(18)
「津波がやってきます!!」
そう叫ぶ太田の声に、進はすぐさま反応した。
「島!! ヤマトを浮上させろ! 加藤!! 加藤はいるか!! すぐに救命艇を発進させろ!」
ダイヤモンド大陸は今夜中に沈んでしまいます――スターシアの声が進の頭の中でリフレインされる。その大陸に今、雪がいるのだ。
(雪っ、雪!! どうか無事でいてくれ!!)
進は体中から血の気が引いていくような感覚を味わっていた。仲間たちのことも助けたいが、何よりも雪にもしものことがあったら…… そう考えただけで頭の中が真っ白になる。胸が痛いほど苦しい。
しかし、艦長代理の進の任務は、ヤマトの安全確保が最優先である。早く雪を救助に行きたいが、ヤマトの安全を確認する義務がある。今の進には、1秒の時間も永遠に感じていた。
補助エンジンが始動し始めた。島が操縦桿をぐいっとひっぱると、ヤマトの巨体が海上から空中に浮かび上がった。それを確認したところが、進の我慢の限界だった。もう、じっとしてなどいられない!
「俺も行って来る!! 島、後を頼んだぞ!」
操縦桿を必死に握る島に、そう叫ぶと同時に、進は身を翻して集まっていたクルー達を押しのけながら、第一艦橋を後にした。
「おいっ! 古代!!」
真田が叫んだときには、進の姿はもうなかった。真田は慌てて艦内放送のスイッチを押す。
「加藤! 救命艇の準備はできたか?」
「はいっ! 後1分で発進します!!」
「今、古代が行った。だがアイツには操縦させるな」
「えっ!?」
「雪が脱走者に人質に取られて一緒にあの大陸にいるんだ」
「えぇーっ!!」
「古代は、真っ青な顔をして降りて行った。相当動揺しているようだからな。いいな!」
「了解!!」
(19)
進が、艦底の救助ヘリ発進口に行きついたときには、もう既にヘリは発進直前だった。厳しい顔つきで、最前列にあるヘリの方へ駆けて来た進を迎えたのは、真田から連絡を受けて待っていた加藤だった。先頭のそのヘリの入口から手招きしている。
「チーフ!! こっちに乗ってください!!」
「わかった!」
進は、加藤の手招きに即座に応答し、ヘリに駆け込んだ。まっすぐに操縦席に行こうとする進を、加藤が制した。
「俺が操縦しますから、チーフはナビをしてください!」
「俺がする!!」
1分でも1秒でも早く着きたい進である。すごい形相で加藤を睨んだ。しかし、加藤も引かない。
「だめです!! 今のチーフの顔を見てたら、誰だって操縦させられませんよ! 揉めてる場合じゃありません! とにかく、出発します!!」
加藤にバシッと言われて、進は一瞬失いかけていた冷静さをわずかだが取り戻した。気を取りなおして、目標地点を告げる。
「……わ、わかった。目的地点は、イスカンダルE75H38の地点、ダイヤモンド大陸だ。イスカンダルの地震計によれば、今日中に沈没してしまうらしいんだ。急いでくれ!!」
「了解!!」
ヘリが発進した。進は眼下の海をじっと見つめた。地震のうねりのために大きな津波が何度も押し寄せている。自分ではこれ以上どうすることもできないのに、進はいてもたってもいられない気持ちになる。それが苛立ちとなり、声が荒ぐ。
「もっと速く飛べないのか! 加藤!!」
「全速力で飛んでます!!」
「くっ……」
ヘリの速度がどれだけのものか、進が知らないわけではない。全速力で飛んでいるのだ。しかし、それでも進はそう言わずにはいられなかった。
ヤマトからダイヤモンド大陸上空まで、約5分。ほんの数キロの距離である。その短い時間と短い距離が、進にとっては自ら拷問にあっているよりも辛かった。
進は、雪への気持ちが自分の予想を遥かに越えるほど深いものであることを痛感していた。以前、ビーメラ星で連絡が取れなくなった雪たちを助けに行ったことがあった。あの時は、アナライザーが一緒だったこともあったが、これほどまでに我を失うことがなかったような気がする。
月日と共に、進の雪への愛情はさらに深まっていたのだ。
もし、彼女を失うことになったら、自分は地球へ帰る気力すらなくしてしまうのではないだろうか……進は真剣にそう思った。
(雪……雪っ!!)
今ここにいる古代進は、宇宙戦艦ヤマト艦長代理の古代進ではなかった。恋しい人の安否を気遣う19歳の普通の青年の姿だった。今の進の顔は、血の気が引いて土気色に曇っていた。
その気持ちは、もちろん操縦する加藤にも十分に伝わっていた。
加藤は思う。進が今まで自分がどんなに危険な場所に立っていても見せたことのない、険しいその表情を、自分は恐らく一生忘れられないだろうと。
(雪さん…… どうか無事でいてくださいよ!)
(20)
ヘリがダイヤモンド大陸上空に到着するや否や、進が叫んだ。
「雪だっ! 雪がいる!!」
岩陰で黄色い制服の人の姿が、加藤の目にも見えた。手を振っている。雪だった。
「救助ロープを下ろします!!」
「よしっ!ここだ!」
進たちのヘリが下ろしたロープを雪は上手に掴み取った。雪をゆっくりと上方へ引き上げながら、ヘリはダイヤモンド大陸周辺を周回した。
ロープに捕まって上がってきた雪を、進が抱え込むようにヘリ内へ引っぱり上げた。
「雪っ!! 大丈夫か!!」
「古代……くん…… ええ、大丈夫……つぅ……」
今まで必死になっていたので気付かなかったが、雪の右腕に大きな傷があり、血が流れ落ちていた。逃げる途中でどこかの岩で擦れたのだろう。
「出血している!」
進は、自分の制服の腕を引きちぎり、止血のために雪の腕にぎゅっと巻いた。
「ありがとう……古代君」
雪の笑みを見て、進はやっと自分を取り戻した思いだった。
「…………よかった。加藤、他に人影は見えないのか?」
「いえ……残念ながら……」
「…………」
その後次々と到着した後続のヘリたちも、もう、雪以外の生存者も見つけることはできなかった。
宇宙戦艦ヤマト機関士、藪助司以下脱走者11名は全員死亡――こうして、ヤマトの最初で最後の脱走事件はあっけない幕切れに終わった。
(背景:piano-piano)