(21)

 ヤマトに戻った雪を医務室まで送り届けた進は、艦長に報告してくると席をはずそうとした。その進を雪が呼び止めた。

 「ちょっと待って古代君! 私も行くわ」

 「君は疲れているだろう。詳しい話は後日でもいいよ。だが、死んだからと言ってあいつらを許すわけにはいかない! なんの関係もない君まで人質にとって脱走するなんて! 艦長に報告して厳罰処分にしてもらわないと、艦の規律が保てない!!」

 激しい論調の進を制止するように、雪も強く訴えた。

 「だめよ、古代君! 私にも説明させて! 彼らにも彼らなりの思いがあったのよ!」

 「なにをばかな……君は、こんな大変な目に会わされて、それでもまだあいつらをかばう気か! 俺が、君のことをどんなに心配したと思っているんだ!」

 「えっ?」

 思わず叫んでしまった自分の本心に、進ははっとした。慌てて、言葉を取り繕う。

 「あ……いや、とにかく許すわけにはいかない!」

 「だから私の話を聞いてって言ってるでしょう!」

 堂堂巡りの言い合いに、佐渡があきれて間に入った。

 「まぁまぁ、ほれ、手当ては終わったし、二人で一緒に艦長のところに報告に行って来い! 古代も雪は無事じゃったんだから、少しは冷静になって話を聞いてやれ。あいつらもわしらの仲間じゃったんじゃ。とにかく艦長の判断を仰いだ方がええぞ」

 「……はい」

 佐渡のうまい仲裁に、二人は互いの顔を見合わせて頷いた。佐渡は、にこっと笑うと事後の注意を伝えた。

 「雪、ちょっと傷が深かったから、念のため2,3日はそのまま腕を動かさんように吊っておくんじゃぞ」

 「はい!」

 治療を終えた雪を伴って、進は艦長室を目指した。途中の廊下で、進は再び心配そうに雪を見た。

 「ほんとにわかってるのか、君は…… あの地震が無くったって、君は大変な目に合ったかもしれないんだぞ!」

 「古代君たちがきっと助けに来てくれるって信じてたわ」

 睨む進の顔をおかしそうに見て、雪はしらっとそう言った。

 「あのなぁ、そう言う意味じゃなくて……」

 「じゃあ、どう言う意味?」

 「……むむ」

 純粋に君のことが心配だったんだ……進はそう告げることができなかったが、雪には十分にその気持ちが伝わっていた。

 (ありがとう、古代君)

 (22)

 二人が艦長室に入ると、事前に連絡が行っていたのか、機関長の徳川も来ていた。半分泣き顔で、雪に頭を深々と下げて謝る徳川に、雪は静かに微笑み、「大丈夫ですから」と優しく言った。

 そして雪は、藪達の行動の経緯や動機を若干の推測も織り交ぜて説明した。沖田も徳川も黙ってじっと聞いている。進だけが途中で何か言いたげな態度を示すが、その度に沖田に視線で封じられた。

 「……と言うわけなんです。彼らにも彼らなりに地球や家族のことを思ってのことだと…… ですから、死んでしまった彼らに鞭打つようなことはやめてもらえないでしょうか? 何とか穏便に済ませてあげて欲しいんです」

 雪の話が終わるなり、進は、堰を切ったように言を発した。

 「いくら雪がそんな風に言ったとしても、やはり彼女を拉致して誘拐したというだけでも罪は重いと思います! ましてや、恩のあるイスカンダルのスターシアさんの怒りを買ってしまうような行動をどうして穏便にすませられるんですか!!」

 「古代君、お願い! 私は……そう、拉致されたんじゃないの。彼らを説得しようと思って……仲間の振りをして付いて行っただけ…… 無茶をしてごめんなさい」

 明らかに嘘である。それは、雪を含めて4人とも重々承知している。だから、進はどうしてもそんな風に済ませられない思いで一杯である。

 「雪っ!」

 しかし、沖田は静かにうなづくと、こう答えた。

 「わかった、雪。君の主張を認めよう。彼らのしたことは本来ならば厳罰に処するところだ。しかし、この厳しい戦いを切り抜けてきて、精神的にも疲れが溜まっていたのだろう、同情する余地はある。既に死をもって償った彼らだ。今まで共に戦ってきた同志達に、温情を与えてもいいだろう。彼らに期待し帰りを待っている何も知らない家族を鞭打つこともなかろう。
 地球への報告は、藪以下11名は調査のためダイヤモンド大陸に上陸、突然の地震により事故死した、とする。クルー達には私から後で伝える。それでいいな」

 「はい!」 「艦長!!」

 うれしそうに返事する雪の声と、非難めいた進の声が重なった。沖田が、困った顔で進に言った。

 「古代、徳川さんの気持ちも考えろ」

 「あっ……」

 進は徳川の顔を見た。徳川は、「いや、それはええんじゃ」と首を振ったが、確かに彼も自分の部下をこんな形で亡くして最も辛い思いをしているのだ。
 その姿を見て、少し気勢をそがれた進に、沖田がさらに付け加えた。

