太陽の警察ミニ・ノベル3「間奏曲」CHAPTER-1 「黒い空」新宿は、犯罪の多い街として有名だが、時には今日のように全くの事件日照りの日もあ る。 俺は、久しぶりの自由を夢の世界で味わっていた。 「タカさーん、差し入れです」 と、俺の後輩の春日秀憲、通称ルガ-が、相変わらず元気にコーヒーを運んできた。奴 も俺とコンビを組んでいる以上、暇な筈なのだが、全くそう見えないのはなぜだろうか? 「そりゃあ、先輩から見れば、誰でも働き者に見えますよ」 俺は、声を立てずに笑い、ルガーの差し出したコーヒーカップを受け取った。 「ところで、ボスはどうしたんだ?」 「前の事件の後始末です。柳沢の遺族の所へ行っていると・・・」 そう言うと、ルガーの顔がわずかに曇った。無理もない。その事件でルガーの弟が命を 落としているのだ。あれから一週間が経ったたとはいえ、心の傷が癒えるにはまだ時間が 必要なようだ。 ルガーは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、近くの窓から外の風景を眺めている。 「これは、一雨来るかもしれませんね・・・」 不安げに空を見上げる後輩を見ながら、俺は、言ってやるべき言葉の一つさえも思い浮 かべることができずにいた・・・。
CHAPTER-2 「射撃場」二日後・・・。 いつも通り、30分遅刻した俺は、ボスに言われて、射撃場にいるルガーを呼び戻しに行 った。 人型の射的が、銃声とともにその原型を破壊されていく。最後の一発を脳天にブチ込む と、俺に気づいたのか、こちらを振り返った。 「いい腕だ、ルガー。ダーティーハリーも真っ青だぜ」 俺は、頼もしい後輩のもとへ歩みよった。しかし、ルガーは、再び拳銃を構え、新たな 射的に穴を穿ち始めた。たちこめる硝煙の匂いが、鼻腔を刺激する。 「ちくしょう、俺も何だか燃えてきたぜ!」 俺は、ボスの言いつけもすっかり忘れ、ルガーの隣に立って拳銃を構えると、狙いを定 めてトリガーを引いた。しかし、六発の銃弾は、俺の期待を裏切り、あてのない散歩に出 掛けてしまったようだ。 「ふん、刑事は拳銃の腕だけじゃないさ。お前も覚えとけよ、ルガー」 「わかりました。何でも教えてください、先輩」 「あっ、ああ。俺にまかせておけ」 このように、殊勝で真面目な事が奴の美点なのだが、俺の調子が狂うこともしょっちゅ うだ。 一体、ボスがなぜ俺とコンビを組ませたか、疑問に思う事もある。 「おっと、それから思い出した。ルガー、ボスが呼んでるぜ」 「その、『思い出した』ということは、かなり前の事ですね?」 「察しがいいな、コロンボも真っ青だぜ」 慌てて出て行く後輩を見送りながら、俺は、一人、うんうんと頷いていた。 CHAPTER-3 「スナック・ライラック(前編)」ネオンの眩しい歌舞伎町は、俺の仕事の疲れを癒してくれる。 「タカさん、なんで俺を誘うんですか?」 と、ルガーが戸惑ったように言った。呼び込みの兄ちゃんの声が至る所に響いている。 「お前が言ったはずだぜ、『何でも教えて下さい』とな」 靖国通りから少し離れた裏通りに、俺が目指す店がある。「スナック・ライラック」と 小小看板が掛けられている、ちょっと洒落た建物の前にたどり着いた。 「へえ、意外ですね。 もっと派手な所かと思っていましたけど・・・」 「たまには派手な所にも行くけどな」 そう言うと、俺は、いつもは緩めているネクタイを締め直した。 CHAPTER-4 「スナック ライラック・後編」「スナック・ライラック」は、それほど規模は大きくないが、調度類が厳選され、落ち ついて飲める雰囲気の店だ。 