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八戸焼・昭山窯・渡辺陶房

八戸焼窯元Hachinohe pottery

名称 八戸焼・昭山窯・渡辺陶房(はちのへやき・しょうざんがま・わたなべとうぼう)
住所 青森県八戸市上野字上野平33-6
電話 0178-23-4020
FAX 0178-23-4020
メールアドレス glazeアットマークgray.plala.or.jp(アットマーク←@変換)メールの返事はすごくすごく遅いです。
地図 注:当窯元は高速脇に御座います。ナビゲーションをご使用の場合八戸IC、または八戸北ICを降りてからご設定ください。
窯元作家経歴 ●入選入賞●
日展入選
日本現代工芸美術展入選・入賞(現代工芸賞)
朝日陶芸展入選
益子陶芸展入選
河北工芸展入賞(青森県知事賞・秋田県知事賞)
東北現代工芸展入賞(河北新報社賞・会員賞)
●TV・ラジオ●
朝だ旅サラダ
国分太一のお散歩ジャパン
わっち ATV
ABA『Aの記憶』~永瀬正敏がみた青森~
『青い森の国から』ATV・BSフジ
BeFM『Be!Be!afternoonおんであんせ』
BeFMカネイリプレゼンツ The STANDARD goes on!!
BeFM765☆こちら、はちのへ研究所
●CM●
プリウスエコドライブ・CM
NHK・BSプレミアム・まっさかり東北の夏のCM
など
●雑誌WEB●
婦人画報
日経デザイン
PEN
学研『新やきもの基礎知識』
グラフ青森
毎日新聞青森版 野呂姉さんの『手仕探訪』
マシェリ八戸16号掲載
デーリー東北多数
中田英寿『nakata.net』『ReVALUE NIPPON 日本の文化をめぐる旅。』青森県版で紹介
など

おかげさまで復窯四十有余年(昭和50年復窯)

八戸焼は豊かな自然に育まれた北東北の太平洋側に位置する青森県八戸市の郊外にて 日用食器、花器、茶器、酒器などを中心に様々な陶器を日々創作しております。 青森の大自然に育まれたブナの色、または、三陸の荒波に揉まれた海草の色と称される独自の緑釉を施した八戸焼は近年、お陰さまで民窯として全国的にも評価が高まっています。 八戸焼は青森県の伝統工芸品に指定されております。

各方面で注目を浴びる八戸焼!

◆『わっち!』キューティーブロンズ小三郎さん八戸焼紹介とロクロ体験(ATV)2018.8
◆TOKIOの国文太一さんご来店&ロクロ体験『国文太一のおさんぽジャパン(フジテレビ)』2016.1.22
◆女優・熊谷真美さんご来店&ロクロ体験『朝だ!生です旅サラダ(朝日放送)』2016.1.12
◆中田英寿さん(元サッカー代表)取材で御来店2014『ReVALUE NIPPON 日本の文化をめぐる旅。』八戸焼
◆俳優:永瀬正敏さん『Aの記憶』写真撮影で御来店2012
◆ワイヤードビーンズより「生涯を添い遂げるマグ」シリーズ、『八戸焼』発売開始!2017
◆星野リゾート「青森屋」南部曲屋にてにて食器、コーヒーカップなど使用開始!2017
◆AGFブレンディー『東北器の絆』キャンペーン2012.2013.2014八戸焼カップ&ソーサー採用
◆星野リゾート「青森屋」客室にて八戸焼オリジナル林檎急須と湯呑を使用開始!
◆カネイリミュージアムショップにて販売開始!はちのへポータルミュージアム『はっち』1階・平成23年2月より
◆星野リゾート「青森屋」ウェルカムドリンク用オリジナル・林檎カップ使用販売開始!平成22年2月より

八戸焼では

八戸焼では手作りにこだわり手作りにしか出せない形や味を作品に込めております。 他の窯元と違い安易な鋳込みや真似、または他産地への発注などしておりません。 この地域には珍しく数を作れる修行をした職人がいます 過去に地元、中央、地方問わず、引き出物・記念品・企業オリジナル作品のご注文も多くいただいており実績多数でございます。 引き出物・記念品・企業オリジナル作品などのご用命は電話0178-23-4020までお気軽にご連絡ください。製作には最低1月必要です。

八戸焼今昔

八戸焼とは

八戸焼とは,江戸時代末期(幕末期)まで八戸市内の蟹沢山中で焼かれていた焼き物です。
その昔「八戸焼」、又は「蟹沢焼」とも呼ばれ庶民の為の焼き物、いわゆる民窯(みんよう)として親しまれたそうです。
しかし、時代とともにその存在も忘れられ文献も残っていない事も手伝い昭和に入ると幻の焼き物と言われていました。

現在の八戸焼は

現在の八戸焼は昭和50年に窯元初代『渡辺昭山』の手によって再興されました。

佐渡の無名異焼(むみょういやき)国三窯の長男であった昭山は、小山富士夫著の「江戸時代の日本の諸窯」をはじめとする数冊の著書ふれ、「八戸焼」の存在を知ったといいます。
しかし殆どの著書での記載は数行だけで、「八戸焼」の詳細は文献では解らない事も事実でした。
昭山の妻(諄子)の生家が八戸だったことあり数年間で何度も八戸に来ては「八戸焼」の情報の収集に没頭したそうです。
昭和50年春、「八戸焼」の情報も次第に集まり、満を持して「八戸焼・昭山窯・渡辺陶房」を開業、同年秋に市内の蟹沢山中にて奇跡的に窯跡を発見します。

窯跡には既に崩れ落ちた登り窯と平窯(穴窯)跡があり、すっかり土砂に覆われて草木がおい茂っていたといいます。

草木を取り除き土砂を掘り起こすと、そこには無数の陶片や窯道具(サヤ・トチ等)瓦などがあったそうです。

当時、出土した陶片の多くは栗の木の根に抱えられるように発見されています。
栗の木は地主さんにより伐採され、その年輪を数える事により、大まかな年代が測定され江戸時代末期頃だと分かったそうです。
年代に関しては、後に、八戸市の調査でも江戸時代末期の窯跡であるという結果が出ています。
窯元初代『渡辺昭山』は出土した陶片を参考に試行錯誤の後、独自の八戸焼を作り出しました。

現代を行く八戸焼は

平成12年(2000)12月25日、八戸焼の復興を果たした、渡辺昭山(初代八戸焼窯元)は他界いたしました。
現在、八戸焼では初代、渡辺昭山の遺志を継ぎ息子の渡辺真樹(まさき)が跡を継いでおります。
青森の大自然に育まれたブナの色、または、三陸の荒波に揉まれた海草の色と称される独自の緑釉を施した八戸焼は近年、お陰さまで民窯として全国的にも評価が高まっています。

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