 「それに古代、お前はこの前言っておったではないか。例え両親を奪った憎い敵だったガミラスとでさえ、愛し合うべきだったと思うと。ましてや、彼らは昨日まで仲間だった連中だろう。皆もきっと許してやろうと言うに違いない」

 「それは……わかりますが……」

 そう答えながらも、まだ不服そうな進の顔を見て、沖田はふぅっと息をつくと、笑い出しそうな声でこう言った。

 「それとも、何かな? お前は彼らが『雪』を連れって行ったと言うことが、どうしても許せんのかな?」

 「いっ!」

 沖田は、特に『雪』と言うところを強く大きく発言した。そしてそれは完全に進の図星をついていた。
 その指摘に、進は雪にチラッと視線を送ってから、ばっと顔を赤くしうつむいてしまった。徳川が口元を緩め、雪も笑みを浮かべた。進の負けだった。

 「わ、わかりました…… 艦長のご指示通りにします」

 「スターシアさんには私から連絡してよく謝罪しておこう。それに、明日帰る前に、一度ヤマトにおいで願おうと思っているのだ」

 「その時に私からも謝らせてください」

 徳川の訴えに沖田は「うむ」と頷き、さらに「もう少し話をしていかんか」と誘った。それが若い二人を二人きりにしてやろうという沖田の配慮であることに気付いた徳川は、快く頷いた。

 (23)

 艦長室を出た2人は、エレベータに乗った。雪が自分達の部屋のある階ではなく、後方展望台のある階のボタンを押す。

 「ちょっと外を眺めたいの。古代君、付き合ってくれる?」

 「いいけど、怪我の方はいいのか?」

 「大丈夫! 若いんだものっ!」

 「あはは…… それだけ元気があれば大丈夫だな」

 時は既に0時を超えている。もう今日の朝8時には、このイスカンダルを立つのだ。雪は時計を見てから、窓の外を眺めた。

 「いよいよ帰るのね、地球へ……」

 「ああ、もう少しだ。敵もいないし、帰りはすっ飛ばして帰るぞ!」

 「ええ……」

 そう頷いて雪は進の顔を見て微笑んだ。その笑みに、進はまたドキリとした。どんな窮地に立たされて辛い目にあった後でも、彼女は凛とした笑顔を見せてくれる。その笑顔が進が雪に惹かれた一番の理由なのかもしれないと思った。

 まぶしそうに自分を見つめる男を、雪も見た。真っ直ぐな視線で自分をじっと見つめる彼のそんな真摯な瞳に、雪は一番心を奪われた気がする。曲がったことが嫌いなその性格そのままの瞳に……

 「心配かけてごめんなさい。本当はちょっと恐かった…… でも、きっと助けに来てくれるって信じてたわ、私」

 「当然だろ、助けに行くさ。君を、君は……仲間だもんな」

 君を……愛している、とはやはり言い出せない進だった。雪も「仲間」と言う言葉に、少しだけ失望する。でも、今はそれでいい、と雪は思った。

 「そう……ね。仲間……だもんね。私ね、イスカンダルに来てから、サーシャさんにやきもち妬いてたの」

 雪がふとそんな愚痴を漏らした。進は先日のサーシャの墓の前でのことを思い出した。

 「えっ?あぁ、この前の……」

 「ん…… サーシャさんが生きてこの艦(ふね)に乗ってたら、私なんかどうでもいい存在だったんじゃないかって、そんな風に劣等感もっていたの」

 「そんなこと!」

 「そうよね、そんなことないのよね。私、藪君達の話を聞いていて、自分も同じことを思って一人勝手に落ち込んでたのよ。それがよくわかったの。だから、藪君達の気持ちも……少しわかったような気がしたの」

 雪は自分の恥をさらすようで少し恥ずかしかった。しかし、今は進にその素直な気持ちを伝えておきたかったのだ。

 (それで、藪たちのことを必死になってかばってたのか……)

 「そうか…… 俺もそんな気持ちになることあるもんなぁ」

 進は、両手を頭の後ろであわせてうーんと伸びをした。雪のそんな乙女らしい悩みが、進にはまたかわいく思えた。

 「うふふ、そうよね。でも、やっぱり違うわ。私は私。サーシャさんがどんなに素敵な人だったとしても、私は森雪ですもの」

 「当ったり前だろ! 決まってるさ」

 「うん!」

 互いに向き合ってにっこり微笑みあう二人。イスカンダルの星々と海だけがそんなプレ恋人達の姿を知っていた。

 進は、ぽりりと人差し指で自分の鼻を掻くと、ちょっと照れたような口調で言い出した。

 「雪さ……サーシャさんに似てるって気にしてたけど……」

 「……?」

 雪が小首をかしげて進を見上げた。進はその視線に耐え兼ねて、窓の外へ顔を向けた。そして、残りの言葉を一気に捲し上げた。

 「君がサーシャさんに似てるんじゃなくって、サーシャさんが君に似てるだけなんだ……よ」

 「古代君……」

 雪のうれしそうな声を背に感じながら、進は真っ赤になっているだろう自分の顔を雪に見られないように、先に立ってドアの方へ歩き出した。

 「さ、さあ、明日も早いぞ! 早く寝よう!!」

 「あっ、古代君、待って!」

 (24)

