誰が為に鐘が鳴る

 

 

そしてその夜。

「ヴォルフ、話があるんだけど。」

「あぁ。」

久しぶりに見るユーリの顔。

ぼくに目を合わせるとなにかに驚いたように目を見開いて、それから眉根を寄せた。

大賢者やコンラートはああ言っていたが、やはりユーリの怒りは解けていないのだろうか。

「ユーリ、ぼくは・・・」

「ごめん。今度の事は全部おれが悪い。」

「ユーリ?」

「ちゃんと話さなきゃいけないこと、一杯あったのにちゃんと話さなかったし。

ヴォルフとの結婚式、嬉しすぎてかなり浮かれてた。ヴォルフが支えて欲しい時、側にいなかった。

ヴォルフはおれが一番いて欲しい時、どんな場所にいても駆けつけて支えてくれたのに。」

「それを言うなら、ぼくも悪い。ぼくは、随分長い事、ユーリに隠し事を、してた。

自分は何でも話してくれなければ嫌だと言いながら、ぼくだってユーリの為にと言いながら、黙ってた。」

「でもそれは、ヴォルフがおれを思ってのことだろ?」

ユーリは真っ直ぐぼくの瞳を見る。

「おれの場合は『お前のこと考えて』とかじゃなくて、ただほんとに浮かれて何も見えなくなってた。

それにおれがへなちょこでどうしようもなくて、そんな計算で動けるような奴ではないって

皆分かってても、おれたちの関係は世間的に見れば『政略結婚』に見えたのかも。

でも、おれが腹を立てたのは、その・・・おれが、怒ったのはね、」

ぼくの両手をとって、ユーリは少し困ったように笑った。

「初めはやっぱり『何で言ってくれなかったんだろう』ってムカついた。

でもそのあとは、お前のこと見てたつもりだったのに、支えてたつもりだったのに、

おれがそう思ってただけで実際は全然何にも出来てなかった自分自身に気付いて、

それがもう悔しくて、腹が立っての事で。

そしてその後は、__________凄く怖くなった。」

「怖い?なにが?」

「自分自身が。」

「なぜ?」

急に言い淀んだユーリに、畳み掛けるように聞いてみた。

理由を知りたい。

どんな事でもいいから、今はユーリを知りたいと思ったから。

「・・・お前が苦しんでるって分かったのに、その原因がおれなんだって分かっても、

ヴォルフだけは絶対離したくないって思った自分自身を、怖いって思った。

お前が悲しんでるのを見てて平気なわけじゃないのに、それでも離すもんかって。」

「ユーリ・・」

ユーリは優しくぼくを抱き寄せて、頬を寄せて呟く。

「昔に比べれば少しは考えるようになった方だと思う。でもそれでも、おれはへなちょこだから、

お前を守りたくても力不足かも。だけどヴォルフには、おれと、一緒にいて欲しいって思った。」

淀んで胸の奥でつっかえていたものが溶けていく気がした。

悩んでいた今までの出来事がひどく、馬鹿らしい事のように思えた。

何をそんなに怖がっていたんだろう??

ユーリの心はいつもぼくの側にあったのに。

「知ってる。ぼくはそんなへなちょこなお前が、懸命に頑張る姿が一番好きだ。」

くすりとユーリが笑う気配。

「こうして、ヴォルフに甘えちゃう姿は?」

「・・・ぼくだけしか知らないユーリは、もっと好きだ。」

あの日止まったままだった口づけをユーリがようやくぼくの頬に落とす。

「ヴォルフ、痩せたな。」

「そうか?」

「こんなに細くて、本当に、折れてしまいそう・・・。」

額に頬に、首筋に、口づけをくれるユーリ。

くすぐったくて嬉しくて。

ぼくもお返しにと頬や瞼に口づけを返す。

随分と長くじゃれあっていたが、なにか思い出したようにユーリは呟いた。

「そうだ!これを・・・」

ユーリはポケットをまさぐると、小さな箱を取り出した。

中からはシンプルなシルバーの指輪と、光をイメージしたのだろうか切り込みの細工に、

小さな宝石をはめ込んだリングが見えた。

細工の光は三つ。

真ん中には透き通ったエメラルドグリーンの石があり、

それを挟むように黒と朱茶の石が輝いていた。

あの日は心に余裕が無くてそんなところにまで気が廻らなかったが、

それはとても綺麗だった。

「それはユーリの用意してくれた、ぼくらの・・」

「そう。改めて、受け取ってくれる?」

「喜んで。」

ユーリは予行練習を兼ねて〜といいながら、ぼくの右手の薬指にシンプルな方の婚約指輪を嵌めた。

「??一つだけなのか?こっちの指輪は、ユーリのか?」

「違うよ、こっちの結婚指輪は、式の当日にお互いに付け合うんだよ。それも、左の薬指に。」

「つける指も決まっているのか?」

「左手の薬指は『心臓に一番近い指』って言われてるから、お互いの命を預けあう意味もあるし。」

そういうともう一つ、箱を取り出して見せた。

中をあけるとぼくと同じデザインのものが一組と、それとかなり小さなリングが1つあった。

「これがユーリの?どうしてぼくより一つ多いんだ??」

「それはね・・・。」

誰もいない部屋なのに、耳元に内緒話のように楽しい企みを話すユーリ。

内容もさることながら、久しぶりに得た落ち着いた雰囲気に、ぼくは幸せを感じていた。

他にもぼくらは離れていた時間を埋めるように話をした。

ユーリがすぐに弁解にこれなかったのは、実はぼくの兄二人にこっぴどく叱られていたからだとか、

グウェンダルも怖かったけど、普段温和なコンラートの方が本気で身の危険を感じる程怖かったとか。

地球で仕事をしながら毎日指輪のデザインを考えて、

ようやく出来たデザインを店に持っていったら苦笑されてしまい、この上なく凹んだとか。

ぼくもユーリがいなくなった後の仕事振りだとか、

どんな奴がどんな事を言いに来て本当は悔しかったとか、腹が立ったとか。

内容が良いも悪いもなかった。

抱え込んでいたすべてを吐き出せる唯一の場所を得た安心感で、

やっとぼくは笑えるようになっていた。

 

そしてその夜はユーリの腕の中で、久しぶりに夢も見ないほどの緩やかな眠りを得た。

 

 

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