いつ離縁状が届くのだろうかと、ぼくは自室で待ち続けた。
あの日からユーリには会っていない。
会えるわけがない。
情けなくて恥ずかしくて。
それにもう、これ以上嫌われるのが怖かった。
ここまできてまだ、彼を忘れられない自分の女々しさに嫌気がさす。
日々思い気持ちのままでいたところに、ドアが軽く叩かれた。
「こんにちは〜・・ってあれ?フォンビーレフェルト卿、結婚式の為のダイエット中?
君はそのままでも十分だと思うけどなぁ〜。」
確かにここ数日、まともに食事を取ってなかったから、
多少容貌も変わっているのかもしれない。
「渋谷からの伝言。ドレス、直してもらったから一度着てみて。だってさ。」
「なぜ?」
思ったのとは違う答えに思わず疑問が出てしまった。
「なぜ、って。だって君は渋谷の希望通りの地球式の結婚式を挙げるんでしょ?」
「ユーリは・・ぼくを離縁するはずだ。」
「なんで?」
「なんで・・って。だってぼくはっ・・」
事の顛末を誰彼に話すのは気が引けて、言い淀んだぼくに、
大賢者は妙にきっぱりと言い放った。
「渋谷は絶対そんな事しないよ。」
「なぜお前に分かる!?何を根拠にそんな事を言うんだ?!!」
「地球に帰ってた間の、渋谷を見てるから。」
「え?」
「暇さえあれば野球野球の渋谷がね、掛け持ちに掛け持ちを重ねてバイトしてさ〜。
本屋に寄れば、似合わないファッション誌やブライダル本に齧りついて、
指輪のデザインやらドレスやらを見ながらず〜っと君の事ばっかり話してた。」
『なぁ、村田!!これ!このさ、ノースリーブで縦襟って言うのも可愛いな〜!
ヴォルフって肩のラインもスッキリしてて凄く綺麗だから似合うと思わない??』
村田の頭の中には、幸せ一杯の顔で惚気る友人の顔が過ぎる。
「それに、君のイライラは、きっとマリッジブルー、だろうしね。」
「まり、じ、ぶるー?」
「婚約者として過ごした全てが、変わるんだ。期待する気持ちとと同じくらい、
不安な気持ちがあったっておかしくない。いや、それって当たり前なんだよ?
そんな時に君は随分酷い扱いを受けたみたいだし、支えるべき渋谷は側にいなかったし。」
大賢者はにっこりと人好きする笑顔でぼくを見つめると、急に頭を下げた。
「おっ、おい!!」
「もしさ、君が渋谷を嫌ってて別れたいんじゃないなら、側にいてやってくれよ。」
「大賢者・・・」
戸惑うぼくに大賢者が続ける。
「あの通りの不器用な魔王だけど、こっちが呆れる位彼は誰よりも深く君を愛しているよ。」
それは以前誰かに掛けられた言葉。
人の思いは、当事者より他の者の方がずっと理解しているのだろうか?
当人は想いの狭間で溺れてしまっているというのに。
でも、ほんの少し、心が晴れた。
「ぼくが、ユーリを嫌いになるわけが、ないだろう?」
「それはよかった!」
そういって大賢者は、またにっこり笑った。
「さて、じゃぁ、本題に戻るよ?」
「本題?」
「僕はね、君に地球式の結婚式の概要を教えるために来たんだよ。」
そう言ってポケットから式場の見取り図を広げて、話し出した。
「まず、結婚式は君の人生の縮図を見せるものだって思って欲しい。
この入り口。ここから君の人生が始まる。君がこの世界に生まれた瞬間を再現してるんだ。
そして君の人生を側で見ててくれた男親・・その人ときみはこのバージンロードを歩く。
この道は君が育ってきた人生そのもの。一歩一歩丁寧に、ね。
生まれてから、渋谷に出会うまで、その人と過ごした日々を歩きなおしていると思えばいい。
そうしてその道の先に渋谷が待ってる。そこで男親から渋谷が君を受け取って、
壇上にいる神父・・あぁ、その役目はウルリーケに頼んでおいたから。二人で一緒に宣誓をするんだよ。」
どう出来そう?と。
そう問う大賢者に、ぼくはようやく素直に頷き返せた。
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