Second Anniversary には花束を……
そして、2度目の結婚記念日から2日後のこと、進はまだ休暇中だったが、雪ははずせない会議で今日は出勤しなくてはならなかった。
保育所には預けないで一人で守の世話をする、と自ら宣言した進を置いて、雪は朝早く、司令本部へと出掛けて行った。
雪が出て行ってからも、守は機嫌よく遊んでいるが、もう寝返りもお手のものだけに、目を離せない。
進は、部屋の掃除や洗濯を済ませながら、守と遊ぶうちに、午前中があっという間に過ぎ、気がつくともう昼を過ぎていた。
守はさっきやったミルクで満足してお昼寝中だ。
「やれやれ、やっと寝たか…… 赤ん坊ってのは、面白いけど、実に疲れる動物だよなぁ。さぁてと、守が寝ているうちに……」
進は、守をすぐ後ろに寝かせて、TV電話のスイッチを入れた。電話の相手は、コスモエアポートの相原である。
まず画面に出た通信士に、相原へのプライベート通信である旨を告げると、すぐに個室に切り替えられて、そこに相原が現れた。
「あ、相原、今大丈夫か? 急用ではないんだ……」
「ええ、大丈夫ですよ。ちょうど昼の休憩にするところでしたから。自宅ですか? あっ、守君寝てるんだ。大きくなりましたね」
相原は、進の後ろに眠っている守を見つけて、嬉しそうに笑った。
「ああ、今やっと寝たところだよ。かわいいだろう? 相原んところも、もうすぐだもんなぁ!」
進にその話題を振られると、相原も相好を崩し、嬉しそうに頭をかいて照れ笑いした。
「へへへ……すごく楽しみですよ! あれ、そう言えば雪さんは?」
「今日は仕事なんだ。それで俺が子守りさ」
子守りをしていると、さらりと言ってのける進に、相原も少し驚いた顔をした。
「へぇぇ、雪さんの言われてた通りなんですねぇ。子供の面倒だけは、すごくよく見るんですってね」
「だろ? 俺は…… ん? おいっ、ちょっと待てよ。子供の面倒「だけ」ってのはどういう意味だ!?」
一瞬喜んだ進だったが、よく聞くと誉められてるのかどうなのかわからない言い方に、相原を睨み返した。
「し、知りませんよ、僕が言ったんじゃないですから…… あ、それより、今日はどうかしたんですか?」
変なことで怒鳴られるのは困ると、相原は慌てて話題を変えた。
進はそこでやっと、今日の通信の主旨をまだ話していないことに気付いた。
「ああ、いや、この前の礼を言いたくてな…… 本当に助かったよ」
「あ、ああ…… うまくいったんですね?結婚記念日」
「ああ、大成功だったよ。雪のやつ、花束渡したら、涙流して喜んでたし、あのレストランも気に入ったみたいだよ」
にっこり笑う進の返答に、相原は満足した。大方の予想の通り、あの日のことは全て相原の手配だったのだ。
「へぇぇ、そりゃあよかった。ってことは、夜までばっちり……ですね?」
相原が、ニヤリとあやしげに笑う。
「ん? ま、まあな」
夜までと言われて、進は、思わず照れ笑いだ。だが、それでも否定しないところを見ると、なかなか熱い夜を過ごせたようだ。
相原は、可笑しそうに言葉を続けた。
「またまたぁ。二人目できちゃったんじゃないですかぁ?」
「し、知らねぇよっ! とにかく、助かったよ。あんなに喜んでくれるとはな。本当に礼を言うよ。ありがとう!」
赤面しながらも、進は、ぺこりと頭を下げて礼を言うと、相原が困ったような顔をした。
「そんなに頭下げられちゃぁ、気持ち悪いなぁ。古代さんは、なんてったって僕らの仲人ですから。いつまでも仲良くしててもらわないと困りますからね。それくらいなんてもありませんよ。それに、僕らだっていろいろとお世話になってますし……」
「そうか…… また、この借りはいつか返すよ。ところで、一つ頼みなんだが……」
「はい?」
進は、周りに誰もいないというのに、声を潜めて画面に近づけて囁いた。
「このことは、雪には絶対に内緒にして欲しいんだよ」
「ああ、もちろんです、言いませんよ!」
