久しぶりに、会った緒方氏は、以前と変わらず気持ちのいい笑顔を坂本氏に向けてくれた。

「うわー、坂本さん、すっかり男前になっちゃって。」

などといいだしたのは、おそらく、昔の坂本氏が緒方氏から見ても若干落ち着きなく見えていたからに違いない。

時のマジカルさか、10年経った坂本氏は、友人である高杉氏や緒方氏から見ても、すっかり落ち着いて見えた。

時が彼を磨いてくれたのだ、とそう感じることができたので、彼らは、10年間も心配させ続けたという事実に対しては目をつぶって、その成長を喜ばしく思う、親のような心持になっていた。

こうして、坂本氏は、故郷に錦が飾れたのである。



緒方氏の手料理に舌鼓を打ちつつ、酒を飲み、彼らの10年間について坂本氏は聞いてみた。

やはり、10年といえばそれなりの出来事があるようで、今でこそ、一緒に暮らしているが、去年まで、3年間にわたって、高杉氏が単身赴任(会社に結婚の届けを出していないから、社会的に見るとただの転勤だ。)で、大阪に行っていたそうな。その間は、メールやら、電話やら、出張やらを口実にして、何とか乗り越えたようだが、(坂本氏の感想によれば、離れているのに乗じて、違う展開の恋人気分を満喫しやがったな・・・ということに尽きるようだが。)やはり、辛かったらしい。

二人して、仲良く手を取り合いながら、やはり一緒にいるのが一番だといって見つめあうのを見ると、社会の常識や、時の神様に負けずに幸せを構築している二人をうらやましく思う坂本氏だった。



食後に、緒方氏がいれてくれた紅茶を飲みながら、一息ついていると、部屋の奥で何か音が聞こえてくる。

赤ん坊の泣き声に似ている。

何かと思って、いぶかしげに坂本氏は耳を澄ませていると、ますます声は大きくなっているようだ。

すると、緒方氏が慌てて、部屋の奥にかけていった。

そして、戻ってきた腕の中には、その泣き声の通り、赤ちゃんがいた。

当然、疑問に思った坂本氏が、

「どこの子預かってるんだ?」

と聞くと、高杉氏は、にっこり笑って、

「僕と緒方君の子供だよ。耕一郎っていうんだ。よろしくな。」

といった。



坂本氏はしばし呆然。

二人の愛の力が、世の中の道理を蹴散らした、ということなのだろうか。

女性週刊誌に(電車のつり広告をチェックしているらしい)、男性が想像妊娠?と書いてあるのを見たことがあるが、実際に男に子供が生んだ、という話は聞いた事がない。遺伝子工学もそんなとこまで話が進んでないんじゃないのか?と、坂本氏の頭の上に、はてなマークが山ほど浮かぶ。

それとも養子縁組か。高杉氏には妹さんがいたから、そっから譲ってもらったのか?しかし、そんな犬や猫じゃあるまいし、気軽にあげる、あげないの問題か?などと、坂本氏が真剣に、いろんなパターンを考え込んでいると、緒方氏が見るに見かねたのか、助け舟を出してくれた。

「確かに、俺と高杉さんの子供ですが、俺が生んだわけじゃないし、どっからかもらってきたわけでもないんですよ。」

そういいつつ、耕一郎を坂本氏の腕の中に渡してくれる。坂本氏は、子供など抱き慣れないため、えらくおぼつかない手つきで受け取る。温かく、ミルクの香りがしそうだ。どこもぷくぷく。小さい指が頼りなく、庇護欲をそそる。

「耕一郎は、擬似マシーナのプロトタイプなんだよ。」

「擬似マシーナ?」

「アイボの進んだやつですよ。」

わかったような、わからないような。ただ、腕の中にいる赤ちゃんは、とても作り物とは思えない。生きている質感がある。

ためしに、ちょっと、ほんのちょっとだけ、そのほっぺたをつねってみると、そんなに痛くしたはずもないのに泣き始めて、坂本氏を慌てさせるは、高杉氏が坂本氏から怒って奪い取るはで、大変な騒ぎだった。

「いや、大きなプロジェクトで、数社合同の開発で、人間型ロボットを作ってるんだよ。」

「高杉さんと一緒の仕事なんで、毎日楽しくて。」

という緒方氏に、高杉氏はにっこりほほえむ。ましてや、手には、子供。職権乱用しているんじゃないか、と坂本氏は若干あきれ気味である。

「まあ、今は、赤ん坊どまりだけど、将来的には成長するタイプの開発が目的なんだ。」

と、高杉氏が説明してくれた。

そのときは、はー、そうですか、とさしたる興味もなくただ、驚くだけの坂本氏であった。

どちらかというと、人間型ロボットより、ネコ型ロボットのポケットのほうが欲しい坂本氏なのだ。





つづく。



5← →7