5月31日(木) 職場の歓送迎会
午前9時から6月1日付け異動の発令があり、その後はいつもと変わらぬ職場の光景となった。以前は、異動の時期になると何となく落ち着かなかったものだが、最近では慣れっ子になってどうということもなくなった。
朝から夕方にかけて、数名が異動の挨拶に訪れる。わざわざ挨拶に来る人は、明るく行動的な性格で、傍目にも順調なコースを歩いている人だ。せっかく挨拶に来てくれたのだから、新しい場所でこれまで以上に力を発揮してほしいと思う。健康で思う存分働くことができる日々は、そう長くはないのだから。異動の挨拶と併せて、退職の挨拶のために歩いている人もいる。十数年前に会ったときにはまだ若々しさがあった方々も、さすがに退職の年齢ともなるとそれなりの年齢を漂わせる風貌になっている。そうした方々も、若さを漂わせていたころには、退職する日のことは考えもしなかったことだろう。過ぎた時間を取り戻すことはできない。そして、時間は無情に過ぎていく。
午後6時から、札幌グランドホテル1階の「グランシェフ」で開催された職場の歓送迎会に出席する。午後8時に三々五々散会したが、残った8人でホテル内のバー「キャラベル」へ足を運び二次会に出席する。割と少人数だったので、じっくり話しをすることができた。
午後10時過ぎに散会して、帰路に着いた。
5月30日(水)
今日は、薄曇りで肌寒い一日だった。ただし、それ程寒いわけではなく、この時期にしてはむしろさわやかで過ごしやすい一日だった。
今日は、引越の準備や出張のため不在の人が多く、自分の仕事はそっちのけで普段やりつけない事務の対応に追われた。いちいち根拠を調べる必要があるため時間がかかるが、良い勉強にはなる。
夕方、S大学短期大学部のS教授が訪ねてきた。今年9月に手稲金山にオープンする「子ども総合医療・療育センター」を、正式にオープンする前に施設見学させてほしいとのことで、担当のセクションに案内し打合せを行った。S教授は、この春まで別の大学にいたのだが、事情があって現在の学校に移っている。そのときの事情を聞くと、大学というのも必ずしも居心地の良い場所ではないことが分かる。
午後11時過ぎまで残業し、当面する仕事を片付けた。
5月29日(火) 職場グループの送別会
今日は朝から気温が上がり、昼休みに外に出ると、歩いているだけでじっとりと汗がにじみ出るほどの陽気だった。
6月1日付けで転出する職員の仕事を引き継ぐことになったので、その処理に追われているうちに時間が過ぎてしまう。入り組んだものが多いため、なかなか簡単に処理し切れない。結局、今日のところは時間切れとなり、問題をさらに整理して対応することになった。
午後6時から、「花ごころ」北3条店(北3西3)で職場グループの送別会を開催する。税込み3千円という安さだが、落ち着いた個室が用意され、十分に満足のいく内容だった。午後8時に散会したが、主賓の二人が引越の準備などで忙殺されていて時間がとれないため、今夜の送別会は一次会だけで終えて散会した。
5月28日(月)
朝4時ころ一度目覚めて外を見ると、既に薄明るくなっている。あと1ヶ月もすれば夏至なのだから、日が長くなってきているのは間違いない。
本日正午過ぎに松岡農林水産大臣が、議員宿舎で首つり自殺した。政治金を巡る黒い噂の絶えない人物だったが、最近その実態が次々と暴き出されて逃げ切れないと観念したのだろうが、それにしてもいきなり自殺するとは、悪どさだけが目立つ人物だっただけに意外だった。彼は自殺することによって、何から逃れようとしたのだろうか?
