日記:2006年9月
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9月30日(土)  パソコンの設定

 週末の2日間を使って、25日(月)に購入したパソコンを設定することにする。購入時に基本的なセットアップは済ませているので、インターネットの接続とホームページの編集・アップロードができるようにすろことが目標である。
 取りあえず今日は、ホームページビルダーのインストールを行った。パソコンの機能はどんどん向上しているが、設定の面倒臭さはなかなか改善しない。今使っているパソコンも、ウインドウズMeのときに買ってXPにアップグレードしているため、CD−ROMドライブが上手く機能しないなど不具合を抱えているので、ある日突然使えなくなって情報を取り出すこともできなくなる状態になるなど最悪の事態を避けるため、ここら辺でパソコンを更新しようと考えていたのだが、いざとなると面倒臭さに辟易する。明日、インターネット接続が完了すれば、今後は新しいパソコンを使えることになる。重さ1.2キロ弱なので、モバイル使用が便利になることが楽しみだ。


9月29日(金)

 朝9時30分に職場を出発し、真駒内曙小学校へ。10時過ぎに学校に到着後、10時50分から4年生のクラスを中心に、車いす体験学習を視察する。一眼レフのカメラを持っていったので、どんどん写真を撮る。デジタルカメラなので、フィルム交換の必要もなく惜しみなく写真を撮ることができる。途中、不要な写真データを消去しながら、200枚くらい撮影した。午後2時ころ職場に戻って写真を点検すると、本当に気に入った写真は2枚だった。一瞬の表情や構図を捉えるには、数多く写真を撮ることが必要だ。
 午後6時半からエルプラザで開催された公開セミナー、「コミュニティづくりにおけるコミュニケーションの必要性」に出席する。桂三枝の弟子という夏川立也氏の講演を聞き、その後レスキューバイクの山口さん、コミュニティレストラン研究会の伊藤さんを交えてのパネルディスカッションを聞く。午後9時ころ散会し、会場の片づけを手伝ってから帰路に着いた。


9月28日(木)  夏季休暇

 今日は遅ればせながら夏季休暇を取得した。平日の休暇だと、家でゆっくり寝ているわけにはいかないのだが、平日ならではの用事を足すことができるので使い手のある休みである。
 正午過ぎに、F生命保険札幌支社に足を運び、保険の解約手続きを取る。保険の解約など簡単にさせてもらえないのではと気になっていたが、事前に本社の窓口に電話で手続きを確認しておいたので、スムーズに手続きが進んだ。
 午後3時15分から、蠍座で韓国映画「春が来れば」を見る。芽の出ない音楽家が斜陽の炭鉱町の中学校に赴任してブラスバンドを指導し、廃部寸前のブラスバンド部を見事な演奏ができるまでに復活させるというストーリーは、英国映画「ブラス」を思い起こさせる。この作品の中に描かれている様々な日常の場面がなかなか面白く、良くできた作品だと思う。
 午後5時半ころ映画が終了して館外に出ると、日はすっかり落ちて、他人の顔も見分けられないくらいの暗さになっていた。正に、「誰そ彼」(たそがれ)時である。これからどんどん「秋の夜長」を実感する時期となる。


9月27日(水)

 朝一番で、健康診断の再検査のため採血を受けた。最近は、糖尿病患者のインシュリン注射用などに痛くない注射針ができたと聞くが、採血用の注射はまだまだ痛い。そもそも、注射以外の方法で採血できないものなのだろうか。
 それ以外は、規則の改正作業や職場のホームページの更新作業を行っているうちに一日が過ぎてしまった感じだ。
 規則改正の作業がようやく一段落したため、明日は、ようやく夏季休暇を取得することにした。


9月26日(火)

