日記:2006年6月
6月30日(金) Nさんの送別会
6月も今日で終わりである。春先から天候不順なままここまで来ているが、今日は朝から良く晴れて、さわやかな風の吹く快適な一日だった。さわやかな夏・・・北海道の夏の魅力である。このような日は、北海道でもそう滅多にあるものではない。
午前中は会議に出席し、午後からは「地域学習活動活性化支援セミナー」に出席し、その間にボランティア活動団体にコンクールへの応募を依頼したり、ユニバーサルデザインの製品開発をしたいという木工業者からの相談を受けたりしているうちに、時間が過ぎた。 午後6時から、「丸海屋(まるうみや)」で開催されたNさんの送別会に出席する。この店は高架下という立地上条件のため、電車の音が気になる殺風景な店という印象を持っているのだが、久しぶりに足を運ぶと、店の雰囲気が随分洗練されており、印象が変わってしまった。
午後8時過ぎに一次会が終了してから、近くのカラオケ店で開かれた二次会にも参加し、多分10時半ころの電車で帰路に着いた。
6月29日(木) 自分自身のフィールドを耕す
今日も薄曇りで涼しい朝を迎えた。今年はずっとこの調子で、夏らしい暑い日もほとんどないままに夏が過ぎて行くのだろうか?
昼過ぎから、再び福祉関係のボランティア活動団体に福祉のまちづくりコンクールへの応募を案内したりして過ごす。7月7日(金)の締切が近づいているが、今のところ応募件数がそれ程多くないので、個人的に評価している団体に声をかけることにした。本当は、来年度以降の受賞候補として取っておこうかと思っていたのだが、表彰に値するようなユニークかつアクティブな活動のネタが尽きることはないと考え、この際心当たりのある団体には声をかけることにした。
福祉関係のボランティア活動団体とは以前からつながりを持っているので、声をかける先には不自由しない。考えようによっては、仕事を通して自分自身のフィールドを耕しているようなものだ。
もう一つ面白かったのは、東京の一般旅行業者「あ・える倶楽部」から、道内のバリアフリー情報について提供の依頼を受けたことだ。東京では、既にバリアフリー旅行が商業ベースで成り立っていることが分かる。北海道では、とても無理だろうと思うと、寂しい気持ちがする。
6月28日(水) 定期健康診断
朝一番で定期健康診断を受診するため、午前6時に自宅を出て、6時21分にJR野幌駅を出発する始発電車で出勤する。7時前に職場に着き、定期健康診断の会場前で開場を待つ。一番乗りは逃したが、それでも二番目となり、7時40分ころから健康診断が始まると、次々と検査項目をクリアーし、最後の腹部バリウム検査が終了したのは8時10分ころだった。始業まで30分以上時間があったので、喫茶コーナーでモーニングセットをいただいてから、平常通り勤務に就いた。
お昼休みは、Mさんと大丸8階レストラン街の「布屋太兵衛」でそばをいただく。久しぶりに足を運んだが、私が知る限り最も美味しいそばの一つである。
今日は、昼過ぎから気温が上がって、夏らしい暑さになった。たまたま飲み会もあったので体調が万全なら顔を出したかったところだが、健康診断のため早朝出勤して寝不足気味なので、ポスフール江別店前の床屋で散髪してサッパリした後は、真っ直ぐに帰宅して休養に努めた。
6月27日(火)
昨日は久々に好天だったが、今日は一転して肌寒く、雨模様の不順な天候となった。一体今年は、安定した夏らしい日々はいつになったら訪れるのだろう。
今日は、国に推薦する福祉のまちづくり関連の施設や取組に関する審査会を開催した。その結果、自分が考えていた以上にバランスの取れた判断がなされ、コンセンサスによる意思形成が必ずしも不可能ではないことを知ることができた。