帰宅後郵便受けを開くと、「福祉住環境コーディネーター検定試験」の受験料振込用紙が届いていた。6月3日(日)までにコンビニなどで入金する必要があり、それまでに受験料6,300円を振り込まないと受験できないことになる。今回本当に受験するかどうか、まだ迷っている部分もあるので、実際に受験料を振り込むかどうかぎりぎりまで悩むことになりそうだ。
5月27日(日) 武士の一分
寝だめができないことは分かっているのだが、来週末は北海道自治体学会の総会&政策シンポジウムがあってゆっくりできないため、今日はゆっくり骨休めをしようと思う。昼過ぎまで、特に何をすることもなく過ごした。
午後5時15分から、蠍座で「武士の一分」を見る。「たそがれ清兵衛」、「蝉時雨」に続く藤沢周平作品第3弾で、慎ましく生きる下級武士の生き様を描いた作品である。主人公を襲う悲劇、藩の有力者との確執。それらの問題を最後に解決するのは、主人公に備わった抜群の剣術・・・という構成は同じだが、どの作品にも新鮮な感動を覚える。特に今回の作品は、主人公が盲目になることで、悲劇性が一段と高まっている。
その後、『福祉住環境コーディネーター検定試験2級』テキストを読んでいるうちに、午後11時を過ぎてしまった。2年前に改訂前のテキストを買って勉強をはじめようとしたときは、まったくテキストを読む気になれなかったのだが、今回は興味深く読むことができる。テキストに書かれている内容が、これまでの仕事の中で関わってきたことが多いので、ピンとくるようになったからだと思う。
5月26日(土)
寝不足気味だが、今日も朝6時半に起床する。『頭がよい人の快眠生活術』によれば、日ごろ睡眠不足だからと言って休みの日に寝だめをしようとすると、生活のリズムが乱れて、疲れが抜けないばかりか、かえって体がだるくて眠気が抜けない状態になるものだそうだ。
今日から、『福祉住環境コーディネーター検定試験2級』のテキストを読み始める。今年から、テキストが改訂され、500ページ余りとかなりぶ厚くなった。改訂前のテキストも買っていたが、いつか目を通そうと思いながらその気になれず、結局一度も目を通さないうちにテキストが改訂されてしまった。7月8日(日)に試験があるので、早いうちに一通り目を通して、あとはポイントを絞って読み込もうと思う。
5月25日(金) オーガニックワインを楽しむ会
今日は朝から薄曇りで、肌寒い一日だった。
残業と飲み会で毎日就寝時間が遅くなり、週末の休みが待ち遠しく思いながら過ごした一日だった。
午後6時半から、エコロジー&オーガニックカフェ食堂「ACAJOE(アカジョー)」(北4西11)で開催された、「地球温暖化を学びフランス産オーガニックワインを楽しむ会」に出席する。参加した12名のメンバーは大半が30代で、職場のメンバーによる学習会にもようやく世代交代の浪が来ていることを感じた。
これから週末の二日間は特に用事もなく、自由に過ごすことができる。来週末は北海道自治体学会の総会&政策シンポジウムがあって忙殺されるため、明日から二日間はせいぜい息抜きをしようと思う。
5月24日(木) S教頭を交えてF氏の送別会
今日は朝から良い天気だった。いつものとおり入浴して、汗を流してから出勤した。
昨夜は、午前1時半過ぎに帰宅してすぐに寝たが、睡眠不足で辛い。ただ、急ぎの仕事が次々と入ってきたため、眠さを感じる暇もなく過ぎた一日だった。
今日と明日の2日間、K市立K小学校のS教頭が新任教頭研修のため来札しているため、6月1日付けで異動するFさんを交えて送別会を開催した。会場は、F氏の希望により「ととと アスティ45店」となった。今朝1時半までK氏と飲んでいた店なので、朝から晩まで同じ店で飲んでいたような気持ちになる。
午後9時近くに散会して帰宅したが、それほど酔っていなかったので、メールに返事を書いたり、ブログを更新したりしているうちに時間が経ち、就寝時間は午前0時を過ぎていた。
5月23日(水) 午前1時半まで飲む
