太陽の警察ミニ・ノベル7「雨降る日の記憶」





太陽の警察ミニ・ノベル7「雨降る日の記憶」


CHAPTER-1「ある日の新宿第二中央署にて…」

 ジリリリ……。署内に業務終了のベルが鳴り響く。
 「ふわぁ、もう終わりか。仕事に集中していと時間がたつのがはやいぜ」
 そういってタカさんが上体を起こす。しかし口のまわりにはよだれがついていて、仕事をしていたのではなく寝ていたのが一目でばれてしまう。
 「タカ、お前が集中しているのは仕事ではなく、昼寝ではないのか?」
 ボスは座っている椅子を180度回転させ、呆れ顔でタカさんに言った。
 「俺はこの新宿を守る為に、一生懸命仕事をしてるんだ!」
 タカさんはお気に入りのサングラスを手に、口にはよだれを垂れ下げ熱弁を振るった。
 「タカさん、何でもいいですからよだれだけは拭いて下さいよ」
 「おお、ルガーすまないな」
 タカさんは、僕の差し出したティッシュでよだれを拭き取った。
 ここは犯罪の街新宿。その平和を守る為に作られた”太陽の警察”こと新宿第二中央署捜査課では、定時を迎え、多くの者が家路につこうとしている。
 「よし、歌舞伎町に飲みに行くぞ!」
 タカさんはそう言うと、僕の肩に手をのせた。
 「タカさん、給料日前だというのによく飲みに行くお金がありますねぇ」
 僕はタカさんの手を退けながら続けた。
 「僕は三千円で後三日食いつないでいかないといけないので、今日は失礼させて頂きます」
 そういって僕は家へと向かった。

CHAPTER-2「再会」

 「ふう、家に帰るのも4、5日ぶりだな」
 ここ一週間大きな事件が重なったので、ずっと署の方に泊まっていた。どうせ帰っても迎えてくれる人は誰もいないのだから。
 どこからか晩御飯のいい匂いが漂ってくる。
 (これは肉じゃがの匂いだな)僕は、昔叔母さんが作ってくれた肉じゃがの味を思い出していた。
 そんな昔の事を考えている間にも足は家へと向かっており、気がつくといつの間にかアパートの自室の前に立っていた。
 (あれ、電気が付けっぱなしになってるじゃないか)もったいないなあ、そう思いながら鍵を開けようとして、今度は鍵がかかっていない事に気がついた。
 「警察官の家、強盗に荒らされる」なんて新聞記事が頭に浮かんだが、そうでないことを祈り、恐る恐る玄関を開け中を覗いてみたが、ぜんぜん変わりが無かった。ただ最後に家を出たときと違うのは、見慣れない靴が一足ある事だけだった。
 「秀兄おかえり!」
 奥の部屋から聞き覚えのある声の女性が出てきた。
 「晴子、何でお前がこんな所にいるんだ?」
 この女性を僕は知っている。彼女の名前は"森野晴子"、9才の時両親が事故で死んでしまった時から僕と弟を育ててくれた母の妹、叔母さんの一人娘で年は22、今は山形の大学に通っているはずの彼女が、何故こんな所にいるのだろう。
 「そんなところに立ってないで、早く家の中に入ろうよ」
 そういって晴子は僕の手を引っ張っていった。僕はそれにつられて家の中へ入っていった。家の中では彼女が作ったと思われる肉じゃがが湯気を立てていた。
 「何でお前がここにいるんだ?」
 「それは食べながら話すから、とにかく座って!」
 晴子は僕を机の前に着かせると、彼女は僕の正面に座った。
 「それでは、いただきまーす!」
 「いただきます」
 すこしの間二人ともしゃべらず、箸が皿を打つ音だけが響いている。
 「何でこんな所にいるんだ?」
 肉じゃがに箸を付けながら彼女に尋ねた。
 「今日は会社の説明会に参加する為に東京まで出てきたの。ついでにお母さんから、秀兄の様子を見てくるように言われたの。おかわりいる?」
 「ああ」
 僕は空になった茶碗を、晴子に差し出した。帰ってきた茶碗にはご飯が山盛りにされていた。
 「よかった……」
晴子が思い出したように、ポツリと呟いた。
 「秀征が死んでからまだ一月しか経ってないから、落ち込んでるかと思ったけど」
 「落ち込んでばっかはいられないよ」
 そういうと、頭の中に一月前の出来事が蘇ってきた。

CHAPTER-3「雨降る日の記憶」

 空には真っ黒な雲が敷きつめられ、そこからは細い雨が限りなくこぼれて来る。僕には空が、一人の男の死を一緒に悲しんでくれているように思えた。
 「秀さん、お客さんがたくさん来てるから、早く居間の方に来て」
 叔母さんが隣の部屋から顔を出した。
 「ああ、今行くよ」
 僕は開け放たれた窓を閉めると、居間へと向かった。僕が居間へと戻ると、そこには大勢の人が集まっていた。彼らは皆僕の弟、秀征の通夜の為に、ここ森野家に集まっていた。
 「本日は弟、秀征の為にお集まりいただき有り難うございました」
 僕の視線の先には、正面に置かれている弟の遺影が映っていた。遺影の中の弟は、何事も無かったかのように笑顔を浮かべていた。僕はそれが辛かった。
 「ご住職さんも、まもなくいらっしゃると思いますので、もうしばらくの間お待ちください」
 そういって僕は、再び廊下へと出ていった。