その言葉にほっとしながらも、進はさらに念を押した。
「晶子さんにも内緒だぞ。彼女から、すぐに雪に伝わってしまうからな。せっかく雪が喜んで、俺の株がぐっと上がったんだからな!」
「はっはっは、了解! ああ、でも晶子にはもう話しちゃたんですが、ちゃんと口止めしておきますよ」
「そうか……本当に頼んだぞ!」
「はいっ! でも、来年からはちゃんとご自分でフォローしてくださいよ!」
「ああ、わかってるって」
相原に、最後に抑えるところを抑えられて、進は苦笑いである。今この時点での彼は、来年こそは絶対忘れないと、思っている……のだが……
「じゃあ頼んだぞ。用件はそれだけなんだ。雪のいないときに連絡したかったから。仕事中に悪かったな。今度飲もうぜ、おごるからなっ!」
「了解!! 連絡、待ってますよ!!」
相原がにっこり笑って敬礼するのを見届けて、進は通信を切って、そしてニンマリした。
「よしっ! これで安心だ。雪のやつ、俺に惚れなおしちまっただろうなぁ…… はっはっは!」
守の寝顔に向かって、嬉しそうに笑う幸せな旦那様だった。
一方、同じ頃、防衛軍司令本部の食堂では、今日も雪と晶子が一緒に食事を取っていた。
結婚記念日が終わって初出勤の雪の機嫌が良いことに、晶子も安心した。夫にそれとなく探って欲しいと頼んだら、色んな手配までしてやった話をしていた。それが功を奏したのだろう。
「雪さん、とてもご機嫌ですね?」
「うふふ……わかる?」
「ええ、ご主人の帰還中はいつもご機嫌ですものね。でも、今日は特に……うふふ。で、今日はご主人はどうなさってるんですか?」
「守の子守りと主夫してるわ」
「まあっ! いい旦那様…… それに、結婚記念日も素敵な休日を過ごされたんでしょう?」
「ええ……」 雪は、ニコリと笑ってから、今度はいたずらっぽい笑顔を晶子に向けて、「全部、相原さんのおかげね」と言った。
「えっ?」
驚く晶子を、雪は平然と笑みを浮かべて見た。
「うふっ、晶子さん、相原さんに言ってくださったんでしょう?私たちの結婚記念日のこと…… それで、相原さんがあの人に言ってくださって……」
「あ、いえ……そんな……」
「いいのよ、わかってるから」
晶子が夫にそんな話をしたことは、雪に伝えるつもりはなかった。しかし、雪が知っていると言うことは……
「……あの、古代さん、何かおっしゃったんですか?」
「いいえ、彼は何も…… 全部自分で思いついたことだと、私には思わせたいみたいよ。
最初は私もそう思って、それはもうすっかり感激しちゃったわ……
でもね、やっぱりよく考えたら、彼があんなに用意周到なことを、一人で思い付くとはどうしても思えなくって。
で、はっきりとわかったのは、食事に行った先のレストランでよ。イタリアンの素敵なお店に行ったのよ。そのお店の雰囲気が、晶子さんが結婚記念日に行ったって言ってたお店にそっくりだったんですもの。
それに、私が結婚記念日のことをぼやいたのは、晶子さんだけだったしねっ」
雪はいたずらっぽくパチリと右目でウインクをした。
「あらぁ……すっかりばれちゃってたんですね」
そこまで言われると、晶子ももう隠しようがなく、正直に白状した。
「うふふ、でも、素敵なプレゼントだったのは本当だもの。嬉しかったわ。だから、彼にはこのまま何も言わないつもりよ。彼のほうも、きっと相原さんにも口止めしてると思うわ。
だって、彼ったらすっかり鼻高々なのよ。すごいだろって顔してるの。でもそんな様子がまたかわいくって……
だから、晶子さんもこのまま何も知らない振りしてて、ねっ!」
「ふふ……わかりました」
二人の美しい妻は、微笑み頷きあった。
その日の夜、相原から、「例の結婚記念日のことは、雪さんには内緒にしておいて欲しい」と強く頼まれた晶子が、吹き出しそうになるのを必死に抑えて、「わかったわ」と頷いたことは言うまでもない。
−お し ま い−
(背景・切分線:Flowers(現、見晴橋粗材製作所))