日記:2007年1月
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1月31日(水)

 朝一番で、かでる2.7の9階に足を運び、「福祉のまちづくりパネル展」の撤収を行う。その後は、道内企業1000社対象のアンケート調査の準備を進めた。
 総務省統計局から使用許可を受けていた事業所・企業統計調査の許可期限が本日一杯だったため、午後5時半ころ所管のセクションにデータが入ったCD−ROMを返却に行くと、送別会があるということで全員が執務室からぞろぞろと出てくるところだった。あと5分到着が遅れたら、CD−ROMの返却が間に合わないところだった。
 引き続き、アンケート調査票の発送作業を進めたいところだったが、残業続きで疲労が溜まっているため、午後6時過ぎには職場を出て帰路に着いた。


1月30日(火)  今日も残業

 朝一番で、残りのデータ処理を仕上げる。そのデータを使って、宛名ラベルに対象企業の郵便番号、住所、社名を打ち出す。一回できれいに仕上がり、重荷を下ろした気分になった。これで、明後日には道内企業1000社に、アンケート調査票を送付することができる。

 昼過ぎからは、かでる2.7で開催された会議の進行を手伝い、午後3時半になってようやくマイペースでの仕事に戻った。ここしばらく残業と土日出勤が続いている。今度の土日も住宅ローンの合同契約会や「北海道型福祉を考えるセミナー」などで潰れるため、残業は控えたいところだが、2月8日(木)には、大きな会議の開催を控えているため、その準備に取りかかった。
 昨日までは、事業所・企業統計調査の使用期限内(1月31日まで!)にアンケート調査票を発送できる状況に漕ぎ着けるため一心不乱に作業していたが、今日はじっくり考えてアイデアを練り上げることが必要だった。ところが、遅くまで大声でおしゃべりが絶えないので集中できず辟易する。彼らの仕事は定型的な書類のチェックという単調なものなので息抜きも必要なのだろうが、限られた一日のほとんどを職場で過ごすことを前提にすることで、緊張感を欠いた仕事=退屈という苦行を自らに課しているに等しい感じがする。このメンバーは、それぞれが決まった時間に一人ずつ帰っていく。それぞれの生活のリズムが許す範囲で、職場で過ごす時間が組み込まれているのだろう。

 私が職場を出たときは、午後10時になっていた。


1月29日(月)  星置駅は崖の下

 朝一番で、北大大学院工学研究科のN教授の訃報に接する。所管の業務でアドバイザーになっていただいている方なので、弔電を打つ。
 午前12時近くに職場を出て、電車でJR星置駅に向かう。JR星置駅の南北を結ぶ自由通路について、高低差が大きいためエレベーターを設置してもらえないかとの声があったため、現地調査を行ったのだ。
 私は、JR星置駅で降りたことがなく、最初に話しを聞いたときはまったくイメージがわかなかったのだが、実際に足を運んでみると、「百聞は一見に如かず。」ということを痛感した。JR星置駅の南側は切り立った崖になっており、JR星置駅から南口に出るためには、5階建てのビルに相当する階段かスロープを上がっていかなければならないのだ。その状況をカメラに収めて、午後1時過ぎの電車に乗って引き返した。調べてみるとその自由通路は、札幌市が設置・管理しているものである。昨年秋の市議会でも、エレベーターの設置について質問が出ており、市では調査の上、検討したいと回答している。そこまで調べているうちに、午後5時近くになった。
 その後、アンケート調査の送付先である道内企業1000社の宛名ラベルを作成するためのデータ処理に取りかかる。これにはけこう時間がかかり、午後11時ころまで作業を続けて、ようやく明日の午前中にはデータ処理が片づく目処を付けて帰路に着いた。


1月28日(日)  社会福祉士・介護福祉士国家試験(試験当日)

