日記:2006年3月
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3月31日(金)  職場の送別会

 新年度の辞令は例年であれば4月1日付けで出るのだが、今年は4月1日が閉庁日のためか今日辞令が出た。そのため、今日は異動関係で人の出入りが多く、気ぜわしい一日だった。
 昼休みは、若手職員二人と大丸レストラン街の「すし善」で昼食をいただく。昨年の4月にも同じメンバーで来た店だが、気が付けばもう一年が経過している。年度途中にも年度明け早々には、新しいメンバーで食べに来たいと思う。
 午後6時から、京王プラザホテル2階ラベンダーの間で開催された職場の送別会に出席する。私は以前、職場の飲み会が嫌いで、送別会に出席するのも気が重かったが、最近はそれほど苦痛でもなくなった。明日は休日なので心おきなく飲んで、午後8時過ぎに帰路に着いた。


3月30日(木)  Oさん送別昼食会

 今年はいつもより早めに出勤し、本年度内に決裁を受けておかなければならない書類の仕上げに取り組んだ。
 お昼休みに、「中村屋旅館」でOさんの送別昼食会を開催する。Oさんの場合、転勤が多く、道内を飛び回っている感じだ。年度末の慌ただしい時期にしては人の集まりが良く、今日の昼食会には15名が参加してとても盛会だった。
 平成9年の今ころ、フジヤサンタスホテルで同じグループの送別昼食会を開催したことを思い出す。「十年一昔」というが、あれから9年が経過して、各人が確実に年齢を重ねた。そして、その9年間が瞬く間に過ぎてしまったことを考えると、この先の時間の経過がどうしょうもなく早いことが察せられて、何とも言えない気持ちになった。


3月29日(水)  冬期休暇

 昨夜は雨が降っていたが、それが夜中に暴風雨となり、朝からはみぞれが降っていた。出勤時も大荒れの天候で、屋外を歩くのは大変だったと思うが、私は、冬期休暇を取得していたため、午前中は屋外の悪天候をよそにゆっくり過ごした。
 昼過ぎから北洋銀行野幌支店、次いで北海道銀行野幌支店に足を運び、自主研究グループや北海道自治体学会の会計処理を行う。夕方、JR野幌駅で電車を降りると、250CC入りの牛乳を二パックずつ無料で配っていた。最近、生乳が生産過剰になっており廃棄を始めたくらいなので、消費拡大を図る緊急行動の一環なのだと思うが、無料で配っても果たして消費拡大に結び付くかどうかは疑問である。牛乳を分解する酵素が不足している人が牛乳を飲むと、お腹の調子が悪くなるものだ。私も、久しぶりにパック入りの牛乳を飲んだためだと思うが、お腹の調子が悪くなってしまった。
 「生乳が生産過剰」、それならば「牛乳パックを無料で配ろう」という発想は、ちょっと単純すぎるのではないかと思う。日ごろ飲み慣れない牛乳を飲んでお腹の調子が悪くなり、その結果牛乳を嫌いになる人を増やすなら、消費拡大を図る上では逆効果だと言える。牛乳を二パックずつ無料で配るお金があるなら、同じお金でヨーグルトを一パック配った方がずっと良いのではないだろうか。


3月28日(火)  グループ送別会(2回目)

 朝一番で、某所に顔を出し、自主研究グループの預金解約を依頼する。これは、飲み会の支払残額などを預金していたもので、長い間私が通帳だけ預かっていた。このお金は、明後日の昼食会で一部使って、残りはそのグループが名称を変えた新しいグループに引き継ぐ予定である。
 職場では、今日が書類を一斉に整理する日だった。私は短い時間でちょっとだけ片付けたのだが、それでも驚くほど廃棄書類が出て、日ごろいかに書類を溜めているかを実感させられた。午前10時過ぎからは、来客の対応で四苦八苦する。クレーム対応は、精神的に疲れる仕事である。こうした仕事は下手をすると面倒を抱え込む上に、高く評価されることが少ないので、報われない気持ちがする。
 午後6時から、「サロン・ド・ポレール」(北3西2 さっけんビル地下1階)で開催された職場のグループ送別会に出席する。ほぼ同じメンバーで、3月20日(月)に宿泊大宴会を行ったのだが、送られる側の人が5名のうち3名しかいなかったため、全員が出席しての送別会として開催したものである。ちなみに、会費は2千円と激安だった。
 午後8時ころ散会し、大粒の雨が降る中を帰路に着いた。



