[PEACH PIECE-ピーチ・ピース]




 序章


 季節は夏。
 ある暑い日に「壁」は築かれた。
 史上最強の軍隊であったはずのヤポン軍の騎兵部隊は、ただ、茫然とそのさまを見守るだけであった。
 ヤポン国は、数千年の歴史を有する君主国家である。大陸からは、ちょうど、ひょうたんの実がぶらさがるような形でつながっており、その境界部分を重点的に管理しておくことにより、独自の文化様式を発展させることに成功した。
 この国は、建国時から永き間に渡って、ショウグンと呼ばれる一族が支配を続けてきた。無論、英名な君主が誕生することもあれば、暗愚な君主により内乱が発生したこともあるが、「ケンジュツ」という独自の武術を持つ軍隊と、どちらかといえば、温厚従順な民衆のため、さして大きな破綻も見せず、大方、平和の中にあったといえよう。
 しかし、その平和も「鬼族」の出現によって、もろくも打ち破られた。
 「鬼」は、一説には、ヤポン国に生息するカッパやテングといった妖怪怪物と、人間との混血によって生まれたといわれているが、真相は不明である。しかし、いつだか、突如として出現し、年々数を増してくる鬼族は、人々を襲い、農作物を略奪したりと国中を荒らして回るようになった。
 やがて、鬼たちが徒党を組み、人々を支配するようになるのには、それほど時間はかからなかった。
 人間よりふたまわりも大きな身体、頭に生やした角、赤と黒と二種類に代表される肌の色、爛々と輝く大きな目玉……。ヤポン国の民衆にとって、鬼どもは、人の形をした災厄であった。
 無論、鬼族の支配に抵抗する人々も少なからず存在し、いくつかの武勇伝も生まれたが、大勢を覆すには至らず、鬼族の勢力は拡大する一方であった。ヤポン国の軍隊も、鬼族との間に幾度となく戦端を開いたが、鬼どもの狡猾な集団戦法の前に、個人的な武勇に重きを置く「ケンジュツ」は、あまり役に立たず、敗走を繰り返した。
 そして、五十年前、形ばかりの威力偵察を行ったヤポン国騎兵部隊は、遠目に、巨大かつ広大な「壁」を見た。
 ヤポン国を南北真っ二つに分断する、この「壁」の完成をもって、旧ヤポン国の北半分を有する国家、「鬼共和国」が誕生した。この新国家は、鬼族の頭目、「アリシュエシド」によって統治されることとなった。
 かろうじて、半島の南半分を守ったヤポン国は、大陸側国家に援助を求めたが、何の見返りも期待できぬ国家に彼らは見向きすらしなかった。それどころか、鬼共和国の建国式典に国王が参加する国まで出て、数千年の歴史を有するヤポン国の名は地に堕ちた……。野盗の群れから始まった鬼どもの集団は、国家としての体裁を整えるに至ったのである。
 ヤポン国に残された南側半分の土地は、元々、農業には向いていなかったため、とても貧しく、勢力拡大に対し貪欲な鬼どもですら、支配を避けたほどであった。それだけに、ヤポン国の人々は、鬼と自らの無力さを呪いつつ、貧しい生活に耐える日々が続き、現在に至っている。
 ところで、「壁」の建設当時、ヤポンの騎兵部隊にいた若者と、後方の糧食部隊に駆り出された町娘が出会い、やがて結ばれる。貧しさと苦労を共有し、子宝に恵まれない不幸を背負いながらも、五十年の歳月を共にすることになる。
 伝説は、この老夫婦の奇妙な体験から始まるのであった……。

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