チョコの王国A。

















華燭の典は盛大に執り行われることになりました。
国を挙げての一大イベントです。
チョコの国は愛の王国。
王様の結婚相手が男であることなど、この国では大きな問題ではありませんでした。
というよりもこの件でよりいっそう王様がいろんな意味でリベラルな精神の持ち主であることを印象づけ、この結婚を機にこの国が愛というものに垣根を作らない方針を打ち出していることを各国にアピールするには十分でありましたから。
愛によって迫害されている人々はこぞってこの国の住民になることを望んで移り住み始め、王様の結婚にあやかって俄かにブライダルラッシュが沸き起こっていました。
世界中がこの華燭の典を第一級ニュースとして取り扱っていました。
なんにしろ不幸な話題よりはめでたい話題のほうがよいに決まっています。
災禍や戦災、そして不祥事を覆い隠すにはとびきりめでたく、そしてなんとなくスキャンダラスならばよりいっそう効果的です。
どんな相手と王様は結婚するのか。
相手の肖像は結婚式まで完全にシークレット扱いとなっており、どんなメディアにも流れてきませんでした。いろんな憶測が飛び交い、誰もが式が行なわれるという今日の正午にパレードが通る予定の道々に群がりました。その噂のお妃様を見ようと。
国中から集められた白い鳩。お妃様になるという人が好きだということで王様が取り寄せたというこの時期にはこの国では咲かない花々。町という町が白いリボンで飾られています。今日は皆、祝いの白い礼服を着用するようにと通達がなされ、そのよく晴れた空の色によく似合っています。気前よく振舞われるごちそう。皆、この結婚を心から祝福していました。早く、今日一番の幸せなカップルを見てみたいと期待で一杯です。
もうすぐ正午の鐘が鳴ります。
期待をこめて、王様とその相手が出てくるのを今か今かと待ちわびました。


翌日の新聞の見出しは当然、
「チョコの王国、王様結婚。お相手は男性!!!」
ということで結婚式の写真、お相手のプロフィール、そして馴れ初めについて紙面がさかれるはずでした。
が残念ながら、その予定稿は使われることはありませんでした。
翌日飾られた見出しは、
「チョコの王国、王様、花嫁に逃げられる!」
でありました。
その騒動を伝える筆は、王室側が極度に情報を抑えているためはっきりしません。
ただ、「式はしばらく延期」という発表がなされただけでした。
それ以上発表しなかったことにより、憶測が憶測を呼び、新聞・雑誌各方面に書かれたことは面白おかしく、事実か事実でないかははっきりしませんでしたが、あたかも事実のように国中に知れ渡りました。


坂本氏はドタキャンする機会を狙っていたのです。
だいたいこの結婚には乗り気じゃないどころの騒ぎではありませんでした。ただ、ばっくれたくても警備が厳重すぎるし、ことあるごとに相互理解などといって王様がやってくるので全然隙がなかったのです。そうしている間にもどんどん周りの状況は加速し、とうとう結婚式の当日になってしまったのです。このままでは本当に王様と結婚することになってしまうと冷や汗だらだら流す坂本氏は、当日の混乱で警備が若干甘くなったのを見計らって即行ばっくれました。逃げ足だけは速いのです。

そうして坂本氏はまんまと逃げ切りました。あっという間にチョコの国を抜け、名前しか知らない国を通り過ぎ、追っ手の手がなかなか届かないところまで逃げ切りました。逃げるのが精一杯で、坂本氏が持って逃げられたものといえば、王様からいただいた指輪ぐらいでしたが、これははずれないし、でかくて目立ち売ることもできず、坂本氏をえらく困らせました。なにしろ、追っ手を避けて山道を行けば盗賊に追われ、宿屋に泊まれば宿屋の主人が豹変して寝ているうちに指から引き抜こうとし、できないとわかると包丁で指を切ろう襲い掛かってきたりしました。命からがそうした輩から逃げ切った坂本氏は怪我しているように厳重に手に布を巻いて指輪をしているとわからないようにしました。
まず、逃げた先の国でしたことは就職活動でした。手についた菓子職人の技術で就職しようとしましたが、衛生を第一とする職種柄、指輪をわからないようにしている布を巻いたままなどもってのほかであり、布をはずしたところで指輪をはずすことができないのならばとどこも門前払いされました。何度も
「私はあのチョコの王国の天才本命チョコパティシェ・坂本三四郎様だぞ〜!!!」
と怒鳴りたかったのですが、それをいったら最後、チョコの王国からの追っ手がやってくることは目に見えています。
一口私の作ったものを食べてもらえればその実力はすぐにわかるはずなのに・・・
それ以前のことで門前払いをくらうとは。
指輪のことを考えるとあの王様の顔が浮かびます。