 「秀兄、こんな所にいたのね。ご住職さんがいらっしゃったわよ」
 「ちょっと考え事をしていたんだ」
 僕は、今入ってきた晴子のほうへと体を向けた。
 「ここにお前と入るのも久しぶりだよな」
 そういって僕は、視線を辺りへと向けた。今僕たちがいるのは薄暗い物置である。半分地下になっているので、季節の割にはやや涼しくなっている。小さい頃秀征と晴子、それに僕が大喧嘩をして、三人一緒に怒られた。そしてこの物置に閉じ込められた事があった。
 「あの時はお前も、そして秀征も怖くって泣いちゃったんだよな」
 「そうだったわね。あの頃はそこらじゅうの物が恐いお化けに見えたんだもの」
 晴子もどうやらあの時の事を思い出したようだ。
 「そうそう。最初はみんなばらばらの所で座っていたけど、お前はすぐに俺の所来て泣いてたけど、秀征はずっと端っこのところで泣いてたんだよなあ」
 そういいながら僕は、あの時弟が一人座っていた所まで歩いていった。
 「でも、その秀征はもうこの世にいないなんて……」
 晴子が呟いた。
 「俺が警察官になることを、あいつになんか薦めなければこんな事は起こるはずが無かった……」
 僕は握り拳で壁を叩いた。
 「俺があいつが死んでしまった一番の原因だったんだ」
 「そんなことないわ」
 晴子の声が乾いた空気に響いた。
 「秀征は秀兄が警察学校に行ってからよく”兄さんみたいに警察官になる。そして兄さんと一緒に街の平和を守るんだ”って言ってた」
 ここでひと呼吸入れ、また続けた。
 「だから秀兄が悩む事なんてない。秀征は自分のやりたい事をしてそこで死んでしまった。だから秀兄は夢途中で死んでいった秀征の分まで頑張ればいいのよ。そうすれば秀征だって喜んでくれるわ」
 「ありがとう……」
 僕の声はすぐに消えていった。
 「本当にありがとう……」
 僕は嬉しかった。自分のことを気遣い、そして慰めてくれる晴子の心がとても嬉しかった。
 「何泣いてるの? もしかしてこの物置が怖いのかな?」
 晴子が僕の顔を覗き込んできた。僕はその頭を軽く撫でると言った。
 「ほら、茶化さないで早く行くぞ。御住職が待っているんじゃなかったのか」
 「そうよ、そうだったんだ。秀兄早く行こう」
 「ああ」
 僕と晴子は秀征が眠っている部屋へと急いだ。
 物置には弟との思い出がいっぱいしまわれた。

CHAPTER-4「それから…」

 「秀兄、どうしたの?」
 晴子の声が自分を現実へと呼び戻す。どうやら茶碗を持ったまま固まっていたようだ。
 「何でもないよ。明日の仕事について考え事をしてたんだ」
 僕は嘘をついた。しかし晴子は気付いていない様だ。
 「ところで晴子、お前今日はどこで泊まるつもりなんだ?」
 「決まってるじゃない、秀兄の所に泊めてもらうわよ」
 晴子は何気なしに答えた。しかし、僕にとってはまさかそんな答えが帰ってこようとは思いもしなかった。
 「どうしたの? そんなに驚いて。だって東京のホテルって高いんだもの。その点秀兄の家だったらタダだしね」
 僕は言い返そうと思ったが、すぐに諦めた。晴子の性格からして、たとえ僕が言ったって諦めそうもないことが分かっていたから。僕は残っているご飯を全てたいらげると、玄関へと向かった。
 「秀兄、こんな夜遅くにどこへ行くの? 買い物だったらもうしてあるけど」
 「俺は署の宿直室で寝るから、晴子、おまえはこの部屋で寝ていっていいぞ。それでこれが家の鍵だから、帰るときには鍵かけて鍵は郵便受けに入れとくんだぞ」
 僕は晴子の方は向かずに玄関のドアを開けた。
 「昔みたいにお布団並べて寝ればいいじゃないの」
 晴子は玄関から出てゆこうとする僕に声をかけた。僕はそれに対しての返答の言葉が思い浮かばなかった。僕は逃げるように足早にアパートの階段を駆け降りた。
 「まったくもう、秀兄はいつも気がついてくれないんだから……」
 晴子は自分以外誰もいなくなった部屋でポツリと呟いた。目の前では秀征の遺影が彼女をいつまでも見つめていた。あの時と変わらない笑顔で……。

太陽の警察ミニ・ノベル7〔完〕


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