[PEACH PIECE-ピーチ・ピース]




 第一章 サンフレッチェ


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 初夏にもなると、昼の領域が夜の闇のそれよりも勢力が大きくなる。騒ぎは地上が闇から次第に光の世界が支配するかという頃に発生した。
 関所への不逞なる輩―――桃太郎と英華のことである―――が、鬼どもが交代のためにねぐらへ戻るところを急襲したのである。
 やや短めの太刀を縦横に振り回しながら、桃太郎は油断しきった鬼どもの中へ突入した。すぐ後ろには、妖術使いの少女が続いている。
 朝の陽光にきらめく太刀を手に、桃太郎は死の舞を踊り続ける。そして、英華の妖術が無形の刃が鬼の頸部を両断する。
 決して後ろは振り向かない。彼らは一歩ずつ確実に前進し、決して後退することはなかった。もはやふたりが力尽きるか、鬼どもが全滅するかのどちらかしかないようだと、騒ぎを聞きつけたニシヤマは思った。
 ニシヤマの指示で、関所に駐留するしている鬼達を全員集めさせ、生きた防壁にする。彼らを止めるにはその方法しかないように思われた。そして、その考えは正しく、次第次第に桃太郎と英華は防戦一方になっていった。数で勝る鬼どもの前に、勝敗が決するのは時間の問題であるように思われた。
 「頑張って! あと五十匹よ!!」
 かろうじて桃太郎は、目前に立ちはだかる鬼の右腕を斬り飛ばした。鬼は苦痛に顔を歪ませながら地面に這いつくばる。
 桃太郎の全身は返り血で真っ赤に染まっていた。目立った怪我はないが、荒い息をつき、斬撃の速度も確実に落ちていた。
 ……くそっ、ここで終わってしまうのか。
 既に三十匹以上の鬼を斬り倒したが、それでも相手はひるまずに向かって来る。生まれて初めて、桃太郎は自分の実力の限界を知った。そして、このままでは敗北するだろうということも感じていた。このまま死ぬことになるのだろうか……漠然と、彼は思った。
 「殺してしまうには惜しい奴らだが……」
 ニシヤマのその科白は勝者の驕りでしかなかったが、彼の言葉通り、もはや戦いの趨勢は明らかであった。
 彼はとどめを刺すべく、傍に控えていた無傷の鬼達に命令した。
 その時である。重々しい音を立てて関所の門がゆっくりと開き始めた。門の向こう側には、数十人の集団が立っており、彼らの姿は朝の陽光を浴びてまばゆく輝いているように見える。
 鬼どもは、驚き、桃太郎達への攻撃を忘れてぽかんと門の方を見ている。
 桃太郎と英華のふたりは、集団の中に見知った顔を見つけて歓喜の声を上げた。
 「亥猿勇、来てくれたのか!! 助かったよ!」
 「ふたりとも遅いじゃないか。仕方ないから、助けに来てやったぞ」
 亥猿勇は腕を組んで、格好の良い英雄気分を満喫しているようにも見えたが、そんなことはふたりにはどうでも良かった。
 「みんな、行くぞ! あのふたりを助け出すんだ!!」
 彼は仲間らしい数十人の人間達に声をかけた。彼らは異国人のようで、髪の色も茶色あり、金髪ありと様々である。身の丈も平均的なヤポン人よりも多少高く、亥猿勇の姿はまるで子供のようにも見えた。
 「くそっ! あいつらを止めろ!!」
 すでに九分方の勝利を手中にしたはずのニシヤマは舌打ちした。とんだ計算違いが生じたものである。ブロンズ国の人間に鬼が危害を加えた事が知れると、外交問題になりかねないが、この際は仕方がなかった。
 亥猿勇を先頭にして、集団は鬼どもの中に突入した。またたく間に桃太郎と英華のところへと肉薄する。中でも目立ったのは、一見、すらりとした容姿ながら巨大な剣を軽々と打ち振るっている若者である。
 若者は鬼の集団くさびを打ち込む役割を果たし、その間に亥猿勇といまひとり、巨体に棍棒を持った大男がへたり込んでいる桃太郎と英華のふたりを乱刃の中から引っ張り出した。
 「よし、逃げ出すぞ!!」
 大男が高らかに宣言すると、集団は潮が引くように門の外へと退却して行った。
 後には、数十もの鬼の死体と呆然とした表情にふけるニシヤマ以下、生き残った鬼達が残された。
 ……「勇者」達は、無事、国境を通過せり……。

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PEACH PIECE 第一章 完
タケスィー先生の次回作にご期待ください。



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