3月27日(月)  すっかり春めいて

 3月も今週で終わりである。大雪と厳寒に見舞われたこの冬も終わり、今朝はマフラーをせずにコットンコートで出勤したが、それでも暑苦しく感じられるほどだった。今日の陽気なら、スプリングコートがちょうど良いくらいだろう。
 午前中、北海道運輸局の担当者が来訪し、年明けからずっと懸案になっていた事項について打合せを行う。これでようやく、年度内に処理を要する懸案事項については一通り片づく目処が付いた。
 帰宅途中、同僚のKさんと「そば徳」で軽く一杯やってから帰路に着いた。


3月26日(日)  住宅ローン審査書類等が届く

 今日も、ひたすら休養に努めた一日だった。
 昼前に、大和ハウスから住宅ローンの審査書類と団体信用生命保険告知書の写しが届く。24日(金)の昼過ぎに、北海道銀行との間の事務代行を依頼していたもので、昨日の午前中に北海道銀行の担当者が大和ハウスを訪ねて打ち合わせることになっていたものだ。住宅ローンの手続きをすることになって初めて、銀行の住宅ローン担当者は土曜日にも住宅販売会社の営業マンを相手に仕事をしていることが分かった。
 住宅ローン契約が成立すれば、一年後から毎月の返済がはじまり、完済するのは2035年になる。この先の人生を、ずーっと住宅ローンの返済義務を抱えて過ごすことを考えると、気が重くなった。


3月25日(土)  Kさんの決断

 飲み会が続いて疲れが溜まっているため、休養に努めて過ごした。
 知人のKさんからメールがあり、「3月末に17年間勤めました会社を退職し、4月からS(NPO法人)に専念することにしました。」とのこと。某大企業系の通信会社を辞め、NPO法人の専従になるということだ。このNPO法人は、立ち上がりの時期から私も出入りしているので事業が大きくなっていることは分かるが、専従職員を抱えるにはまだまだ経営基盤が脆弱である。それくらいのことはKさん本人が一番分かっているはずだが、あえてそうした立場に身を置くKさんの勇気には感心させられた。



3月24日(金)  運転免許証更新〜江別会解散式

 お昼休みに、同僚のSさん、職場の若手職員二人と一緒に、大丸札幌店8階のレストラン街に足を運び、「宮川本店」で鰻重をいただいた。
 昼過ぎから年休を取得し、札幌中央優良運転免許更新センター(北1西5)に足を運んで運転免許証の更新手続きを行う。その後、大和ハウスのマンションギャラリーに足を運び、住宅ローンと団体信用生命保険の手続き代行を依頼する。
 午後6時半から、JR野幌駅前の「焼酎屋・開拓酒場」で開催された「江別会」の解散式に出席する。これは、同じ職場に江別市民が5名もいたことから昨春結成したもので、このうち2名が4月1日付けの異動で職場を出ることになったことから急遽開催することになったものである。今週は飲み会が多くて疲れたが、今夜はいろいろな意味で勉強になった。午後10時ころ参会し、歩いて帰路に着いた。