 昨夜は日付が替わってから帰宅し、メールチェックをしたりしているうちに午前2時近くになったので、今朝はさわやかな目覚めというわけにはいかない。完全に覚醒しない状態で通勤電車に揺られるのは流石に辛く、「職住接近」のメリットを改めて感じた。仮に、新しいマンション(北8西3)に入居後であれば、昨夜は11時20分過ぎに部屋に着き、今朝は8時30分に部屋を出るということも可能だったわけで、疲労度が全然違うはずである。
 昼過ぎに、職場内の診療所で精密検査を受けた。健康診断の結果、尿酸値が高かったためで、元々尿酸の代謝が良くないことが根底にあるのだが、昨年に比べて数値が悪くなっているのは飲む機会が増えているためではないかと思われる。食事の内容によって検査項目に影響が出るということで、健康診断と同様に午後8時から絶食し、明日の朝採血をすることになった。
 帰宅途中、ヨドバシカメラで昨日購入したパソコンを受け取る。ワード、エクセルのセットアップは既に有償(3,150円)を使って済ませているので、後は、インターネットの接続とウイルス対策ソフトのインストールを済ませれば、モバイル使用が可能になる。これまでは、パソコンを買った直後は何日も夢中になってセットアップや利用環境の整備に取り組んだものだが、今回はそこまでエネルギーを使いたくない。週末を利用して、ゆとりを持って取り組みたいと思う。

9月25日(月)  レッツノート購入〜DO!21例会

 昼休みに、ヨドバシカメラでパソコンを購入した。パナソニックのレッツノートで、DVDドライブを内蔵しながら1.2キロという軽さである。パナソニック製のノートパソコンは、種類は少ないもののモバイルに特化した魅力的な製品で、値段は高いが思わず手が出てしまう。レッツノートは、旧タイプのものを平成12年から13年くらいまで使っていたが、当時はB5サイズのものがCDドライブ内蔵で重さが1.6キロくらいだった。内蔵バッテリーでは稼働時間が短く、まだまだ過渡期の製品だったように思う。今回購入した製品は完成度が高く、モバイルには最適の製品である。衝動買いに近い予定外の出費で、私の財布の方もかなり軽くなった。
 午後6時45分から、オーガニックレストラン「チカッポ」(南2西24)で開催されたDO!21の9月例会に出席する。有機農産物に関するお話しをうかがい、その有機農産物を使った料理をいただきながら、午後10時まで歓談する。その後、近くの居酒屋で今後のDO!21の展開などについて話し合う。午後11過ぎに散会し、タクシーでJR札幌駅へ向かう。午後11時25分にJR札幌駅発の快速電車で帰路に着いた。


9月24日(日)  「気づく・知る・感じるVol.3」

 体調は徐々に回復してきてはいるが、お腹の調子はまだ完全には回復していない。それでも、午前8時38分にJR野幌駅発の電車で札幌へ。JR札幌駅西口のドトールコーヒーで一息入れてから、北大の構内を通って10時少し前に遠友学舎に到着する。ここでは、「気づく・知る・感じるVol.3」の2日目のプログラムに参加した。
 高校生2名を含む5名のグループに入って、グループワークを通しての問題解決の体験学習を行った。今年の2月には同じプログラムの第1回目に参加しており、今回参加したことで全体的な流れを把握することができた。
 遠友学舎は、ガラス張りの建物なので屋内から北大構内の様子がハッキリ見える。今日は天気が良かったので、昼過ぎからはスケートボードの練習に興じている若者たちの姿が目立った。
 午後5時半にプログラムが終了するころには、日が落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。会場の片づけを手伝ってから、すっかり暗くなった北大の構内を歩いて帰路に着いた。


9月23日(土)  秋分の日

 今日は朝から天気が良く、真夏であれば猛暑の一日となっただろうが秋分の日ともなればさすがに涼しい風が吹いて、過ごしやすい一日だった。
 昼過ぎから「盲導犬チャリティーコンサート」に足を運ぶつもりだったが、一昨日の腹痛の影響は今日になっても残っており、まだ胃腸の調子が回復しきっていない。札幌までコンサートを聞きに行く気力もなく、ひたすら体を休めて過ごした。昼過ぎに喫茶店「岳」に足を運んだが、いつもは美味しいと感じるコーヒーも、今日は胃にもたれる感じがして残してしまったほどだ。体調が悪いと何事も楽しめないと感じた一日だった。


9月22日(金)

 午前6時前に起床後、体温を測ると36度台に下がっていた。まだ体調は完全に回復していないが、仕事を休むほどではないと判断して出勤する。
 それでも体調が完全に回復しておらず、何となく熱っぽくてじっとりと汗ばんだり、食欲がなく昼食も抜くことになった。夕方には疲れ果てて、終業のチャイムを聞いたときはゴングアウトで救われた感じだった。明日から週末なのでせいぜい休養して、英気を回復したいと思う。


