奈良 済美地区社会福祉協議会
第383回

2004年9月のご案内


日 時

9月12日(日) 午前7時50分 近鉄奈良駅地下集合

コース

奈良8:18発(近鉄京都行急行)--京都バスB1(9西加茂車庫行)ーー堀川鞍馬口・・歩く・・小野篁・紫式部墓・・・・玄武神社・・・若宮神社・・・五条橋(御所橋)址・弁慶腰掛石・常盤井・衣懸塚・・・建勳神社・・・上品蓮台寺・・・今宮神社・・・大徳寺・・・雲林院・・・大徳寺前(バス停)ーー京都駅(近鉄)ーー奈良

費 用

運賃 奈良〜(近鉄)〜京都610円(往復1,220円) 京都駅〜(バス)〜堀川鞍馬口220円 大徳寺前〜(バス)〜京都駅220円                                 計1、660円

      

歩行距離

2,5Km 

食 事

小食堂2・3軒あり・売店ありません 弁当の方公園で・飲物十二分にお持ち下さい 暑さで汗がでますので咽が渇きます 雨の日はお弁当の場所ありません


小野篁(タカムラ)・紫式部墓

右 篁・左 式部の墓 傍らに「参議小野公・塋域碑(エイイキヒ)あり

玄武神社(ゲンブ)

文徳天皇の皇子 惟喬親王を祀る、王城北方の鎮護社、玄武とは北方角、青竜・白虎・朱雀と並ぶ鎮護神の一つ 姿は亀と蛇のまつわる神

若宮神社

八幡の石清水八幡宮(本社)の若宮として清和天皇を祀る。源光の屋敷址で邸内に祀られた鎮守社

弁慶の腰掛石

牛若と弁慶が戦った五条(御所)橋址・常磐井・衣懸塚がある。

建勳神社

明治天皇が信長の忠誠偉勲を追彰し、明治3年山形県天童(信長の出生地)に祭祀、5年後船岡山麓に移し、その後山上に遷座、子信忠を併祀、船岡山麓に天皇・内親王の火葬場(塚)が散在する。昔この辺は紫野という荒野であつたので化野、鳥辺野同様墓地や小墳また死人の捨場であつたようです。

上品蓮台寺(ジョウホンレンダイジ)

 また「九品三味院」ともいう

昔大寺で子院12坊1塔頭あつたことから十二坊ともいう、聖徳太子の開基、宇陀法皇の再興、住職が香隆寺の住職と兼務していたので香隆寺とも云い、その後寺は当寺に合併されて香隆寺は、今はない。  (源頼光朝臣塚)は墓地内椋の木の下にあり、離れて2,5Mの高さの五輪塔は弘法隊大師の母阿刀氏の供養塔である・

 

今宮神社

大国主・事代主・稲田姫・すさのおの尊を祀る。 昔疫病を攘うため京の四隅に疫神を祀った。この社は北郊に創祀されたものであろうと云われる。天下に疫病流行度に大ご霊会が行なわれた。

(末社)織姫社、月読社、地主神社又弁天社「宗像社」の台石に鯰の彫刻が珍しい。

○ あぶり餅屋二軒向かい合って客取り競っているのが面白い。

大徳寺

約700年前大灯国師妙超の縁者が妙超に帰依し、紫野に一小院を建立寄進、妙超は「大徳」と号した。 その後皇室の帰依もあり、南禅寺と並び禅宗五山の上位に列せられた。 一休和尚の寺として知られる。 方丈庭園は、禅院式枯山水の庭 また24院と1つの塔頭の庭園も名園として知られる。

雲林院 淳和天皇の離宮、紫野院が後に寺院となり当時は大寺であったが一時衰微し大徳寺がその後に創建された時、観音童のみが再建された。小寺乍ら古刹の一つに数えられている。従って今は小堂のみを有する小寺である。謡曲「雲林院」の舞台となっている。

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