衣裳部屋からようやく開放されたあとは。
地球の式は、詳しい事が分かるのはユーリと大賢者とコンラートの三人だけだから、
準備に時間が掛かるということで、まずは窓問いからということで落ち着いた。
こちらの世界の式の形式をユーリに教えたり、各種準備のことを相談する為、
兄上の執務室にユーリと二人、お邪魔している。
「・・・というわけで、窓問いの儀式というのはこういう謂れがある。」
「なるほど!とにかくバルコニーの下で歌って、んで、窓に石を投げて、
相手が何も言わなければ窓まで登っていけばいいわけだ!」
儀式の意味より自分がすべき事が気になるのか、持ってきた紙束になにやら書き付けている。
「ちょっと待て、ユーリ。確かにお前が先に求婚したがぼくもお前に求婚返しをしただろうが。」
だからぼくにだって歌う権利があるだろうと続けようとしたが、
それを押しとどめたのは意外にも兄上の方だった。
「ヴォルフラム、歌は陛下に任せておけ。」
「なぜです?ぼくだってその権利はあるはずです。」
歌には自信もあるし、なにより結婚には多少夢を見ている部分があったので、
何となく譲れないような気がしたのだ。
ユーリに出会う前までは、いつか何よりも愛しいと思える女性があらわれ、
ぼくは母上の治世を支えながら、いずれ任されるであろうビーレフェルトの土地を、
彼女と共に守り育てていくのだろうと思っていた。
だからそんな二人の門出には、何一つケチのつかない様な、そんな素晴らしい歌で始め、
そして愛しい人の元へ登っていく様を想像していたから。
それが、今。
思い描いた全ては予測の枠を飛び越えてしまった。
『男に好かれても嬉しくない』と堂々と宣言していたはずが、今ぼくの隣にいるのは男の婚約者。
しかも支えて行こうと思った母上はさっさと退位し、
あまつさえ次代魔王として立ったのはその婚約者に他ならない。
「理由は・・・言わなくても思い当たるだろう。」
「兄上・・・?」
「お前は陛下がこの地に入られたその日、その夜に、陛下から求婚をされたんだ。」
アイスブルーの瞳がじっとぼくを見つめる。
その瞳が心の中を雄弁に語る。
あぁ、そうだ。
それを考えればぼくが歌うのは得策ではない。
「・・・分かり、ました。では、歌はユーリに。」
「うん、おれ頑張って歌うし、ヘマして笑われないようにするからさ!」
自分に任された事で上機嫌なユーリは気付いていない。
いや、気付かなくていいことだ。
それはいままで、ぼくが必死に隠し通してきたものだから。
「あぁ、そうしてくれ。ぼくは窓辺でお前を待つから。」
笑ってそう言ったぼくに、歯を見せて笑ったユーリの笑顔が眩しかった。
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