9月21日(木)  腹痛で休む

 昨日からお腹の調子が良くなかったのだが、今朝は胃が強く張った感じで痛み、熱も出たので休暇を取ることにした。胃の辺りが痛むので食事を取ることができず、昼食は完全に抜いて寝込んでいた。午後9時過ぎになってようやく痛みが和らぎ、熱も下がってきたので軽く食事をすることができた。
 体調を崩すといつも思うことだが、「健康」は、幸福の不可欠な前提条件であるということだ。例えば結核が死に至る病だった時代、多くの文学者が自らの体験としてその病状や家族の様子などを描いているが、いずれも悲惨極まりなく不幸そのものだ。特に、壇一雄の「リツ子 その愛・その死」に描かれた末期の様子は余りにも生々しく、たまに思い出すと憂鬱になるほどだ。 


9月20日(水)  自民党新総裁に安部氏

 台風13号は深夜に上陸し、午前1時過ぎから強風の吹きすさぶ音でなかなか寝付くことができなかった。
 列車ダイヤも混乱することが予想されたが、出勤時にはやや強い風は残っていたものの、雨も降っておらず、列車ダイヤの乱れも大したことはなかった。ただ、街路樹の枝が折れている様子に昨夜の風がかなり強かったことを感じさせられた。
 タイでクーデターが起こり、軍政が敷かれたようだ。タイといえばASEAN諸国の中でも人口、面積共に大きく、順調に発展を遂げているように思っていたが、実際には軍政が敷かれてしまうような発展段階でしかないのだ。如何に現政権が腐敗堕落しているとはいっても、軍隊の力を背景にした軍政は民主主義の否定でしかない。他国のこととは言え、嘆かわしい限りである。
 今日は昼過ぎから自民党総裁選の投開があり、安倍晋三官房長官(464票)が谷垣禎一財務相(102票)、麻生太郎外相(136票)を大差で破り、小泉純一郎首相後継となる第21代総裁に選出された。それにしても、前総裁に引き続いて今回は候補者全員が世襲議員という現実はどう考えるべきだろう。私には、「格差社会」を象徴する出来事のように思われる。


9月19日(火)  「つぼ八」で飲み会

 台風13号が本道に接近中のためか天候が不安定で、今朝は厚い雲から雨がパラつく空模様となった。昼過ぎからは日差しが眩しく気温が上がったが、心なしか空模様が不安定で、「嵐の前触れ」という感じがする。
 午後5時半過ぎに職場を出て、「つぼ八」札幌駅前店で開催された網走のHさんを囲む飲み会に参加する。以前はこうした飲み会を避けていたような気がするのだが、インフォーマルな飲み会に気軽に参加するくらいの余裕がなければ、人生をエンジョイできないのではないかと思う。ただ、最近はちょっと飲み過ぎると悪酔いするので、マイペースで飲むようにしたい。


9月18日(月)  釧路フィールドワーク(2日目)

 朝6時ころ目覚めてカーテンを開けると、窓の外には釧路川と幣舞橋が見える。川面には薄い霧が立ちこめていたが、もう少し早い時間だと霧はもっと濃かったことだろう。
 7時過ぎに1階のレストランで朝食バイキングをいただき、8時40分ころホテルを出てNPO法人地域生活支援ネットワークサロンに足を運ぶ。ここでは、事務局代表のHさんから活動の経過や現状についてお話しをうかがったが、現在61名が働いているとのことであり、その発展ぶりは目を見張るばかりである。
 10時半過ぎにサロンを出て、「米町公園」へ。眼下に釧路港を望む米町公園には石川啄木の歌碑があり、「しらしらと氷かがやき 千鳥鳴く 釧路の海の冬の月かな」の一首が刻まれている。今から百年近く前の秋から冬を、啄木が釧路で過ごしたことを思い出す。
 11時過ぎにNPO法人わたぼうしの家に足を運び、毎週月曜日に開かれている「地域食堂」でランチをいただく。ランチは300円、コーヒーが20円という安さで、毎回50名程度の参加者がいるとのことだが、今日もそれくらいは集まっていただろう。昼過ぎからフォークソングのコンサートが開かれ、にぎやかな中を12時50分過ぎに地域食堂を出てタクシーでJR釧路駅へ向かう。
 午後1時25分にJR釧路駅発の特急「おおぞら8号」に乗って釧路を後にする。途中エンジントラブルのため帯広駅で15分間出発が遅れるアクシデントがあったものの、午後5時半にJR札幌駅に到着し、釧路フィールドワークはそこで散会となった。