明日は定期健康診断を受けるため、早めに帰宅して規則正しく過ごそうと思っていたが、Fさんと一杯やることになり、「炭焼き炉ばた くし路」(北7西4)に足を運んだ。値段は少々高めだが、その分全体的にゆったりとして高級感があり、値段に見合った価値が感じられる。
健康診断の前日は、午後8時までに食事を済ませなければならないので、「くし路」でしっかり腹ごしらえをして、帰宅後は入浴後に水分補給をした程度で、早めに就寝して明日の健康診断に備えた。
6月26日(月)
今日も、昨日に引き続き、よく晴れた一日だった。午前中は、気温や湿度がそれほど上がらず、春先のようにさわやかだったが、昼過ぎからは気温が上がって暑苦しく感じるほどになった。これから暑い日が続けば、これまでの涼しかった日々が懐かしく感じられるようになるかも知れない。
昼休みに外へ出ると、Sさんと出会ったので、一緒に喫茶店「ジョイナス」でベーコンスパゲティをいただく。Sさんとは、これまでじっくり話しをしたことがなかったので、今日は良い機会だった。
市町村等へのアンケート調査票を入力しているうちに午後9時過ぎとなり、JR札幌駅午後9時21分発の電車で帰路に着いた。
6月25日(日)
今日は、久々に朝からよく晴れた一日だった。そして、朝からよく体を動かした一日だった。
まず、朝9時に、札幌エルプラザに足を運び、2階の印刷コーナーで資料の印刷を行う。
10時半過ぎに印刷作業が終わり、引き続いて会場設営などを行っているうちに午後1時となり、シンポジウムがスタートした。
午後4時半ころシンポジウム終了後、「高田屋 北8条店」で懇親会を開催する。この店は、以前はタスコシステムの直営店だったが、現在は、外食チェーン等のフランチャイズ店を数多く経営するフジタコーポレーション(苫小牧本社)の傘下に入っている。タスコシステムの直営店だったころは、店のスタッフの対応が悪く、タスコシステムが経営不振なのもうなずけた。今回は経営が替わって、少しはマシになるかと期待したが、以前よりもさらに悪化した感じで、がっかりさせられた。
午後7時半から、「炭焼き炉ばた くし路」(北7西4)に席を移して、二次会となる。この店は、ススキノに本店があり、札幌市内では4店目として6月5日にオープンしたばかりだが、「高田屋 北8条店」とは打って変わって接客がとても良い。フランスワインのボトルを3本空けたが、どのワインも美味しく、大いに満足した。
午後9時ころ散会し、帰路に着いた。
6月24日(土) 『博士の愛した数式』
午前10時半から、さそり座で『博士の愛した数式』を見る。作品の舞台は、1985年。10年前に交通事故のため、記憶障害(記憶が80分しか保たない)になった数学者と、家政婦、そしてその息子の3人を中心にストーリーが展開する。
記憶障害によって世間と隔離されたことにより、もともと数学に魅了されていたこの数学者は、ひたむきに数式と向き合う生活を送っている。博士が愛した数式は、最後に登場してくるが、やや専門的過ぎるし教訓を求めすぎているような気がする。
しかしながら、登場人物の際立った善良さが上手く表現されており、見終わった後に切ない余韻を残す作品である。
6月23日(金) ワールドカップサッカー
朝4時からテレビでワールドカップサッカーの日本−ブラジル戦を見る。日本は、この試合でブラジルに2点以上の差を付けて勝たなければ決勝リーグに進むことができない。ブラジルは強豪なので、ほとんど期待していなかった。前半戦で日本が1点先行したときは、少しどきどきしたが、ロスタイムで同点にされた時点で決勝リーグへの進出は無理と思われたのでそのまま寝てしまった。起きて結果を見ると、1−4の大差で負けていたが、試合運びをテレビ中継で一見しただけで、当然と思える結果だった。正に、実力の違いを見せつけられた形である。
