孤独の想い


 あやつが出かけてから10日が経つ。
 あやつと居るとドタバタする日々が、今は穏やかに過ぎている。
 誰かが、出かける前のあやつはナーバスになっていると言っていた。
 寂しいハズだから声を掛けてやれとも。
 ところがどうだ。
 連絡の1本も入らない。
 どこが寂しがっているというのだ。
 私なんて別にどうだっていいのだ。

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 ホテルのベットの上。
 俺は携帯とにらめっこ。
 俺のお守りの写真を眺めて思う。
 あの人は今、何をしているんだろうか。
 メールをしてみようか…。
 電話をしてみようか…。
 でも、メールを入れるにしても、何を書けば良いのか分からない。
 電話をして、声を聞いてしまったら、会いたくなりそうで怖い。
 いつしか携帯の画面は、節電の為に真っ黒になっていた。

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 やっぱり連絡が来ない。
 何にも言って来ない事は、上手く言っていると喜んでやるべきなんだろう。
 私も近日まれな、この穏やかな時を楽しめばいいのだ。
 それなのに、何もする気になれない。
 何か張り合いが無い。
 私はベランダに出てみる。
 外はもう、半袖では肌寒くなっていた。
 空気は澄み出し、星が輝き出している。
 あやつも、どこかで、この夜空を見上げているのだろうか。

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 ホテルのベランダ。
 夜空を眺める。
 こんな街中では、星空も東京とさほど変わらない。
 この間歩いた公園辺りなら、まわりに明かりも少ないから、よく見えるだろう。
 でも1人で行くには寂しいものがある。
 誰かと一緒なら違うかもしれないが。

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 家の電話も、携帯も、静かなものだ。
 考えてみれば、社会人になって再会してから、こんなに会わなかった事ないかもしれない。
 そういえば、あやつの仕事ももうすぐ終わるだろう。
 べ、別に待っている訳ではないぞ。
 人の体温を感じない事に寂しいと思っている訳でもない。
 いや、あのっ、その…。
 そうだ、旅でもしよう!
 思い立ったが吉日という事で、明日にでも出かけよう。
 あやつか、この週末に帰ってくる事なんかは知った事じゃないからな!

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 ふぅ、これで桂千太郎、初めての大仕事終わり!
 俺は初めての出張日程を全て終えた事に安堵のため息をついた。
 それにしても、今日中に帰るというのに、ミーティングが延びるなんて。
 時計を見ると、7時を回っていた。
 これから帰るんじゃ、家についた頃には日が変わっているな。今日は金曜日だ。いっそうの事、どこかに泊まっていこうか。でも、早く行きたいトコがあるからな…。
 ともかく俺は、この2周間程お世話になった人達に挨拶をしてまわり、受付に預けていた荷物を受け取って外に出る事にした。
 これからどうしようかと悩みつつ、エントランスホールの自動ドアを抜けると、誰かがこっちに向かって歩いて来た。
 何か、あの横柄な歩き方なんかは、あの人を思い出させる。
 あはは、俺もヤキがまわったかな。あんな人がそう居るわけないのに、あの人の様に見えるなんて。
 暗くて、顔がよく見えないが、オーラーみたいなものも似ている。
「よう!ちたろーではないか!」
 そうそう、人の名前を間違えっぱなしで呼ぶトコなんてそっくり。
 …んっ?!『ちたろー』?!
 俺をこんなふうに呼ぶ人は、たった1人しかいない。
 いや、でも、まさか!
 疑惑と期待の中で、相手の顔を確かめる。
 エントランスの光があたる所まで来た時、はっきりと顔が見えた。
 間違えない。
「坂本さん!」
 何でこの人がこんな所にいるんだ?俺は何か夢を見ているのか?
「あんた、こんな所で何しているんだ?!」
「私か?私は一人旅をしている最中だ。たまたま、ここを歩いていたら、お前の顔がみえたのでな、声を掛けたまでだ。」
 そんな偶然があってたまるか!
 どうやったら、夜のこの時間に、会議室のホールの前を通る事がある?
 だが、そんなことはどうでもいい。
 目の前にこの人がいる事実が、正直にうれしい。
 夢か現か分からないかの様に、呆然と坂本さんの顔を見入っていると、坂本さんは少し顔を赤らめ、フン!と顔を背けた。
「お前は東京に帰るのか。私は今日、ここに泊まるつもりなんだ。じゃぁな。」
 そう言って去って行こうとする坂本さんの手をとっさに掴み、引き留めた。
「いや、あの、俺も仕事が延びたんで、今日は泊まっていこうかと思っていたところで…。」
 一緒に居たいと言う気持ちは、さっきから沸いて出て止まらないのに、きちんと言葉にする事ができない。
 こういう時の思考って、色んな事を考えてる割に、まともな事を考えられないのだろう。
 それでも、俺の言葉に坂本さんは笑って答える。
「そうか、ならば、二人で泊まった方が安い。一緒にどっかで泊まってやろうか?」
 こう何でも優位に立つ話かたは、何とも坂本さんらしい。
「そうですね。そうしましょう。」
 少し呆れはするが、坂本さんと会っている実感が沸いて来て、自然と笑みが出て来る。
 そして俺達は二人ならんで歩いていった。


 後から事務所の方が言っていた話だが、どうも坂本さんは、俺の事務所に高杉先輩の名を語り、俺の居場所を聞き出した様だ。
「桂くん、大学の先輩だとかで、高杉っていう横柄な態度のヤツから、居場所を聞かれた」と言われたから。

〜 Fin 〜

 

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まことさんのところの700hitで、天姫さまがリクエストされていた「千太郎が出張で、寂しい坂本さん。」話です。

3部作ということで、前・中・後の、前と後をリクエストしていて、真ん中が抜けているのは・・・とごねてみましたら、ありがたいことにご好意で飾ってもいいとおっしゃっていただけました。ありがたやー。

いやいや、ステキなリスエストですな。

というか、千太郎的には鴨がねぎしょってやってきた、でしょうな。うらやましい・・・