3月23日(木)  「WEST19」に足を運ぶ

 昨夜は、午後11時25分JR札幌駅発の電車で帰路に着き、自宅到着は午前0時過ぎ。その後、メールチェックをしたり歯磨きをしたりしているうちに時間が経ち、布団に入ったのは午前2時ころである。飲み会で遅くなったりすると、通勤時間に片道50分かかる距離の遠さがどうしてもネックになる。
 仕事の方は、朝一番で地下鉄西18丁目駅に隣接する「WEST19」に足を運び、札幌市主宰の運営協議会を傍聴する。この施設は、一度足を運んでみたいと思っていたので、今回は良い機会だった。地下鉄駅直結なのは便利だが、暖房の効きが悪かったり、マイク設備が貧弱だったりするので、実際に使うとなるといろいろと問題がありそうだ。運営協議会は今回が第6回目なので、特に大きな問題もなく正午少し前に終わり、地下鉄に乗って職場に引き返した。
 同僚のKさんと、「北海らーめん」で一杯やってから帰宅した。


3月22日(水)  DO!21例会

 昨日、一昨日は「春の嵐」だったが、今日は一転して穏やかな天気になった。
 昨日は祝日(春分の日)だったのだが、20日(月)夜の宿泊宴会の疲れが残っており、休み明けという感じがしない。
 仕事の方は、昼過ぎになって、年度内に目処を付けておく必要があった最大の懸案事項に目処を付けることができて、これで後は年度明けからのスタートダッシュに向けて準備に入ることができる段階となった。
 午後6時半から、「DO!21」の例会に出席する。今夜の発表者は、広報広聴課のTさんで、「行政コスト」をテーマとするプロジェクトの結果報告だった。
 終了後、「はねもん屋 北4条店」で「DO!21」の送別会が開催され、今月一杯で早期退職するWさんを送ることとなった。私が初めてWさんと出会ったころ、Wさんは現在の私と同年代だったと思う。「歳月は人を待たず。」と言うが、そのことを実感させられる。午後11時過ぎに散会し、11時25分にJR札幌駅発の電車で帰路に着いた。


3月21日(火)  春分の日

 午前6時半に目覚めたが、流石に起き上がる気になれず、布団の中でしばらく横になって過ごす。7時半過ぎから、1階のレストランでバイキング形式の朝食をいただき、8時半ころから6階の「光の間」で、昨夜の宴会の会場を整理していると、朝食を済ませたメンバーが集まってくる。残った飲み物やゲーム類を分けて、各人が持ち帰る。
 午前9時半過ぎにチェックアウトする。荷物が多かったため、ホテルからJR札幌駅までタクシーを利用する。午前10時23分に、JR札幌駅発の電車で帰路に着いた。
 帰宅後、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝戦のテレビ中継を見る。決勝戦は、日本対キューバの試合である。試合は、日本が終始リードを奪う展開で、結局10−6でキューバを破り、世界一の座に就いた。
 後は、昨夜の寝不足がたたって、一日中頭が冴えずボーっとして過ごした。


3月20日(月)  グループ送別会(1回目)

 今日は道内の天候が大荒れとの予報で、出勤時は久々に雪が強く降っていた。しかしながら、札幌市内は大荒れという程ではなく、昼前には雪も止んで、ただ肌寒い一日だったというだけである。
 仕事が終わってから、ホテルライフォート札幌に足を運び、グループの解散式を兼ねたお泊まり送別会を行う。午後6時半から午後8時半まで宴会。その後、6階の「光の間」で、ゲーム大会となる。私は、最初、マージャンの組に参加した。マージャンの組は午後11時半に区切りを付け、「行軍将棋」を一回だけやってから、今後はトランプの組に入る。すべてのゲームが終わって散会したころには、午前2時になっていた。
 その後、風呂で汗を流してから布団に入ったので、就寝したのは午前3時近かったのではないだろうか。



3月19日(日)

 今日は、運転免許証の更新手続きをしようかと思っていたのだが、ここのところずっと土日も休みが無く、やや疲れを感じるので、特に何もせず休むことにした。
 夕方になって、三省堂書店に足を運び、予約していた『自立した地域経済のデザイン』(神野直彦編)、『住民による介護・医療のセーフティーネット』(神野直彦、金子勝編著)の2冊を受け取る。さっそく、喫茶コーナーで神野先生の著述部分を中心に目をとおし、ポイントと思われる部分に付箋を貼る。特に印象に残った記述を、抜粋すると次のとおり。