9月17日(日)  釧路フィールドワーク(1日目)

 朝9時4分にJR札幌駅発の特急「スーパーおおぞら1号」で釧路に向かい、定刻の午後1時3分にJR釧路駅についた。さっそく「泉屋」でランチをいただく。ここはスパゲティの盛りが良いことで有名とのことで、私も勧められるままにナポリタンの大盛りを注文したところ、小型のフライパンに山盛りのナポリタンが運ばれてきた。何とか食べ切ったが、もう少し多かったら急性胃拡張で倒れていたのではないかと思うほど満腹になった。 その後、NPO法人わたぼうしの家に足を運び、K事務局長から活動の経過や内容について説明をうかがった。午後3時半に、NPO法人わたぼうしの家が運営する痴呆性老人グループホーム「さんぽみち」へ。ここには、要介護度1から5までの高齢者9名が入居している。S施設長の案内で施設の共用部分や居室を見せていただいた後、グループホームの現状や課題について説明していだたいた。老後をどのように過ごすかについて、深く考えさせられた。特に印象深かったのは、元は学校の先生だったという2人の入居者の居室を見せていただき、本人からお話しをうかがったことで、二人とも部屋を整頓し自筆の絵画を飾っていた。現役世代の生き方が、老後の過ごし方に大きな影響を及ぼしていることが実感された。
 その後、午後5時40分過ぎに釧路パシフィックホテルにチェックインしてから、JR釧路駅方面に歩いて行き、「七人の小人」という店に入った。そこで、NPO法人わたぼうしの家のメンバー3人と、札幌から訪問した私を含めて6名で懇親会を開催する。ここでも、グループホームや高齢者福祉の問題について、活発な議論を交わした。
 午後8時過ぎに店を出て、「かど屋」で二次会を開催する。この店は、「つぶやき」の専門店で、食べ物のメニューはそれ以外には「ラーメン」だけである。その二つをいただき、釧路の地酒「福司(ふくつかさ)」を飲んで、午後9時ころ散会してホテルに帰った。


9月16日(土)

 明日から釧路へ福祉NPO法人の活動を視察するためのフィールドワークに出かけるので、今日はその準備をして過ごした。準備と言っても大げさなものではなく、デジタルカメラの電池を充電したり、質問事項や訪問先での対応をイメージトレーニングしたりである。訪問先には認知症老人グループホームもあるので、どのような対応をすべきかイメージし切れない部分もある。
 F生命保険の担当者が、10年毎の見直し時期が近いとのことで設計書を持ってくる。以前はあまり良く考えずに契約していたが、今回はきちんと調べてみたところ、要するに終身保険と医療保険を抱き合わせたもので、毎月の支払額が少し上がるだけで済むように終身保険を減額したものだ。この際F生命保険の契約は解約して、その後はK共済の医療保険に入ることにした。本当は手続きが面倒臭いのだが、F生命保険の担当者が高額の契約への切り替えを急かすので私も考えざるを得なかったのだ。保険契約書に書かれている解約返戻金を見ると、払込総額の8割弱に過ぎない。ばかばかしい限りだが、これ以上F生命保険の担当者に振り回されないための経費として諦めることにした。


9月15日(金)