今日も朝から雨が降っており、傘を差して出勤する。睡眠不足で辛いが、福祉関係のNPOに電話をかけて、コンクールへの応募を促した。もともとユニークな活動を見聞きして興味を持っていた相手方なので、今回コンタクトを取ることができたのはラッキーだったし、結果的にも皆さん積極的に応募を検討していただけることになった。
帰宅途中「みんたる」に立ち寄り、店主に奈良土産を手渡し、コーヒーを一杯いただいた。
6月22日(木)
今日も朝から雨が降りそうな天気だった。昨夜は、居酒屋に傘を忘れたので、傘を持たずに出勤した。
今日は仕事の関係で、日ごろ興味深く感じている幾つかの市民活動団体にに電話やFAXで連絡を取った。リングプル再生ネットワーク(プルネット)、楽しいモグラクラブ、地域生活支援ネットワークサロン、在宅支援技術者連絡協議会(在技協(ざいぎきょう)又はZiG(じぐ))の4つである。いずれも、ユニークかつアクティブな活動だ。仕事なので、臆することなく連絡を取ったが、こうした機会に面白い活動をしている人々とコンタクトを取ることができるのはラッキーなことだ。こうした連絡調整は案外時間がかかるので、夕方までかかってほぼ満足の行く形で連絡を取ることができた。
今日は残業することなく職場を出て、野幌で喫茶店「岳」に立ち寄ってから帰宅した。
6月21日(水) DO!21例会
今日も朝からどんよりと曇って、肌寒い天気である。6月下旬になってこのような天気が続くと、「今年は冷夏になるのではないか。」という気がしてくる。真夏日が続くと、「暑いのは嫌だな。」と思うが、この時期になっても夏らしい暑さを感じる日がないようだと、「このまま夏らしい暑さも訪れないまま、秋になってしまうのでは。」と気になってくる。
午後6時半から、かでる2.7で開催された「DO!21」の6月例会に出席する。今日の講師は、NPO法人札幌チャレンジドのKさんで、彼は今年3月に長年勤めた会社を退職して、障がい者や高齢者にパソコンのスキルを身に付けてもらうことで、就労や生活の質の向上に結び付けることを目的に活動しているNPO法人札幌チャレンジドの専従職員になった。道内のNPO法人の中では、比較的人材にも資金にも恵まれている札幌チャレンジドだが、実際にお話を聞いてみると、求心力が弱い新しい組織を円滑に運営する上では、並大抵ではない苦労があるようだ。
例会終了後は、いつものとおり炭火焼き鳥「八方(はっぽう)」で開催された懇親会に出席し、午後10時過ぎの電車で帰路に着いた。
6月20日(火) 「道」
昨夜は、遅く帰宅して、メールに回答を書いたりしているうちに夜更かししてしまい、就寝したのは午前2時過ぎになった。そのため、寝覚めがスッキリせず、眠気をこらえて過ごした。
今日は定刻に職場を出て、さそり座で「道」を見る。有名なフェディリコ・フェリーニ監督の作品である。この監督については、名前だけは知っているがその作品を見たのは初めてだった。ある大道芸人が、貧しい家庭の少し頭の弱い女性を1万リラ(当時としては高額)で引き取る。その大道芸人は、彼女を家畜のように扱い最後には置き去りにする。そして4、5年後、彼女がのたれ死にしたことを知った芸人は、激しい後悔の念にかられる・・・。最近見た映画の中では最も感動した作品であり、さそり座での上映期間が終わるまでに、もう一度見たいという気にさせられた。
6月19日(月)
今日も、朝から薄曇りで肌寒い一日だった。今年は、まだ「冷夏」という言葉は聞こえて来ないが、そろそろ「冷夏」となることを心配しなければならない時期ではないだろうか?
