誰が為に鐘が鳴る

 

 

今日は、ぼくらの結婚式。

眞王廟に特設した式場で行われる式のため、ぼくらは正装して控え室で待っている。

用意された純白のドレスは、首や胸元、袖の細やかなレースで出来ており、

それは全部ベールに合わせて兄上が編んでくれたもの。

ごく細いレースで編まれたベールは額の少し上に合わせて耳にかけ、

生花と輝く宝石の髪留めでしっかりと固定している。

自分の等身の倍位はあるそれを差し込む日の光に照らしながら、

ぼくは窓辺で静かに時を待つ。

ユーリの控え室は隣の隣だ。

ぼくが呼ぶまでユーリはこの部屋には入ってこられないが、

グウェンダル兄上が泣き腫らした目で会いに来て下さったのを皮切りに、

母上や叔父上、大賢者と次々にお祝いに来てくれた。

先ほどやってきたグレタの話によると、ユーリはすでに支度を終えて、

部屋の中をうろうろ歩き回っているらしい。

「早くユーリを呼んであげないと、どうにかなっちゃうかもよ?」

そんな娘の呟きに思わず笑いが零れた。

「そうか、じゃぁそろそろよんでやろうかな?」

「ほんと?じゃぁ、グレタが呼んで来る!!」

嬉しそうにグレタが飛び出していって数十秒後、

ばたばたという複数のせわしない足音が、部屋の前で止まった。

数拍の間の後、部屋のドアが叩かれる。

「・・・どうぞ。」

開かれたドアから現れたのは、先ほど飛び出していった愛娘と、

白地に薄い金糸で刺された刺繍のタキシードを身につけたユーリで、

彼は開けたドアと同じぐらい、ぽかんと口をあけてぼくを見ていた。

「・・・どうした?衣装は素晴らしいがへなちょこ顔になってるぞ?」

「・・・・」

「おい!ユーリ!!・・・ぼくは、どこか可笑しいか?」

呼びかけても返事の無いユーリに近づくと、今度はハッと我に帰ったように、

かぶりを振って慌てている。

「や・・ちがっっ!!あんまり綺麗で・・見惚れてた。」

「なっ・・!」

「びっくりした。本当に天使が降りてきたのかと思った。」

恥ずかしいぐらいの台詞を堂々と言い切ってしまいユーリに、

実は未だに慣れないぼくは自然と頬が熱くなるのを感じた。

「そ、そうか。お前が気に入ったのならそれで・・」

「おれ、凄い幸せ者だな。こんな人を一生の伴侶に出来るなんて。」

「お、おいこらっ!衣装が乱れるじゃないかっ!!」

薄化粧までされているぼくを力いっぱい抱きしめるユーリは、

本当に嬉しそうで咎めているぼくの方が悪い気さえしてくる。

「こほん!!・・・あぁ〜・・渋谷?」

結局周りにいた人たちの居たたまれない咳払いで

ようやくユーリは離れたが、それでもぼくの手を握って、

瞳も逸らさずに始終笑顔だ。

「凄い・・嬉しい。夢じゃないって分かってるのに、夢見てる気分。」

そう言いながら空いた手でぼくの頬に触れようとしたユーリは、

いきなりピクリと指先の動きを止めるとあからさまに顔をこわばらせた。

「ユーリ?」

「ヴォ、ヴォルフ・・そのベール・・」

「あぁ、これは兄上が編んでくださったベールだ。細かくてとても綺麗だろう。」

「うん、綺麗。つか着けてるヴォルフがもっと綺麗・・じゃなくてっっ!!」

ぷるぷると震えながら涙目でユーリが、グウェンダル兄上を睨んでる。

「ぐ〜え〜ん〜だ〜るぅ〜!!あんだけベールは顔を覆うものにして欲しいって頼んだのにっ、

なんでマリアベールにしちゃったんだよ〜!?」

「可愛いヴォルフラムの顔を隠して歩かせるなど、もってのほかだ!」

「ばかーっ!!可愛いから、おれがベールを捲るまで独り占めにしときたかったの!」

「五月蝿い!私の可愛い弟をくれてやるんだ。それ以上の我儘は断固として認めんっ!」

涙声でグウェンダル兄上も応戦する。

二人の涙ながらのとても不毛な戦いは、ぼくや回りの人たちの、

式に向けての微妙な緊張感を払拭するのには役立った。

式の時間が近くなり、挨拶に来てくれた人たちが部屋を去り始めると、

ベールの事で落ち込んだユーリもようやく立ち直ったらしく、また笑ってくれるようになった。

大賢者が声をかけた。

「そろそろ行くよ、渋谷。」

「分かってる。ヴォルフ・・向こうで待ってる。」

喧嘩をしている間も離さなかった、手を一時離す時がきた。

分かってはいても名残惜しく、僅かに曲げて絡ませあった指先が離れる。

そして見詰め合ったままユーリはドアまで静かに歩いていった。

その時間が、酷く長く感じられる。

「待ってるからな。逃げるなよ!」

「・・・このへなちょこ!ぼくとお前を一緒にするな!」

ユーリが出て行く。

そしてそのドアがパタンと閉じられ、

足音が遠くに消えていってしまうまでぼくはドアを見つめていた。

 

 

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