昨夜も午後11時過ぎに帰宅後、メールチェックをして返事を書いたりしているうちに午前2時近くになってしまった。いつものとおり午前6時半に起床して、入浴してから出勤したが、睡眠不足が続いているためスッキリしない。それでも、出勤後はいろいろな調査物への対応などがあって、割と慌ただしく時間が過ぎた一日だった。
昼休みに、北海道NPOサポートセンターに足を運び、昨日2名の監事から押印してもらった2006年度監査報告のコピーを届けた。
春先から気温の上がらない日が続いたが、今日は朝から良く晴れて気温がぐんぐん上がり、初夏を思わせる陽気となった。
今日も仕事を片付けるために残業となったが、昨日も一昨日も就寝が午前2時となった上に、明日も明後日も飲み会が入っているため、今日は早めに切り上げるつもりだった。ところが、思いがけない事情で、午後11時半から「ととと アスティ45店」で同僚のK氏と飲むことになった。午前1時半にオーダーストップとなったところで切り上げ、冷たい夜風が吹く中を歩いて帰った。
5月22日(火) 北海道自治体学会会計監査、DO!21例会
昨夜は午前0時半ころ帰宅し、メールチェックなどをしているうちに時間が過ぎ、就寝したのは午前2時近くになってからである。朝6時半に起床して一風呂浴びたが、流石に寝覚めがスッキリとはいかない。全体的に時間が押して、慌ただしい出勤となり、ロッカーを利用してクリーニングを出すときに、注文票を入れ忘れてしまった。
午後5時45分から、ポールスター1階のラウンジで、北海道自治体学会の2006年度会計監査を受ける。監事は、札幌市役所のT氏と北海道町村会のK氏である。監査が終了して印鑑をもらってから、6月2日(土)の総会の席上、T氏に監査報告をしていただくことを約束して散会した。
その足で、かでる2.7の6階にある学習室Aに足を運び、DO!21の例会に出席する。講師は北海道運輸局企画観光部国際観光課のM氏で、「スキーに関する海外プロモーションと地域のスキー場の活性化について」をテーマとして、海外からのスキー客の誘致戦略にについてお話しをうかがった。午後8時半ころ例会が終了してから、炭火焼き鳥「八方」で開催された懇親会に出席する。今夜の懇親会は、6月1日付けでE市に派遣されるY氏の送別会を兼ねたものとなった。
午後11時ころ散会し、帰路に着いた。
5月21日(月)
週末はどんよりとした空模様で肌寒かったが、今日は一転して朝から良い天気となった。
北海道自治体学会の2006年度会計監査を受ける必要があるので、札幌市役所のT氏と北海道町村会のK氏に連絡を取り、明日の午後5時45分から、ホテルポールスター1階のロビーで待ち合わせることになった。ラウンジで監査を受け、6月2日(土)の総会で監査報告をしてもらうようお願いすることにする。
それ以外は、6月1日付けの異動で転出する人の仕事のフォローなどで残業となり、職場を出たときは午後11時半近くになっていた。6月1日付けの異動で稚内に引っ越すことになったF氏と、居酒屋「ととと」で軽く一杯やる。野幌から通勤していたころなら、終電が気になってとても飲んではいられなかったところだ。それでもF氏が東豊線の終電(午前0時14分)に間に合う時間に切り上げる必要があったため、午前0時過ぎに散会して、帰路に着いた。
5月20日(日) 蠍座で2作品を見る
今日も、朝から冷たい風が吹く肌寒い天気だった。
12時40分から蠍座で、「ある鉄道員の物語」を見る。1995年のイギリスが舞台で、国鉄の民営化により、競争原理の直中に放り出された保線区員の葛藤が描かれている。元々の労働環境や職業意識が違うので、わが国の国鉄民営化とは同一に捉えられないが、それまで親方日の丸的だった公的企業が民営化されるとき、その渦中にある労働者がある意味過酷な環境に置かれるということは、わが国でも同様だったはずである。
それに引き続いて、午後2時25分から「麦の穂をゆらす風」を見る。のどかな田園風景を想起させるタイトルからは、大きくかけ離れたシリアスな作品である。舞台は1920年のアイルランド。英国からの独立とそれに引き続いて勃発した内戦の中で、引き裂かれていく仲間や兄弟の悲劇が描かれている。