 朝7時に過ぎに車で自宅を出て、北星学園大学に向かう。途中7時20分ころ、大麻で同僚のSさんを乗せる。北星学園大学には7時40分過ぎに到着し、試験本部に入る。今日は試験本番で、試験本部員としての業務である。
 この国家試験の受験者数は思いの外多く、道内でも1万人になる。北星学園大学での受験者数は2千3百人だが、北大での受験者は4千人。それ以外にも、浅井学園大学が受験会場となっている。
 昨日残してあった掲示物の貼り付け作業を行って、午前9時ころからは、受験生の誘導を行う。2千人を超える受験生が、どっと押し寄せるため、試験会場を示す掲示板の前は黒山の人だかりとなる。北星学園大学のキャンパスは、コンパクトで分かりやすいのだが、受験生の中には自分の試験室が見当の付かない人がけっこういて、質問攻めとなる。それぞれに自分の試験室を指示しているうちに、受験生への説明が始まる午前9時半となり、後は慌てて駆け込んでくるわずかな受験生を除いて、屋外には人がいなくなった。それでも、午前10時半までは受験会場への入室可能なので、屋外で受験生の誘導業務を続けた。今朝は、この冬一番の冷え込みであり、学内の寒暖計はマイナス4.5度を示していた。カイロを幾つも使ったのだが、それでも誘導業務を終えて屋内に戻ったときには、すっかり凍えていた。
 その後は、受験者数の確認や、答案用紙の回収枚数の確認などを行っているうちに、午後3時25分となり、介護福祉士国家試験、社会福祉士国家試験の順に試験が終了する。その後は、試験監督員が回収した答案用紙等を確認し、校舎内外の掲示物を撤去して、一連の作業を終えたのは午後5時ころだった。同僚2人をそれぞれ、新札幌青葉町と大麻の自宅に送り届けて、喫茶店「岳」で一息ついたころには午後6時を過ぎていた。


1月27日(土)  社会福祉士・介護福祉国家試験(会場準備)


 昼前に車で自宅を出て、喫茶店「岳」でカレーをいただいてから、正午に店を出て北星学園大学に向かう。最近の雪で国道12号線は車線が狭くなっている。当然スピードは出せないが、それでも大谷地の北星学園大学までは近いので、12時45分ころにはキャンパスに到着した。学生会館でカップコーヒーをいただき、一息ついてから集合場所に足を運ぶと、午後2時の集合時間までかなり間があるにもかかわらず、ほとんどのメンバーが集まっている。早速、資料の仕分け作業に取りかかる。
 その後は、校舎内に禁煙やゴミ箱使用禁止の貼り紙をするなどの作業を行った。北星学園大学は、コンパクトな大学なのだが、それでも貼り紙が必要な場所はかなりあって、作業をしているうちに外は暗くなった。その後、生涯学習事業のために使われていた2つの教室が空くのを待って、机に受験番号のラベルを貼ったり、黒板に注意書きを貼るなどの作業を行った。
 午後6時ころ、ようやく一連の作業が終わって帰路に着いた。


1月26日(金)  社会福祉士・介護福祉士国家試験(説明会)

 アンケート調査送付先企業の名簿が完成したため、アンケート調査送付のための宛名ラベル作成等の作業に取りかかる。これまで使っていたラベル用紙が変わったため、新しいタイプのラベル用紙に印刷することとなり、設定の変更に手こずったが、何とか新しいタイプのラベルに打ち出すことができるようになった。しかしながら、事業所・企業統計調査のデータは、一部手直ししないと宛名ラベルにそのまま打ち出せないことが分かったので、夕方までは手直し作業に没頭した。
 午後5時45分から、札幌ハウスユースホステル(北6西6)4階の会議室で開催された介護福祉士・社会福祉士国家試験の業務説明会に出席する。
 午後7時ころ説明会が終わってから、札幌ハウスユースホステルの向かいにある自治労会館1階の「さっぽろ歩留門(ホルモン)」で一杯やる。ジンギスカンや味噌ホルモン鍋をいただき、午後9時過ぎに店を出て帰路に着いた。


1月25日(木)  今日も午後10時まで残業

 今日は、朝からアンケート調査の対象企業名簿を完成させるため、一心不乱に仕事に取り組んだ。途中、色覚障がい者に優しい色遣いであることを認定するCUD(カラー・ユニバーサル・デザイン)の取得を含めたパンフレットの印刷発注業務をこなしながら、夕方には一通り、名簿の完成にこぎ着けた。しかしながら、住所の整理などを行う必要にかなり時間を取られた。
 今日の予定としては、午後6時半から、かでる2.7の810会議室で開催されたDO!21の例会に出席する予定だったが、アンケート調査対象企業名簿を整理するため残業を余儀なくされた。
 午後8時半過ぎになって、ようやくアンケート調査対象企業名簿が完成した。今月中に企業への送付を終え、2月8日(木)の会議資料を作る必要があるため午後10時まで粘ったが、DO!21のメンバーからの飲み会の誘いに抗しきれず、午後10時過ぎに職場を出て、炭火焼き鳥「八方」で開催中の飲み会に顔を出した。午後11時ころ散会し、11時25分にJR札幌駅発の電車で帰路に着いた。


