素直な気持ち、素直じゃないあの人

 

 

 2月14日・St. valentine’s day。
今更、義理チョコを貰ってうれしい年ではないが、まったくもらえないといのもさびしい。
俺、桂千太郎はこの間、頭を縫う大怪我をしている。退院はしたものの、ただ絶対安静ということで、家で寝かされている。外に出ないという事は、必然的に誰にも会わないという事で、義理すら貰えないという事である。『あの人』だって、わざわざチョコレートをもって来ることはあり得ないのだから。それよりまず、チョコをくれることがあり得ないか。
まぁ、俺だって買いに出られないのだから、あげる事が出来ないんだ。しょうがない言えば、しょうがない。
しかし、こんな日に坂本さんに会えないというのが淋しいといいますか、切ないな。
「ただいま〜。」
そんな俺の苦悩なんてお構いなしに日常は進んでいく。いきなり現実に引き戻された。
「おかえり、千覚。」
帰ってきた弟を出迎えてやると、鞄からはみ出る程のチョコを貰ってきていた。
我が弟ながら恨めしいというか、小憎たらしいといいますか。普段はどうでもいい事だったが、今年はやたらと羨ましい。しかも手に持っているのはベルギーの高級チョコではないか!今時の学生は金持ちなんだな。
「にっ、兄さん、目が怖い。どうしたんですか?」
千覚に言われて、自分が変な顔をしていたのに気付く。卑しい心を見られたみたいで、少し恥ずかしかった。
「…ゴッホン。いや、何でもない。すごいじゃないか、そんな高級なものまで貰って。」
「あっ、これ僕のじゃないですよ。郵便受けに入っていたんです。名前は書いてなかったんですが、メッセージは入っていたので、兄さんのじゃないかと思って持ってきました。」
そういって渡されたカードには、宛名も差出人も書かれておらず、ただ一言だけ書かれている。
『この間の詫びだ』
あっ。
何も書かれていなくても、差出人が特定できる。
「千覚、これ俺のだ。わざわざ、ありがとう。」
何がわざわざなのか分らないのだが、高ぶる気持ちを抑えるのに必死で、他に話す事が出来なかった。
千覚も察しってくれたのか、それ以上は何も聞かなかった。ただ「よかったね。」とだけ言って自室に入っていった。
俺も自室に入り、早速包みを開け、チョコレートを食べた。さすがに高級なだけあって、カカオの味がしっかりしていて、ビターでほろ苦いのだが、その中にはきちんと甘さがある。
何か素直じゃないあの人の、とても素直な気持ちが詰まっている気がした。気のせいかもしれないが、俺はとても幸せな気持ちになっていた。
きっとあの人の事だ、自分が渡したなんて分らないと思っているだろう。ホワイトデーの時にはしっかりお返しをして、驚かしてやろう。その時の坂本さんの顔が楽しみだ。それまでは俺が気付いている事は内緒である。


ホワイトデーへ