夜……PM 8:00 ところ……未開発エリア

 二人とたっぷりの食料を載せた車は、再びメガロポリスを後にした。しばらく走って、進は正規の舗装道路を少し外れた。そして車を止めたのは、旧地下都市の真上あたり。このあたりは、まだ砂漠のような全くの未開発地区である。それだけに、周りの明かりもなく、まるで宇宙にいるかのように星がきれいに見える。

 「きれいね……」

 車のシールド越しにも満天の星々がよく見えた。月は三日月。やわらかい光を放っている。雪はシートを少し倒して天を仰ぎ見た。

 「ああ……」

 進も同じようにシートを倒して空を見上げた。

 「こうしてると、イスカンダルから帰ってきたばかりの頃を思い出すわ。初めてデートした日のこと……」

 「ああ……」

 初めてデートした日、二人はほとんど何もない地上に上がった。こんな砂漠のような大地の上で夕日を見て、そして初めてキスをした。そのあと、二人は今日のような満天の星を見たものだった。

 「あの時は……初めて意識して手をつないで…… それで……」

 雪がぽっと頬を染めて、進の顔をちらりと見た。進がその続きを答える。

 「初めてキスをしたんだよな?」

 「ええ…… あなたったら、私が待ってるのに、なかなかキスしてくれないんだもの」

 「あはっ、言うなよ。めちゃくちゃ緊張してたんだから。あの頃は手を握るのだってドキドキしてたよな」

 進も口元が緩む。その頃を思い出すと、笑みが漏れるのだ。進は右手をそっと雪の手に重ねた。雪もその手を握り返す。

 あたたかい手の感触……あの頃に戻ったように、雪の胸がトクンと小さく鳴った。

 「なつかしいわ」

 「そんな昔でもないけどな」

 そう、ほんの数年前のことだ。しかし、それから本当にいろいろなことがあった。二人の間にも山も谷もあった。けれど、二人はそれを全部乗り越えてきた。
 そして今、二人はもうすぐ新しい人生の門出を迎えるのだ。二人は互いの顔を見ると、微笑みあった。

 進が、急に思い出したように、車の後部に置いた袋を引っ張り出した。

 「あ、そうだ。そろそろ、さっきの買出しの食料でも食べるかな?」

 「ええ、そうね」

 二人は買い物袋の中からあれやこれやと引っ張り出した。

 「一度に出せないぞ。車の中でひっくり返したら大変だ!」

 「あなたがあんなに買うから……」 「君だって……」

 「うふふ……」 「あはは……」

 「少しずつ片付けるか!」 「ええ、そうねっ!」

 「じゃあとりあえず、ワインで乾杯!!」

 進は、ワインの封を切り、雪にカップを手渡すと、たっぷりと注いだ。雪もワインの入ったカップを車のホルダーに置いて、進にもワインを注ぎかえした。「乾杯!」と声を掛け合った後、一口飲んで食料の方にも手を伸ばす。

 「いただきま〜す!!」

 二人のシートの間にある小さな台の上に、少しずつ惣菜を並べては順番につついていった。星空の下で食べると、なんでもない惣菜がご馳走になる。
 雪のカップのワインがほとんど無くなった。それに気付いた進がワインを勧める。

 「ほら、雪。ワインまだあるぞ。飲めよ」

 「古代君は? いいの?」

 「いいんだ、さっき入れたのがあるから…… 運転手だから控えめにしてるし」

 「じゃあ、飲んじゃおうかなぁ」

 進の思惑通りに事が進んでいる。なんとなく彼の下心を感じつつも、雪はそれに乗って酔ってしまいたい気分になる。彼女自身、それを期待しているのかもしれない。
 雪の返事に進の顔がうれしそうな表情を見せた。雪のカップにワインを注ぎながら、こんなことを言った。

 「ああ、いいよ、どんどん飲んでくれ。後の事は心配しなくても、どんなに飲んでもちゃんと家まで連れて帰ってやるから」

 「うふふ……うれしいわ」

 雪はカップのワインをクイッと飲んだ。飲みっぷりがいい。目が潤んでなんとなく色気も出てきたような…… 進はにんまりとほくそえんだ。

 そして、たくさん買ってきた惣菜を、二人はきれいに片付けた。

 「ふうっ、お腹一杯……」 「右に同じ……」

 「少し休もうか……」 「ん……」

 二人とも椅子のシートを水平まで倒して横になった。頭上にはずっと変わらずに、星々がキラキラと輝いている。まるで濃紺のサテンの上に、宝石をちりばめたようだ。

 「う〜ん、いい気持ち……」

 雪がぐーんと伸びをして、目を閉じた。程よく酔って、いい気分。ふんわかして進に甘えたい気持ちになってくる。
 晩秋の夜の外気は結構寒い。だから車はエンジンをかけたまま、室内はヒーターがつけられている。それがワインで火照った雪の体には少し暑く感じられた。