1月24日(水)  午後10時まで残業

 午後2時から、札幌すみれホテルで開催された「勤労者マルチライフ支援セミナー」に出席する。北海道経営者協会が事務局を務めているせいか、企業の総務・人事担当者と思しき人々が会場を埋めており、講師の話しを神妙に聴いていたのが印象的だった。講師は、武蔵女史短期大学の平岡教授で、北大農学部卒、農学博士(九州大学)だが、農学部のない短大で何を教えているのだろうか。出身は関西らしく、京都弁の語り口は絶妙だった。
 午後6時から、北海道型福祉研究会に出席するつもりだったが、平成16年事業所・企業統計調査の膨大なデータから、アンケート調査の対象とする1000社を抽出する作業に手こずり、試行錯誤の末ようやく完成したときには午後10時近くになっていた。急いで職場を出て、午後10時10分にJR札幌駅発の電車で帰路に着いた。


1月23日(火)

 朝一番で、条例の改正について打合せを行い、午前中一杯かけてざっくばらんに話し合った結果、取りあえずは条例改正の必要はなさそうとのコンセンサスが得られた。
 昼過ぎからアンケート調査の送付先企業の抽出に取りかかり、夕方になって一通り完成した。しかしながら、抽出された企業の中味を点検すると、アンケート調査を出しても回答を得られそうもない企業が余りにも多いことに気づいた。一応会社組織になっているところを選んだのだが、規模の小さな会社が多いのだ。業種的には、飲食店、美容室、貸間業が多い。これは、実際に企業数の多い業種を反映しているのだと思うが、やはり、資本金規模や従業員規模を使って大きな企業を選んで抽出することが必要だ。明日以降、もう一度作業をやり直すことにする。


1月22日(月)

 午前中は、平成16年事業所・企業統計調査の膨大なデータから、アンケート調査の送付先対象企業(1000社)を抽出する作業を行う。
 午後3時過ぎから、条例の改正に関する打合せのための検討資料を作成する。過去の条例改正の経過を整理すると、条例改正の名に値するような理念の変化を含んだ改正を行うかどうかは、それ必要とするような社会情勢の変化が起こっているかどうかにかかっている。さらに資料を整理しようと思ったが、明後日23日(水)の早朝ストを控え、残業ができない日なので、ポイントだけをまとめて、明日の打合せ資料として配付した。


1月21日(日)

 昼前にNTT東日本の営業担当者から電話があり、フレッツ光の契約を進めることにした。
 新しいマンションに飾るため東山魁夷のリトグラフを買おうかと思ったが、いくら原画に近い味わいを持っているとはいっても、複製であることには違いない。一つの原画に対する版数に制限はあるものの、300〜450枚くらい同じものが出回るので有難みはその分薄れる。無理に今回買う必要もないので、これから札幌市内の画廊に足を運んだりしながら、どのような作品が良いのか勉強することにする。



1月20日(土)  東山魁夷の作品

 昨日、一昨日と残業が続き疲れが溜まっていたため、午前中はぐったりした状態で過ごした。
 午後1時過ぎに自宅を出て、喫茶店「岳」で一息ついてから札幌へ向かう。8.3スクエアの北ビル1階に足を運び、まずは照明器具を契約する。天井灯4つで8万8千円余りという値段は、家電量販店に比べてずっと高いのだが、先週かなり話を進めていたので今さらキャンセルするのも申し訳なく思って契約したものだ。ただ、カーテンの方は照明器具ほど話を進めていなかったので、先方は見積書を作っていたが断らせてもらった。
さらにNTT東日本の担当者と、フレッツ光の契約について話を進める。フレッツ光を契約すると、固定電話を付けるときに電話加入権が不要とのことだ。
 その後、大丸7階の催事場に足を運ぶ。ちょうど東山魁夷、片岡球子、平山郁夫の作品展が開催されており、リトグラフが売られていたのでじっくり眺めた。東山魁夷の作品は、青や緑の色使いが素晴らしく、絵の中に吸い込まれるような感じだ。特に気に入った作品には115万円の値段が付いていた。