『自立した地域経済のデザイン』
 地域社会内部で流通する生産物と、外部にも流通する生産物があれば、地域社会は自立できる。しかも、自立していて自然環境と文化に恵まれた地域社会には誰もが住みたくなる。誰もが住みたくなる地域社会には、有能な人材も集結して、先端産業が花開くという好循環が形成されていく。それが新しい地域経済再生のシナリオの基本となるはずである。

『住民による介護・医療のセーフティーネット』
 「市場化」は「分権化」を意味しない。市町村は保険者でかつ介護保険の運営主体ではあるものの、中央政府の決定する細かいルールに支配され、財源についても、中央政府および都道府県からの負担によってまかなわれることが最初から予定された制度である。むしろ介護サービスの「市場化」とは「集権化」そのものなのである。(中略)
 かつて神野は、日本の国と地方の財政の関係の特徴を「集権的分散システム」と評したが、現在の日本の介護保険制度は、この言葉が適用される新たな一ページを付け加えたにすぎないと言ってよい。「地方分権」が願望ではなく、現実のものとなるためにはこの制度に現在生じている問題点をいかに地方の自主性を生かす方向で解決するかにかかっているのである。


3月18日(土)  マンション契約

 午後1時過ぎから、ホテルニューオオタニ2階「北斗の間」で開催されたマンションの合同契約会に出席する。頭金は既に振り込んであるので、後は各種の書類に必要事項を記入し、印鑑を押すだけだ。それでも、契約内容や重要事項の説明が午後4時過ぎまでかかり、すべての手続きを終えて会場を出たときは午後5時になっていた。
 これで後は、住宅ローンの正式な契約を行い、12月に予定されている内覧会を経て、来年3月下旬の入居開始を待つことになる。
 その後、喫茶「にんじん」(北14西3)に足を運び、そこでコーヒーをいただきながら、マンション関連の様々な書類を合同契約会のときにもらった書類綴りに順番良く並べて入れた。
 帰宅後、改めて「管理組合の規約集」等ぶ厚い資料に目を通した。1棟で336戸という大きなマンションだけに、ミーティングルーム、パーティールーム、ゲストルーム(2部屋)など共用施設も多く、様々なルールが予め設定されている。大勢が気持ちよく暮らすためにどのようなルールが必要なのかを想像しながら読むと、ぶ厚い規約集も案外興味深く読むことができた。


3月17日(金)

 熱が下がったとはいっても、まだ本調子ではないとみえて、布団に入ると寝汗がひどくて寝られず、結局熟睡できたのは午前5時から6時半までの1時間半程度だった。一旦高熱が出た後遺症か、いつもの駅に歩いて行こうとするだけでも息が切れる。JR札幌駅からは、途中喫茶店で休んで8時半過ぎに職場に到着した。
 職場に到着してからは、溜まっていた仕事の片付けに追われる。年度内に仕事を片付けるためには、今日手を付けておく必要があると思って段取りをして出勤したのだが、その計画は完全に後回しになってしまった。
 昼休みには、職場の同僚6人で京王プラザホテル地下1階の「あきづ」でランチをいただく。ここは、もともとホテル内の寿司店だったのだが、和食一般を扱う日本料理店として事業を拡大した感じだ。
 午後5時半過ぎには、早々に職場を出て帰路に着いた。途中、野幌郵便局で郵便物を受け取ってから帰宅した。



3月16日(木)  インフルエンザ(3日目)

