奈良 済美地区社会福祉協議会
第519回

1月せいび歩こう会

新年明けましておめでとうございます。今年も元気でご参加下さい。変わらないご支援、御交誼お願いします。


日 時

1月6日(水)午前8時45分 JR奈良駅2階改札口前 集合

コース

奈良 9 : 07 発=(JR)=京終 9 : 10 発=長柄…(歩く)…天理教教祖誕生殿(拝見)…長柄=天理…天理教本部――廊下(教祖殿)(祖霊殿)――お節場にておせちを頂きます・(幾杯でもお代わりを、ただしお餅の持ち帰りは厳禁です。注意を受けないように) 

※食後解散(食事終わられた方から、ご自由にお帰り下さい)
費用

交通費590円 

   奈良(京終)〜 240 円〜長柄〜 140 円〜天理〜 210 円〜(京終)奈良

        ※天理から近鉄線でお帰りの方はご自由にして下さい。

教祖誕生殿

天理教教祖「中山みき」の生家。この辺りは伊勢の国・津(伊賀上野)の城主藤堂家の領地。中山家はその無足人(禄無し)で名字帯刀を許された家柄で大庄屋。郡代や代官と同様、村長で権力と地位があった。住居は藁葺屋根で?(うだつ)のあがった大和棟、棟の両端に鳩瓦、それは大庄屋であることを意味する印。表門内右側に下男部屋、左側は女中部屋。みき様の勉強部屋は本屋に付属した本蔵の横、四畳半、本屋はこの部屋と六畳の部屋が四部屋と、もう一部屋四畳半の部屋がある。炊事場の「かまど」は七つ。これは余程の格式のある家と云われる。倉は米・味噌・農具・肥料・綿・醤油等七つ倉。裏側には離れ屋があり、一時、長男分家(長男に子が無かったため分家し、次男に家督を譲った)が住んだが、後、子が出来たので本家に戻った。現在この誕生殿は保存建造物とし、中山家はこの屋敷の南側に三昧田(さんまいでん)大教会とそれに付随して住居がある。

天理教本部

江戸時代天保9年 178 年前、中山みきが神の教えを説かれたのが始め。世間からは勿論、お上(警察)からも迫害を受け、その困難に耐え、漸く認められ、今日では、国内はもとより世界各国に教えが広まり、世界中に大教会始め、分教会や布教所がある。

(神殿)天理王の神が鎮まる所。中央、天(あめ)の露降る所。神霊の宿る所。そこには神露(かんろ)台がある。その神の鎮まる所に向かい四方より拝する型となっていて、四方に日夜 24 時間中、 30 分交代で本部員が韓露台に向かって座します。

(教祖殿)神祖殿ともいう。教祖中山みきの鎮まる所。

(祖霊殿)天理教代々の神柱(眞柱)とその奥様が中央の社に、その右側は本部役員、左側に各大教会の会長の霊が鎮まります。

(お廊下)本部建物を連携、昇降口各所に世話人が奉仕「お帰りなさい」と声を掛けて挨拶、帰ってこられた方の履物の汚れを落とし下駄箱へ、廊下は渡る毎に乾いた布で拭く(己の心を磨く)、各所に在る便所も同様、障子も板戸も常に心して拭くことを心得て行動する。

天理の地は神のお地場、従って街路の清掃が行き届いているのには頭が下がる思いです。


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