1月19日(金)

 今日は、朝から、調査対象企業リストの作成に取り組んだ。23万8,838件のデータを1千件に絞り込む作業に取りかかり、夕方には目処が着いたと思ったが、実際にデータを抽出して見ると、使えないデータがかなり含まれている。使えるデータだけ残そうとすると、データ数が1千件を切ってしまうため、抽出の範囲を広げることにした。その範囲をどの程度広げるべきか試行錯誤しているうちに、午後9時を過ぎてしまった。
 データは7枚のファイルに分かれているのだが、そのうち1枚目のファイルをようやく処理し切って、作業の目処が付いたので、午後10時には職場を出て帰路に着いた。


1月18日(木)  事業所・企業統計調査のデータ

 昨年の暮れから総務省統計局に使用許可を申請していた「平成16年事業所・企業統計調査」のデータについて許可が下りたので、早速データが入ったCDを借りる。そのCD許可が下りた部分だけを抽出したもので、7枚に分かれたエクセルファイルに道内の民営事業所23万8,838件のデータが入っている。この中から、アンケート調査の対象となる1,000社を抽出する方法を考える。
 単純に1,000社というわけではなく、産業別、規模別、地域別に上手く分散された形で抽出したいと考えているので、その3つの条件を同時に満たす調査対象企業リストをどのように作れば良いのか、大いに悩む。午後8時ころまで考え抜いて、ようやく次の結論に達した。
 まずは、各ファイル内の事業所に連番を付けて100社ごとに抽出し、2,384社に絞り込む。その段階で、一つの地域をサンプルとして、産業別、規模別に上手く分散されているかをテストする。母集団の数が十分に大きいため、無作為に絞り込んだ企業の内容は、道内民営事業所のひな形となるはずである。そのことが検証できれば、次は機械的に1,000社に絞り込む作業に進むことができる。
 以上の結論に到達したため、明日以降はその方針で調査対象企業リストの作成に取り組むこととし、午後10時に職場を出て帰路に着いた。



1月17日(水)  「硫黄島からの手紙」

 昼休みに北海道NPOサポートセンター(札通ビル)に足を運び、札幌チャレンジドと介護支援ネットに年始のあいさつをする。介護支援ネットではニュースレター関係の請求書と、会費の入金された通帳等を受け取るつもりだったのだが、水曜日は休みとのことで空振りになった。明日以降、改めて足を運ぶことになる。
 午後6時10分から、札幌シネマフロンティアで「硫黄島からの手紙」を見る。生々しい戦闘シーンや不条理な時代背景などが入念に描写されており、記憶に残る作品に仕上がっている。わが国において戦争の記憶は年々遠い過去のことになりつつあるが、昨年の夏公開された「出口のない海」など、最近になっても戦争の悲劇をテーマにした映画が作り続けられている。
 今後、どのような作品が生まれるか楽しみに思う。


1月16日(火)  カメラマン役

 今日も朝から良く晴れた一日だった。
 午後3時から、知事応接室でカメラマン役を勤めた。某企業への感謝状贈呈式の記録写真を撮る役目で、式を盛り上げる必要もあって30分間近く写真を撮り続けた。一眼レフのデジタルカメラに大きなレンズを取り付けて写真を撮っていると、マスコミ関係者になったような気がする。
 室内での撮影だったため、全体に暗く写っていたため、写真画像処理ソフトで明るさを補正する。天井の蛍光灯の光が当たった部分の明るさが増幅され、全体に明るい写真に変えることができた。それをCDにコピーして、受賞者に渡すことになった。


1月15日(月)  大丸7階カーテン売り場

 昨日は大雪だったが、今日は朝から良く晴れた一日だった。
 帰宅途中、大丸7階のカーテン売り場に立ち寄り、この春入居するマンションに取り付けるカーテンの見積もりを依頼する。デパートだけに値段は安くないが、今後の付き合いを考えると、やはり大丸でカーテンや家具を取りそろえようと思う。
 帰宅後、S銀行のネットバンクから、火災保険の代金を振り込む。保険期間が30年間で代金が54,530円だから、1年当たり1,818円である。この程度の支払額で多額の保険金が得られるということは、それだけ保険金が支払われるようなケースが少ないということだろう。住宅ローンを借りるためには火災保険に入っておくことが前提ということなので契約したが、保障内容には全く魅力がないため、できれば入らないで済ませたいところだった。