 朝起きて体温を測ると、37度前半まで下がっていた。ただ、胸苦しさと頭痛は続いているので、病休を取得した。今日も、ひたすら安静にして過ごしていたが、昨日・一昨日とは違ってぐったりと横になっている時間は少なく、その分本当に休養している気分になった。高熱にうなされている間は、横になっているだけでも体力の消耗が甚だしく、体が休まるどころではない。
 昼過ぎには平熱に戻ったが、咳払いをすると頭がズキンと痛む状態が続いていたのは不思議だった。要するに、まだ本調子ではなかったのだろう。それでも、ようやく明日からは出勤することが大丈夫であるという実感を持てるまでに回復した。
 インフルエンザについてネット検索すると、インフルエンザの高熱は2〜3日続き、1週間で完治すると書かれている。他人への感染を考えると人前に出ないほうが良さそうだが、そういうわけにもいかないので
明日はマスクをして出勤しようと思う。


3月15日(水)  インフルエンザ(2日目)

 朝になっても熱が下がらず、病休を取得する。後はひたすら寝込んで安静にしていた。時々体温計で体温を測ると、昨夜のピーク時よりは下がったものの38度を超えており、完全にグロッキー状態だった。このような状態では、外出もままならず、仮に仕事で試験監督のような業務を担当することになっていたり、イベント・シンポジウムの運営を担当していたとしても代わりの人がいれば、喜んでその人に任せたことだろう。
 ただし、昨日からずっと安静にしていた甲斐があって、夕方から熱が下がり始め夜には37度台になっていた。熱が下がると体調も改善し、病状が快方に向かったことを実感できるようになった。


3月14日(火)  インフルエンザ(1日目)

 昨夜から鼻水が止まらない状態だったのだが、今朝になっていよいよ症状が悪化したため病休を取った。午前中は、鼻水が出て喉が痛い程度だったが、昼過ぎからは38度を超える熱が出て、ぐったりと横になっているしかなかった。
 咳をすると頭がズキズキ痛む。耳も痛いという最悪の状態で、これ程ひどい症状になったのは久しぶりである。夜になるとさらに熱が上がって39度を超えた。こうなると、ちょっと冷たい空気に触れただけでゾクゾクと寒気がする。トイレに行くにもハーフコートを着込まざるを得ない状況で、本当に参ってしまった。



3月13日(月)  ホームページサーバーの容量拡張

 朝、ホームページの更新データをアップロードしようとすると「ファイルをアップロードすることができませんでした」とのエラーメッセージが出た。ここのところ同じような表示が繰り返し出ているので、ホームページサーバーの容量をチェックしたところ、5MBの許容量に対して空き容量がゼロになっていた。早速、サーバーの容量を10MBに拡張したところ、順調にアップロードできるようになった。
 昼休みに三省堂に足を運び、『住民による介護・医療のセーフティネット』(神野直彦・金子勝著)、『自立した地域経済のデザイン』(神野直彦著)の2冊を注文した。6月25日(日)に、神野先生を札幌にお招きすることになったため、これまで読んでいない著書に目をとおしておこうと思ったのだ。神野先生は、地方分権推進委員会の委員を務めていたころ、札幌で何度かお話しをうかがったことがある。その後、『人間回復の経済学』、『地域再生の経済学』、『痛みだけの改革 幸せになる改革』など一連の著書を読んで、感銘を受けていたのだが、ここ数年東大経済学部長を務めていたため地方での講演などを控えており、札幌でお話しを聞く機会がなかった。神野先生は、経済学の視点からわが国のグランドデザインを語り得る数少ない有識者の一人であり、6月25日(日)の講演が今からとても楽しみである。
 帰宅途中、同僚のKさんと、「北海らーめん」で一杯やって帰った。