午後4時半ころ映画が終了してから帰宅し、大和ハウスの担当者を迎えて、登記費用などの前渡し分の差額を受け取るための書類に記名・押印する。登記費用やローン保証料が安く済んだため、その分を返してもらったに過ぎないが、思っていたよりは金額が大きく、少しだけローンの支払いの足しになった。
5月19日(土) 札チャレ報告会
今日は、朝から雨が降って、肌寒い天気だった。
映画でも見ようと、朝10時過ぎに蠍座に足を運ぶと、朝一番の上映にもかかわらず入場が順番待ちとなっていたので、明日以降出直すことにした。一時期は蠍座も閑散としていることがあったが、最近は固定客が増えたのか入場が順番待ちとなるほど混んでいることも少なくない。
午後1時半から、かでる8階の特別会議室で開催された、NPO法人札幌チャレンジドの「2006年度 札チャレ報告会」に出席する。2000年度にNPO法人としての活動がスタートして以降、順調に活動が拡大していること。ずっと単年度黒字が続いて500万円余りの剰余金が蓄積されていたが、2006年度は450万円の単独赤字を出し、それまでの蓄積をほぼ食いつぶしたことなど、K事務局長による1時間余りの報告で、活動の様子が目に見えるように実感できた。
夕張支援のため、「清水沢学園」で知的障がい者を対象に、パソコン教室を毎月2回のペースで開催しているそうで、活動内容の充実ぶりは目を見張るものがある。
5月18日(金) 北海道型福祉研究会
今日は朝からどんよりした曇り空で、出勤時には傘をさしている人も見かけられた。湿度が高いためか蒸し暑く、昼休みに屋外に出て少し早足で歩くと、じっとりと汗ばむほどだった。
午後6時から、「北海道型福祉研究会」に出席する。本年度の第1回目となる研究会は、今後の活動方針を決めただけで簡単に終わり、7時過ぎから「北の麩庵(きたのふあん)」大丸札幌店で6月1日付けの異動で稚内に転勤することになったF氏の送別会を行う。会席コースの中では一番安い「こでまり」と飲み放題のセットで、税込み4,200円だったが、湯葉・豆腐を中心とした会席コースは、内容がバラエティに富んでおり、とても満足した。豆腐や湯葉、麩を素材とする料理だと、歯ごたえが無くぼんやりした味を想像していたが、料理方法の工夫で、想像していたのとは全然違ったものに仕上がっている。
午後9時ころ散会し、地下通路を通って帰路に着いた。
5月17日(木)
良く晴れた昨朝とは一転して、今日はどんよりと曇って肌寒い朝を迎えた。毎年5月下旬は「ライラック祭り」だが、この時期は木々の梢に若葉が萌え出してもまだ肌寒いことが多い。「リラ冷え」という言葉は、この時期の季節感を上手く表していると思う。
昼休みに昨日とは違う某所に足を運び、情報提供を受ける。余り気の進まない話しだったので、丁重にお断りさせていただいた。昨日に引き続いて、今日も昼食を抜く結果となった。
今日は、午後3時過ぎに6月1日付け異動の内協議があった。先月、札幌に引っ越したばかりなので、「また引越をすることになったら面倒くさいな。」と思っていたが、今回は声がかからず引越の心配はしなくて済むことになった。
5月16日(水) 「天壇」で飲み会
今日は朝から良い天気で、出かけるときに「これほどの好天なら、傘は絶対にいらないな。」と思えるほどだった。青空の下を歩くのも良かったが、信号待ちの時間が惜しいので、いつものように地下通路を歩いて出勤した。
昼休みは、某所で東京から来た専門家と、あることについて話し合った。期待した以上のものではなかったが、日ごろ疑問に思っていることについて情報が得られ、まあまあ満足のいく内容だった。昼食を抜く結果となったが、それ以上に有意義な時間の過ごし方だったと思う。
終業時間後は、職場のメンバー7名で「天壇」(北5西5)へ。このメンバーが全員揃って飲む機会も、残すところ僅かである。午後8時ころ散会して帰路に着いた。「天壇」からマンションまでは、歩いて5分程度である。昼食を抜いたためかいつもより酔いがまわって、意識がやや朦朧とした状態でたどり着いた。いつも通りパソコンの画面を開いたものの居眠りをして、気が付くと椅子に座ったまま眠り込んでいた。
5月15日(火)
昨夜も、就寝したのは午前2時近くになってしまった。それでも、午前6時半には起床し、入浴して汗を流すとサッパリした気分になった。
