お茶屋の時間 第3回 身体でお茶を飲みましょう

 「お茶は口や鼻で味わうのでなく、身体で飲みなさい」と初めて言われたときには、何のことやらさっぱりわかりませんでした。台湾の宋師匠の所に通って何度目かのことです。お茶の命は香りと味であって、それは鼻や舌や口の味覚を使って感じるものだと思っていましたから、「身体で飲む」という意味がわかりませんでした。読者の皆さんもピンとこないかも知れませんね。

 でも、お茶を飲み下してから静かに身体の反応を感じるようにすると、お茶によって頭が軽くなったり重くなったり、肩がこわばったりほぐれたり、胸が詰まったり開放的になったり、様々な感覚があることに気づいて我ながらびっくりしました。それまで、様々なお茶を飲んで変にめまいがしたり、空腹で飲んでお腹が痛くなったりしたことがありましたが、お茶を飲んだ後の身体の感覚など意識して感じたことがありませんでしたから、全く違ったお茶の捉え方と、それを感じる自分の身体の感覚に驚かされました。

 それは服で言ったら「着心地」のようなものです。身に着ける衣服なら、色や形といった見た目のデザインとは別の次元で、肌触り、着心地のよいものを皮膚や身体全体で感じるように、お茶にも香りや味といった言わば色・形とは別の次元で、飲み心地の良し悪しがあるということなのでした。服は、天然の素材を使って丁寧に作られたものに着心地がよいものが多いように、お茶もまた、できるだけ自然な状態で生きている樹、化学肥料や農薬の影響を受けない樹から摘んだ茶葉を使って、丁寧に加工されたものが、飲み心地がいい場合が多いようです。

 今の私は、お茶を選ぶとき、香りや味の前に、飲んで身体が楽になること、気持ちよいこと、元気になること、を大切にしています。そんなお茶を飲むと、口に含んでなめらかにお腹に落ちて行き、少しすると肩の力が抜け、頭がすっきりとしてきたり、手の先・足の先までぽかぽかしてきます。お客様の顔もほんのりと桜色になり、自然と優しい笑顔になってきます。

身体がほぐれると心も柔らかくなってくるようで、初めていらしたお客様でも、ぽつりぽつり心の奥の自分語りが始まったりします。「実は今日は大事な試験だったんです」「就職で悩んでいます」「「最近何だか調子が悪いんです」「私は難病を抱えています」・・・。私はお茶を淹れながら「そうでしたか」と相づちを打って聞いたり、その方にあったお茶を選んでお勧めするだけですが、お客様がひととき話をしてお茶を飲んでお帰りの時は、少し足取りも軽くなって笑顔で玄関を出て行かれます。

人間には不思議な力があるのだと思います。頭で判断しようとすると感じにくいのですが、身体の感覚を駆使してハダカでお茶と向き合うと、たとえまだ見ぬお茶の樹、土地であっても、口に含んだその一瞬にしてビューンと飛んで樹や土を感じることができるのでしょう。そうしてその自然の力を身体に取り込み、人間は元気になれるのだと思います。

 「身体でお茶を飲む」「身体で服を着る」・・身体の声を聞くこと、身体本位であることは、現代生活で少し鈍った身体感覚を取り戻し、自然の力を感じるきっかけになるかもしれません。どうぞ身体でお茶を飲んでみてください。きっとお茶と自分の身体の再発見になると思います。

(「家と人。」10号 2005年1月20日発行 泣潟買@ープレス社 掲載)
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