昼休みに、Sさんとアスティ45に足を運び、マーク珈琲倶楽部でターキッシュコーヒーをいただく。長い柄が付いた銅製の容器でコーヒーを煮出したもので、多少コーヒー豆の粉が浮くので、ざらざらした舌触りが難点だが、砂糖とミルクをタップリ入れるとコクがあって美味しい。ただし、一杯730円(税込み)という値段は高すぎるように思う。
週末の2日間、大和路を歩き回ったため、肉体的な疲労はあるのだが、精神的にはリフレッシュできたため、仕事をこなす意欲はかえって高まっている。実際問題として、バリアフリー情報の収集・発信手法の検討という新しい仕組みの立ち上げに取りかかっているため、今は一気にスタートダッシュすべき時期でもある。気合いを入れて残業しているうちに、アッと言う間に午後11時となり、終電一つ前の電車で帰路に着いた。
6月18日(日) 奈良・飛鳥の旅(2日目)
朝6時過ぎに目覚め、7時過ぎに朝食後、ドライヤーで靴や傘を乾かした。
9時前にホテルをチェックアウトして、近鉄奈良駅へ向かう。その後足を運んだ場所は、次のとおりである。
尼ヶ辻 唐招提寺、薬師寺
飛鳥 亀石、石舞台古墳
今日は、ホテルをチェックアウトしたころは雨がポツポツ降っていたが、時間を追うごとに天候が回復し、石舞台古墳を出発した午後2時ころには、雲が晴れて日が差してきた。
一度奈良市内に引き返して、土産を購入してから、JRの快速電車に乗って大阪の天王寺駅へ。関西空港駅行きの快速電車に乗り換えて、午後6時に関西空港に到着した。
JAL2511便は定刻より20分遅れて、午後7時10分ころ関西空港を離陸し、8時40分に新千歳空港に到着した。後はJR電車を白石駅で乗り換えて、10時過ぎにJR野幌駅に到着した。
帰宅後、道新を読むと、夕張市が赤字再建団体になることが決まったことが一面に出ていて驚いた。今朝、奈良のホテルで目を通した新聞には、そんなことは一切書いていなかった。道民には大きなニュースでも、他県の人にはそれほど関心を持たれるようなニュースではないということだろう。
ワールドカップサッカーの日本−クロアチア戦をテレビ観戦する。前回のオーストラリア戦同様、危なっかしい試合だったが良く守りきって0−0の引き分けとなった。一次リーグ突破は難しい情勢だが、次のブラジル戦は勝ち目が乏しいだけに、全敗が確定しなくて良かったと思うべきだろう。
6月17日(土) 奈良・飛鳥の旅(1日目)
ここ数年、5月の末になると無性に旅行がしたくなる。行ってみたい場所として真っ先に思い浮かぶのは関西で、一昨年は高野山、昨年は熊野古道を巡る旅をした。今年の行き先は、高校の修学旅行で一度足を運んだ切りの奈良である。
朝6時21分、JR野幌駅発の始発電車に乗って出発する。8時に新千歳空港発のJAL2500便で関西空港へ向かい、10時過ぎに到着。後は、次の観光地巡りをして、午後7時過ぎに奈良ワシントンプラザにチェックインした。
堺市 仁徳天皇陵
斑鳩町 法隆寺
奈良市内 奈良公園(春日大社、東大寺)、興福寺
梅雨の最中なので、雨模様は覚悟していたが、昼前に仁徳天皇陵の周囲を歩き始めたころから傘が必要になり、午後1時過ぎに法隆寺に着いたころからは土砂降りになった。午後2時半ころから、奈良公園(春日大社、東大寺)を散策したが、土砂降りの中、傘を差して歩いたのでとても疲れた。それでも、奈良公園の鹿や大仏を見て、東大寺の参道近くのレストランで名物の「茶粥」をいただき観光気分に浸ることができた。
午後6時前に、奈良ワシントンホテルプラザにチェックインし、入浴してからは、ずぶ濡れの靴を履いて雨の中を外出する気になれず、そのまま寝てしまった。
6月16日(金) 出勤時〜台風並みの暴風雨
