ぱすてるチャイム
Pastel Chime
アナザーシーズン
Another-Season
〜もうひとつの恋の季節〜
-ENDING- 静かな日々の階段を
空は限りなく綺麗な。
総てを覆い隠すような、満天の星空だった。
カイトは左手を翳し、掴み取れそうな月に向けた。
それは記憶と、何の変わりも無い、当たり前の星空。
だが。
「………今は、何時…なんだろうな」
小さく呟く。
芝生に寝転がったまま、目を閉じた。
微かに聞こえる虫の声。
ミュウを追ってダンジョンに入った聖誕祭は、冬の盛りだった。
だが、今は冬では無い。
肌に感じる夜風は、けして冷たくも、温かくも無かった。
どんな季節なのかも解らない。
カイトは再び目を開けて、見覚えのある場所を見回した。
舞弦学園の校舎。
グラウンド、中庭。
そして、封鎖されたダンジョン施設。
自分達が地上に出た時。
ダンジョン施設は完全に破棄された状態だった。
板が打ち付けられ、擦り切れた封印の呪札が風になびいていた。
見覚えはあったが、けして同じ世界ではなかった。
何年、何十年、もしくは本当に100年後の世界なのかもしれない。
ただ、俺達は疲れきっていて。
そのまま校庭の片隅で、倒れるように眠りについた。
「なんか、笑っちまう」
こんなに孤独を感じるなんて。
世界から切り離された、疎外感が胸を締め付ける。
でも、笑えるのは、全然後悔なんてしてない、自分自身。
一番大切なものは、今、側にあるから。
ちょうど右手が、握り返された。
「ん………カイト、くん」
「ミュウ、起きたのか?」
手を繋いだまま隣に寝ていたミュウが、小さく頷いた。
「うん…ちょっとだけ、寝ちゃってたみたい」
「いいさ。ちょっとした、大冒険だったからな」
「くす………そ、だね」
カイトは伸びをするように、空を仰いだ。
なんて、風が心地よい。
「ね…カイト君、ひとつだけ聞いてもいい?」
「ああ」
「後悔…してない?」
転がってミュウに向き直ると、不安げな顔に笑いかけた。
「別に、今が何時だって、関係ないだろ?」
「違うよ、そういうコトじゃなくって…」
指先が、微かに震えた。
「『私』で…本当に良かったの…?」
「…ん?」
照れくさい。
カイトは鼻先を掻き、それでも目を逸らさずに告げた。
「いーんだよ、ミュウで。…つうか、ミュウじゃなきゃ、ヤなんだ」
「カイト、くん…っ」
手を伸ばし、ミュウがカイトに抱きついた。
その、桜色の柔らかい髪を、梳るように撫でて抱き締める。
夜の、まだ微かに闇の匂いが混じる、それでも優しいミュウの身体。
頬に手を添え、湖面のようにブルーの瞳を確かめるように、そっと額に口づける。
「…ぁ…」
「ミュウが…欲しい」
跨るように、ミュウの上に身体を起こした。
震えるように瞳を閉じたミュウの唇に、自分のそれを重ね合わせる。
胸に触れる指先が、心無し震えた。
興奮とも違う。
自分でも解らない。
ただ、想いだけが昂ぶって、身体が上手く動かせない。
黒いボンテージのような服を不器用に脱がせ、そこから酷く戸惑った。
「あ…あれ?」
自分の其処が、まるで怯えるように縮こまったままだった。
焦ったように自分の指で扱いても、痛みだけが伝わる。
愛しさを覚えない訳じゃない。
興奮を感じない訳じゃない。
ただ、それらが余りにも鮮明に心を満たしていて、身体に伝わる回路が切れたように。
訝しげに薄目を開けたミュウが、赤面して焦るカイトに気づいた。
「………カイト、くん?」
「あれ、御免、その…」
「カイト…くん」
小さく頷き、その身体を押すようにして、身体を屈めた。
うな垂れたようなその塊を、優しく指先で触れた。
「…ゥく」
それだけで、何の反応も見せないカイトの逸物に、刺すような快感が走る。
ミュウはそっと、大事な宝物を扱うように、指先で触れる。
微かに開かれた唇を近づけ、僅かばかり舌が触れた。
「う、ア!」
「…きゃふ」
ビクン、とバネのように跳ね上がったカイトの男根が、白い飛沫を放つ。
射精には短過ぎる放出を終えた逸物は、一瞬で鋼のように硬くそそり立っていた。
ミュウは驚いたように逸物を握ったまま、カイトの顔を仰ぎ見た。
「っく、ハハ…」
「くす…」
