太陽の警察ミニ・ノベル4「それぞれの休日」





CHAPTER-1「ゴリさんの休日」


 彼は絶叫していた。極度の緊張のため、額からは汗が滲み出ている。
 彼だけではない。周りにいる者たち全てが目当ての相手に大声援を送っていた。そのテンションは半端ではない。自分もその中に加わらねばならない、そんな気がしてくる。
 そう、原田大介もその一人であった。
 彼は手元の新聞を見やった。その所々に赤鉛筆で印が付けられている。かなり悩んだらしく、あちこちに書き直したあとが目立つ。
 ひときわ大きな赤丸のところには「ナリタモアリアン」と書かれていた。近くには「仕上がりは順調、ジャパンカップ勝利間違いなし。GⅠ三連覇確定!!」「山村花子の浪漫派推理、ジャパンカップはモアリアンから流せ」などの記事が並んでいる。記事を信じたのか、購入した馬券は全て馬番2(モアリアンの馬番)から流してあった。
 ・・・頼むぞ、ナリタモアリアン!!
 東京競馬場のテンションが最高潮に達した。
 先頭集団が最終コーナーから直線に差しかかったからだ。声援と絶叫の判別はもはや不可能であった。
 トップはニゲキリセンコー、二番手は招待馬のミッチェル、注目のナリタモアリアンは3番手につけていた。
 「モアリアン」「ニゲキリセンコー」「ミッチェル」に対する悲鳴のような声援が場内に交錯していた。

 その時、観客全員の視線がある一点に釘付けになった。
 ナリタモアリアンまさかの4着敗退の瞬間であった。
 会場は溜め息で覆い尽くされ、同時に数多くの馬券が宙に舞う。勿論、彼の馬券も。
結果は散々であった。
 1着はモアリアンの対抗馬のニゲキリセンコー、2着はミッチェル、3着はノーザンモアイ、一番人気のナリタモアリアンは4着という結果に終わった。ナリタモアリアンは最後の直線で、後方から追い上げてきたノーザンモアイにあえなくかわされてしまったのである。どんなに強い馬でも完璧ではない、そんな事を痛感させられた今日のレースであった。
 「ハハ・・・ハハハハハ・・・」
 言葉を失い、乾いた笑いを洩らす彼。保険のつもりで購入しておいた複勝馬券すら的中せず、彼の馬券はレース終了と同時に全て紙クズと化した。
 勝者と敗者の明暗がハッキリする瞬間・・・彼は敗者であった。
 「クソッ!」
 やり場のない怒りをゴミ箱にぶつける彼。
 虚しかった。全てが虚しかった。
 競馬を止めようか・・・大負けした日はいつも、彼はこう思うようだ。
 しかし、それが実行に移されたことはなく、次の重賞レースの日には、競馬場で新聞片手にレースを見つめる彼の姿が見られるという・・・。


CHAPTER-2「ケイさんの休日」


 川嶋一家は東京デゼニーランドへ遊びに来ていた。二人の子供、圭太、翠はもちろん、彼と妻の幸子も楽しそうにあちこちのアトラクションを回っている。
 「パパ、ミッキーといっしょに写真を取ろうよ!」
 翠が力いっぱい彼の腕を引っ張る。「はいはい」と答えながらついていくのは勿論、父親である彼。
 「父さんとこうやって出掛けるのは久しぶりだよね」
 「そうね。ここ2年ぐらいはごぶさたしてたと思うわ」
 「父さんは仕事の事となると一生懸命だったから」
 二人の言う通り、あの事件が起こるまで仕事を人一倍頑張る彼は家庭のことを蔑ろにしていた。頑張っている父親の姿を子供たちに見せることこそ、子供たちにとって必要なことだと彼は思っていたのだ。
 あの事件が起こり謹慎処分にされた彼はゆっくりと考え、それが勘違いだったという事を知った。子供たちは彼に一緒に過ごす時間を求めていたのだ。現在では、できるだけ子供たちに接する時間を取るようにしている。
 「それにしても、父さん楽しそう」
 「ホントね」
 圭太の言葉に頷いたのは母の幸子であった。思わず笑顔がこぼれる。
 「あの事件があった時には私も肩身のせまい思いをしたけれど、一番ショックを受けたのはやっぱりお父さんなんだろうね」
 「やっぱりそうじゃないの。だって、あの事件があってからの父さんはまるで人が変わったみたいだったよ」
 「だけどお父さんは負けなかった。課長さんのおかげだけどね」
 「あの日はびっくりしたよ。受験勉強で遅くまで起きてたら突然怒鳴り声が聞こえたんだもん。何が起こったのかと思った。翠は泣きだしちゃうし」
 「『おまえは逃げるのか!!』ってすごい剣幕だったわ、課長さん。課長さんのあの一言ががお父さんを変えたのね」
 「うん。結局分かり合えはしなかったけど(第二話『誤認逮捕! 凶弾の前に立つ男』を参照)・・・」
 「だけど、お父さんは以前とは違った。『私は結果的に二人の人間を死なせてしまった。これはもう一生ついて回るだろう。しかし、もう逃げない。私は刑事を続けることでこの十字架を背負い続けていくつもりだ』
 こう言っていたお父さんは何だか大きく見えたわ」
 「父さんはやっぱりそうでなくちゃ!」
 言って大きく伸びをする圭太。と、ミッキーに抱きかかえられた翠がこちらを向いて叫んでいる。
 「ママもお兄ちゃんもミッキーと一緒に写真とる~!」
 「いや~、翠がそう言って聞かないんだ」
 頭を掻きつつカメラを取り出すのは父。
 「いいよ。行こう、母さん」
 「ええ」
 ベンチから立ち上がる二人。そして、
 「今話した事は、父さんには内緒よ」
 「もちろん。分かってるって!」


CHAPTER-3「霞さんの休日」


 いつもよりおめかしして私は待っている。一時間余計に時間がかかっちゃったけれど、初めてのタカさんとのデートだもの。これぐらいのお洒落はしなくちゃね。
 タカさんと待ち合わせした時間は午後の6時。場所は新宿駅前。
 今日はプリンスメロンホテルで一緒に夕食を食べる約束をしているんだけれど・・・遅いな。
 時計の針はもう午後の六時半を指している。
 ・・・まあ私が半ば強引に誘ったわけだし、少しぐらい遅れたってね・・・。
 時計の針は何回秒針を刻んだのだろう? 時計を見れば午後の8時を回っている。
 ・・・タカさん、どうしちゃったんだろう?
 近くにある公衆電話で私は電話をかけた。呼び出し音が鳴ること数回、タカさんがいつもの面倒臭そうな声で電話に出た。
 「タカさん! 一体約束はどうなっちゃったの?!」
 「・・・・・・」
 しばらくの沈黙。そして「あ!」という驚きの声。
 「しまった、忘れてた!」
 「バカッ!!」


太陽の警察ミニ・ノベル4〔完〕




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