 明日から3連休だが、17日(日)・18日(月)の両日は釧路に行くため、今日は夏季休暇を取得し、骨休めすることにした。
 平日の昼間に休みを取ると、昼休みの時間などでは処理できない手続きなどをこの際やっておきたいという気持ちになる。そこで今日は、金融機関に足を運んでキャッシュカードを申し込んだり、郵貯口座の手続きを取ったりした。
 午後1時近くに、『石乃蔵』(北1東2)でパスタランチをいただいてからその周辺を歩くと、古い商店や住宅が建ち並ぶ中に、マンションの建設現場が散在している。創世川の東側は、これまで比較的古い街並みが残っていたが、この調子でマンションが増えていけば遠からず街の景観は一変してしまうだろう。
 午後5時45分から蠍座で「ホテル・ルワンダ」を見る。アフリカの小国ルワンダで、長年隷従を強いられてきたフツ族の反乱軍が支配階級のツチ族を虐殺する。100日間で100万人が殺されたという大虐殺の中で、高級ホテルの支配人がツチ族である妻と子どもを守り通す中で、1,400人ものツチ族の命を救ったという実話に基づく作品である。この中で、虐殺が行われていることを知りながら、利用価値のない小国であるルワンダを見捨てた国際社会の罪も描かれている。民族自決の原則といえば聞こえは良いが、民族闘争のために犠牲になる人々の安全を守る義務は国際社会にはないのか・・・。とても考えさせられる作品だ。


9月14日(木)

 今日は久しぶりに気温が上がり、昼過ぎからは黙って座っていてもじっとりと汗ばむ陽気となった。この夏の暑さが記憶に蘇ったほどである。
 明後日からは3連休だが、17日・18日の両日は釧路に行く予定になっているので、明日は遅ればせながら夏季休暇を取得して骨休めすることにした。
 帰宅途中、三省堂書店で『高齢者医療と福祉』(岡本祐三著)を購入した。著者は神戸市看護大学の教授で医者である。福祉行政に関する知識と、医学的な知見が総合的に盛り込まれており、いろいろと考えさせられるところが多い。例えば、「昔は子どもが親の面度を最後まで看るのが当たり前だったから高齢者は幸福な老後を過ごすことができた。」というのは、現実離れした神話であることなど一々納得させられる。福祉に関する本は数多いが、ありきたりなことしか書いていない欠伸の出るような退屈な本が多い中で、最近手にした中では最も刺激的な本である。


9月13日(水)

 今日は、朝から規則改正の手続きのため丸一日、各方面との調整に追われた。ちょっとした改正なのだが、けっこう手間がかかる。規則(ルール)を定めたり、それを改正する作業は、それが実質的な論議をほとんど伴わないものであってもなかなか大変なものだ。それでも、悪戦苦闘した結果、問題はクリアーしたので、昼休みを潰して決定書の作成に取り組み、午後3時ころようやく起案にこぎ着けた。後は、来週22日(金)までに決裁が済むことを祈るのみだが、私を除いても最低25人の押印が必要なのでどこかで停滞すると先に進まない。まあ、今から心配しても仕方がないのだが・・・。
 仕事の方が一山越えたので、今日は終業のチャイムが鳴ってすぐに帰路に着いた。


9月12日(火)

 朝晩冷え込む時期となり、窓を開けて寝ていると朝は寒く感じられる。春先のだんだん暖かくなる時期は「春眠暁を覚えず。」と言われるほど心地よいものだが、同じような気温でも、だんだん寒くなる時期はあまり心地よい時期とはイメージされないようだ。
 次第に冷え込みそうなのは経済も同じで、昨日もふと感じたことだが、ここのところ経済の好調(雇用情勢の改善)と不調(消費意欲の減退、長期金利の低下)を伝えるニュースが交錯するようになっている。このように経済の好不調のニュースが交錯するということは、景気の拡大局面がいよいよピークに達し、下方転換が近づいた兆しではないかと感じている。小泉政権の終わりが、日本経済の再びの長期低迷の幕開けとならないことを祈りたい。
 今日も残業となったが、午後8時過ぎに切り上げて帰路に着いた。


9月11日(月)

 今日は涼しい朝となった。昼ころは少し気温が上がって、少しだけ蒸し暑さを感じたが、全体的にはちょうど過ごしやすい気候である。しかしながら、このような状態が長くつづくはずはなく、これからだんだん涼しさの中に寒さが強くなってくるだろう。来月の下旬ともなれば、本道は雪の便りを聞く時期になるのだから。
 今日は、今月末に控えた規則改正の準備で、関係法令を調べたり打合せをして終わった一日だった。そのまま残業となり、仕事を切り上げて職場を出たころには、午後9時過ぎになっていた。


9月10日(日)