1月14日(日)

 昨日はマンションの内覧会に足を運んで、これまであまり具体的に考えていなかった火災保険の契約や、照明器具、カーテンの取り付けをはじめローン契約や引っ越しの準備といった現実に直面させられた。それで気疲れしたためか、今日は外出する気力もなく、閉じこもって過ごした一日だった。
 昨日は、内覧会の会場に来ていた業者と次々と打合せを行い、照明器具とカーテンの見積もりをしてもらうことになったが、考えて見れば照明器具は自分で取り付けることが可能なものであり、カーテンだって、3月17日(土)に部屋の鍵を受け取ってから、カーテン業者に採寸してもらって注文しても4月上旬の入居に間に合わないこともないだろう。引っ越しまでは時間があるので、落ち着いて準備を進めて行きたい。


1月13日(土)  マンション内覧会

 午後2時から、この春入居予定のマンション内覧会に足を運んだ。

 大和ハウスの担当者の案内で、30階の共用部分と6階の居室、地下1階のトランクルームなどを確認した。1階ロビーにはコンシェルジュのカウンターもあり、ホテルのような雰囲気だ。出入りの管理も厳重で、入居後は電子チップが埋め込まれた鍵を亡くさないよう注意が必要だ。
 居室の方は、室内の照明器具とカーテンを除けば生活に必要な設備は揃っているので、3月17日(土)に鍵の引渡しを受けて以降、気がついたところから整えて行こうと思う。
 その後は午後3時から、会場に来ている各業者と火災保険の契約や照明器具、カーテンの見積もり、光通信やIP電話などの打ち合わせをしているうちに午後5時を過ぎてしまった。内覧会場は、来月まで開いているとのことなので、来週もう一度足を運ぶことにした。


1月12日(金)

 今日も厳しく冷え込んだ一日だった。この寒さは、あと数日続くようだ。
 出勤前と、昼休みに『海峡のアリア』を読んだ。一度通読しており、そのとき特に興味深かった箇所には付箋を付けているので、今回はその部分を目印に記憶を呼びこしながら読んだ。北朝鮮への帰国事業に応じて北朝鮮に渡った人たちは、当初は何とか本人の希望や才能に応じた分野に取り組む機会が与えられたが、1969年(昭和44年)の夏以降あからさまな弾圧を受けるようになったようだ。日本から帰国したというだけで、スパイのレッテルを貼られ強制収容所に入れられた人たちの無念はいかばかりだったであろうか。
 来週からはしばらくの間残業が難しくなるため、気になっている仕事を処理しているうちに午後9時過ぎまで残業となった。


1月11日(木)  『海峡のアリア』

 今日も昨日に引き続き、冷え込んだ一日だった。
 今朝の北海道新聞に、『海峡のアリア』(田月仙著)が紹介されていた。著者本人の写真も大きく掲載されていたので、来道中なのかと思ったが、そうではないようだ。東京に住んでいれば、コンサートに足を運んで歌声を聴いてみたいものだ。

 午前11時半から12時半まで、かでる2.7で開催中のパネル展にアテンドした。会場に隣接した軽食コーナーで、北大植物園を眼下に見ながら昼食をいただく。真冬の植物園は、雪で白く覆われているが、南側に立つ建物が古い木造建築で、板葺きの壁にステンレスの煙突が立つ姿は、石炭ストーブが当たり前だった昭和40年代を思い起こさせるものだった。
 帰宅途中、Sさんと大丸7階のイノダコーヒーに立ち寄る。ついでに、7階の催事場で開催中の全国名産品展の会場をのぞいてから帰路に着いた。


1月10日(水)  Tさんと「そば徳」で一杯

 今日も、朝から冷え込み、札幌も朝の最低気温がマイナス6.7度とこの冬一番の寒さを記録した。正午の最高気温もマイナス3.9度までしか上がらず、身を切られるような寒さとなった。この寒さは、14日(日)ころまで続く見通しである。
 今日は、朝から一つ思わしくない事態が発生した。これまでの経験では、この問題については早めに処理しないと、時間が経つほど事態が悪化する傾向があるため、昼休みに思い切って根本的に処理した。いろいろと思うに任せないことも多いが、考え方を柔軟に切り替えなければならない。