こんな余計なもんよこしやがって・・・許せん・・・

全ての不幸はあの王様との出会いから始まっていると坂本氏はいたくご立腹でした。
なにしろ、店も名声も全て失ってしまったのですから。
が、この前、拾った新聞に書かれた
「チョコの王様、花嫁に逃げられる!!!」
記事の見出しを見たら、少しだけ溜飲が下がりました。かなり面白おかしく各国でたたかれて報道されているようで、逃げられた当初の呆然としている表情の写真などは坂本氏を愉快にさせました。
結婚なんて無理強いさせるからだ、ざまーみろ。ずっと世界の笑い者になってろ!
そういいながら、不本意ながらもようやくありついた土木工事系の仕事に精を出す坂本氏でした。

ようやくガテン系の仕事にも慣れ、お金も貯まってきた坂本氏は小さなケーキ屋を借りました。貸してくれた店主は、
「ああ、丁度緒方君と一緒に暮らす口実ができてよかったよ。じゃ、大事に使ってくれよ!」
などとご機嫌だった割にはしっかり家賃を請求してきました。まあ、それはさておき、こじんまりしたよく日のあたる店は手入れが行き届いており、気持ちよくスタートが切れそうでした。心配なのは、ガテン系の仕事で白魚のようだった指が節くれ立ってしまい、ちゃんと菓子職人としての勘を取り戻せるかどうかでした。


「ごめんください」
朝一番の客がやってきたようです。坂本氏は機嫌よく、
「いらっしゃいませ!なににしましょうか?」
と極上の営業スマイルを浮かべて接客します。
旅の人なのか目深にフードをかぶった客は、坂本氏の腕をつかむと
「じゃあ、本命チョコを一ついただけますか?もちろんあなたのです。」
といってフードをとります。それは坂本氏が逃げに逃げたあのチョコの国の王様でした。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
坂本氏はまたすべてを投げ打って逃げようとしますが、そうは王様がさせません。がっちりとつかんで離しません。
「ずいぶん探しましたよ。坂本さん。お元気そうで何よりです。」
「くぅ〜!!!離せ!貴様のことなど知らん!」
「知らんじゃないですよ。ほんとあなたがいなくなったあと大変だったんですから。どうせ逃げるんなら、式挙げてからにしてくれりゃあいいのに。ほんとに土産が結婚式の引き出物じゃなくて土産話のゴシップになった日には・・・まあ、軽くて各国の客人たちには非常に喜ばれたようですがね。」
「じゃあよかったじゃないか。どうせ結婚式の引き出物なんて鯛の形したかまぼことか重い食器とかそんなんだろ?」
「・・・・・・・二人の愛のミニチュア1/4スケールチョコです。」
「なんだそれ・・・」
「あなたが決めたんじゃないですか!!!結局どこにも配ることができないで、この前溶かして全然違うチョコに作り変えるように指示出しちゃいましたけど。」
「へー。」
全く気がなさそうに返事しながら、坂本氏はもうしかたがないとばかりに提案します。
「とりあえず、立ち話もなんだし座って話でもするか。」
「あ、ああ。そうですね。」
すすめられた椅子に王様は腰掛けます。坂本氏は店の入り口に準備中の看板を掛け、お茶の準備を整えて王様の元に戻ります。
「まあ、飲め」
「いただきます。」