俺たちがカウンターに腰掛けると、一人の女性が注文を取りにやって来た。 「あら、タカさん久しぶりね」 その女性は、このあたりでは評判の美人ママ、霞さんという。 「フッ、仕事が忙しくてな。それよりいつものやつを頼むぜ」 「バ-ボンのビ-ル割りね。お連れの人は?」 「ええと・・・。同じものをお願いします」 霞さんが引っ込むと、ルガーが俺に呟いた。 「綺麗な人ですね・・・」 「だが、あれでなかなか芯が強い。この前など、隣の客に因縁つけたヤクザを店から追い 出したからな」 「はあ・・・、刑事も顔負けですね。すごいなあ」 と、ルガ-が素直に感心していると、霞さんが再び現れた。 「お待ちどうさま。ゆっくりしていってね」 霞さんは、俺たちの正面に腰掛けた。こうして人生に疲れた雰囲気のするママと酒を酌 み交わしながらの会話が、俺の習慣になっている。ママは、俺より年下のはずだが、仕事 人間のボスより人生経験が豊富で、話していても飽きない。 「そうそう、こいつは俺の後輩のルガーだ」 「よろしくね、ルガーちゃん」 ルガ-は、顔を真っ赤にして、それでも何か言いたげだったが、やがて断念したように グラスをあおった。その光景を見て、俺と霞さんは思わず吹き出すのだった。 その後も俺たちの解決した事件や、世間話に花が咲き、気が付くと午前を回っていた。 「明日も仕事があるからな。そろそろ行くとするか」 「気を付けて。またきてね」 この店から出るとき、なぜこうも名残惜しくなるのだろう。俺は酒で鈍った頭で考える のだが、満足のいく答えは出ないのだった。 「いい店だなあ。タカさん、今日は本当にためになりました」 「いいって、いいって。じゃあ、もう俺は帰るからな」 「あっ、タカさーん、そっちは逆方向ですよ!」 こうして、俺の一日が静かに幕を閉じていった・・・。 CHAPTER-5 「刑事稼業」「タカ、ルガー、遅刻だぞ!」 翌日、俺とルガーは、お互い、だらしない二日酔いの姿でボスの説教を聞き流していた 。 「はて、タカはともかくとして、あのルガーが遅刻するとはな・・・」 ボスが不思議そうに呟いていたのが、俺には滑稽に見えた。気の抜けたような説教が終 わると、腕に包帯を巻いた、俺の先輩のケイさんがニヤニヤ笑いながら俺たちに近づいて きた。 「よう、色男ども。二人そろって遅刻とは、刑事は気楽でいいねえ」 この場合、俺がいつもやり返すのだが、かわってルガ-が口を開いた。 「本当ですよ。二日酔いでも、腕を撃たれても勤まるんですから」 ケイさんは、意外そうな表情を見せると、「降参、降参」と言いながら自分の席へと戻 って行った。 「やるなあ、ルガー」 俺は、いつも通り、サングラスの「ジェニファ-」をかけ、椅子の「エヴァンゼリン」 に腰掛けた。と、俺の目の前にある電話がけたたましく鳴り響いた。 「新大久保駅付近で殺しです。至急出動して下さい!」 俺は、面倒臭そうに受話器を置くと、緊張した表情のルガーに向かって頷いてみせた。 たいがい、俺の所には事件の連絡しか入ってこないのだ。 「よし、準備はいいか、ルガー?」 「いつでもOKです、先輩!」 短いインタ-バルは終わり、再び俺たちは、犯罪都市の事件に飛び込もうとしている。 その中で、もしかすると、命を落とすこともあるかも知れない。だが、俺は、一度も刑事 を辞めようと思った事はない。 「それはなぜですか、先輩?」 それを聞くと、俺は、ニヤリとしてこう答える。 「こんなに愉快な稼業、辞めてたまるか」と・・・。
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