3月12日(日)  マンション抽選会

 午後1時から、ホテルーニューオオタニで開催されたマンションの抽選会に参加する。今回の分譲戸数は65戸で、これが最終の分譲となる。JR札幌駅に直結という立地条件が人気を呼び、抽選が行われないのは1戸だけで、3戸は抽選倍率が10倍を超えている。私が希望する部屋の抽選順は後の方だったので、他の部屋の抽選をずっと眺めることになった。
 抽選は部屋ごとに行われ、抽選参加を申し込んだ人々が抽選機の前に並んで順番に抽選機を回していく。赤い玉が出ると当選だ。部屋ごとに当選者と補欠当選者の名前が呼び上げられる。満場の抽選参加者の間から、歓声やため息が上がる。思わずガッツポーズをする人、ガックリと肩を落として会場から立ち去る人・・・悲喜こもごもの人間模様が展開された。
 私が抽選を申し込んだ612号室の抽選倍率は、最終的に2倍だった。もう一つ狙っていた610号室の抽選倍率は結局6倍だったから、それに比べるとずっと気楽ではあったが抽選のときは流石に緊張した。抽選の際は、まず抽選機を回す順番を決めるくじを引く。私が引いたくじは2番だったので、もう一人の人が抽選機を回すのを後ろで見ていた。そうすると抽選機から出た玉は補欠を示す青色だった。その段階で当選が決まり、大和ハウスの担当者が「おめでとうございます。」と言う中で抽選機を回して、当選を示す赤い玉を出した。
 抽選会を終えて会場を出たときには、午後3時近くになっていた。天気が良かったので、大通からJR札幌駅まで散策し、午後5時過ぎの電車に乗って帰路に着いた。


3月11日(土)  北海道自治体学会運営委員会

 今日は正午から北海道自治体学会の事務局会議、午後2時から運営委員会があるため、午前8時過ぎから2005年度の会計資料作りに取り組んだ。2005年度から北海道NPOサポートセンター内に事務局を置いたため、その経費分で繰越金がかなり少なくなる見込みだ。
 札幌エルプラザで資料を印刷してから、正午過ぎに北海道NPOサポートセンターに足を運び、事務局会議、さらに運営委員会に参加し、午後7時過ぎにようやく散会となった。
 その後、JR札幌駅地下街の「海へ アピア店」で開かれた懇親会に出席したが、昼食抜きで打ち合わせに参加した直後の飲み会だったため、前後不覚に酔ってしまった。


3月10日(金)

 今朝は良く晴れて、気温はマイナス4度まで下がった。道路も凍ってツルツルの状態で、JR野幌駅まではタクシーに乗って出勤したほどだ。それでも、間もなく雪と氷の時期は終わり、来月の今頃には街角から雪が消えて、日陰に所々汚くなった雪の固まりが残っている程度になることだろう。
 この冬は風邪で寝込むことはなく過ごしてきたが、どうも風邪をひいたらしく喉の奥が痛む。週末は用事があって寝込んでいられないので、帰宅後はひたすら休養に努めた。


3月9日(木)

 年度内に処理を要する仕事が3つある。昨日から今日にかけてそのうちの一つに集中して取り組み、午後3時過ぎに目処をつけることができた。残る2つのうちもう一つは、明日と週明けの二日間で目処をつけようと思う。
 来週からは、飲む機会も増えそうなので、時間切れにならないよう注意が必要になってくる。以前の私なら、時間切れになっても仕方がないと考えたものだが、最近はそれほど甘く考えなくなったのは年齢相応の分別というものだろう。
 帰宅途中、同僚のKさん、Fさんと3人で、居酒屋「根」で一杯やる。その後、札幌エルプラザ(北8西3)に立ち寄り、4階の団体活動ロッカールームに資料を入れてから帰路に着く。札幌エルプラザに隣接するのが、現在抽選の申込みをしている40階建ての高層マンションである。抽選会は3月12日(日)午後1時からなのだが、果たしてどのような結果になるだろうか。



3月8日(水)