「実は俺、もう王様じゃないんですよね」
「・・・は?」
「王位は弟の千覚に譲り渡してきたんです。だから、もう王様じゃないんです。」
「お、おい。どうしてまた・・・」
「あの結婚式のあとに国内外から叩かれましてね。王様はホモだったから始まり、無理強いして結婚しようとして花嫁に逃げられたやらなにやらかにやら。人権団体は出てきて毎晩城の外で騒ぎ出すし。鈴なりだった縁談話はぱったり途絶えて、実はうちの王子もホモで・・・なんていうカミングアウト組みは出てくるは、信頼していた近衛隊の連中はなんだか視線がねちっこくなってるし。城で働く女性たちは意味もなくキャーキャー笑ってるし・・・」
「なんだ、ほとんど事実じゃないか。いわれたってしようがないな。」
「何が事実ですか!!!こういっちゃなんですが、俺はホモじゃありません!」
ホモじゃない?人にいきなりチューしてきて、指輪まではめくさった男が何を言うとばかりに坂本氏はじっとり王様を眺めます。
「何か誤解されているようですが、俺は公約に従っただけです。『本命チョコをくれた相手と結婚する。』っていう。あなたがくれたチョコが本命チョコだったから結婚を決意したのであって、そうでなかったらわざわざ男との結婚を選ぶようなチャレンジスピリッツは俺にはありません。」
「ふ〜ん・・・で、なんで王様やめることになったんだ?」
「俺、あなたからもらったチョコが今でも本命チョコに見えるんですよね。ああ、誤解しないで下さい。だからといってあなたに何か無理強いする気は今はもう王様じゃないからないですから。」
過剰に反応しそうになる坂本氏をなだめながら王様は言葉を紡いでいきます。
「本命チョコって、不思議なものでチョコの周りから輝くオーラみたいなのが見えるんですよ。送り手の込めた気持ちなんですかね。あのチョコもそれはきれいに輝いていて、俺はこれをくれた人の気持ちに応えて、一生その人を愛そうと決めたんです。」
おいおい、くどく気なら帰ってもらいたいもんだ・・・などと坂本氏は思いつつお茶をすする。そんな様子に王様はため息をつきます。
「それなのにくれた人は偽本命チョコだなんていいだすし。勘違いだといわれればそれまでなんですが。・・・俺、不安になったんですよね。」
「何に?」
「本命チョコを読み違えたということは愛を読み違えたということです。俺は愛の国の王様ですから、愛を読み違えるなどということはあってはならない失態です。これは国の基盤を揺るがす大きな問題です。そしてそれが間違っていたという結果を示しているというのに俺は今でもあのチョコが本命チョコであると思っているのです。間違えを認めることができない王がこの先まともな国の舵取りを行なえるのでしょうか・・・」
・・・王様レベルになるとたかだか本命チョコも国政を占う一大事になってしまうのかと坂本氏も呆然としてしまいます。
「な、なんだか壮大な話になってきたな。なんだ、私が送ったチョコがずいぶん面倒をかけたみたいだな。す、すまん・・・」
「いや、いいんですよ。あなた以外の人が送ってくれた本命チョコでも同じ問題が浮上して来たかもしれませんし。それに俺はもう結論出しましたし。」
「結論?」
「ええ。最初に言ったように俺、もう王様じゃないんです。弟の千覚、あなたも会ったことがありましたよね。あいつに全てを託してきました。まあ、そういえば聞こえはいいですが、結局は国内外の世論に負けて国を放擲してきただけですけどね・・・」
しょんぼりとか意気消沈とかそんな言葉がぴったりな落ち込み方に坂本氏はあわててお菓子を進めます。
「ほら、喰え。うまいぞ。なにしろこの私が作ったおやつだ。元気のないときは甘いものに限るぞ。」
差し出されるままに一つ二つ口に入れます。
「ああ、あなたのお菓子はチョコ以外はうまいんですね。」
「チョコ以外は〜!?チョコが一番うまいに決まってるだろ!!!」
「今日、俺が来た目的はそれです。別にあなたに文句が言いたいとかなんとか焼きぼっくいに火をつけたいとかそんなんじゃないんです。この資料を見てください。」
そういって王様は持参した資料を広げます。
「天才本命チョコパティシェとしてのあなたの実績を評価した資料です。こちらのグラフにもあるように、あなたのチョコによるカップル発生率は99%です。」
坂本氏は喰らいつくようにその資料に注目する。
「で、こっちがあなたのチョコを貰った男性にアンケートをとった集計結果です。ほぼ85%の人間が「まずい」に○つけてましたよ。」
「なんだと〜!!!残りの15%はなんていってるんだ。」
「残りは、もったいなくて食べられなかったとか、今でも彼女が作ったと思っているのでまずいとは思えないとかそんな感じです。おいしいという評価は残念ながら一つとして見当たりませんでしたよ。」
「そんな馬鹿な!だって私は天才本命チョコパティシェだぞ。うまくないわけないじゃないか。」
「そこなんですよね、不思議なのは。それで調べたんです。なんであなたが天才本命チョコパティシェと呼ばれているのか。その分析結果がこれです。」
また新たに王様が資料を取り出す。
「あなたのチョコが売れた要因は
@メイン購入層の若い女性は実際にあなたのチョコを食べていない
Aもらった男は彼女の手作りの場合も考慮してチョコの味については相手に話さない
そして最後の最大の要因が
このチョコを食べたあとなら、彼女の不慣れな手料理もおいしく感じられるというこの3点と、坂本さんのチョコがいつの間にか本命チョコの代名詞となっていたからでしょう。」
「ずいぶんズケズケと失礼なことを!!!さっさと出て行け、さっさと。」
塩を持ってきて王様に撒きます。
「事実ですよ。実際、今ショーウィンドーに並べられているメインの菓子はチョコのようですが、全然売れていないようですね。俺の調査によると一度は試してみてもリピーターがつかない。見事に閑古鳥が鳴いて、膨れ上がるのは借金ばかり・・・」
グーで王様を殴りつけようと繰り出しますが当りません。どうせもう王様じゃないから蹴飛ばしても不敬にはあたらないとばかりに一暴れします。が、どれもうまくかわされてしまい、最後には自分が疲れて座り込む始末。なんだかいろんなことが哀しくなってきてしまい、膝を抱えて坂本氏は丸まってしまいます。

なんでこんなにいろんなことがうまく行かなくなってしまったんだろうか・・・

「ねえ、坂本さん。俺、悪かったと思ってるんです。だから一つだけ手伝わせてくださいよ。あなたがこれまで持っていたものを取り戻すことができる方法が一つありますから。」
「・・・取り戻す?」
「ええ。あなたの持っていた名声を。今度は本当の実力としてどこに出しても恥ずかしくない立派な世界に轟くものを。」
「本当に?そんな方法があるのか?」
「あります。これを見てください。」
そういって王様は一枚の紙を坂本氏に渡しました。





つづく。