ああ。
失望のため息は重い。
お前な・・・助けてくれたようだが、全然助けになってなかったぞ。いいところまでもっていったのに。
のんきに伸びをする猫をみながら、口には出さず悪態をつく。
まあ、相手が”魅了”から覚めてしまってから、こちらに十字架を向けてきて、本気で滅却しようとする力をためたときには、正直もうだめだと思って、あー、もっとうまいもの喰って、楽しい人生送りたかったなあ、などと、走馬灯のように振り返ってしまったが。
ほんと、やつ、マジだったな。あれは。
殺す気だったな。
よほど、自分が悪魔に”魅了”されてしまった、という事実が頭にきたんだろうな。
まあ、神様の犬はみんなそうだ。
自分たちの信仰の篤さから、悪魔からのそうした誘惑やらなにやらからは、超然としていられると思い込んでいる節がある。
だから、それに引っかかったときの反動はでかい。
神様の犬といっても、人間は人間だ。
悪魔の技術力というのは、人間に対して磨かれてきたわけだから、それが神様の犬だろうが、あまり関係はない。
逆に、神様の犬の方が引っ掛けやすい、という悪魔もいるくらいだ。
思考が硬直化・短絡化しているからな。
猫を抱き上げながら、首もとのあたりをなでてやる。ごろごろいっている。
なでてやりながらも、またため息が一つ。
私が、襲われているように見えたので、助けてくれたそうな。
確かに、そう見えてもおかしくはなかっただろう。実際、私もパニックを起こしていたし。
そのあとの、神様の犬の発動した力の源の十字架をくわえて逃げてくれたのは、ほんと助かったが。
あれは、やばかった。本当に。
もう、”魅了” は警戒されて使えないんだろうなあ。
あー・・・腹減った。
しかし、あんなに接近というか密着していたというのに、あの神様の犬の隙のなさといったらない。
いつまでこすっても落ちない風呂場のカビか、換気扇にまとわりつく油汚れのように頑固だ。
きっちりと全てが密閉されていて、手の入れようがない。
ああなると、契約でもしないと、望むものが得られないと思ったわけだが。
契約か。
魅了された状態の契約ならば、こちらにとって有利な条件で締結出来ただろうが。
こうなると、だまくらかして契約を結ぶことはできないだろうう。
しかし、この状態では、外に出て行くこともできない。
神様の犬は、猫に十字架を取られてしまったあと、何もいわずに、こちらを振り返ることなく部屋を出て行ってしまった。
ようは、保留。頭を冷やしたいということか。
どちらにしても、生殺与奪の権利は依然相手の手に握られたままだ。
殺されるか、飢え死にするか、今のままでは二つに一つだな。
あまりの、私の消沈振りに猫がほほをなめてくる。
慰めてくれているつもりらしい。
あんまり慰めにならないが、まあ気持ちだけもらっておくか。
だいたい、人間は、悪魔が悪いことをすると思っているようだが、実際はそうではないのだ。
悪魔が自ら悪いことをするわけではない。
はぐれ悪魔や野悪魔の性質の悪いアウトローなヤンキーな悪魔や集団的暴力団体の悪魔ならともかく。
それを契約者が望まなければ、悪魔には実行できないのだ。
望みをかなえる、という契約は、120%そのままの意味で、悪魔としては、その契約時に契約した条件のみが報酬で、それ以上を求めることはない。とりあえずは。(悪魔の元からの資質でそうでないものもいるようだが。)
だから、通常悪魔のような行為、とはいっても、実際悪魔が望んですることはない。
望むのは、契約した人間なのだ。
全ての望みが叶うとなると、人間というのは本当に冗長する。
制限というものがない。
その果てしなさは、こちらとしても驚くほどだ。
次から次へとよく浮かぶものだ。本当に。
まあ、こちらとしても契約したからには、履行しなければならない。
そうして、望みを叶えていくが、なぜか最後に人間というものは破綻する。
破綻した状態の人間は、望みというものがなくなるらしい。
望みがないものの望みをかなえることはこちらとしてもできないし、そうなると契約はご破算だ。
条件の回収。
当然の権利だ。
しかし、それを実行すると、今度は、鬼だの、悪魔だと騒ぎ出し、だまされた、などといいだすのだ。
なんでだ。望みを叶えてやったというのに。
その望みをかなえる手段が、自分や社会、神様の理念からはずれていたからといって、結果が得られていれば満足ではないのだろうか。
約束は守っているのだ。
後ろ暗いところなどない。
裁判にでても、言いがかり弁護士でも連れてこられて、世論の後押しとかで主旨を捻じ曲げられない限り、勝つ自信があるぞ。
・・・なんていっても、おそらくあの神様の犬には通用しないのだろうな。
ようは、悪魔と契約する側の心の持ちようなのだが、攻める側の舌鋒は、お前達の言葉は甘い偽りに満ちており、人間というものは心弱いものだから、だまされやすいのだ、という責任転嫁だ。
そんなこといわれてもな。
こちらも生きていくうえでの技術を磨いた結果であり、食べていかないと生きていけないのだから仕方がない。
人間という畑から取れるものしか摂取できないように作ってしまった創造主のほうに文句をつけて欲しいと思うのだ。
だいたい、私など悪魔の範疇からしてみれば、極めて穏便な部類だ。
ナチュラリストでエコロジストなのだ。
街中にあるものを自然摂取しかしてこなかったし、極力人間とは関わらないようにしてきた。
いや、なんか、契約を取ろうとあくせくしている悪魔仲間なんかを端から見てると、その一生懸命さに頭が下がるのだが、そんなに尽くしても報われる度合いが少ない気がするんだよな。一度に重複して多数契約することはできないし、短期間の契約をこなし続けると、周囲の悪魔濃度というか汚染濃度が上がるのか、あの神様の犬のようにその管区の担当者が悪魔狩りに乗り出してくるし。
割に合わない。
ほんとうに。
得られるものが莫大なら、危険を冒す価値もあるのだろうが、いまどきそんなにミラクルな鉱山など見つかるはずもない。
資源が枯渇しかかっているのだから、開発や乱用は慎まなければならない。
なくなったら、生きていけないもんな。
もう、自然保護の観点で、ときどきおこぼれに預かる程度の付き合いにしておかないと。
まあ、そういう風に考える悪魔は、やはり少ない。
だからといって、悪魔だからと十把一絡げにされても困るのだ。
なんていっても、あの神様の犬には通じないんだろうな。
はー、腹減った。
12← →14