 今朝、通勤途中にふと考えたのだが、私はこれまでずっと「自分には何か他人とは違った大きな使命がある。」という思いを心の底に抱きながら過ごしてきたような気がする。しかしながら、「自分には特別な使命などない。」というのが、本当は当たり前のことではないだろうか。こうしたことに思い至って、これまでずっと見てきた長い夢からようやく目覚めたような気がした。目が覚めた後は一体どうすべきなのかといえば、現実に足を踏まえて生きて行くしかないだろうと思う。
 最近、景気の回復を物語る経済指標が次々と公表されている。それらの経済指標から見ると、景気が底を打ったことは間違いないと思われるが、これから定率減税の廃止や公共事業の一層の縮減など、景気に水を差す条件が出てくるので、その中で再び景気が低迷することがないか予断を許さない状況である。私など、平成18年度以降は給与の削減と定率減税の廃止のダブルパンチで、年収が確実に1割は減ることになるので、景気の行方が特に気になるところだ。
 帰宅途中、同僚のKさんと「北海らーめん」で晩酌セットをいただいてから帰路に着いた。気持ちよく酔いが回っており、帰宅後はそのまま寝てしまった。


3月7日(火)  うなぎの「宮川本店」

 朝から、懸案事項を片付ける。これまでなかなか手が付けられずにいた点なので、それを一気に片付けようとするとなかなか大変である。かなり手こずったが、先送りにして来た問題に目処がついて、少し気が楽になった。
 お昼休みに、私と同僚のSさん、それに若手職員二人の合わせて4人で大丸札幌店8階レストラン街に足を運び、「宮川本店」でうな重をいただく。昨夜の飲み会の際、何となく今日の昼食は宮川本店でウナギを食べることになったので、そのときの申し合わせ通り決行したものだ。明治26年創業という「宮川本店」のうな重は、あっさりとした上品な味で、この店が初めてという若手職員にも満足してもらえたようだ。
 こうした店に足を運んだ記憶は、後々まで心の片隅に残るものだ。時々は、このような昼食会を開きたいと思う。
 帰宅途中、某銀行の支店に立ち寄ると、誕生月祝いのお菓子をくれた。ここは、一度経営破綻した某銀行が衣替えしたものであるが、なかなかユニークなサービスを展開している。経営破綻したことによって不良債権が一気に清算され、身軽になって再スタートを切ることができたことが功を奏しているようだ。一度どん底に落ちた方が、中途半端に延命策を講じるよりも良い結果を招くことがあるようだ。本道についても、同様のことが考えられないものだろうか・・・。


3月6日(月)  伊太利庵「マンジャーレ」で打ち上げ

 週末は二日間とも仕事をしていたため、週が改まった気がしない。それでも、気持ちを入れ替えて仕事に取り組む。まずは、3月4日(土)の北海道新聞(朝刊)に、現在担当している仕事がらみの記事が掲載されたため、それに関する説明資料を作って出先機関に流すとともに、市町村からの問い合わせに対応する。
 午後6時から、昨日の介護福祉士国家試験(実技試験)の打ち上げに参加する。会場は、アスティ45の2階にあるイタリア料理店「マンジャーレ」である。久々に洒落た店で、イタリアワインをいただきながら午後8時ころまで歓談した。


3月5日(日)  介護福祉士国家試験(実技試験)

 午前6時43分にJR野幌駅を出発する電車に乗って、6時59分にJR苗穂駅に到着する。そこからタクシーで札幌大谷高等学校へ向かい、7時10分過ぎに到着する。
 それからは、介護福祉士国家試験(実技試験)の試験監督員として、補助職員との打合せや受験生の誘導などを行う。午後4時半過ぎに試験が終了してから、試験会場の現状復旧を行い、後片づけを手伝って午後6時ころ札幌大谷高等学校を後にした。
 朝からずっと受け持ちの受験後控室を巡って、1階から4階まで階段を上り下りしながら歩き続けたので、久々にきつい運動を行った感じである。日曜日はつい夜更かししてしまうのだが、今夜は11時前に前後不覚の眠りについた。