 今日は降水確率が50%で、朝からどんよりと曇り、時々雨がちらつく天気だった。昼過ぎに、車で札幌に出て、「i−cafe」のマッサージチェアで背筋を伸ばす。なかなか気持ち良いが、このようなことで根本的な疲れが取れるとも思えない。それでも、気休め程度にはなるし、リフレッシュ効果もあるだろう。
 わが国の景気は、拡大が続いているそうだ。あまり景気が良いという実感はないのだが、大学生の就職が好調というのはバブル期以来の現象だ。ただし、このような状態は気がついたときには大きく暗転しているというのがバブル崩壊の教訓だ。戦後最長といわれる「いざなぎ景気」を超えるというのは如何にも危なっかしい。そろそろ、景気後退を視野に入れておく必要があると思う。


9月9日(土)

 先週初めて足を運んだ石造りの喫茶店「石乃蔵(いしのくら)」(北1東2)のランチ(11時30分〜14時)がなかなか良かったので、今週も足を運んだ。先週は、ハヤシライスをいただいたが、今日は「本日のパスタ」をいただいた。スモークサーモンをトッピングしたスープスパゲッティで、イタリア料理店で出されてもまったく遜色ない。
 午後5時半ころ、蠍座に「ホテル・ルワンダ」を見に行ったところ、会場が満員で入ることができなかった。この映画は、ルワンダで民族紛争のため虐殺が行われていたときに、身を挺して1,200人の命を救ったホテルマンを描いた実話とのことで、あいにく見ることができなかったが、こうしたシリアスな映画に観客が大入り満員になるということは、札幌の映画フアンもまんざら捨てたものではないと思った。


9月8日(金)

 今日は、朝から晩まで仕事に追われて過ごした一日だったが、仕事の内容がバラエティーに富んでいたので何とか意気込みをもってこなすことができた。
 昼休みも早めに切り上げ、午後1時半から「北海道福祉のまちづくりコンクール審査委員会」を開催する。午後3時半過ぎにハード部門、ソフト部門の審査が終わり、それぞれ最優秀1点、優秀3点、奨励賞数点が選ばれたが、いずれの施設や活動も立派なもので、10月23日(月)ころを予定している表彰式が楽しみになった。
 帰宅途中、KKR北海道の地下1階にある居酒屋「弥勒(みろく)」で一杯やる。この店は、以前はよく足を運んでいたのだが、ここ数年は足が遠のいていた。知り合いと遭遇する可能性が高い点を除けば、値段の割に高級感があり、なかなか良い店だということを再認識した。


9月7日(木)

 ここのところ、日中は机にかじりついて仕事をこなしている。おかげで、これまで片付ける余裕もなく机の回りに積み上げていた資料も、使わないものは回収ボックスに片付けることができて、ようやく人心地着いた感じである。
 これで、北海道自治体学会の用務などが錯綜していれば精神的な疲労度はもっと甚だしかっただろうが、幸いにも北海道自治体学会の方は落ち着いているので、何とかやっている感じだ。以前は、よくあれほど煩わしい立場をこなしていたものだ。当時はわけも分からずこなしていたのだが、今にして思えばつまらないことで悩んでいたように思う。過ぎてしまったことは、あまり考えないようにしよう。


9月6日(水)

 朝7時半に家を出ると、抜けるような青空から明るい日差しが降り注いでいた。空気もひんやりとしており、正に初秋の朝である。
 9月4日(月)に大きな会議を終えることができたのだが、その間に後回しにしていた仕事が溜まっており、昨日からその処理に追われている。
 今日は、H大学医学部大学院の学生からのアンケート調査に回答したが、難しい質問が多く、また量も膨大で回答を仕上げるのに本当に苦労した。回答がどれだけ彼の研究に役立つのか分からないが、せいぜい役立ててほしいと思う。
 それと、本日のビッグニュースは、秋篠の宮妃が男児を出産したことで、ニュース番組はそれ一色だった。


9月5日(火)

