「あとは付き添い役のギーゼラが呼びに来るのを待つだけか。」
そう思って椅子に座りなおそうとしたとき、
ぼくはまだこの部屋に現れていない人物がいることに気付いた。
「コンラート・・・」
ユーリが来て、たくさんの出来事を経て、随分緩和されたコンラートとの関係。
けれど随分長い事意地を張っていたので、彼に対してどうにも素直になれないところがある。
もしかしてそんなぼくを気遣って式の前に顔を出さないつもりなのだろうか?
あぁ、でも。
今でなければ言えない事が、あるのにな。
「よし!誰かに探してきてもら・・・」
ドレスをたくし上げてドアに駆け寄り、あけようとしたその瞬間、
触れようとしたドアノブは目の前から消えて、頭上からは暢気な台詞が降ってきた。
「・・・おや?花嫁が脱走かい?」
「コッ、コンラートッ!?」
「そんな事をしたら国の皆が悲しむだけじゃなくて、ユーリが再起不能になってしまうだろうから・・・。
よし、捕獲!」
笑いながらぼくを部屋の中へ押し戻し、背中越しにドアを閉める。
「ばっーっ!?逃げようとしたんじゃないぞっ!ただ人を呼びに行こうと・・・」
「人?誰だい?おれが呼んで来てやろうか?」
さっきまでの笑顔を引っ込めて、急に真顔になるコンラートにぐっと言葉に詰まった。
だからといって『お前を探してもらおうと思った』とは言えなくて。
「もういい。行く必要もなくなったからな。」
ぷいと膨れて目を逸らせば、聡い兄はそれで理解してくれたらしくそれ以上は何も言わなかった。
目も合わせずに二人ただたち尽くす。
口火を切ったのはコンラートだった。
「ヴォルフ・・・。」
「なんだ。」
「綺麗だよ。そして、結婚おめでとう。」
「ありがとう。」
僅かな沈黙。
その空気が少し重たくて、なんとか会話しようと話し出した。
「その・・・悪かったな。」
「なにが?」
「お前はぼくの兄なのに、ユーリ側の親族席に座らせる事になってしまって。」
まず気にしていた事を伝えると、コンラートは人好きする笑顔でいった。
「構わないよ。俺が名付け親なのは本当の事だし、幾ら俺が二人に関係があるからと言って、
真ん中のバージンロードに座り込むわけにもいかないんだから。」
深紅の絨毯の真ん中に座り込むコンラートを想像してしまい、思わず吹き出す。
そんなぼくをみてコンラートが笑う。
「笑うなんてひどいな。そうなるわけにもいかないって話なのに。」
「バージンロードの話は聞いたからな。ぼくらの道行きにお前のような大荷物を置かれては困る。」
「少しくらい壁が無いとね。陛下には可愛い弟をやってしまうんだから。」
「コンラート・・」
『可愛い弟』の言葉に胸が熱くなり、ふと言葉が途切れた。
またまた沈黙。
どのくらいそうしていただろうか。
「もうそろそろ式典だ。失礼するよ。」
「コンラート!!」
言いたい事があったはずなのに、目の前にするとなかなか言葉にならない。
だけど今でなければもう二度と、言う機会などない事を思い出し、
出て行こうとするコンラートの背中にぼくは呼びかけた。
「ん?どうかしたか?」
「お前にっ、頼みたい事が、あるんだ!!」
「頼みごと?」
「ぼくの、エスコートをして欲しい。」
その言葉に、困惑しながらコンラートは優しい声で諭す。
「ヴォルフ、それは陛下と相談してグウェンにお願いしたんだろう?」
「兄上には式場をぼくの男親として歩いていただけるようにお願いした。」
「だったら・・」
「だれも兄上の役をお前にやってくれなんて頼んでいない!」
「ヴォルフ?」
「今からの式は生まれてからユーリに出会うまでのぼくの人生の縮図だと、聞いた。」
今度はきちんと視線を合わせて気持ちをぶちまける。
「でもそれは地球の、人間の、短い人生の縮図じゃないか!
ぼくは魔族で、ユーリと見た目は変わらなくても随分長い時を生きてきた!
なのにあんな短い道で表現なんて出来るか!!」
無言のコンラートに見せ付けるように、真っ直ぐにドアを指差して叫ぶ。
「だからっ!だから!!この部屋のドアを出るときが、ぼくが生まれたときだ!」
自分でも呆れるほどに、素直じゃないぼく。
もっと真っ直ぐに気持ちを伝えられたらいいのに。
コンラートはただ目を丸くして、ぼくを見ている。
それはそうだろう、あの説明では意味がわからなくて当然だ。
はぁっと息を吐き出して、補う言葉を捜しながら話す。
「ぼくが生まれたとき、初めて抱き上げてくれたのはコンラートだったのだろう?」
「あぁ、そうだよ。小さくて、柔らかくて、暖かくて。」
そういって無意識だろうか、子供を抱くような仕草をしてみせた。
「それからずっと、ぼくの面倒を見てくれたんだろう?」
「あぁ。」
「なのに、あの日・・。」
ふと、コンラートと過ごした日々の思い出がよぎる。
そうして彼を兄と慕って大きくなったけれど、
ただの『コンラートの弟』で居られなくなったあの日。
魔族として、十貴族の子弟として、王の嫡子として、
お前と仲違いをしてしまったあの日まで・・・。
グウェンダルだけを兄と呼ぶようになったあの日までは、
お前はぼくの手をいつだって引いてくれたじゃないか。
「コンラート、頼む。兄上のところまで、ぼくを・・。」
どうかぼくを導いて。
「ヴォルフ・・。」
『えっ?!』
見慣れた薄茶の瞳から一粒零れ落ちた、涙。
だけどそれを隠すかのように突然抱きすくめられた。
耳元に響くのは小さく震える吐息その中に混じって、コンラートの言葉が響く。
「有難う。」
その言葉は本当はぼくがコンラートに掛けるべきものなのに。
懐かしい腕の中で、満たされながら、そんな事を考えた。
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