昨夜から降り始めた雨は明け方に勢いを増し、午前7時半ころの出勤時は台風並みの暴風雨になった。強い雨と風で、ちょっと歩く間にも、ズボンは膝から上まで、上着も肘から先がびしょ濡れになってしまう。街角電話ボックスに入って通りかかるタクシーを待ったが、いつもなら少し待てば通るタクシーが、一台も通りかからない。結局、10分近く電話ボックスの中で過ごし、定刻より5分遅れで通りかかった路線バスに乗ってJR野幌駅にたどり着いた。JR札幌駅に着くと、たしかに雨は降っていたが風はそれ程強くなかった。電車に乗っている20分余りの間に天候が回復したとも思われないので、JR札幌駅付近では暴風雨にならなかったのかも知れない。
お昼は、同じ職場の若手職員2人を連れて大丸8階レストラン街の「すし善」に足を運ぶ。同じようなことの繰り返しで代わり映えしない毎日だが、たまにこうした形でアクセントを入れると、少しは人生が楽しくなる(と思う。)。
帰りがけに「北海らーめん」で一杯やって、明日は早朝から旅立つため、早めに帰宅して休養に努めた。
6月15日(木)
今年は春先から天候不順が続いており、そのため野菜の高騰が始まっているほどだ。今日も朝から天気が悪く、霧雨が降る中、傘をさして出勤した。
今日も暗いニュースが多い。特に、夕張市が赤字債権団体になる可能性が高まったことと、ニセコ東山プリンスホテルをはじめ、北広島プリンスホテル、函館七飯スキー場など西武鉄道のリゾート施設が一挙に11箇所も売却されることになったというニュースは、本道の地域経済に与えるダメージを考えると暗澹たる気持ちにさせられる。
仕事の方は、厄介な調査物が一段落したので、本来的な業務に専念できる。バリアフリー情報の収集・発信方法の検討を進めるためのアンケート調査(市町村、団体・企業対象)の発送準備をする傍ら、福祉関連の優れた取組を表彰するため、応募を促すための根回しを行う。これらは仕事とはいえ、もともと興味があってやっていることなので余り苦にならない。残業しているうちに、アッと言う間に午後10時となった。
6月14日(水) 北海道型福祉研究会
今日も朝から、様々な調査物の回答に追われて日中を過ごす。ここのところ、毎週1〜2日は期限の迫った調査物の処理に追われている状態だ。頑張って片付けても、新しい調査物が次から次へと届けられるので、気を抜くと処理しきれなくなる感じだ。仮に丸一週間続けて休んだりすれば、期限内にすべてを処理することは不可能になるだろう。
午後6時半から、北海道型福祉研究会に出席する。今日は、Tさんから、「中学生・高校生の労働及び高齢者福祉に関する意識調査」というテーマで報告があった。これは、札幌聖心女子学院中学校・高等学校の全校生徒にアンケート調査を行ったもので、現代の中・高校生の意識が垣間見えてとても面白かった。午後8時過ぎに散会後、「天壇」で開催された飲み会に出席する。いつもながらこの店は料理がボリューム満点で、一人当たり1,500円というリーズナブルな料金にも関わらず、満腹になった。
6月13日(火)
昨夜は、ワールドカップサッカーで日本が土壇場で逆転負けしたため、その中継を見ていた人々が無念の思いを口にしていた。
今日も、朝から調査物の処理に追われて、ほぼ一日を費やす結果となった。本当に、よくも途切れることなくいろいろな調査が来るものだ。その目的は様々だが、中には仕事を簡素化したり効率化したりすることを目的の一つとするものもけっこう混じっている。そうした調査が必ずしも仕事の簡素化や効率化に結び付いているようでもなく、目的と相反する結果を生み出しているように思う。
結局、明日以降、夜の勉強会や飲み会に自由に出席する上で、仕事の進捗状況が足かせにならないよう、残業を余儀なくされる。午後10時に職場を出て、帰路に着いた。
6月12日(月) きたえーる
昼過ぎから打合せの後、地下鉄東豊線に乗って、豊平公園駅に直結する「きたえーる」へ。ここは、7月13日(木)に開催される某式典の会場になるため、今日はその下見である。平面的に広い会場を地下1階から地上2階まで歩いて、大体のイメージをつかむ。