 同じ頃、ブラックタイガー隊の居室では、加藤を囲んで隊のメンバー達が夜更かしの無駄話に花を咲かせていた。

 「ああ、疲れたなぁ」

 「突然の発進だったからな。焦ったぜ。藪たちはかわいそうなことしたよな。自業自得ってとこもあるけどさ」

 加藤が腕を組んで、考え込むように言った。

 「そうだな、けど、どんな形でも仲間を失うのは辛いな。不幸中の幸いで森さんだけでも助かってよかったよ」

 山本が、気持ちを奮い立たせるように言う。「森さん」の言葉に、加藤が突然勢いづいた。

 「ああ、森さんに何かあったら、今ごろ大変だったぜ。あの艦長代理殿がさっ」

 「隊長一緒に乗ってたんでしょう?」

 隊員の一人が尋ねる。それに加藤がウインクで答えた。

 「古代のあんな顔、見たことなかったぜ」

 「ほんっとに森さんにぞっこんなんですね、古代さんって」

 隊員たちの興味津々な問いに、加藤はこんな話を始めた。

 「ぞっこんってもんじゃないさ。この前もさぁ…… イスカンダルから来たサーシャさんって王女さんがいただろう? あの人に森さんが似てるって話になってさぁ……」

 **************************

 それは、数日前のサロンでの話だった。サーシャがすごい美人で、もし生きていたら、雪よりもサーシャに惚れたんじゃないかという皆の突っ込みに、進はこんな風に答えていた。

 「そうだなぁ…… サーシャさんはきっとすばらしい女性だったと思うよ、俺も」

 「だよな」 島が頷く。

 「けど…… 雪とは違うって言うか…… 俺、雪に初めて会ったとき、なんかずっと前から知ってるような、すごく懐かしい感じがしたんだ」

 「サーシャさんに似てたからだろう?」 加藤が再度確認した。

 「違う……もっと……ずっと昔から知ってるような、なんか他人のような気がしなくて……」

 進は遠い目をして、雪に初めてあったときのことを思い出していた。あのきらきらとした凛とした清々しい瞳に、いつかどこかで会ったことがあるような、そんな気がしてならなかったのだ。

 「うひょぉ〜!!」

 進の雪への熱いラブコールに一同が口笛を吹いたり、驚嘆の声をあげる。それに進ははっとして我に返った。

 「と、とにかくだっ! 雪とサーシャさんは確かに似てた。けど、それは雪がサーシャさんに似てるんじゃなくって、サーシャさんが雪に似てるだけなんだ!」

 さらに墓穴を掘るように、雪への思いを吐露してしまう進に、周囲の仲間達は、大いに受けた。

 「ぶわっはっはっは……」「うははは……」「ひゃははは……」

 それから、進がさんざん彼らに突っつきまわされたことは、言うまでもない。

 **************************

 「とまあ、こんな具合でな。どんな薬も効かない恋の病にどっぷりさ!」

 加藤が、皆にその話を披露して笑う。と、隊員の一人がまた尋ねた。

 「でもって、森さんもまんざらでもないんでしょう?」

 「なんだよなぁ…… 悔しいけど、あいつらは地球に帰る前にはできちまうさ!」

 加藤がいかにも悔しそうにそう言うと、山本が反論を唱えた。

 「そうかなぁ。俺は、あいつ(古代)のことだから、地球に戻れるまで告白できないとみたがな」

 山本のその発言に、加藤がニマリと笑った。

 「よぉしっ! 賭けるか!!」

 「おおっ! 乗ったぜ!!」

 「よっしゃぁ!!!」

 こうして話はさらに盛り上がった。ちなみに地球に戻ってから清算したこの賭けは、結局山本の一人勝ちだったそうである。


 ヤマトは翌日、スターシアと彼女を愛した古代守を残し、イスカンダルを後にした。

 イスカンダルの美しさに幻惑された数名のヤマトクルー達はここを終の棲家としてしまった。しかし、その幻影に惑わされのなかった若者達は、無事にその使命を果たした。そして、初々しい恋人達も誕生した。

 ヤマトがイスカンダルを立ってから3ヶ月余りの後、地球はその青さを取り戻した。



 ――雪がサーシャに似てるんじゃない。サーシャが雪に似てたんだ――

おわり

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(背景:Studio Blue Moon)