 「少し暑いわね」

 その言葉を待っていたかように、進が答えた。

 「じゃあ、脱いでもいいよ……」

 「えっ!?」

 進の声が真上から聞こえた。目を開けた雪のすぐ上に進がいる。雪に覆い被さるように顔と体を寄せてきて、雪の唇にキスをした。

 「ううんん……」

 ワインのせいで、雪は気持ちも態度も自分の欲求に正直になっている。進のキスに濃厚にお返しをした。進の重みが雪にかかる。互いの唇を食べてしまいそうなくらい強くからめ、舌が絡まる。長い長いディープキッス。
 進の唇がやっと離れると、雪の口から吐息が漏れた。

 「ああ……ん……」

 雪の唇を離れた進の口は、今度は彼女の首筋を這っていく。手が動き、彼女の上着のボタンをはずし始めた。

 「あ…… だめ……こだ……い……くん」

 (ここは家の中じゃないわ。車の中。外から見える……)

 そんなことが雪の頭の中に浮かんでくるが、思考がまとまらない。逆に、このまま進の愛撫に浸っていたい気持ちの方がどんどん大きくなっていく。
 ワインのせいね、と雪は思った。彼ったら私を酔わせて……なんてことを思ったけれど、もう自分でも止められない。

 (アルコールのせいにして自分に素直な思いを見せてしまおう…… だって彼に思いきり抱きしめてもらいたいんだもの)

 雪は言葉とは裏腹に、体は進の方へ開いていく。雪は両手を進の首に回し、力いっぱい抱きついて体を密着させた。

 「雪……」

 進は雪を抱き起こして、自分の体をシートに沈め上下を逆にした。雪はちょうど進に抱っこされているような感じ。
 それから囁く言葉ももどかしく、進は雪の体をなぞって舐める。見上げれば、雪の顔が、素肌が、月光に映えて青く透き通るほどに光り、幻想的な美しさを醸し出している。

 進の手の行く先々で、彼女は鋭敏に反応を示している。胸に触れれば大きく上下させ、腹部に触れるとそっと腰を浮かせる。さらに下に手を伸ばせば、すーっと両足が開いて行く。進の手の動きにあわせるように、雪は時々小さな吐息だけを漏らしていた。

 「欲しい……? 雪」

 進が雪の頬に唇を触れるようにしてささやいた。くすぐったいのと感じるので、雪は、うぅん、と小さな声をあげた。そして答える代わりに、顔を両に大きく振っていやいやをした。しかし、進を抱きしめる手にはさらに力がこもり、彼を見下ろす。その瞳は間違いなくこう語っていた。

 ――あなたが……欲しいの……

 ――僕もだ……

 一つに溶けていく二つの黒い影を、星と月だけが静かに照らし続けていた。


夜……AM0:00

 二人は抱きしめあったまま長い間じっとしていた。進が胸にうずめていた雪の顔を持ち上げようと、あごをそっと上に向けた。

 「雪……」

 愛する人をうっとりと見つめる美しい女がそこにいた。そのきれいな顔にそっとくちづける。雪はうれしそうに喉を鳴らした。そして、色っぽく睨む。

 「ばか……」

 「ん?」

 「ね? 酔いはさめた?」

 「うん……大丈夫だよ」

 「じゃあ、帰りたい……」

 「ああ、そうだな」

 「早く帰って……ベッドで、もう一度……いっぱい……愛……して……」

 雪はまだ酔っているのだろうか? 潤んだ瞳が彼を熱っぽく誘惑する。進がその誘惑に勝てるはずがなかった。

 「ああ、もちろん!すぐに帰ろう」

 深夜の未開発エリア。一台の赤いスポーツカーが大きなエンジン音を響かせて発進した。その車のスピードの速いこと速いこと…… あっという間に、彼らの愛の巣に帰りついたとさ。
 続きは、もちろん皆様のご想像の通り。



 恋人たちの…秋の日の…いちにちの…甘いできごと。



−お わ り−

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(背景:トリスの市場)