年度開けからこれまでは、アッと言う間に過ぎてしまった。特に、3月17日(土)に新しいマンションの鍵を受け取り、4月15日(日)に引っ越してからも、引越荷物の片付けなどに時間がかかっていたので、そのときはハッキリと意識しなかったが精神的に疲労していたのだろう。最近になって、ようやく引越荷物も片づいて緊張がほぐれたせいか、集中力が高まったような気がしている。
今日は、条例改正に関して議会の会派説明や、知事公約を具体化するための概念図の作成などで慌ただしくしているうちに時間が過ぎてしまい自然な流れで残業となった。午後9時半過ぎに職場を出て、帰路に着いた。
5月14日(月)
昨夜は、北海道自治体学会の会計処理をしているうちにすっかり夜更かしして、就寝時間が午前2時近くになってしまった。いささか疲れが残った状態で、一週間がスタートした。
今週は、6月1日付け異動の内示があるはずなので、内輪の送別会などもはじまり、慌ただしくなることが予想される。残る半月はアッと言う間に過ぎてしまうはずなので、特に前半は仕事に集中したいと思っている。そんなわけで、今日は、新規事業のイメージ図を作成したりしているうちに午後10時近くになってしまった。その時点で残っていたのは私以外に2名であるが、一緒に仕事を切り上げて帰路に着いた。
マンション1階のローソンで買い物をしてから帰宅し、少しだけ引越荷物の片づけをする。今夜も読まない文庫本と使わなくなった辞書、古めのスーツを捨て、45リットル入りのゴミ袋一つ分のゴミを出した。これまで分別するのが面倒くさくて溜め込んでいたものについては、今回の引越を機会に思い切って捨てることができて良かったと思う。
私の場合、北海道自治体学会や未来セミナーの関係資料などをかなり保管しているので、その分場所を取っているが、それがなければ生活に欠かせないものというのは意外と少ないものだ。ビジネスホテルの部屋くらいの備品と身の回り用品があれば、それほど不自由なく暮らせるのではないかと思う。モノに縛られて精神的な自由が制約されるのがイヤなので、引越の際に荷物となる家具などは、当面、必要最小限に留めようかと思う。
5月13日(日) 北海道自治体学会運営委員会
午後1時から、北海学園大学6号館6階の法学研究室に足を運び、北海道自治体学会の運営委員会に出席する。昨日まで私が苦労して作った2006年度の決算案と2007年度の予算案が審議の中心になったが、最近は独演会を繰り広げるM氏も顔を見せないのできちんとした審議ができる。多少訂正は入ったが、これで6月2日(土)の総会本番を無事に迎えることができそうだ。
午後4時前に運営委員会が終了してから、北海学園大学1階の自販機コーナー前に置かれたテーブル席に着いて、6名で近況などについて話をする。午後5時ころ散会し、O町のHさんの車でJR札幌駅前まで送ってもらった。
帰宅後、北海道自治体学会の新年度の会計処理をしているうちに午後11時近くにまでかかってしまった。明日以降は、6月1日付異動の内示があるなど、慌しくなるので、ブログの更新やホームページの更新などを行っているうちに、日が改まってしまった。
5月12日(土)
ゴールデンウイーク中から本格的に引越し荷物の整理に取り組み、大まかな部分では片付いたのだが、まだ古びたものや使わないものがけっこう残っているので、この際徹底的に整理しておこうと思う。特に、文庫本は古くなると表紙がボロボロになったり、紙が変色して読みづらくなるので、希少なものを除いて処分しようと思う。
希少なものとは、岩波文庫の中でも『新島譲所感集』のように滅多に店頭に置いていないものや、『蟻の街の子供たち』のように、出版社が長崎市内の小さな会社で、普通の本屋には置いていないものである。
その他には、オーバーコートやスーツも古びたものは捨てることにしたので、今日も45リットルサイズのゴミ袋を2枚使ってゴミを部屋から出した。その他にも、エコーの冬靴がほとんど履かないうちに紐が傷んできたので、思い切って処分することにした。
5月11日(金)
最近ほとんど雨が降らないが、今日も朝から良く晴れた一日だった。