3月4日(土)  喫茶「にんじん」

 今日から11日(土)まで、JR札幌駅北口付近(北8西3)に建築中の高層マンションの抽選受付である。お昼近くにダイワハウスのマンションギャラリー(北5西1)に足を運び、申込金10万円を添えて抽選の申込みを行う。私が申込みを予定していた部屋には、既に申込みの印であるリボンが付いており、一瞬ドキッとしたがこれは私が今日足を運ぶことを告げておいたため、ダイワハウス側で前もってリボンを付けておいたものだった。受付開始の初日なので、最終的にどれくらいの抽選倍率になるか分からないが、私の希望する部屋よりも条件の悪い隣室が既に3倍の倍率となっていた。
 喫茶「にんじん」(北14西3)で、スパゲティー・ナポリタンをいただく。この店は、私が学生のころからあったが、足を運ぶのは2〜3回目である。久々に入ってみると、昔ながらの軽食喫茶という感じで、なかなか居心地が良く気に入ってしまった。
 天気が良かったので、そのまま札幌大谷高等学校(東区北16東9)まで歩き、午後2時から介護福祉士国家試験(実技試験)の会場設営を行う。午前中の試験を受けた人の控室(11室)に、注意用の貼り紙をするなどの作業を終えて午後4時半過ぎに札幌大谷高等学校を後にした。
 その後、久々に「みんたる」に立ち寄ってから帰路に着いた。


3月3日(金)

 ここしばらく雪解けが進んでいたが、今日は一転して粉雪が舞い真冬の景色に逆戻りした感じである。それでも雪は午前中に止んで、昼過ぎからは時々は青空も顔をのぞかせる天気となった。
 今回は議会の質問が当たる可能性があったため、その準備で気ぜわしく過ごしていたのだが、結局質問は取り止めとなり、その分かなり気が楽になった。
 帰宅後、NHKの北海道クローズアップで指定管理者制度に関する報道を見る。NPOメーリングリストで話題になっていたので、どのような内容か期待していたのだが、ややインパクトに欠けていた感じがする。番組の中で北大の宮脇教授が指摘していたような根深い問題をクリアーしなければ、指定管理者制度は一定の枠内でしか広がらないだろう。


3月2日(木)  マンション抽選申込み

 一日休むと、仕事はそれなりに溜まっている。出勤直後から、仕事を片付けているうちに新しい仕事も入ってきて、結局仕事に追われて一日が終わってしまった。
 帰宅途中、ダイワハウスのマンションギャラリーに立ち寄り、3月12日(日)の抽選会への参加申込みを行った。第1希望の部屋は既に抽選倍率が6倍となっており、とても当選するとは思えないので第2希望の部屋に変えた。JR札幌駅に直結という立地条件抜群の物件であり、今回が最終分譲なので安全策を取ることにしたのだ。それでも抽選は免れないのだが、当選の見込みが上がったことで気持ちが楽になった。当選すれば、今月中に頭金や諸経費などまとまった金額を支払うことになるが、そちらの方は用意ができている。10日後にどのような運命が待ち受けているか、期待と不安が入り交じった微妙な気持ちである。


3月1日(水)  札幌喫茶店グラフティー

 疲れが溜まっているので、今日は冬季休暇を取得した。せっかく平日に休みを取るので、普段はなかなかできないことをやっておこうと思い、『札幌喫茶店グラフティー』に紹介されていた店を何店か巡ることにした。
 まず足を運んだのは、狸小路6丁目の「新倉屋喫茶部」である。ここでは、『札幌喫茶店グラフティー』に懐かしのメニューとして紹介されていたスパゲティー・ナポリタンをいただく。弁当の総菜として付いてくるようなスパゲティー麺のケチャップ炒めといった趣で、たまに思い出して食べたくなるような味である。
 もう一店、大通西10丁目の「basic(ベーシック)」という店も面白かった。店主は福岡の出身で、本当に美味しい珈琲を求めてこの店を経営しているとのことだ。自慢の珈琲は、好き好きはあるだろうがコクがあって美味しい珈琲だと思う。