昼過ぎから打合せと会場の下見に時間を割かれたため、今日も残業となり、職場を出たのは午後9時近くになってからのことだ。
帰宅後、午後10時から、ワールドカップサッカーの日本−オーストラリア戦を見る。前半に日本が得点を入れ、後半の半ば過ぎまで1−0で勝っていたので、何とか逃げ切れないものだろうかと思って見ていたが、終盤でアッという間に3点を入れられ、結局1−3で負けてしまった。全体を通してオーストラリアの方が攻撃の主導権を握っていたので、実力の差なのかも知れない。
6月11日(日) YOSAKOIソーラン祭り最終日
昼前に車で札幌へ出かけ、ビッグハウス(東区北15東4)の駐車場に車を止め、後は歩いてYOSAKOIソーラン祭りの大通り会場へ向かう。昼前に道庁会場を通りかかったが、既に演舞が終わったのかテントが一つ残っているだけだった。
大通の4丁目から8丁目の会場をまわったが、道の両脇に桟敷席が連なっており、踊りの様子はほとんど見ることができない。桟敷席は1時間1千円という値段で、そこまで払って見る気になれず、大通りをぐるりとまわっただけで引き返した。大がかりになった祭りの運営にお金がかかることは分かるが、すっかり商業主義のイベントになってしまった感じで、15年前に発足した当時の「手作りの祭り」という雰囲気は、今やどこにも残っていない。
夕方、出場チームの中から選ばれた11チームによるファイナルコンテストが行われ、その様子がHBCテレビで放映された。最優秀は、新琴似のチームで3連覇である。派手なパフォーマンスや華美な演出は、最早マスゲームの域に達している。これが、望まれる祭りの姿なのだろうか?
6月10日(土) 図書館で調べもの
一つ気になることがあって、道立図書館と江別市立図書館の蔵書を調べた。既に20年近く前のことだが、文書で記録されたものはタイムカプセルのように当時の事実を今日によみがえらせてくれる。
その結果分かったことは、過去に起こった思うに任せに出来事だった。渦中の人々は、当時それなりに苦しんだことだろうが、それは今さらどうなることでもない。以前の私なら、その事実に衝撃を受けて、しばらく悩んだことだろうが、今の私はこの程度のことで我を忘れたりはしない。その意味で、今日ようやくこの事実を把握する機会を持てたことは、時に叶ったことだと思う。
そうは言っても、気になることではありモヤモヤとした気持ちは残る。明日から、どう考えて生きていけば良いだろうか?
6月9日(金) 福祉NPO研修会
本州では梅雨入り宣言が出たようだが、梅雨がないはずの札幌も梅雨の最終のようなどんよりした空模様である。気温は上がっていないのだが湿度が高く、風のない屋内にいると蒸した感じで暑苦しい。
午後6時半から、中央区民センター(南2西10)で開催された「福祉NPO研修会」に出席するため、5時半過ぎに職場を出た。雨が降っていたので、一緒に参加するSさんとタクシーに乗る。軽く腹ごしらえするため、「石渡紅茶店(いしわたこうちゃてん)」(大通り西14丁目)へ。ここで、アールグレイの新茶とスコーンのセットをいただく。紅茶にしてはちょっと値は張るが、店の雰囲気が良く大いに満足する。
午後6時半からの研修会は、NPOによる福祉輸送サービスの現状や、今後の課題が提起されてなかなか面白かった。午後8時半過ぎに終了後、昨日から始まっているYOSAKOIソーラン祭りの大通り会場をのぞいてみた。あいにくの雨のせいか、衣装を着た踊り子たちもたむろするばかりで、踊りを披露する気配もないため、早々に会場を通り過ぎて帰路に着いた。
6月8日(木) 「天壇」で壮行会
昨日から「YOSAKOIソーラン祭り」が始まっているが、私自身関心が薄れたせいか例年ほど踊り子たちが目に付かないし、街角などで踊りの音楽を耳にすることもない。それでも、から3日間くらいは、札幌市の中心街を歩けば「YOSAKOIソーラン祭り」の季節になったことを実感するだろう。