昼休みは、同僚のS氏と大丸8階レストラン街の「京花楼」で担々麺をいただいた。この店は、私には味付けが濃すぎる感じなのだが、担々麺に関してはちょうど良かった。
今日は早めに帰宅して、部屋の片づけを行う。主なものは昨日までに片付けたので、今日からは細々したものの整理に取り掛かった。さし当たって使い道はないのだが、なかなか捨てきれないものが幾つかある。例えば、これまでずっと、手帳を残しているのだが、それを今回廃棄すべきかどうか迷っている。今後中を開くこともなさそうだが、後になって、あの日あの頃何をしていたか記憶をたぐりたくなったときに、手帳が手元にないと記憶を呼び起こすことも難しいだろう。その他には、北方史関係の本は、今捨ててしまうと新しい本が手に入らないと思うので躊躇してしまう。
古びてきた衣類や鞄、使わない食器などもこの際捨ててしまおうと思っている。
5月10日(木)
引越荷物を整理して、死蔵している本や書類を片っ端から捨てることにしたため、これまで選別作業を続けていたが、昨夜ようやく一通り片づいた。本と書類、カセットテープ、賞状の入った筒・記念品、古着などを捨てた結果、段ボール箱が10箱ほど空になり、残ったのは電化製品の箱とデパートの紙袋くらいのものとなった。電化製品の箱は地下のロッカールームに入れ、デパートの紙袋を捨てれば、一部屋が丸々空くことになる。
残る大物は、3千枚近いコピー用紙だが、これもどこかのNPOに寄付しようと思う。かなり重たいので運ぶのが大変だが、エルプラザで受け渡しすることにすれば、何とかなるだろう。
職場の方でも、溜まった資料の置き場所がなくなり、作業効率が低下しているため、書類の片付けに取りかかる。横に積み重ねた資料の間に、不要な資料がはさまっているのでそれを取り除いたりしているうちに午後8時近くになった。
先週、ビッグハウスで徳用のゴミ袋30枚入りを購入したばかりであるが、ほとんど残っていないため、帰宅途中、マンション1階のローソンで10枚入りを購入した。それにしても、今回の引越では、45リットルサイズのゴミ袋を40枚以上使っている。捨てるしかない不要なものを、それだけ沢山溜め込んでいたわけで、思い切って捨てた後も惜しいという気持ちは少しも起こらない。今回の引越は、ちょうど良い機会だったと思う。
5月9日(水) オーダー・シャツを受け取り
昨夜は、帰宅後、北海道自治体学会の06年度決算と07年度予算の資料を作成し、就寝したのは午前2時近くになってからだ。流石に今朝は、6時半に目覚ましの音で一旦目を開いたものの、もう一度目をつぶって気が付くと午前7時近くになっていた。
昼休みに、アスティ45の1階にある「ととと」でランチをいただいた。以前「サッポロ・ライオン」だったころは、良く使っていたのだが、「ととと」に替わってからは足を運ぶことがなくなった。コロワイドグループの1店らしく内装は洒落ているが、最近似たような店が多いので、すぐに飽きてしまいそうだ。
帰宅途中、大丸6階のワイシャツ・オーダーコーナーで、ゴールデンウイーク前に注文しておいたシャツを受け取る。以前は、ヨーカドーなどで市販のワイシャツを買っていたが、大丸でオーダーシャツを作ってからはやめられなくなり、今ではすべてオーダーシャツである。毎日着るものなので、少しくらい高いものを買っても無駄にはならない。今回は2着作ったが、そのうち1着は定番の白ではなくライトグレーである。これは、たまに気分転換したいときに着るつもりである。
5月8日(火) 札幌チャレンジドに本を寄付
昨日は、荷物の片付けに夢中になって取り組み、すっかり夜更かしをしてしまった。朝起きて、燃えるゴミと燃えないゴミに分けた袋を見ると、12袋になっている。さらにもう少し捨てるものがあるから、最終的には20袋近く捨てることになりそうだ。ゴミ袋を搬出してしまえば、荷物は一番小さな一部屋に収まってしまう。片づけが終われば、とてもスッキリした気持ちになるだろうと思う。