ちょっと、笑ってしまう。
初めてミュウを抱いた時よりも、ずっと無様で、ずっと興奮してるなんて。
「ミュウ………おいで」
「うん…カイトくん」
手を伸ばすミュウを抱え、身体を重ねる。
夢のように不確かな。
だが、確かな形を持って。
有限の時間すらも、夢幻と思えるような想いと共に。
「愛してるよ………カイトくん」
「ああ。俺もだよ」
それが、何よりも確かなものだと、信じられたから。
身体を重ねたまま手を握り、互いの体温を感じていた。
火照った肌に、微かに甘い風が心地良い。
懐かしい匂いは、約束の季節を思い出させる。
「みんな………どうしてるのかな?」
「そうだな…」
もしも、ここが100年後の世界であるならば、自分達が知っている人間は誰も居ない。
生きている人が居たとしても、それは100年の時間から切り離された自分達にとって、全く別の人物なのだから。
「…コレット…さやちゃん…ロイ…パパやママ…」
「取り合えず、そうだな」
泣き出しそうなミュウの髪を撫でながら、しばし思案する。
「うん。ミュウの両親には、一度挨拶に行っとかねーと、な」
「え、それって…?」
「色々…しとかにゃいかんでしょ、やっぱり。報告とか、何とか」
「あう…そーだね」
頬を染めたミュウが、カイトの肩に寄り添う。
が、ふとその感触に気づき、拗ねたように顔を上げた。
「………カイト、君?」
「う………その。そーゆー格好も似合うな、ミュウ」
「もぉ…ホントにエッチなんだから」
ぽく、とカイトの胸を小突くミュウの懐から、それが転がり落ちた。
それは、小さな手帳。
「あ、それ…」
「『ぼうけんしゃのちかい』の書」
大事そうに拾い上げたカイトが、翳すように掲げる。
ミュウは驚いたように、カイトを見詰めた。
「カイト君…覚えててくれたの?」
「いや、忘れてた。………ていうか、『忘れてる』って思ってたんだけどな」
幼い頃。
本当に幼い子供が交わした、約束の書。
いつも泣いてばかりいた、小さな桜色の髪をした少女と一緒に交わした誓い。
俺達は早く大人になりたかったけれど、何をすれば良いのか解らなかったから。
ただ、もっと強くなりたかった。
ただ、もっと優しくなりたかった。
お互いを守れるような、そんな人間になりたかったから。
毎日が冒険のような日々に。
ひとつづつ約束を、誓いのように書き込んでいった。
『泣かない事』
『仲間を守る事』
『泳げるようになる事』
『好き嫌いはなくす事』
『朝はひとりで、ちゃんと起きる事』
そんな、いっぱいの詰まらない約束が、小さな手帳に刻まれていた。
今の自分は、どれだけの誓いを叶えられているのだろうか。
強くあるために、冒険者への道を選んだ。
果たさなければならない約束は、まだ、たくさん残っている。
『俺は、貴方達のように、強く…優しく在れるのかな?』
カイトは目を閉じて、けして忘れる事の無いであろう兄妹を思い浮かべた。
「大丈夫だよ………カイト君なら」
「えっ?」
「カイト君は、私の期待を裏切らないって、誰よりも知ってるから」
カイトは偽りの無い信頼を宿した瞳を―――
正面から受け止めて、力強く頷いた。
「ああ! 勿論っ」
「うん…ずっと、信じてる」
瞳を閉じて、どちらからともなく唇を………。
「あ〜ん! もうっ………早速、ラブラブモード全開なの?」
「っわあ!」
「きゃ…!?」
頭上からかけられた声に、カイトとミュウは弾けるように身体を起こした。
月の光をバックに、ひとりの女性が校庭に立っていた。
まるで蜂蜜を流したように、綺麗な金色の髪をした、とても綺麗な女性。
年齢は、二十歳を過ぎているだろう。
端麗としか表現できないような整った容姿に、様々な表情が浮かんでは消える。
嬉しがっているような、苛立っているような、懐かしがっているような、泣きたくなっているような。
そんな、表情を作れる人物を、カイトはひとりだけ知っていた。
「お前………コレット、か?」
「え、コレット…?」
「あったりまえじゃない! こんな美人で可愛くてチャーミングな子が、他にいますかっての!」
カイトは軽い眩暈を感じた。
美人で可愛くてチャーミングでもねェが、それは確かにコレット以外の何者でもない。
