妹と女性は離れに住むことになった。 男はただの世話役のようで、それからは一度も屋敷を訪れていない。 女性が外に出てくることはなかったように思う。 妹もあまり外には出なかった。 父親はエドヴァルドに、彼女達は病気がちだから外に出られないのだと話していた。 だから、天気の良い日は離れを訪れて、離れの中で遊んだ。 エドヴァルドは雨の日に外へ出ることを許されていなかった(よく逃げ出しもしたが)から、 雨の日は妹に会うことはできなかった。 だから、雨の日は酷く退屈で、本を読んだりピアノを弾いて過ごしていた。 ピアノが置いてある部屋が、本邸では一番離れに近い部屋で、そこで楽しい曲を弾いていると、 次に会ったときに妹は嬉しそうに話してくれるのだ。 あの曲はなんというのだとか、次も弾いて欲しいだとか。 それは、とてもとても幸せな時間で、かけがえのない時間だった。 だが、幸せな時間は、そう長くは続かなかった。 ある日のこと。 二人は屋敷からそう遠くない花畑で遊んでいた。 その時には、これから二人を待ち受ける未来など、ひと欠けの土くれほども想像できなかった。 「わたし、まいにち、おにいさまのおそばにいたいなぁ……」 おずおずと自分を見上げてくる妹を、エドヴァルドは本当に可愛いと思っていた。 摘んだ花をくるくると指で弄びながら、自分にぴったりとくっついてくるのだ。 「……どうしてとうさまは、ぼくたちがいっしょにあそぶのを、かなしいめでみるのかな」 「おかあさまが、おとうさまのつまじゃないから、って……おかあさまが」 「……ぼくのかあさまも、おとうさまのつまじゃな……『 』っ!わかったよ! 『 』がぼくのつまになればずっといっしょなんだ!!」 「おにいさま……ほんとう?ずっといっしょ?」 「うん!ずうっといっしょだ!」 幼かった自分達が一生懸命考えて辿り着いた結論だった。 その頃は、兄妹が夫婦になれないなど、知る由もなかった。 ただ二人、ずっとずっとお互いの傍にいたい、そんな小さな小さな願いだったのだ。 「『 』、つまになる人にはね、おはなをあげるんだよ」 そう言ってエドヴァルドは、小さな妹の手に、摘んだばかりの野の花をそっと握らせた。 その花になど負けない、愛らしい笑みを浮かべ、彼女はきゃっきゃっと声をあげて喜んだと思う。 そうして、小さな恋人たちはあの美しい花の洪水の中、 それが、罪であることも知らず、誓いの口付けを交わしたのだ。 本当に、夢のようなひとときだった。 あの瞬間ほど美しい光景は、ありえないと思うほどに。 今でも、その想いの強さに、目の奥がかっと熱くなるのを堪えられないほどに。 そしてその後すぐにエドヴァルド達は引き離された。 彼女達に関するものは全て処分され、その名を口にすることすら禁じられた。 何処かに隠しておこうにも、使用人たちの目は鋭く、 結局残ったのは、思い出と約束を封じたリボンだけ。 彼女の名前を書き留めようにも、幼い頭では、綴りを習うまで覚えていることはできなかった。 おそらく、継母様が彼女達の存在を消したがったのだ。 もっと正しく言うならば、彼女達が、我が家と関わりがあるという事実を、消したかったのだと思う。 彼女の母親の身分は知らないが、貴人には違いないように思う。 気品に満ち溢れ、振る舞いの優雅さや言葉遣いの美しさは、継母様に引けをとらぬ、そんな人だった。 母上は確かに優しく気高い人ではあったが、 やはり育った環境の違いというものを、子供ながらにも感じたものだ。 そうなれば、身分の差以上に越えられぬ壁があったのだろうと推測できる。 まあ、そんなことに今更気づいても、何が変わるわけではないのだが。 もしもいつか、妹に会えたなら。 今まで離れていた分、一緒にいてあげたいと思う。 ただ、その時に妹が兄離れしている可能性は否定できないのだが。 それでも。 幸せにしたい。 そして、自分も幸せになりたい。 たとえ。 どんな犠牲を払ったとしても。 ------------------------------------- そう、それが、絶望の始まりだとしても。 |