 帰宅途中、たまたま出会ったTさんと「そば徳」で晩酌セットをいただく。そろそろ退職後を視野に入れて、新たな勉強をはじめているとのこと。そのために180万円もするコンピューターソフトを購入したそうだ。今日のニュースによれば、夕張市では、現在309人いる職員のうち、本年度一杯で152人が退職することになったそうだ。これは丸っきり他人事ではなく、明日は自分自身にも降りかかってくる事態のように思えるので、退職したら何をするか(何ができるか)を考えておく必要を感じる。


1月9日(火)

 連休中は低気圧の影響で道内は大荒れの天候になったが、今日は午前中から良く晴れて昨日までの悪天候が嘘のような一日となった。
 久々に冷え込んで真冬日となったが、最近は地球温暖化の徴候を示すニュースが多く、例えばニューヨークやチベットで真冬のこの時期に気温が20度を超えるという異常事態を聞いたりすると、冬らしく寒い日が続いた方が安心に思われる。
 水道の凍結に注意を呼びかける字幕がテレビの画面に流れたのも、本当に久しぶりだ。もっとも、水道の凍結は平成になってから経験していない。決して愉快なものではないが、蛇口にお湯をかけたり、水道管にタオルを巻いてその上からお湯をかけたりしたことも、今では懐かしい記憶である。


1月8日(月)  成人の日

 今日も本道は不安定な天候だった。台風の日に外出する気になれないのと同様、冬の不安定な天候の下ではとても外出する気になれず、閉じこもって過ごした一日だった。
 昨夜、石勝線の新得駅付近で貨物列車が脱線し、十勝方面の列車が運休となるなど、列車ダイヤも乱れていたようだ。平日であれば、通勤が大変だったのではないだろうか。
 今日は「成人の日」である。昨日、今日は全国各地で「成人式」が開かれ、その様子がテレビで放映されていた。那覇市では、成人式の参加者が出身中学校ごとに集まって街に繰り出し、傍若無人な振る舞いをしている様子が映し出されていた。何のための「成人式」なのだろうかと思う。



1月7日(日)  「岳」開店20周年

 昨夜来、札幌に季節はずれの雨をもたらした低気圧は、過去10年間で最も発達した低気圧(中心部の気圧は964ヘクトパスカル)となり、全国各地で強風により屋根が吹き飛ばされるなどの被害をもたらした。道内も大荒れの天候となり、列車ダイヤが乱れたり、浦河町では民家10戸の屋根が損壊するなどの被害が発生した。
 午後5時過ぎに、行きつけの喫茶店「岳」に足を運んだ。帰りがけに、店主から「おかげさまで、今日で開店20周年を迎えることができました。」とのことで、記念品を手渡された。喫茶店を20年間続けるというのは、なかなか大変なことだと思う。店主夫妻だけで地道にやっている店だから、ここまで続いてきたのではないだろうか。私は、10年余り前から通っている客だが、当時に比べてすっかり白髪の増えた店主の風貌から、過ぎ去った歳月の長さを思い浮かべた。



1月6日(土)  「イルマーレ」

 午後1時間40分から、蠍座で「イルマーレ」を見る。2006年に暮らす女性と2004年に暮らす男性の恋愛物語で、ストーリーが現実離れしているため最後まで違和感が抜けなかった。ただ、主人公の女性が「ドストエフスキーが好き。」と言っていたのには笑ってしまった。また、冬のシカゴの場面で、時期はずれの暖かさに「地球温暖化かしら。」と言っていたのも興味深かった。
 蠍座を出ると、雨が降っていた。そこで、「イルマーレ」の中で地球温暖化が語られていたことを思い出した。
 職場の同僚のお母さんが危篤とのことで、連休中は連絡体制を取っていた。昼過ぎに、その方のお母さんが亡くなったとの連絡が入ったので、4名に電話をかけて香典等の確認をした。最近は携帯電話を持っている人が多いので、休暇中でも連絡を取ることが容易になった。思いのほかスムーズに全員に連絡を取ることができて、連絡調整の役割を終えてホット一息ついた。


1月5日(金)