「コレット…本当にコレットなのね!」
「うん…そうだよ、ミュウ」
その顔に笑顔が浮かび、涙が零れ落ちる。
「お帰りなさい………ふたりとも。ずっと、待ってたんだよ」
「まあ、そういう事だ。少しばかり、時間が掛かってしまったがね」
コレットの後ろから、銀髪をなびかせた銀の騎士が現れる。
甲冑の意匠は、王国騎士団でも最上位の銀の聖騎士団のものだ。
多少老けてはいたが、その顔は疑いようも無く。
「ロイド!」
「お帰り、カイト!」
手を握り、肩を抱き締める。
「倒したんだな………魔王を」
「ボコボコにして、地獄に叩き込んでやったぜ」
「ああ、それでこそだ。君なら、必ず勝てると信じていた。………済まない」
「どうしたんだよ?」
ロイドは顔を逸らすようにして頭を下げた。
「魔王を必ず倒すと信じていながら、10年もの間、君達を封印の中に閉じ込めてしまった。どうやって、謝って良いのか解らない。本当に、済まない」
「何言ってんだよ。ロイドのせいじゃねーだろ?」
それどころか、10年足らずで封印が解かれたのは、ロイドや他の皆の働きかけによるものだろう。
「僕たちを、許してくれるのか?」
「馬鹿だな。恨んでなんかないよ。それより………」
カイトは笑いたいのを我慢しきれず、ロイドの胸を小突いた。
「髭、似合ってるぜ。ロイド」
「む。………仕方ないだろう。若輩という事で、舐められてはいけないからな」
苦虫を噛み潰したような顔で口髭を撫でるロイドだったが、直ぐに苦笑した。
「………やはり、合わないか?」
「かなり、な」
ふたりは肩を叩き合うようにして笑った。
ああ、なんだ。
たいしたコト無いじゃないか。
幾ら、時が経っていたって、全部が変わってしまう訳じゃないんだ。
「積もる話は後にして、そろそろ行こう。準備はできている」
「準備って? あれ、ミュウは…」
「女性は、準備に時間が掛かるものだ」
半ば強引に、背中を押されるようにして講堂に向かう。
桜が―――舞っていた。
講堂から校門への桜並木に、いっぱいの花びらが舞っていた。
星空の天蓋にライトアップされた満開の桜が、幻想的に浮かび上がっている。
そして、並木道の両側に、舞弦学園の学生達が並んでいた。
霞んでしまうような、夢のような光景。
「ロイド………これは」
「卒業式よ。アンタと、ミュウの、ね!」
振り返ったカイトの視線の先に、コレットと、舞弦学園の制服を着たミュウが立っていた。
「約束、忘れちゃったの? みんなで、一緒に卒業しようって、言ったじゃない」
「コレット………」
「これより、王国歴563年度、舞弦学園特別卒業式を行います」
「ベネット、先生!」
それぞれ、ロイドとコレットに押されるように、カイトとミュウが担任教師の前に立たされる。
ベネット先生はエルフだけに、殆ど歳をとっていないように見えた。
その目尻が微かに潤んでいるように見える。
「よく………帰ってきてくれましたね。ふたりとも」
「先生…!」
その手から、舞弦学園の卒業証明である、一振りの短剣を授かる。
強力な武器ではない。
魔法が込められている訳でもない。
それでも、ひとつの証としての、それは宝物。
「おめでとう!」
「おめでとう、ふたりとも!」
「卒業、おめでとう!!」
花びらと共に、数え切れないほどの拍手が浴びせられる。
「ミュウ…」
「カイト君…」
カイトとミュウは手を繋ぎ、一歩を踏み出した。
これから、共に歩んでいく、日々の階段を。
「これから、どうしよっか? ミュウ」
「えっ? そうだね…」
沙耶が居た。
セレスが居た。
しんごも、苅部も、クーガーも、陽子も、クレアも、そして名前も知らない大勢の生徒達も。
終わりと、始まりの季節の中で。
雨のように舞い散る、桜の中で。
「カイト君と一緒だったら………どこへでも!」
-王国歴573年3月11日-
-舞弦学園-
-Myuzel Happy Ending Story-
Stage End.
Thank you for reading!
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Presented
"竜園"
Author
竜庭ケンジ