやってきました。
自分が飛び出した屋敷さえスッカリ忘れてしまった息子は、たまたま、通りすがった父の家の門の前に来て
「こんな立派な屋敷には どんな人が住んでいるのだろう? この家なら給金も高く出してくれそうだなあ〜
こんな金持ちの家で働いてみたいなあ〜、でも、自分みたいな貧相な人間は、雇ってくれないだろう」
と思いながら、ただ呆然 ぼうぜん と立っていました。
一方、父は、家出した我が子を忘れられず
ー私もずいぶんと年を取ってしまった。 私が死んだ後、たくさんの財産を、家出したあの子に財産を譲りたのだ。
そうなれば、私は安心できるのだが、あの子は今、どこでどうしているのだろう、私は寂しい気持ちだーと悩んでいました。
息子は門の前に立ち、そう〜と、中の様子を覗のぞ くと 風格のある立派な紳士が椅子に座っています。
紳士は、獅子の彫刻が刻まれた椅子に座り、その部屋では、世話役の女官が忙しく動き廻っています。
部屋の中には、これまで見たことも無い高価な飾り物が沢山置かれ、美しく荘厳に飾られています。
息子は、地面に座って、心の中で思いました。
「この家は王さまの宮殿なのだ、あの人は王様にちがいない。自分のような貧乏人は雇うはずがない。
それどころか、こんなところでウロチョロしてたらひっ捕まえられて、牢屋に入れられるかも知れない」。
そう思った息子は にわかにその場から 走り去ろうとしました。
ところが、父はその男を見て、自分の息子だと 一目で分かりました。
「やっと息子が自分から帰ってきた、長い間待っていた甲斐があった、ああ!良かった!うれしい!
よしこれで、私の莫大な財産を 全部譲ることができる」、と大喜びです。
父は、召使いに、門の前から走り去ったあの男をここへ連れて来いと 命じました。
使いの者が捕まえると、息子は驚いて−助けてください、お許しくださいー 大声で泣き叫びます。
主人の命令に忠実な召使いは、有無をいわさず引っ立てて、主人のもとへ連れて行こうとしました。
仰天ぎょうてん した息子は、あまりの恐ろしさで怯おび え、気を失い卒倒してしまいました。
これを遠くから見ていた父は、召使いの者に言います
「これこれ、もういい、無理する必要はない。顔に水を静かにかけて 目をさまさせてやりなさい。
その男を雇うことはやめよう、そして、放して好きなところへ行かせなさい」 と言いました。
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ここで父は、方便をつかいました、その理由は
長い間の貧乏生活で、心が卑屈になりきっている息子は すぐ側に本当の父がいることに、気がついていません。
自分のような身分の者は 近寄ることができないという息子の気持ちを 父は充分感じていました。
だから、しばらくほっておいて、時間をかけて別の手段を使い だんだんと 自分のそばへ 引きつけようと考えたのです。
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顔に水をかけられ 目がさめた息子は ー放してやるから、好きなところへ行けー と解放されたので、
何回も頭をペコペコして、いちもくさんに その場から立ち去っていきました。
そして、今まで通り、貧しい町で今までのような、しがない暮らしをつづけていました。
つづく 長者窮子の譬え・つづき