 午前3時少し前に、屋根を叩く雨音で目が覚めた。バケツをぶちまけたような土砂降りで、傘を差して歩いてもズボンの膝のところまで濡れるような大雨だろうと思いながら雨音を聞いていた。
 それでも、出勤時には雨は小降りになり、午後4時前には青空が広がって夕日が眩しかった。
 会議が終わって一段落ついたので、昼休みに若手職員らを誘って、大丸レストラン街のイタリアレストラン「ミア・アンジェラ」でパスタセット(1,029円)をいただいた。仕事にしばられず、昼休みの時間を自由に過ごすことができるのはありがたいものだ。
 今日は久々に、午後5時半過ぎに職場を出て帰路に着いた。



9月4日(月)  会議〜打ち上げ

 週末は結局、会議のしゃべり原稿に一切手を付けることができなかったが、いつもより早く目覚めることができたので、午前7時18分にJR野幌駅発の電車で出勤し、さっぽろ地下街の「カフェ・クロワッサン」でしゃべり原稿を考える。配付資料にマーキングし、多少メモを入れているうちに「まぁ、これで良いか。」と思えてきたので、適当なところで切り上げて職場に足を運んだ。
 午前中は、会場の設営やビデオプロジェクターの調整などを行い、午後1時半から、待ちに待った会議を開催する。会議は始まってしまえば時間がどんどん経っていく、午後3時までの予定が10分延びて3時10分に協議会が終了した。その後同じ会場で過幹事会を開催し、午後4時10分に終了した。会場の設営には1時間以上かかったが、撤収は比較的楽ではあった。それでも、会場の撤収を終えて執務室に引き返したときには、午後6時40分ころになっていた。
 ここのところずっと懸案になっていた会議を無事終え、ホッとしたところで早く帰って休みたかったが、昨年と同様に同僚のKさんから声がかかり、「天壇」で一杯やってから帰路に着いた。


9月3日(日)  カフェ「ロッソ」

 週末は気が抜けるせいか、会議のしゃべり原稿に手を付ける気になれず、資料も開かないままに時間が過ぎてしまう。
 午後4時ころ、「ロッソ」(北3東3)でマイルドブレンド(500円)をいただく。旧福山商店と書かれた古い建物を改造した喫茶店で、カウンターの中でコーヒーを煎れている二人は、20代と思しき若者だ。
 この店は、札幌ファクトリー(北2東4)に隣接する一角にあり、観光客として足を運んだのであれば観光気分を満喫できたかも知れないが、その気になればいつでも簡単に足を運ぶことができる場所では、どんなに創造を逞しくしても観光客気分はわき上がってこない。観光気分は、非日常性があってはじめて成立するもののようだ


9月2日(土)  「石乃蔵(いしのくら)」

 9月4日(月)の会議におけるしゃべり原稿が手つかずなので、週末に気分転換しながら作成しようと思う。
 『Hokkaidoウオーカー』の最新号に、石蔵や古民家を改造した喫茶店が特集されており、その中で「石乃蔵(いしのくら)」(北1東2)が良さそうだったので、早速足を運んでみた。その名の通り石蔵を改造した喫茶店で、メニューには「キングコーヒー直営」と書いてある。11時半から14時まではランチメニューがあり、パスタ、カレー、ハヤシライスなどで、いずれもサラダと飲み物が付いて750円(税込み)と手頃な値段である。『北海道ウオーカー』によれば、特にハヤシライスはお薦めメニューとのことだったので注文すると、期待に違わぬ洗練された味わいがあり大いに満足した。この店は、読み物もいろいろと置いてあり、活字中毒の私にはありがたい店だ。
 その中の一冊、マンガ版『嫌われ松子の一生』を読む。ちょっと歯車が狂えば、人生が無茶苦茶になってしまうことへの不安を誰しもが感じていることと思うが、「嫌われ松子」の場合も、不幸が連鎖すればこのように終わってしまう人生もあり得るかも知れない。


9月1日(金)

 今日から9月である。朝から涼しい風が吹いて、初秋らしい一日となった。
 9月4日(月)の会議については、朝から最終の打合せがあって、若干の手直しを経て資料の中味が確定したので、昼から印刷に取りかかり午後3時前に資料が揃った。後は、当日に向けてしゃべり原稿を作成することとなる。今回は土日をはさんでいるので、明日と明後日の2日間で、気分転換を図りながら手持ち資料に説明する内容を書き込もうと思う。
 本来なら今日は残業するところだが、今日から8日までは残業縮減強調期間なので、終業時間が終わって間もなく職場を出て、帰路に着いた。