今日は、仕事に一区切りついたこともあって、同僚のSさんが明日から名古屋へ行くことを理由に「天壇」で壮行会を開催する。午後7時半過ぎに散会し、「みんたる」の様子をのぞいてから帰路に着いた。
6月7日(水) 「やさしくキスをして」
昨日は、帰宅が午前0時を回り、その後メールを読んで返事を書いたり、入浴したりしたので、就寝時間は午前3時ころになった。それでも、午前6時半に目覚ましの音で比較的スッキリと目覚め、いつもと同じ時間の電車で出勤した。
今日は残業することなく、午後5時半過ぎに職場を出て、6時15分から、さそり座で「やさしくキスをして」を見る。この作品は、カトリック系の高校に勤める音楽教師の女性が、クラブを経営するパキスタン移民の青年と恋に落ちるところから物語がスタートする。現代のスコットランド(グラスゴー市)が舞台だが、人種や宗教の違いから生まれる障壁が当人同士や家族にどのような試練をもたらすのかが自然な形で描かれている。
午後8時過ぎに映画が終わって、屋外に出ると秋が深まった頃に吹くような冷たい風が吹いていた。寒さを感じながら帰路に着いた。
6月6日(火) 「高田屋 北4条店」
朝から薄曇りで、肌寒い一日だった。日々の天候は晴れたり曇ったりでまちまちだが、共通しているのは気温が上がらないということだ。先週からクールビズだが、昨年と比べて目新しさがなくなったことに加えて、気温が上がらないので盛り上がらない感じだ。
昼過ぎからの打合せが長引いて、予定していた事務処理が一向に進まなかった。期限を明後日に控えた仕事がそっくり残っており、明日以降はその処理に専念しなければならない。そのため、残業を余儀なくされた。まずは腹ごしらえということで、午後5時半過ぎから、同僚二人と「高田屋 北4条店」で蕎麦をいただく。私は、本日のお薦めのメニューの中から、「ジュンサイそば」を注文した。
午後11時過ぎまで残業となり、11時25分にJR札幌駅発の電車で帰路に着いた。
6月5日(月) バリアフリー情報発信ワーキンググループ
今日も、朝から良く晴れて、肌寒い一日だった。
いつもより2本早い電車で出勤し、7時29分にJR札幌駅に到着。札幌地下街の「カフェクロワッサン」でモーニングセットをいただきながら、10時からの会議でのしゃべり原稿を作成する。
午前9時から、会議の会場設営を行い、午前10時から、「バリアフリー情報発信ワーキンググループ」を開催する。このテーマは、既に様々な取組があるのだが、総合性が欠如していることから、今後不足部分を補完して総合的な取組への展開を図ることが一つの目標である。
会議の方は、ほぼ想定したとおりの展開となったが、話し合いの中から今後の可能性も見えてきて、ほぼ満足の行く結果となった。
これまでずっと展開方向が見えず、なかなか立ち上げられないままに抱えてきた問題なので、少しスッキリした感じだ。
午後8時まで残業し、明日以降の事務処理の方向性を整理してから帰路に着いた。
6月4日(日) 「SWEET SIXTEEN」
今日は朝から良く晴れているが、相変わらず気温が上がらず肌寒い一日だった。
午後2時25分から、さそり座で映画「SWEET SIXTEEN(スイート シックスティーン)」を見る。この作品は、9ヶ月も学校に行かず、不良仲間と享楽的に暮らしている主人公リアム(15歳)が、出所を控えた母親、そして姉と一緒に暮らすことを夢みて危険な商売を始めたところからスタートする。随所に伏線が張られており、それが次々に展開する形で、巧みなストーリー展開にぐいぐい引き込まれる。余りにも濃い中味に圧倒されるが、何年か経ったらもう一度見たいと思えるような、味わい深い作品だ。
その後、三省堂札幌店に立ち寄って、岩波文庫の棚を眺めていると『新島襄書簡集』(同志社編)が見つかった。この本は、既に絶版になっているが、新島襄の人物を知る上で最高の資料だ。以前愛読していたのだが、いつの間にか逸失して長らく探していた本なので、早速購入した。