 今年は暖冬で、雪が少ないとの声も聞こえてくるが、個人的には今年の冬が例年より穏やかだという感じはしない。今朝も厳しく冷え込み、オーバーコートを着込んで出勤した。
 今日のネットニュースによれば、百貨店の正月初売りセールは、全国的に好調だったようだ。ただし、北海道は他地域に比べてやや低調なようである。
 帰宅後、ブログをチェックすると、やはり「Yahoo!ブログ」の方がアクセス件数が多い。今後「ぷらら」から別のプロバイダに乗り換えた場合、「ぷららブログ」は会員専用のサービスであるため閉鎖せざるを得なくなるという事情も考慮し、「Yahoo!ブログ」だけを残すことにした。


1月4日(木)  仕事始め

 今日から仕事始めである。いつもより一寸早めに職場に出て、速攻で新年の挨拶をする。
 帰宅後、「ぷららブログ」と「Yahoo!ブログ」を確認すると、それぞれまあまあのアクセス件数がある。今後のことを考えて、「Yahoo!ブログ」の方を残すことにした。
 このホームページも、最近では日記しか更新していないので、ブログにしてしまった方が簡単そうだが、これまで書きためてきた部分をアップロードするのが大変なので、当面はホームページのままいくしかなさそうだ。
 帰宅途中、職場のメンバーで「天壇」へ。ここで、先日ドイツ旅行から帰ってきたばかりのSさんの土産話を聞き、午後8時ころ散会して帰路に着いた。


1月3日(水)  ブログ作成

 年末年始の休みも今日で終わりである。ここ数年、年末年始の休みには運動不足と過食のせいか、年明け早々は体調を崩すので、今回は過食を避け、運動不足にならないように気をつけて過ごす。
 午前中、昨夜作った二つのブログをチェックする。「ココログ」は、やはり広告が目立って鬱陶しい。毎月450円の有料サービス版だと広告は付かないが、アクセスカウンターの表示方法がハッキリ分からないなど使い勝手が悪いので、「ココログ」は閉鎖することにした。その代わりに、「Yahoo!ブログ」を使ってブログを開設する。「Yahoo!ブログ」の場合、投稿年月日を調整できないのが難点だが、無料の割には広告が控えめで、この先長く使うには都合が良さそうである。
 ただ、「ぷらら」のブログが一番使いやすく、開設後のアクセス状況も順調なので、取りあえず「ぷららブログ」と「Yahoo!ブログ」の両方を公開しておき、アクセス状況を見てどちらを残すかを決めようと思う。今のところ、「Yahoo!ブログ」の方を残すことになりそうだ。


1月2日(火)  ブログ作成

 昼過ぎに、大丸の新年初売りに足を運ぶ。店内は来客でごったがえしており、売り場をすり抜けるのが大変なほどだった。
 帰宅後、ブログの作成に取りかかる。まずは、ニフティが提供している「ココログ」のフリータイプで作ってみたのだが、無料だけに画面の中の目立つところに広告が入ってくることが鬱陶しい。そこで、私が使っているプロバイダ「ぷらら」の会員向け有料サービスの「BORCH」でブログを作ってみた。こちらの方は有料(といっても月額105円)だけに広告も入らず、とても使いやすい。ただし、この先ずっと「ぷらら」を使うとは限らないので、どうしようか迷うところである。


1月1日(月)  「トンマッコルへようこそ」

 「朝まで生テレビ」を見ているうちに途中で寝てしまい、気がついたときは午前6時過ぎになっていた。天気が良く、穏やかな元旦の朝を迎えた。
 午前11時10分から蠍座で、韓国映画「トンマッコルへようこそ」を見る。朝鮮戦争の最中、戦争が始まったことも知らない山奥の村、「トンマッコル」に米軍パイロット1人、韓国兵2人、北朝鮮兵3人がたどり着く。彼らは対立しながら、「トン」(子ども)のように「マッコル」(純粋)な村人たちに感化され、最後は村人たちを守るために協力して立ち上がる。「トンマッコル」は、近代を舞台にした桃源郷と言える。そして、争うことを知らない平和な村人たちと、血で血を洗う残虐な戦争の最前線で戦う兵士たちを対比させたことにより、この上なく印象的な作品に仕上がっている。韓国映画は、優れた作品を次々と生み出しているが、この作品はその中でも特に優れた作品だと思う。蠍座での上映期間が終わるまでに、もう一度見たいと思うほどだ。