[PEACH PIECE-ピーチ・ピース]




 第一章 サンフレッチェ


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 騎兵隊の約半数を失ったという報告を聞いても、ヤポンの国王、角松宮琴経(かどまつのみや ことつね)はまったく動じていないように侍大将の仰木矢雲(おおぎ やくも)には見えたが、軽く首を振ってそれを否定した。
 ……上様は、幼少の頃よりこうであった。超然というより、事態の重大さが理解できていないのだ……。
 仰木は今年で三十四歳。均整の取れた顔立ちに長身、鋭い眼光を有する壮年の男である。五年前から現在の地位にあったが、そのために前線に出られなくなってしまい、それまで互角に戦っていた鬼どもとの戦いも、最近では苦杯を舐めさせられる事が多くなっていた。
 今日、宮中に参内したのも、前日のホライズン長壁付近で完敗した戦の詳しい報告をするためなのである。
 琴経は黙ってその報告を聞いていた。しかし、側近の小姓達の見たところでは、どう見ても眠っていたようにしか見えなかったという……。
 「ヤポンの国はどうなってしまうのだろう? 今まで何十年も続いて来たとはいえ、これからも続くとは限らないのだが……」
 彼には、もう一つ悩みがあった。  勇者達のことである。彼自身はこの計画に反対し、ひたすら軍備の再編と増強を訴え続けてきた。  ―――ケンジュツは結構だ。しかし、有能な指揮官を育成し、集団戦闘ができる近代的な軍隊を作らねば、ヤポンの未来はないであろう。
 そのような考えを持つ彼にとって、勇者探しなど何の興味も持てなかった。そのうえ、彼ら勇者達を援護しようとしたために、みすみす一万もの騎兵を失ってしまったのである。
 今、彼は、国の最高執政官である老中、不破忠盛(ふわ ただもり)の執務室へと向かっていた。
 彼こそが「勇者計画」の立案者であった。  「もう一度、新たな勇者を探すなど、お止めしなくてはならぬ」  すでに出発した三人の勇者達に続いて、敵の本拠地に潜入させる勇者を再び探し出すという計画を知った仰木は憤慨した。それよりも政の担当者には経済を発展させ、外交を計画し、より強い国を作る義務があるはずである。  侍大将は威勢良く不破の執務室の前にいる守衛に用件を伝えた。近くにいた数人の小間使いや女中達が思わず驚きの視線を向ける。
 やがて入室が許可されると、仰木はひとつ咳払いをして中に入って行った。
 ほどなく激論が始まった。
 数刻が経ち、やがて執務室のふすまが開かれる。いささか疲労した表情でふすまを閉ざした侍大将は力なく歩き出した。
 正面から勇者計画の反対を唱える仰木に対して、老中は、のらりくらりと彼の攻撃をかわし続けた。
 そして最後にこう言い放った。  「我が国が誇る騎兵部隊が敗れたのだ。もうこれ以外に方法はない」
 この一言は、軍隊の指導者である仰木にはこたえた。事実をつきつけられると、反論のしようがなかったのである。
 「ふん! 勝手にするがいい! 俺も俺で強力な軍隊をつくってやる。見ていろよ!」
 まだ若いヤポンの侍大将は、不破に対して言い放つと同時に心の中で強く宣言した。
 無論、それは、彼にとっても夢物語でしかなかったが、そうでも言わないと心が折れてしまいそうだからであった……。

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