昼休みに、NPO法人札幌チャレンジドに足を運び、『わたしたちの町の憲法』、『希望の国のエクソダス』など、NPO関係者が興味を持ちそうな本を中心に14冊寄付する。札幌チャレンジドをとおして、ほしい人に渡す仕組みである。本の整理を進めれば、もう少し不要な本が出ると思うので、もう一度寄付することになりそうだ。
部屋を片付けながら考えたのは、職場の机の回りももう少し片付けた方が作業の能率が上がるということだ。そこで、夕方から思い切って書類の片づけを始めた。これまで、つい乱雑に綴っていた書類も、きちんとファイルに綴っているうちに何とか一段落したころには、午後10時近くになっていた。その後、溜まっていた調査物の処理などをしているうちに午前0時を過ぎ、さすがに集中力が途切れたので帰宅した。終電を気にしないで済むので、それだけでも気が楽になった。
5月7日(月) 「北海ラーメン」で飲み会
朝6時半前に起床し、昨夜やり残した本の整理を行う。引越で運んできた本はすべて一通り点検を終え、不要な本が段ボール箱2つ分くらいになった。内容が古くなった旅行ガイドや岩波新書など、捨てるしかないものも多いが、中には『希望の国のエクソダス』(村上龍著)、『NPOデータブック』など、NPO関係者にとって役に立ちそうな本もあるので、これらはNPO法人札幌チャレンジドに寄付することにする。
本の片づけにも目処が付いたので、残る大物は賞状と記念品になった。平成4〜5年ころ、私は公募論文に応募し当選し続けた。当時はバブル崩壊直後であり、それまで打ち出されていた途方もない大規模開発をやめ、身の丈にあった現実的なものに切り替えるべきであるという主張が、当時としては少しだけ時代に先駆けていた点が評価されたのだと思う。しかしながら、当時も今も賞状や記念の置物などを飾りたいという気がしないので、今回きれいさっぱり捨ててしまおうと思う。
今日は午後3時過ぎから始まった打合せが長引いて、午後6時過ぎまでかかった。6時半職場を出て、同僚のKさん、Mさんと3人で「北海ラーメン」で軽く飲み会を行う。
帰宅後、引越荷物の片付けに取り組む。賞状の入ったワニ皮の筒と賞状、記念品の盾とブロンズ、カセットテープ、書籍の整理を一気に行い、ほとんどを燃えるゴミと燃えないゴミに分別してゴミ袋に入れることができた。昨日購入したパルプボードに、ざっと400冊余り本を並べたが、それ以外にも100冊以上未整理の本がある。一部は、NPO法人札幌チャレンジドに寄付するが、それでもかなりの冊数を捨てることになるだろう。
5月6日(日)
今日も、午前10時過ぎから荷物の片づけを行った。昨日までに分別したゴミは、ゴールデンウイーク後半は回収されずにゴミ回収ボックスに残っているため、今日はゴミを捨てることを諦め、本の整理を行う。マスターベッドルームの床を埋めている段ボール箱や、そこからはみだしたものの4分の1くらいは本である。これまで、引越の度に大量の本を処分してきたが、それでもかなりの本が残っており、本棚に並べているもののほか、段ボール箱に入れっぱなしのものが2〜3箱あった。
まずは本を収納するための棚が必要なので、ロフトで無印良品のパルプボードを4つ買ってきた。A4サイズ2段のもの2つと、A4サイズ3段のもの2つである。2回に分けて購入し、地下通路を使って運んだ。パルプボードを組み立てて、3段のものを下に、2段のものを上に積み上げ、その中に本を並べた。この作業が一段落したころには、午前0時を過ぎていた。
5月5日(土) こどもの日
今日は、10時過ぎから引越荷物の片づけを行う。衣類と紙類は昨日がピークで、今日はカセットテープ類を捨てることにした。カセットテープ類は、段ボール箱3箱分もある。中味は、2箱分が東欧やイスラエルを中心とする民族音楽のテープ。残りが、市販のミュージックテープと講演会の記録用テープである。市販のミュージックテープのうち、タンゴやオペラなど取っておく価値を感じるもの以外は捨てることとし、ケースから取り出して、ケースはプラスチックゴミ、テープ本体は燃えないゴミに分別した。この作業には意外と時間がかかり、今日のところは全体の半分で作業をやめた。
時間がかかった理由の一つは、ブルガリアやハンガリー、ルーマニアなどの民族音楽テープは今回捨ててしまうともう一度集めることが難しいと思われたためである。しかしながら、これらのテープを今後じっくり聴く機会もないだろうと考え、思い切って捨てることにした。