随所に感激的な記述が散りばめられているが、特に感銘を受けたのは次の書簡である。これは、明治20年(1887年)中旬に結核療養のため札幌へ向かう途中、仙台の旅館から同志社の卒業式の式辞として送ったものだ。
「今日我が日本の改良は、襄、諸君に望むにあらずして、将た何人にかこれを望まん。然れども、誤って尊大の思いを為すなき様慎み、益々勉め、信以て一身を天父に任せ、義以て一躯を邦家に抛ち、志操をして清からしめ、目的をして高からしめ、尚ほ進んで真理の源泉に遡り、学術の奥蘊を究め、歴史の沿革を探り、人事の秘訣を弁え、泰然として書生の資格を備へ、兀然として学者の品位を保ち、英意勇進、些々たる障碍の為に辟易せず、区々たる情実のために牽制せられず、天父の諸君に負はせ給ひし所の義務を尽くし、本分を竭っし給はん事、襄の諸君に向かい切望して止まざる所なり。」
6月17日(土)・18日(日)に奈良・飛鳥方面を旅行することにして、ヨーカドー江別店1階の旅行コーナーでツアーの予約をした。17日(土)の朝8時に新千歳空港発、18日(日)の午後6時50分に関西空港発というスケジュールで、堺市(仁徳天皇陵)、法隆寺、奈良市内(興福寺、東大寺、春日大社)、唐招提寺、飛鳥を巡る予定である。
6月3日(土)
先週は、ずっと残業が続いて疲労感がピークに達していた。このような時期に迎える週末は、思い切り体を動かした後、バテる寸前に休憩時間に滑り込んだような感じがする。そこで、今日は一日中、何をする気も起こらず、ぐったりして魂が抜けたような感じで過ごした。今年に入ってから、特に用事のない週末は、いつもこのような状態だ。
夕方近くになって札幌へ足を運び、さそり座で映画でも見ようと思っていたのだが、何となく気乗りがせず、そのまま引き返した。あとは、ログハウスの喫茶店「岳」でコーヒーをいただいた程度で、特に何をすることもなく過ごした一日だった。
6月2日(金) 通勤定期券が見つかる
今日は、朝から6月5日(月)の会議の打合せを行った。ほとんど訂正はなかったのだが、関係者との調整に時間を取られ、昼過ぎまで忙殺される結果となった。これで大きな訂正が入れば、午後からも時間に追われながら準備に取り組まなければならなかったところだ。
昨日落とした通勤定期については、出勤途中にJR札幌駅の落とし物センターや職場の警備員室に問い合わせたが、届いていないとのことで、帰宅時にJR札幌駅で新しい通勤定期を購入しなければならないと覚悟を決めた。ところが、正午過ぎにJR発寒駅から電話があって、「通勤定期が届いているので、取りに来ていただけないか。」とのこと。そこで、帰宅途中にJR発寒駅に立ち寄り、通勤定期を受け取った。JR発寒駅を利用している方が拾って届けてくれたものと思うが、いったいどこで拾ったのか知るよしもなかった。思うに、その方はJR札幌駅の構内で私の定期券を拾ったが、終電の発車まで時間が無かったため、到着駅であるJR発寒駅で落とし物として届け出たのではないだろうか。
6月1日(木) 終電まで残業
6月5日(月)の午前中に開催する会議の準備がまだ仕上がっていない。明日の早い段階で打合せを行える状況にしておかないと、当日の進行がスムーズに行かない心配があるので、昼過ぎから資料の仕上げに集中する。今回は、会議の参加者に視覚障がい者と聴覚障がい者が入っているので、分量を絞り込んだ分かりやすい資料づくりを工夫する。そのため、資料づくりに時間がかかり、ようやく仕上がったときは午後11時半ころになっていた。
11時40分過ぎに職場を出て、電車の改札口に近づいたとき、いつも財布に入れている通勤定期券が見あたらない。ポケットを探したりしているうちに終電の時間が迫ってきたので、切符を購入して電車に飛び乗った。4月に購入して、10月まで6ヶ月間の定期券だったので見つからなければざっと3万円の損失になる。明日、JR札幌駅に定期券の落とし物が届いていないか確認することにした。