5月4日(金) みどりの日
昼過ぎから引越荷物の片づけを行う。メインベッドルームの床を埋める段ボール箱や買い物袋に詰め込んだ荷物を開いて中を見ると、これまで長い間放っておいて特に不自由しなかっただけあって、ほとんど不要なものだらけである。
燃えるゴミと燃えないゴミに分けてゴミ袋に入れると、燃えるゴミの方は衣類と紙切れで4袋が一杯になった。ただ、本の中には、久々に読んでみたいと思うものもあった。『ぐうたら生活入門』(遠藤周作著)、『学生に与う』(河合栄治郎著)などである。特に、『ぐうたら生活入門』は面白く、荷物の片づけが一段落してから読み始め、すっかり夜更かししてしまった。また、河合栄治郎氏は、1938年に『ファッシズム批判』が発禁処分とされ、39年に東大を休職処分とされた政治学者である。自由な言論が封殺されていた時代に、堂々と自由主義の論陣を張った河合栄治郎氏の著作からは、今日でも色あせない普遍性が伝わってくる。
5月3日(木) 憲法記念日
連休後半の一日目は、あいにくの空模様だった。
今日も朝から部屋の掃除をする。昼間は仕事に出ているため、あまり部屋にいないのだが、それでも部屋のスミに綿ぼこりが溜まっていたりするのだから、人が暮らすとそれに応じてゴミが出るのだということを痛感する。こまめに掃除をしないと、アッと言う間に汚くなりそうなので、今朝も窓を開け放って空気を入れ換えたり、くまなく掃除機をかけたりした。
その後ロフトで、無印良品のクローゼットケース(深さ30cm)を購入する。その中に、これまでクローゼット内を占領していた冬物衣類をできるだけ収めたところ、ずいぶんスッキリした。これまでスーツの数を正確に知らなかったのだが、この度初めて数えると10着だった。1着はシャルマン製だが、残りはすべて大丸6階の紳士服売り場でオーダーメイドしたものである。『サラリーマンダンディー学』(林邦雄著)によれば、スーツは大体5年で型が古くなるので、3〜5年で買い換えるのが良いという。2003年3月に大丸がオープンしてからオーダーしたスーツなので、これから順次買い換えていきたい。シャルマン製のスーツも、同じころオーダーしたものなので、今月中に処分することとしたい。
本を片付けていると、『黒パン俘虜記』(胡桃沢耕史著)が見つかったので、読んでいるうちに午前2時になった。著者が満州で終戦を向かえ、モンゴルで2年半俘虜生活を送った経験談のようだが、明らかに虚構と思われる点が多く、後味の悪い作品だった。
5月2日(水)
朝、出勤時にエレベーターで1階に降りると、傘を差して歩いている人の姿が見えた。傘を差すか差さないか、人によって判断が違う程度の小雨が降っていた。もう一度引き返すのが面倒くさく、そのまま地下通路を通って出勤した。職場の近くで屋外に出ると、雨足が強くなっており、傘を持たずに出たことを一寸後悔した。
今日は連休の間に挟まった平日なので、休暇中の人も多い。ただ、連休明けに発送する印刷物(3千5百部)の丁合とホチキス止めの作業があり、ほぼ一日中その作業にかかっていた。一連の作業を終えたころには、午後5時近くになった。日中は予定外の作業に時間を取られたため、少しだけ残業となり、作業に目処を付けて職場を出たころには、午後7時近くになっていた。
5月1日(火)
今日は朝から薄曇りで、冷たい風が吹いていた。快適に外出できるような日ではなく、休日であればもったいなかったが、幸か不幸か今日は出勤していたので関係なく過ごした。
帰宅後、エアーエッジでインターネットにアクセスしようとすると、ネットワークエラーのメッセージが出て接続できない。同じようなことはこれまで何度もあったので、今回もしばらく待てば回復するかと思ったが一向に直る気配がない。よく考えると、今日は5月1日なのでプロバイダ契約が先月と変わっているのではないかと気づいた。エアーエッジが使えないと、これまでのようにパソコンを持ち運んでインターネットやメールを使うことができなくなるため、明日以降対策を考えることにした。